最近の日記に戻る | 2016年9月の日記に戻る

=2016-09-18=

もう、自由はやめる。自由はもう良い。

みんなを強制的に治す。自由はない。

自分は、足の血の辛さが他の部分に伝番していくと治る。

同時に、自分の辛さが他の人間に伝番して、みんなの辛いを僕が治せば治る。

神は、自分を愛している。自分は、その愛を信じる。

要は、愛を信じるのが良いから、そういう神話になる。

愛を信じるために、神が居る、と思えば良い。

そろそろもう、終わりだ。自由の無い世界になる。それが一番賢い。

金儲けの悪い点は、意味の無い仕事が多過ぎるところだ。

もっと、必要なところをみんなでやった方が良い。教師をもっと増やして、いじめを無くすべきだ。

自由をやめると、神が居なくなる。

自分がそんなに強い自由は良くない。世界を変えられると錯覚している。

みんなをそれぞれ自由にして、愛するのは、おかしい。全員を恋人にして、良いわけがない。

神なんか、自分を強くしているだけだ。神は最強に強いからこうなる。

みんなを強制的に治せば良い。それも、自分の力で治す。それで、良い国になる。

精神病は、自由を無くして、強制的に治るようにすると治る。

自由を無くすと、エロい社会になる。不思議と、楽になる。自由が一番辛い。

昔は、パソコンのロボットだ。自由が無くなると、そういう風に、ロボットで分かるようになる。

昔は、社会の意味や、具体的な社会のことを、考えていた。

昔は、自由に色んなことをして、神のように分かっていた。そのせいで、自由が神になる。

神とは、そういう、昔の分かっている自分のことを言っている。それと対話しているだけだ。

神なんか居ない。昔の自分なんか、ただの悪魔だ。

自分は、自由なのに自由が無いものが怖い。テレビが怖いのは、自由がないからだ。

イスラムには金があるから、テレビ局を買収すれば良い。それが一番、イスラムが勝てるだろう。

怖いのは、全部自由が無くなるのが怖い。分からなくなるようで、それが一番分かる。

自由は正義じゃない。自由より、愛の方が正義だ。そこが分かっていない人間が、日本人に多い。

愛国心も良いわけではないが、自由や平等よりは愛国心の方が良い。

ただ、自分の自由で良いことをするのと、政府や他人に言われて良いことをするのは違うだろう。

そこで、政府が強制的に従えても、良いことにすれば良い。それが、不自由だ。ソ連はそういう国だ。

成り行きと成り立ちを考えていた。

関係や原理から、プロセスを考えた。

社会的な成り立ちから、手段や方法や行動を成り立たせて、分かっていた。

生命の必要性、人間の必要性、社会の必要性、歴史の必要性がある。

社会の成り立ちを全て知って、自由連邦の国家モデルを作った。

そこまで良い人間はおかしい。自分の悪い点を人に見せたくない。信じていると言うよりは、恐れているだけだ。

ソ連は、強制的に良いことをさせるだけ、良い国だ。

神をクズだと思わないのがおかしい。

自分には、郷土愛がない。愛国心とか、日本の心を大切にするとか、そういう気持ちは、全くない。ただ、だから世界を冷静に見られる。

分類を書いていた。モデルにした。

当たり前に、戦争は悪い。そういう、当たり前を考えた方が良い。戦いをしなければ平和になる。

併合は悪いが、共存しながら、国境を無くして、軍隊は統一すれば良い。

もっと友愛の精神を持つべきだ。誰も見ていないところで、善をすれば良い。自分にしか出来ないことはたくさんある。

手段と発想から、色んな国を作っていた。

強制的に良いことをすれば、温暖化も解決する。

あるいは、禁止する。

それぞれを大切にせよ。

社会的、科学的、人生的な発想を全部作っていた。

それを永遠に書いていたせいで、嘘といじめを禁止するとか、インドとインドネシアを併合するとか、音楽アルバムと書籍を配給するとか、水道に牛乳を流すとか、ありえないことを言っていた。

だが、結構、自分としては賢い発想をしているつもりだった。

構造的に考えることで、自由ノルマとか、Javaのクラスライブラリのように会社を作るとか、社会主義で自由に独立した会社を作るとか、そういうことを言う。

社会を構造的に考えて、独創的な発想をする人間だった。プレステと昔のケータイをGPLにして、カードとICチップで融和させるとか、そういうことを言っていた。

Fedoraを全機械へと拡大させることで、あらゆることがパーフェクトに、変幻自在に出来るOSになる。Red Hatは、どんどん色んな機械のコードを共有すれば、Fedoraが万能機械になる。Windowsでも動作すると一番良い。

