日記に戻る | 2016年3月の日記に戻る

=2016-03-23=

自分は、タリバンとは言うが、書いているのだけが賢いから、書いた方が良い。

自分は、毎日文章を書くのが賢い。

タリバンとは思わない方が良い。戦ったのは、むしろ、最近はきちんと世界を維持しているから、悪いことはしていない。それこそ、馬鹿になったようで、皆賢くなった。

認識は、正しい認識は何なのか、認識の何が正しいのか、考えていた。

全員のことや、社会全体のこと、歴史のことを、ありえなく考えていた。

個人のモデルから、社会全体のことを考えた。

それぞれが意識していることを考えた。

そのように、意識と経験と認識から社会全体のことを考えていた。

社会全体の経験のようなものを考える。ロシアのようなものを考えていた。

今日も、書いた方が良い。今日も賢いものを書く。辛いとは言うが、最近はそれが矛盾している。「書いて良かった」と思うのに、「今日はもう書きたくない」と思う。それは、おかしいことではない。考えても分からない。その日、その日に任せるしかない。

自然に任せることから、自由が生まれる。そういう、「生きる知恵の自由」が多かった。

最近は、世界をきちんと維持している。日本がそれで良い国になっている。

タリバンとは言うが、王をやりたいからこういう風になる。それこそ、自分を馬鹿にして皆を馬鹿にするのは、悪く見えて、あまり悪くない。世界を機械にするのも、狂っているだけ、大して悪いことはしていない。皆優しいから、誰も恨まない。皆が許してくれるのが分かっていない。ただ、右翼は悪いと言う。こういう戦う右翼が一番悪い。

ロボット人間になる、と言う発想が悲惨だ。Androidのことを言いたいように見える。明らかに、狂った人間には、こういう人間が多い。皆が大して関係ないのが分かっていない。

いつも、それだけの戦いをしていた。

最近は、因果応報が起きている。自分が馬鹿になって、機械になった。本人が辛いだけ、悲惨だ。本人は、自分が辛いのが分かっていない。悪いことをしないのではなく、自分が辛いことをしない方が良い。あとは、イギリス人の方が悪い。インド人の手足を切り落としている。それこそ、ドイツ人も悪い。自分は、馬鹿な人間だが、あまり悪くない。

