OSを作った。
class OS { int mcpX; int mcpY; Memory* mem; Hdd* hdd; } void action(OS* system); void main(OS* system){ while(1){ action(system); } }
僕は、戦いながら文章を書いたからこうなる。
戦わずに文章を書けば良い。
世界は、僕になりたいのなら、2ちゃんねるなどしなくていい。
独り引きこもりとなって、パソコンを操りながら、適当な会話をし、フリーソフトをインストールして、はてなやWikiを見ながら、世界を冷静に考えれば良い。
2ちゃんねるでは僕にならない。最近の2ちゃんねるは馬鹿すぎる。
Linuxを信じると、知的障害のように脳が馬鹿になる。やめた方が良い。
この宇宙は、どこから来たのか?
良く考えると、ものや存在が何なのか、問うことは間違っている。
それらは宇宙の一部だ。宇宙が何なのか考えれば良い。
ものしかない宇宙だから、存在はものの塊しかありえないのかもしれない。
何故か、何も起きない。
神が創ったのだろうか?昔から、そういうことになっている。
最初からあったのだろうか?
おそらく、皆が生きるだけの宇宙だから、皆が作ったのではないか?
生命体と宇宙がつながっていて、誰かが生まれる度、宇宙は変わっているのかもしれない。
つまり、ものと宇宙は繋がっている。
ものが変わると同時に、宇宙も変わる。
空間や命と言うものは無く、現実世界は宇宙と言う機械の法則で動いている。
よって、生まれ変わりはある。
また、神のような絶対者は居る。
まぁ、それは無いだろう。
あるものは、構成、構造、表現、条件、個性だ。
映画や小説は構成であり、機械やシステムは構造だ。
表現とは絵画のようなものだ。
条件とはその事象が得られる最低限の必要条件である。
個性は、多様性であると同時に、統一である。
情報や他人からそれらは社会的に得られる。
経験や理解によってそれらは個人的に構築できる。
そして、概念と構造体を自分の中に作れば、適用的に分かる。
色んな物になることによって、人は全てを知る。
理想の世界は、皆が良いことが出来る世界である。
それは、自由につながる。
あるいは、保守的に考えれば、日本が強い世界である。
あるいは、楽な世界であり、平和な世界だ。
文化を守りなさい。
条件的に考えるためには、人の言うことが本当に正しいのか、考えなさい。
その正しさは、何の根拠があって、どこから来るのか。
何が正しいのかを知るために、人との会話と、人のそれを言う裏側を考える。
裏の世界を全て分かってしまうと、表の世界がさらに分かる。
それは、ネットでも良い。
だが、大学のように、基本となる知識の体系を一度知ることで、世界がそうなっている理由を知ることが出来る。
運命は、人を2人に分ける。
1つ分かれば、2つ目は分かる。
何もない世界で、努力して考えて分かっていた自分は、積み重ねることで、全てを分かる1人目となる。
しかし、2人目は、その分かる人間の逆になる。
何も分からない代わり、馬鹿になりながら、難しい未知のことを分かるようになる。
ポルノグラフィティが言うように、あなたは1つずつ知っていき、一つずつ分からなくなる。
自分が自分なのを思い出して、終わる。
私は私と離れるわけにはいかない。
それは、そのうち、カップルとなって、良いものを残すだろう。
認識を、理解と構築の中で、構造体と条件を築きながら行えば、体験的かつ回想的に全てを知ることが出来る。
それは、自由と可能性、と言う発想から、世界を革新することも出来るが、同時に、統一と実現と言う発想から、世界を賢くすることも出来る。
統一しなければ、悪いものが生まれるが、自由でなければ、何も出来ない。
永遠と一瞬の心によって、人間は自分の新しい心を創造することが出来る。
それは、一瞬で永遠を分かり、毎日1つの人生を生きて、全て分かる。
そのような人間が、最近の僕だ。
ものには、物理的で化学的な法則と特性がある。
また、言語にはどれも簡単な分かるルールがある。
そして、政治には、ナショナリズムと自由と平等がある。
その上で、論理的に考えれば、世界を仮想的にフィルターを通して見ながら、原因と結果を知り、どのようにそれを行えば良いのかを知ることが出来る。
そして、その人間の行動の意味することは何なのか、良く分かる。