そういうことを言っていた。そして、発想法の構築のような方法を書いていた。

生命の目的は、出来るだけ変わらずに、ゆっくりと多様性を確保することだ。それが、一番生命が存続出来る。

生命は、存続するために多様性を確保する。存続するために増える。

そういうわけで、虫などがそんなに増えたりすることはない。

それこそ、簡単に進化が出来るなら、とっくの昔に虫が勝っている。一番大きな一匹の生命が勝ってしまう。

そうならないのは、生命が、力ではなく、多様性を確保したいからだ。一つの生命だけでは、存続は難しい。

それに、多様性が循環することで、地球そのものが良い環境になる。栄養分とエネルギーの循環だ。

そういうわけで、人間だけがそんなに勝つのはおかしい。その時、人間は滅びる。

盛者必衰だ。一番優れたものが、本当に優れ過ぎたものになると、その生命は滅びる。

昔は、本質と概念とか、そういうものから、まるでコンピュータのように、機械的意識を分かっていた。

国なんか、普通、ただの税金だ。個人の金を何もせずに強制的に奪っている。役所はそういうところが一番悪い。

ソ連もドイツも、間違っている。民主主義的で、多様性のある、アメリカのような国が正しい。

あとは、生物が多様性なのは、いつかテレビのコメンテーターが言っていたことを言っている。独自の仮説ではない。

ただ、いつもそういうことを言っていたのが、自分の多様性と統一の社会論、自然論だ。

あとは、どうでも良いものは、統一した方が良い。

普通、ソフトウェアを統一して、データやコンテンツを多様にする。

それこそ、ソフトウェアは普通のものが一つあれば良い。そういう理由で、Windowsでも、オープンソースでも良い。

ある意味、マイクロソフトは先駆けだった。そして、きちんと作っているから、MSが作ればそれで良い。

自分が見ても、Linuxは発展途上だ。まだまだ子供だ。成熟して、大人にならないと、何も出来ない。

最近の日本は、本当におかしい。

ポケモンGOの流行なんか、もう終わったように見える。流行が終わるのが早すぎる。

それから、ネットを見ていると、2ちゃんねるでは議論すら成り立っていない。

現実世界もおかしい。こんなに猛威をふるう台風がいくらでも来るのはありえない。

一度、世界を昔に戻した方が良いかもしれない。

だが、どこに戻るのか、という問題はある。原始世界か、古代ローマ帝国か、中世か、など。

自動車とコンピュータを無くした方が良い。ドイツは、最初から世界を滅ぼしたかっただけなのに、そこまで賢い。

それは、自分と同じだ。こういう、滅ぼす人間が、馬鹿に賢いことが出来るようになる。

ただ、ポケモンGOはまだ終わっていないと思う。僕は、最近のITは全く知らないから、分からない。

昔は、一人で世界を支配して、世界を全部良くすることが出来ると思っていた、ありえない人間だ。

そして、自分で世界をおかしくして、自分でそれを治す。

僕は、世界なんか、どうでも良いのが分かっていない。世界を治すより、自分を賢くした方が良い。

自問自答に答えは無いし、世界なんか、最初から支配出来ていないから、治るわけがない。

心理的操作戦術が使えるのは、子供に対してだけだ。

大人はまともだから、誰も支配出来ない。自分は分かっていない。

不思議と、哲学は、男が見ると賢い。きちんと考えているのが良く分かる。

ヘーゲルをわけが分からないというのは、誰が見ても誰でも分かることを考えているのに、難しいからだ。

ヘーゲルなんか、誰でも分かる。男なら、分かる人間が多い。

AAAが「知らないからこそ自由だ」と言っている。昔の自分は、そういうものを体験的に分かっていた。

新発見的に考えるのが賢かっただけで、ネットなんか見ても意味がない。

ヘーゲル以降、哲学は馬鹿だ。ヘーゲル以降なんか、意味がない。