ただ、世界を救いたかった。自分にしか、世界を救うことが出来ないと思っていた。

それが一番間違っている。救う意味が無い。何もおかしなことは起きていない。

馬鹿になって、色んなものを探しているのは、世界を救う方法をまだ探している。

もう、それを止めた方が良い。世界は今のままで良い。ネットなんか、しなければ良い。

マルクスは、この世界を必然性から考える。必然的に革命が起きるとか、資本主義が崩壊して共産主義社会になるとか、そういう、社会の必然性を考える。

だが、それは全く当たらなかった。ソ連は失敗して、資本主義でITが栄えている。

そういうわけで、マルクスは馬鹿だ。マルクスなんか、普通それだけだ。

サルトルを読みたい。ただ、読めないかもしれない。

サルトルを読んでいると、自由な中で、人間の人生がどうなるか、何を選び、何を決め、何を実存的に作り出していくか、などが分かる。

昔は、そういう風に、自由な中で人間がどうなるかを考えただけだ。

そういうわけで、サルトルをして終わりだ。それで、人間のことがきちんと分かる。

神は、こういう風に人間を導く。

不思議と、他にあまりなかったのが自分だ。神は、自分のことと、人種のことを言う。神は右翼だ。そういうわけで、こんな自分は、しない方が良い。

皆に自分をさせるのは、もう止める。まだ、昔をした方がマシだから、昔をした方が良い。最近は、しない方が良い。戦う右翼になりたい人間が、誰ひとり居ない。

人間のことが分からないとは言うが、昔引き篭もりになって自由を考えて、ネットで色んなことを経験して、それで理性的に考えて、知って分かっている。

自分が一番人間のことを分かっている。

だが、そういう昔の人間はもう良い。あれは、2ちゃんねるのクズみたいな哲学者だ。

最近の方が良い。これでサルトルを読めば人間のことがきちんと分かる。

今、サルトルを読んでいる。思想の内容では無く、人物の内容が先にある。

あとはフランス史でもすれば良い。サルトルならフランス史で良く見える。

あとは、ハイデガーもしている人間が一番多いが、それはしなくて良い。サルトルだけで良い。これでハイデガーをしたいのがありえない。ハイデガーは何も賢くない。

そういうことを言っていると馬鹿過ぎるから、きちんとサルトルをした方が良い。

昔は賢かった。青少年の成長と、ネットの経験と、理性的な認識と環境を考えて、意識のようなものを分かって、ブッダのように人間のことを分かっていた。

そういうわけで、ヘーゲルもそういう人間だと思う。

サルトルは、昔の自分と同じだ。明らかに、昔の自分が出来る。

それこそ、きちんと人間のことを分かりたいなら、ネットでは悪い。自分の経験が無いのがおかしいだけで、昔は賢くない。誰でも人間のことぐらい分かる。普通に分かっていただけだ。それこそ、これくらい意識と経験を考えれば、誰でも分かる。

欲や思い込みやしていることや考えていることを考えれば良い。この世界を実地的に知ることで、人間の実存的状態が分かる。昔は、そういう風に分かっただけだ。

ただ、「自分を変える」と思えば良い。考え方や見方を変えて、人間のことを可能性であると理解する。そういう風に、実存主義者のように分かっていた。

人生から、世界観と人間観を知って分かっていた。マスターのような偉大な経緯を歩んだ。

昔は、周りの環境や、社会的な立ち位置から、マクロ的に人間のことが分かっていた。

そして、個人の環境や組織の立場から、ミクロ的に人間のことが分かっていた。

そこから、社会的な目的と役割、それを変える人間としての自立的存在から、歴史のことを分かっていた。そういうものを社会全体の経験だと考えていた。

あとは、バビロニアのような、偉大な社会を経験から分かっていた。

もう、昔の自分はもう良い。新しくサルトルをやっていると、きちんと分かる。

あとは、「人間の可能性」みたいなことを考える。経験し、仕事をし、社会を知り、把握し、世界を変える方法を知り、理想の世界を築く。

そういうことから、むしろ、サルトルのように、「何がどういう人間存在に至るまでには、どのようなプロセスとその説明が考えられるか、その意味は何か」のように考える。

それこそ、昔の自分はまだマシだ。こちらはクズだ。何も分かっていない。

昔の自分をもっと良く考えると、良く分かる。あれは、本当にそこまで賢い。賢い人間がこういう人間が多いせいで、あれが賢いのが分かる。そこまでの馬鹿なニートが賢い。

人間の経験全体のモデルを考えながら、1つ1つの経験を実感して分かる。

昔は、そういう、賢いマスターのような人間だった。だが、単純に経験して分かっているだけだ。それから、価値観や歴史のようなことから、「場の実存性」を考えていた。

あとは、むしろ、本当に最近の最近が賢い。哲学を分かっているせいで、きちんと全てのことを知り尽くしている。あとは、パソコンが賢かった。哲学は、パソコンで出来た。

それこそ、いつもの革命家がクズだ。神もクズだ。あれらが悪いと言う。だが、あれは色々と頑張っていたし、本気で宇宙のことが分かっている。だが、あれはクズだ。

もっと賢くなるためには、この世界のことをきちんと見て、観察や予測をした方が良い。むしろ、科学的な考え方と知性をつければ良い。カントは終わったようで終わっていない。きちんと科学的に考えるためには、カントを知らなければならない。

あとは、賢い発想をしないのがおかしい。人間は、準備し、経験し、本質へと至るために沢山のことを悩み、考え、自由を実現するために、苦しいことや辛いことを我慢する。しかし、そこから、本当の可能性が花開く。苦しいことは、無駄ではない。