その上で、人に勝利し、支配することが出来るだろう。
そして、そのように、理由を考えなさい。
法則や手順、原因と対応する結果を覚えることで、人間はきちんと出来る分かり方をする。
考えていると、照らし合わせながら、様々な場合と可能性が考えられる。
それは認識的であると同時に、行動的であるべきだ。
積極的に挑戦し、変化し、増やし、減らし、別の可能性を沢山の人間の言うことから考えるべきだ。
驚きは間違っていない。驚くほど美しいもの、驚くほど賢いものを作りなさい。
具体的な対象として、人間は社会と心理であり、経験である。
また、言語は意図を伝えることであり、言語によって言語を考えることだ。
感情とは、きちんと知った自分の世界を、自分の思うままに知って考えることだ。
感情はそれぞれの人間の中に有る。
人が分かるために、影響力と支配を行うことが出来る。
感情を止めながら、世界を動かすことで、世界を操る悟りの支配者を生み出す。
あとは、単純にいつもの自分を言っているだけだ。
馬鹿とは、関わらない方が良いこともある。しかし、逆の考え方をすると、子供時代ならば、幾らでも馬鹿と関わらなければ、賢くならない。
自由とは、全てを否定することだ。
支配とは、全てを肯定することだ。
変化と平等は、知性の全てであり、感性の欠如であり、理性の狂気である。
コンピュータ科学の良い点は、一番先進的で、一番戦っているところだ。
また、プログラミング言語と情報技術、ネット技術の多様性によって、人に賢い考え方を全て与えている。
コンピュータ科学は、あまりに頭が賢くなる。
しかし、コンピュータは、狂っている。
良く考えると、計算以外に、人間の出来る人間らしい特性は無い。
しかし、コンピュータは、常に2つしか出来ない人間のシングルタスクな特性を超えて、マルチタスクのOSであるUNIXを作り出した。
そうした理由のため、全て、神のように賢いのに、悪魔のように馬鹿だ。
しかし、パソコンをそのような馬鹿な考え方で馬鹿にするのは止そう。
パソコンの賢い点は、最も賢いものから、最も馬鹿なものまで、あるいは、最も使われている普通のものから、誰にも使われていないが賢いものまで、具体的にありとあらゆる面からものが揃っている。
考え方によっては、Lispより賢いものは無いが、Pythonより賢いものは無く、Javaや.NETより賢いものは無い。
だが、時に、パソコンは、経験豊かな人間しか動かせない、オタクの道具だった時代が多い。最近は、パソコンを全ての人間が使うようになったために、あまりに低くなった。
そのうち、また変わり、新しい技術と流行が生まれる。Facebook, Twitter, Android, iPhoneが流行っているが、いつでも、どこでも、誰とでも繋がる、という発想はもういい。また、最近はUIにタッチパネルを取り入れるが、Windows 8は、あまりにUIが退化している。
そのうち、それらが変わる。そのうち、また考え方の転換が生まれるかもしれない。完璧なロボットが作れるようになると良いだろう。
ユーザーに高度な経験を強要するのは、間違っているようで、むしろ、ユーザーをあまりに馬鹿と見なして、馬鹿なUIを標準にするのも、間違っている。
誰でも出来ると言って、キーボードやマウスを廃止し、一画面のタッチパネルにするのは、おかしい。
また、競争や独占の方法にも問題がある。
金があるのは良いが、Windowsなど、ただパクリの欠陥商品を無責任に強制的に購入させ、古いコンピュータは遅れた道具にしている。
Linuxは間違っていない。おかしな共同開発に見えて、オープンソースの拡張性の高い、柔軟性のあるOSだ。しかし、Linuxは儲からない。
それこそ、Linuxが考えた結果は、GNOMEとEmacsだ。全く間違っている。
誰にも使われない高度なものから、皆に使われる低度なものまで、バランスを取りながら、分裂させず、統一させるべきである。
また、使い方は統一して、信頼性は高めることである。
何より、コンピュータは先端的過ぎる。そろそろ社会もコンピュータ社会に馴染んできた。一握りの会社が支配するよりも、皆の沢山の知恵と競争、あるいは社会主義とはいうが、Linuxのような共同体的な生産を行うべきだ。
一度、難しい考え方を排除して、身の回りにある物事を考えてみたい。
そうすると、あるものは、道具と金だ。たまに、情報がある。
そのために、あるものだけがあった方が、賢い。