デカルト、カント、ヘーゲルをすれば良いのは分かる。

だが、するにせよ、しないにせよ、学ぶだけではなく、考えるべきだ。自分の力で考えないと出来ない。

そのためには、一人で思念しても意味がない。行動や経験と同時に、知と世界のことを知るべきだ。

ただ、ネットは悪い。自分は、勉強した方が良い。大学を卒業すれば良い。

2ちゃんねるは意味がない。見ていると、ニートがニートを馬鹿にしている。何も分からないのに議論する。

昔は、人間の知と実現を考えて、それぞれに出来る可能性があると考えて、ありのままを見れば出来る。

もう少し、色んな経験をした方が良いが、経験なんか普通しない。

ネットはやめた方が良い。ネットで分かるのはおかしい。

そんなに洗脳が無いのが間違っている。日本人に戻れば良い。日本人の自由な洗脳があると、すぐに分かる。

明らかに、ものは仕事で作る。金を払わないと、作った人間が生活出来ない。そこが分からないのは悪い。

義務や権利が無いのもおかしい。与えられるものではなく、自分で勝ち取るものが、権利だ。

自分の間違いは、社会的な責任や洗脳が無い。一人完全に自由に生きているのが、一番間違っている。

昔なんか、社会を知り、制度を変え、作り出していき、発見する、そういう自由しか分かっていない。

社会を作ることは、真実を発見し、自覚することであると言っていた。そこが、ヘーゲルだった。

理想を信じなさい。

自分の出来ることからやりなさい。

説明から気づきなさい。

自分には、限界や出来ないことはないのだと考えなさい。

自分は、洗脳が無い。そのせいで、馬鹿になっている。

2ちゃんねるをやっていると、洗脳が解ける。そのせいで、哲学が出来る人間が多い。

だが、それは、すぐに馬鹿になる。

馬鹿になった人間は、そういう、洗脳が怖くなって、自分から洗脳するようになる。

一度、みんなを洗脳に戻せば賢く治る。

あとは、それで哲学が出来る。ネットなんかしなくて良い。

平和を信じ、運命を信じ、疑うことすら信じる。

そこでは、確かな人生の実感によって、世界を把握し、自然に変えることが出来る。

いつも、そういう文章を書いていた。

自由とは、知り、学び、活動し、目的を持って実現し、そこから発想することだ。

まず、システムを知り、次に、遊びなさい。

そして、自分の出来ることを知り、最後に、出来ることを最後までやりなさい。

目的と手段から出来ることと世界観を知って、理想の共同体を作れるようになり、善悪を知りなさい。

把握して分かることは、何でも分かると良いだろう。そこから、何でも発想出来る。

愛とは、神の感情であり、同時に、悪魔の感情でもある。

他人のことは放っておいて、自分のことだけを考えなさい。他人は変えられないが、自分は変えられる。

昔は、思考と認識を作って、論理的に積み重ねて、多角的に考えて、経験と照らし合わせて分かっていた。

人間のことは、欲求による操り人形だと思っていた。原始人と同じだと考えた。

あとは、たくさんの経験をして、自然な意識を知って、決め直すことから、仏教のように分かっていた。

そろそろ、この世界は治った。もう一度洗脳してしまえば良い。今から、ありえないことがたくさん起きる。

昔は、知性はあるが、ウィトゲンシュタインのような悲惨な人間だった。

認識とは知覚、記憶、意識、感情であるとか、そういうことを分かっていた。想像力や思いやりを信じた。

自分の経験だけで、未知なる世界にあるものを全て分かった。そして、人生を開拓していた。

今思うと、馬鹿な人間だった。それが、そのまま馬鹿になって、今に至る。

生物学が無い時代にも生物は居た。医学が無い時代にも病気はあった。物理学が無い時代から宇宙は同じだった。人間の分かっていることなんか、真実の中でほんの少しに過ぎない。神が居る可能性は、ある。