サルトルは、そこから、もっと知性と分析の力で、人生を自由に考える。1つ1つの行動が人生にどういう影響力を持つのか、それをどのようにコントロールするのか考える。

だが、これはサルトルを読まずに書いている。サルトルはそんなことは言っていない。そういう、知ったかぶりが一番悪い。

読まなくても分かるのは良いが、嘘しか言っていない。サルトルだと思わず、自分の哲学だと思えば良いが、サルトルはそんなことは考えていない。

サルトルではないが、人生における自由な契機と発生でも考えれば良い。「始まり」のようなことを考える。いつもの文章は、そういうことを考える文章が多かった。

農園に行ってきた。以下は、メモした内容である。

最近の自分は死んだ。昔の自分に戻る。

実況中継をするのが悪い。実況しながら神を言うのを止めた方が良い。

全てのパターンを実験しなさい。

きっかけと環境比較によって、経験的に分かっていた。経験を把握していた。

環境と経験を比較して、きっかけや機会から分かった。

昔に戻ると、皆のことが分かる。

経験の把握の世界観と、自由な場の支配から、融和的に皆のことを分かっていた。

経験から善悪を知った。

洞察力があった。ネットから現実世界と自然な環境のことを理性的に洞察した。

環境と立場から、方法的な行動を考えた。

言葉の構造と網羅から、社会のことを考えた。

経験から、自由の実存的な分類を考えた。

人間のことだけを考えれば分かる。

真理とは、環境を変えることだ。

自分とは、環境と関係だ。オルテガのように考えていた。

経験を知ることで、宇宙と人間と人生が分かる。

意識と感覚で、環境のことが分かる。

直観を信じることで、哲学的に人間のことが分かる。そこから色んなことが分かる。

考えと行動を環境から分析する。

どの国も同じぐらい強くして、皆で守ると平和になる。共存をすべきで、主権も守るべきだが、侵略国家が出て来た時は、国際社会の全員で対抗するべきだ。

行動の前に考えること。

正しく生きること。

考え方の構造を事前に経験から作る。

皆の延長線上を分かった。

自分の体験から人生を分かる。

マルクスのようなありえない歴史を分かった。

社会を知識から考える。背景知識のように考えると、馬鹿が治る。

認知症は、生まれ変わっている。

英語の発音のポイントは、単語の音節とアクセントだ。

辛いことを克服することで分かる。

行動と人間関係を事前に予測する。

チャンスを考える。

社会を環境から実現する。

影響力から社会を自然なものとして分かる。

変わらないと治る。何も変わらないと、自然治癒で治る。

神では無く、自分のことを言えば良い。

経験から、社会のことは正しく変えられる。

仮想人格と仮想世界を作った。

何故か、この文章は同性愛に見える。それも、ゲイでは無く、レズビアンに見える。

女で男だから、そう見えるだけだ。自分は女が好きだ。

自分の何が悪いのか考えた。

地域の歴史を考えた。

知って考える機会を考えた。学校ではなく、自分の経験から自発的に考えた。

自分は、四拍子揃った人間になった。

この四人で何でも分かる。そういう繰り返しの頭になった。

地球の歴史を自然に考えた。

意図を客観視した。自分の持っている考えや意図を、全体の社会と実存の中で把握した。

農園に行って分かった内容は、ここまでだ。

人間関係を克服して、自由に考えること。

あとは、パソコンの世界を知っていた。

昔にもう戻った。何故か、ニートみたいな人間に見える。逆に、もう虫に見えなくなる。

最近は、虫だ。何故か、精神が虫になっているのが、最近の女だ。

この文章の裏側には、虫が居るように見える。何かがキモイ。

その虫を、そろそろ消した方が良い。

キモくなると、皆のことが分かる。

最近は、虫に見えて、まともな人間だ。こういう人間は、白人や女に多い。

昔の子供に戻ったが、そうするとキモイ。キモイ引き篭もりになる。