また、幸せとは、夢と名誉が達成して得られるものだ。
生活とは、安心できる暮らしと金が存在して、始めて安心できる。
先の見えない生活は辛い。皆には、夢と名誉と生活の安定があるべきだ。
数学は、論理の遊びであると同時に、論理の発見だ。
物理は、世界を正しく見ることの出来る、唯一の道具だ。
他のものは、要らない。
必要なのは、普通の安心できる世界と、金と生活と、夢や名誉と、数学、物理、コンピュータだ。
何かして、何かあるのが怖かったし、悪かった。
普通、何をしても、何もない。
それから、僕は、最初にした馬鹿で決まるのが怖い。
何故か、最初が馬鹿になると、あとは全部馬鹿になる。
何故か、僕は賢いことからしない。
馬鹿なことからする。そして、1つ1つ馬鹿なことから続いて、馬鹿を全部して、賢いことはせずに終わり、また最初から馬鹿をする。
何故か、賢いことだけが出来ないのに、おかしな賢いことが出来る。
最初が馬鹿になるのが、中学生の頃から怖かった。
民主党は悪い。
自民党と比べて、ただの暗闇だ。
しかし、それを言うと悪い。
なぜなら、世界を操っている本当の犯人は、民主党でなく、テレビを支配する僕なのかもしれないからだ。
民主党の悪い点は、変えるのを止めて、決めるようになった。
そこが悪い。
無意味な変化は、独裁者の決断になる。
Wikiを書いた。
Linux関係の記事をWikiに書いた。
Linuxで検索し、関連記事を追ってほしい。
しかし、僕は、もうLinuxにはあまり関わりたくない。
何故、それがまだ続くのかと言うと、やることが無いからだ。
僕は、大学や賢いことはもうしたくない。
難しいことを分かっても、馬鹿なだけだ。
普通の、誰でも出来ることをしたいし、誰でも分かることが分かりたい。
しかし、それは難しい。
なぜなら、会社には入れない。
入るためには、放送大学を卒業しなければならない。
AppleやGoogleに入りたかった。
ただ、エンジニアにはなれないだろう。
政治家など、なっても仕方がない。
出版社に入りたかった。それも多かった。
放送大学を出れば、出版社に入れるかもしれないと思って、本を読みたかった。
しかし、そうした夢は、何も叶わず、日常の思いつきとともに消え去っていく。
大学の悪い点は、全く文章を書くのと関係ないことをやっても、意味がない。
自分より馬鹿な教授になりたくない。
必要なもの、要らない経験は、要らないのだ。
僕は、最近、賢くなりたくない。
賢いことは、分かりたくない。
誰でも出来る、馬鹿なことが出来るようになりたい。
そして、大学より、会社に入りたい。
だが、賢いことを会社でするためには、大学くらい、出来なければいけない。
それに、大学は悲惨に見えて、放送大学は悲惨でない。
学習は一貫して、授業と教科書を覚えるだけだ。
テキストは専用の教科書に統一して、授業はテレビ放送に統一している。
きちんとすれば良いのに、出来ない。
Linuxは、GNUが賢い。
GCCから全てのGNUパッケージまで、賢いところを全部作っている。
あとは、X11による拡張性が賢い。
あとは、Linuxカーネルだ。
最近は、GNOME 3、KDE 4、あとはMATEなど、統合デスクトップ環境があまりに増えて、全部のOSに見えて、良い。
GNUは、自由なコンピュータを全て自由のままで作りたい。
人間は、恥をかけばいい。
賢くなる。恥をかけばかくほど賢くなる。
自分を守るより、皆のために戦って負けた方が良い。
Linuxが動くわけもないのに動くのは、GNUの基盤がしっかりしているからだ。
同時に、UNIXの過去のAPIなどの考え方が、賢く信頼できる。
その上で、Linuxカーネルは、目立った新規性こそないが、きちんと動くものをハッカーのオタクが共同開発で作った。
それは、沢山のUNIXコミュニティの開発と参加の促進によって、爆発的に融和した。
良くは見えない。
しかし、本来のコンピュータを庶民へと与えるものに見えた。
だが、やはり、良くは見えない。
ソーシャルネットワークの良い点が見つからなかったが、良いものがあった。
Slashdot.jpは、タレコミを編集者が検閲し、日記を自由にすることで、良いソーシャルネットを実現している。
Linuxは忘れた方が良い。そこまでの馬鹿だ。
だが、GNUは結構、本当にフリーソフトウェアだし、Linuxは結構、本当にオープンソースだ。
やっていると、賢くなる。