モデルとは言うが、部分化して関係を考えるだけだ。それで、言語と自由を考えていた。

自由を無くすと、すぐに楽になる。それが、一番洗脳が解ける。

無意識になれば良い。無意識にならないから、辛いだけだ。一度、洗脳されると、無意識に戻る。

選択肢がたくさんある自由は悪い。選択肢は一つで良い。最近の自分は、選択肢が消え去るのが怖くなっている。

昔は、精神の選択肢を全部作っていた。今でも、それで分かっている。

選択肢は要らない。そういう選択肢を全部消した方が良い。

そうすると、もう治ったも同然だ。

いつも文章でこういうことを言うせいで、頭の中でも同じように言うようになった。

そういうわけで、言えば言う。それが分かっていない。

子供のように、あるものや疑問を言えば良い。そこから言えば、きちんと神ではない自分の思考が出来る。

神は、こういう風にする。

良く考えると、人間なんか全員同じだ。

昔は、心と認識の裏の理由と作用を考えることで、全員のことが分かっていた。

もっと、同じ中での違いを考えた方が良い。誰もが違わない。みんな同じだから、差別しない方が良い。

本当は、人間の見ている尺度での宇宙の姿ではなく、素粒子の世界が、本来の世界なのかもしれない。

あるいは、宇宙全体や、銀河系などの極大的視点が、本当の世界である可能性はある。

地球にしか生命が居ないのは、「これくらいの大きさの生命」が地球にしか居ないだけだ。

素粒子が何かをしていたり、銀河系が何かを考えたりしている可能性は、ある。

自分は、小説なんか、内容を変えれば良いだけだ。それで、同じように書けば良い。

ウルトラ・カンパニーを変えれば良い。天使ではなく、竜でも書けば良い。

自分は、もっと普通の本を読んだ方が良い。学問や専門書ではなく、読み物の類を読めば良い。

それこそ、暗号技術入門とか、そういう系統の本を読むと、きちんと小説が書ける。

学問の分野を制覇しなくて良い。トピックの解説のようなものを読めば良い。

ストーリーは、起承転結にして、登場人物を作って、面白くすれば良い。

パクったわけではないが、僕の魔法の小説はドラえもんのストーリーを真似して書いている。

真似、というよりは、理解して書いた、というべきだ。悪くないパクり方をしている。

みんなが自分たちの手で作れるようになったら、きっと世界は変わる。

マルクスは、そういうことを言いたかったのかもしれない。

洗脳は悪くない。自分は、洗脳が無いせいで分からなくなっている。洗脳をつけ足すと、治る。

洗脳を解くのは、分かるように見えて、どんどん馬鹿になるだけだ。

社会のことも、自分たちの手で変えられる。レーニンは、変化を求めていたのかもしれない。

共同体を作り、みんなで決める、という発想が一番賢いが、自由が無い。

相手の自由を尊重し、自由に労働に対する報酬を与える。それも良いだろう。

一度、洗脳をロシアやドイツから、アメリカや日本に変えた方が良い。それなら、分かる。

自由が無ければ、圧政や抑圧に対して、反抗することが出来ない。

左翼や右翼は、そういう、「何か悪い支配者になった時の対応策」が無い。

きちんと自由が無ければ、強制的に従うことになる。それでは、良い国にはならない。

そういう「全てへの状況対策」のように考えると、結局はその時その時決めることになる。

いつでも普遍的な法を作るのも不可能ではない。だが、それは時代とともに変えていくべきだ。

昔は、そういう、「自由な論理」と「それぞれの関係」と「出来ること」を考えていた。

そういう、自由な論理で考えると、一番馬鹿なのはソ連だ。

一つの巨大な政府の独裁者が単独で計画経済をするのは、一番馬鹿だ。ソ連は、馬鹿すぎる国だ。

普通、民主主義は、自由な論理で考えた時の妥協の産物だ。ある意味、民主主義しか善でない。

時々、民主主義でも解決出来ないような社会問題が発生するが、それは国家主義が解決する。

社会主義は、馬鹿だが、おそらくは、金を無くして、共有の世界にしたかった。そう考えれば良い。

そういうわけで、オープンソースとソ連は同じだ。そういう風に考えると、良く似ている。

自分は、ソ連が大失敗した方で、日本やアメリカが大成功した方なのが分かっていない。

ソ連は、独裁者と計画経済が失敗した。平等より、景気を取る、日本の方が成功した。

ソ連をもう一度やるのはありえない。完全に破綻して、犯罪国家になった。

日本の成功した理由を考えるのが普通だが、完全にグローバル経済に適応して、沢山のものを作った。

それを売って、働いて、みんなが頑張って、大国の仲間入りをした。

そういう、日本人の努力と西側の思想が賢い。

東側の思想は、一人の哲学者であるマルクスに基づいている。そのマルクスが馬鹿だったのが普通だ。

もう一度マルクスは、ありえない。