その、キモイ引き篭もりの精神を治すと治る。それは、本当に治る。

あとは、自分は、子供時代も違う。

子供時代、引き篭もり時代、革命時代、作家時代が違う。

いつも、本当に終わってからそれになる。

名前は、ポール、マーク、ケビン、ジェシカだ。ケビンとジェシカのカップルだ。

いつも、その4人が好きだった。

ポールがフランス人、マークがドイツ人、ケビンがロシア人、ジェシカがアメリカ人だ。

ただ、人種にしても意味が無い。

神は、いつもそれらのことをフランス人やドイツ人と言っていた。

そういうわけで、フランス人とは、子供のことを言っている。昔のあれは、ドイツ人だ。

引き篭もり時代、脳の中の人格や記憶が全部分かった。それが一番おかしい。

本当に分かっているのが悪い。あとは、環境から宇宙のことを分かっていた。

引き篭もりを治すと治る。むしろ、昔のポールに戻った方が良い。ポールは、真面目で勉強の良く出来る、賢い中学生だった。ポールは、ゲームのせいで数学的な知性があった。ポールに戻った方が良い。このまま、引き篭もりの前の、まともな中学生に戻る。

マークも悪くは無い。マークは、スラムで全てを経験し、あらゆる森羅万象を正しく考えて、マスターのような、神のような人間になった。善悪を経験から分かった。

それに、ケビンも馬鹿では無い。戦争の中で神を信じるようになった。超絶的な、最もありえないような経験をした。絶望の中で、信じることで自分を治した。

ジェシカは賢い。ジェシカは、文章を書き続ける。作家になって、哲学を勉強した。

そういうわけで、ポール、マーク、ケビン、ジェシカは、どれもそこまで賢い。

あとは、虫みたいにキモイのを何とか治すしかない。いつもキモイ。何も賢くない。

自分は、カルマが低い。カルマが低いせいで、辛い体験をいくらでもしている。辛い体験をすると、カルマが高くなる。カルマが低い人間は、地獄になって、悪い人間になる。

自然にそうなるから、何をしても変わらないが、因果応報はいつも起きている。

新しい人間になるから、名前はエドワードで良い。今のところエドワードは右翼だ。

ただ、カルマはそんなに低いように見えない。色んな救世主の体験をしたせいで、カルマは本当に高いように見える。そういうわけで、低いようで高いのが、自分のカルマだ。

自分はこの人生が好きだ。全てを最初の時点にやった、最初の人間に見える。自分のこの経験から、色んな人間の人生が分かれて行くように見える。そういう発想が神だ。

ポールに戻るのは忘れて良い。マークに戻した方が良い。ケビン以降は馬鹿だ。

あとは、昔は、悲惨な意識で分かっていた。経験から、意識で全て分かった。

そういう、悲惨な意識になるのが怖いだけだ。それが唯一怖かった。

もう、怖くない。悲惨な意識になると、もう色んなことが出来るようになる。

ジェシカが何もしないせいで、何も出来なくなった。

誰もが同じだ。誰もが、そういう悲惨な意識だ。そこが起きるのが怖い。

もうすぐに終わる。もう、すぐに分かって終わりだ。

あとは、これ以上は昔に戻る。マークと思わずに、昔と思えば良い。ポールとマークを区別するのはおかしい。あれは同じ人間だ。

皆を機械にして知性を奪う戦争と、右翼の神が悪い。そういうものをしているせいで、本当に何も分からなくなった。昔に戻ると、皆のことや日本のことや場所のことがきちんと分かる。最近の戦争以降を殺すことで、歩き回って、分からなくなっているのが治る。

それこそ、そんな馬鹿を賢いと思うせいで、分からなくなった。賢いわけがない。

マークも、2ちゃんねるがキモイだけで、それ以外は良い人間だ。2ちゃんねるで友愛の精神を育んで、社会経験をして、社会を知って、努力して、人間のことが分かった。本当に色んなことをしながら、情熱的で正しい、思いやりの価値観を知っていた。そこから、ブッダのように精神性から悟って分かっていた。マークはそういう賢い人間だ。