最近は、全ての分野を知りたくなっていたはずだ。
また、最近の自分を分かりたいだけだ。
それなら、大学が良い。
放送大学で、きちんと知識が手に入る。
きちんと世界を考えれば分かる。
むしろ、世界はきちんと考えなければ分からない。
ネットは忘れた方が良い。
きちんと考えると、学校が無ければ文字が読めないし、計算も出来ないが、学校があると、子供は一生何も出来ないだけだ。
きちんと考えれば良い。
それぞれの文化と組織を維持し、変化させると同時に守る自由が必要だ。
そういうものは、つまらなく見えて、賢い。
世界など、一切変えるべきでない。
世界を変えるより、自分を変えるべきだ。
きちんと考えると、夢や希望が無いのがおかしい。
夢が無いのはまだ良いが、希望が無いのはおかしい。
ただ、自分の好きなことをしながら、単純に興味を持てば良いだけだ。
間違っているのは、イエス・キリストだ。
皆を奴隷にして、希望を失わせている。
ユダヤ人が上に居る。ユダヤ人は悪い。
日本を好きになった方が良い。
日本には、神のようなものが居ない。いや、天皇が居る。
しかし、イエス・キリストのような、騙す神は居ない。
ただ、頂点である天皇が、悪いものを殺す。
その方が良い。キリストが賢くても、ただ、キモイだけだ。
対話や言葉など、最初からあるべきでない。
分かる、とはいうが、何も分かっていない。
それぞれが頑張る中で、それぞれが努力するのは良い。
しかし、学校は悪い。
子供が何も出来なくなって、馬鹿なラップや、ヘヴィメタルになっている。
子供が悲惨だから、国際的な秩序は間違っている。
ドイツの良い点は、12歳で職業が決まる。だが、そこが一番悪い。
社会主義は、しかし、一番悪い。
全部の国の支配者を殺す。
暴力的に世界全部の政権を取る。
ノルマ生産は辛い。
強制労働によって、はむかうものは強制収容所送りになる。
一体となる平等は、スターリンの自由となり、他は一部となる。
平等分配はものが無い。
全て与えるのも、必要なものだけを与えるのも、不完全で、破たんする。
勝者に報いが無く、敗者が勝者の努力を阻害することによって生きる。
プロレタリアの平等はおかしい。全員奴隷で、最下層の平等になる。
独裁者は悪いし、計画経済は上からのトップダウンな経済となる。
社会所有は全てが国のものとなる。
自然な自由の共同体と、何も決まらない評議会は、内政を滅ぼす。
外交的には、戦争し、鎖国し、自由と発展する方を殺す。
社会主義は、皆で倒すべき思想だ。
単純に考えて、社会所有と平等分配と計画経済は悪い。
ものが無い。
完全な配給では、誰も働かない。
パンだけを与えるならば、トイレットペーパーもない。
一番悪い。
平和では、何も変わらない。
国のために誇りを持ち、国のために戦い努力することで祖国を良くし、不当な方法で祖国を害するものを倒す。
そのようにするしかない。
平和と言う人間は悪い。
何も世界が良くないのが分かっていない。
世界と戦わなければ、悪いものは変わらない。
ドイツが、あまりに異常な国になったおかげで、ドイツは分かっていない。
日本は、まず、ドイツを倒した方が良い。
皆の力で、楽な世界を作るために、努力するべきだ。
日本は、日本を発展させるが、楽にはしない。
楽など、つまらない。普通、国のために何かしたい。
世界政府には、出来ない。
世界とは、戦うしかない。
また、帝国の意思決定プロセスは、間違っていない。
帝王の下に帝国議会があるし、帝王は、1つの環境や組織に囚われず、全部の環境を良くすることが出来る自由だ。
また、その上で民主主義にすれば、帝王を皆で選ぶことが出来る。
そして、その上で血統にすれば、馬鹿が帝王になることが無い。
そのように違うのが、昔からの伝統的な、ローマ帝国に類する帝国だ。
右翼の悪い点は、誰が見ても、戦争で全て死ぬのは間違っている。
他の国を悪いとはいうが、民主主義も社会主義も同じだ。
民主主義では自由と組織が賢く、社会主義では平等と独裁者が賢い。
民主主義では独裁者の自由が悪く、社会主義では自由なタリバンが悪い。
何も変わらない。
戦後の国際秩序は、一番悪い世界だ。
右翼を戦争とはいうが、間違っている。
民主主義のアメリカは、いつも戦争している。
社会主義の中国やロシア、北朝鮮も同じだ。
帝国は平和だ。併合してしまえば、相手の土地は自分の領土となり、征服民は同化して、平和な巨大国家になる。