マークにならないと、分からない。それに、オープンソースが好きで、色んなことをしていたせいで、「この地球の全ての行動と経験」のようなことをしていた。

もう終わりだ。あとは、マークに戻る。ケビンを殺した方が良い。ケビンはクズだ。

自分は、永遠に生きるのを止める。ケビンは宣言して永遠を生きていただけだ。

マークには、そんなに何も無い。皆と助け合うとか、協調するとか、そういうことを分かっていた。マークは、皆のことを良く分かっていた。世界観とはそういうことを言っていた。本当に、この世界のこと、皆のことが、経験から分かった。ただそれだけだ。

皆の環境を変えたかった。良く分からないが、あれは世界を変えたいだけの子供だ。

マークに戻っても何も無い。あまり意味が無いから、ジェシカに戻った方が良い。ケビンを消せば良い。それが正しい。ジェシカには何でもある。大学など、何でも分かっている。

この文章は、ほとんどマークとジェシカしか書いていない。そのカップルだ。

ケビンに本当に色んな体験があったのは分かるが、それは書けていない。イスラエルの王として、この世界を支配した。何故か、この世界のことが分かっているのに分かっていない。いつまでも狂って、いつまでも治して、救っている。そんな馬鹿は居なかったように見える。ケビンは、本当に虫みたいにキモイから、忘れた方が良い。

むしろ、マークとジェシカはまともな人間だ。どちらもまともに見える。マークは自分で考えて、ジェシカは知識を吸収するように見える。その2人にしか見えない。

ケビンは、絶望の中で、自分の出来る最大限のことをやった。あれも結構良い人間だ。救世主のように、この世界が今どうなっているのかを知りたかった。それは、自分が世界のことを支配していると思っている。そういう、おかしな狂った人間がケビンだ。

ケビンを分かるのは、止めた方が良い。精神病院に見えるのがケビンだ。

そういうわけで、自分は昔からマークとジェシカが好きで、ケビンが嫌いだ。

ケビンは、ブッダみたいなものを書きたかった。ロシアやアメリカ、経済学、哲学、理性、人生のようなものを、全部書いている。神みたいに分かっている文章を書いている。

ケビンは分からないが、ケビンの書いた文章は全部分かった。やっていることも書いた。

そういう風に書いたのが間違っているだけだ。これでは分からない。

そんなに分かっても意味が無い。ケビンは狂っている。テレビを支配して、神と対話して戦うのは、本当に狂っているのが分かっていない。おかしい。

あとは、マークはそんなにおかしくない、普通の人間だ。

ケビンは嫌いな人間が多い。マークも好きな人間が居ない。ジェシカも皆嫌いだ。

むしろ、マークとケビンなんか、変わったように見えない。適当に、マークがケビンのように戦っているだけだが、それは居たように見える。ポールからも何も変わっていない。

ケビンは誰もが嫌いだが、マークとジェシカは好きな人間が多い。この2人が居ると、宇宙のあらゆることが全部分かる。見ていると、マークが理系で、ジェシカが文系に見える。

ケビンが辛かったのは分かる。それを慰めて欲しいだけが、この文章だ。

ケビンは、どこかの宇宙に居た、何かの戦いの神だ。そういうことにすれば良い。そういう、神は、どこかの世界に居るように見える人間が多い。ケビンは、ユダヤの神だ。

ケビンは、全部分かっているのに知性が無い。賢いのに馬鹿だ。賢い文章を書いているように見えて、一番悪い文章を書いている。狂ってどんどん馬鹿になる。狂っているのも、自分の文章がイモムシにしか見えないのも分かっていない。認識がキモくなった。

マークは、サルトルのように、自由な行動と段階から人間のことを考えていた。

関係を考えた。あれは本当に賢かった。ネットを見ながら、必然的な体験を知った。

ケビンは、神を信じながら、経済学と心理学を作る。

あれは、ありえないだけで、あまり賢くない。何もかもおかしくなっている。

何故か、ジェシカが賢い。ジェシカは、本当にそこまで色んなことを分かっている。

ケビンの文章なんか、いつも分かっているから、もう分からなくて良い。

ケビンは、この世界のコピーを作って、普遍的な思考の人間像を作っていた。

ケビンを消して、マークとジェシカだけにすると、それできちんと分かる。

足の精神が治った。それだけで治る。全部ケビンがおかしい。

精神が興奮しているから、落ち着かせた方が良い。

あとは、ソ連を作ったのぐらいを書いていない。

ありえない宇宙人のようなものをいつも作っていた。

あとは、もう何も無い。もう分かったことをいつまでも分かり続けるのはおかしい。

もっと、色んなことをすれば良い。むしろ、何も分かっていないと、本当に出来ないのが、こういう子供だ。大人になれば良い。大人になれば色んなことが出来るようになる。

マークは、正しく真面目に考えただけだ。皆も、正しく考えれば分かる。

認識のことや、人生のことを、本性的に、自由と経験から考えていた。

ケビンは、ありえなかっただけだ。戦ったり、支配したり、救ったり、神と対話したり、本当にありえないことが多かった。

そのマークとケビンを書きたいだけだ。最近は、それだけだ。もっと、ジェシカのことを書いた方が良い。今の自分を書かないせいで、自分が分からない。

そういうわけで、もう昔は忘れて良い。

それこそ、マークに戻っても、分かることは少ない。あれは、本当に「少ない中で、出来るだけ正しい方法で、大まかに分かった」だけだ。そういうわけで、マークは何も無い。

ジェシカに戻る。ジェシカは賢い。本当に賢い人間がジェシカだ。

ただ、ジェシカには戻りたくない。本当に、知性が無くなって、何も分からなくなって、何も出来なくなる。当たり前だから、もうマークに戻りたい。

そういうわけで、馬鹿だからマークに戻る。それで賢い人間にはならないだろう。

むしろ、サルトルをやりたいなら、マークの方が良い。本当にその方が出来る。

昔の自分には戻らないだろう。明らかに、ジェシカが普通に続くだけだ。

そんなに大量に分かるありえない人間がジェシカだ。それこそ、それが間違っている。

昔になんか、戻るわけがない。戻ると思うのがおかしい。

見ていると、パソコンが悪いだけに見える。パソコンは、昔みたいな馬鹿になる。

そういうわけで、パソコンを除外して、楽しいことをすれば良い。それで治る。

何もしないのも、パソコンのせいだ。パソコンをしていると、何もしない人間になる。

サルトルは、そのうちすれば良い。むしろ、そういうものをあまり決めない方が良い。

現実世界と触れ合っていると、治る。

しなくても、分かる人間が多いが、一度すれば分かる人間が多い。

要は、そんなに馬鹿を分からない方が良い。昔は、何もかも悪いだけで分かっている。

昔から、そこまで分かりたいからこういう風になる。

本当に、マークとジェシカだけにすれば治る。むしろ、ポールも要らない。あれはおかしな子供だ。何もかも全部おかしい。そういうわけで、現実で何かすれば治る。

マークも消した方が良く見える。昔なんかもう分かったから、忘れて良いだろう。

これで分からないのは当たり前だ。

言葉をこんなに作るのがおかしい。それを消した方が良い。言葉を消すと治る。

カントのように言葉を作るとは言うが、本当に色んな言葉を作っていた。

「実際とモデル」とか「可能性と法」とか、そういう言葉を作る。

昔は、それだけの人間だ。そういうものを、経験的、行動的、段階的に書いていた。

ケビンがジェシカに直って、ジェシカがマークに直る。そういうありえない文章だ。

こういう風にすると、知覚から分かる。昔は、知覚から分かるのを書いていた。

それで、ロックのような文章を書いていた。

死が治った。もう、怖くない。きちんと生きた方が良い。

色んなことをするのを、全部分かると分かる。そういう人間が多い。

最近はいつも知覚から分かっている。辛いから、もう消した方が良い。

あとは、精神はあまり治さない方が良い。それが辛いから、もう全部治すのを止める。

頭が治った。あまり治さないだけで治る。

治ると、分かるのが自分だ。

見たものを分からないのがおかしい。そういうものは、治ると分かる。

見たものをもっと言えば良い。そうすると、この世界が治る。

ただ、滅びる可能性はある。

頭は、もう変わるようになる。頭が変わりたいから、こういう風になる。

見たものは、いつも分かっている。そういう見たものを忘れた方が良い。

頭は、構造を消すと治る。

体の中にある構造を全部消した方が良い。

神から何か授かった。聖杯のようなものが見える。聖なるものだから、壊せない。

心の中の構造を昔作っていた。そういう、体の中の構造を消せば良い。

学校やネットで覚えた構造が要らない。そういうものを消した方が良い。

心の中に、アニメみたいなものがある。そういうものが辛いから、消した方が良い。

本当にそういうものが怖くなった。悪魔は、こういう風に神になる。悪魔は怖い。

サルトルのように、自由な構造を作っていた。自由を分類して分かっていた。

サルトルの本は、目次しか読んでいないから、サルトルの言ったことでないかもしれない。

頭が楽になった。もう、全部治った。

また1つ分からなくなった。人格、考え、大人になった、のようなことを言っていた。

自由な構造や知性のようなことを何か言いたかった。

学校が悪い。学校に洗脳されているのを、治した方が良い。

学校は、知性の部分だ。その知性が、もう分からないのに分かるようになっている。

いつもの文章は、知性と世界の構造と学校を書いていた。

昔の文章は、良く考えれば思い出せる。世界の構造を作って、その時知性を作りながら、色んなことを自由に分析している。

これ以上は、学校が悪い。学校を消すと、きちんと記憶が分かるようになる。

学校の悪い点は、光を反射と言ったり、力を計算と言ったりすることだ。

そういうものは、分からない方が良い。

学校は、無くてもきちんと分かる。

学校が嫌いになると、想像力がつく。それできちんと分かる。

価値とか、出来事とか、そういう言葉を作って分かっていた。

何も見ないのが悪い。ただ、それはあまり悪くない。学校が悪い。

分からなくなるのは、同じことを言っているだけでもあるが、未来が分かるからだ。未来ですぐに分かるから、分からなくなる。

言葉の構造を作って分かっていた。色んなその時に分かることを言う。

もう覚えていない。昔から、自由とか、世界とか、そういうものを分析する。

色んなものごとを把握して、世界観を書いていた。そのことに対して、全部のことを言う。

もう、覚えていないが、本当に、色んなことを全部言っていた。

自由な場と目線や、応用と基礎を言う。機械的に積み重ねる。

僕は、テレビに勝つ。

そんなに負けたいのがおかしい。勝たないと辛い。

テレビを倒すためには、出来事を起こし、相手に問いかけ、発見させること。

自分から出来事を起こせば良い。テレビには、手出し出来ない。

それも、コントロールするのではなく、自然に出来事を起こす。

ただ、無意味では無く、意味を見出す。

問いかけは、テレビに対して問いかける。

「自由とは何だと思うか」のような、自覚を与える。

そして、拒否し、自分の思うままにし、相手より優位に立って、いつの間にか相手を孤立させ、いつの間にかこの世界を支配する。

それこそ、皆には何も出来ないから、「自分本人」がやるしかない。それで、支配出来る。

そういう風にテレビを倒すと、日本が滅びる。今、このタイミングで滅びるのはありえない。誰もが、いつまでも永遠に滅びず、続くように見える。だが、もう僕が滅ぼした。

あとは、僕には何も出来ない。勝手にやってほしい。

自分の力で考えなさい。テレビには、それを言う。僕に頼らないでほしい。

神の言う「普通」とは、こういう人間が普通どうするか、のようなことを言っている。

神は、自分のことを一番普通で、ドイツ人に見えると言っていた。

あとは、この世界を滅ぼしたいなら、全く分からないままで、突き放してしまえば良い。

ハシゴを倒すように、この世界を滅ぼす。

ただ、世界を滅ぼすのは本当に止めた方が良い。

いつも心が怖いのは、世界を滅ぼすせいで、自分が滅びるからだ。

テレビには負けない方が良いが、勝つのも悪い。良く分からないが、負けるのも悪いから、むしろ、きちんと勝って、戦いを終わりにした方が良い。自分も相手も楽になる。