自由とは、自分の意志で決められることだ。
奴隷とは、自分の意志で決められることなく、階層を固定され、労働を余儀なくされることだ。
奴隷とは、支配されることだ。
僕は、皆を奴隷にしているだけだ。もう、皆の意志で決められるようになってほしい。
そのように、自由なモデルと説明で、社会的な定義と成り立ちを考えていた。
本当は、奴隷とは、支配されることと言うのは、間違っている。
だが、それは、間違っていて良い。それで賢い。そう言うことが賢いだけだ。
そのように、モデルにして分かっていた。
上に支配者が居るなら奴隷だが、支配者を皆で決められるなら奴隷で無い。
そして、白人支配とか、社会主義を奴隷と言うことは出来る。そういう、「言える」を分かっていただけだ。そのようにして、昔は、自由なメタ思考の説明で分かっていた。
あとは、ものごとの意味を良く考えれば良い。そういう風に考えると、キリストのように良く分かる。一番正しい考え方だ。意味と成り立ちを考える。
悪い人間を悪いと言っていると、馬鹿になる。だが、悪いと言わなくても馬鹿になる。
昔は、ネットを見て、悪い人間を全部吸収した。
誰も悪くない。そんなに悪い人間は居ない。悪くないと思えば賢くなる。
最近は、いじめなどで、悪い人間を悪いと言わない人間が多い。
ただ、悪いとばかり思っていると、キモイ人間になる。
悪いものは悪い。善悪の判断基準をきちんと作って、悪いものを否定しながら、悪い人間と良く付き合っていると賢くなる。悪いものは嫌いで好きな方が良い。悪いものは悪いが、本当に悪いものは少ない。いや、多いだろう。僕も良く分かっていない。
悪いものは悪い。それだけが一番賢くなる。悪いものを悪いと思った方が良い。
悪い制度や独裁者が悪い。ただ、左翼が賢いだけだ。
昔なんか、悪い日本社会を全部吸収しただけだ。そういうレーニンのような人間だ。
ただ、テレビは、そこが怖い。悪い日本社会だ。
テレビは、見ていると、安心出来る。それが分かると怖くない。不思議と、分からないと怖い。そういう良いものは、分からないと馬鹿に見える。
本当の思いやり、本当の光は、善ではなく、悪から生まれる。
善悪の判断基準ぐらい、ついた方が良い。それも、経験から善悪を知るべきだ。
そういう風に、善人にならなければ、何も分からない。
仏の慈悲の心や神の愛は、悪いものを悪い、良いものを良いとして、守っていると分かる。
そういうわけで、賢い人間の方が、勇気のある人間が多い。
僕は、臆病だ。臆病だから、辛くなる。勇気を出せば、すぐに楽になる。
あとは、色んなことをしていた。
現状分析や時間分析、公理主義の数学と仮想世界の創造、想像力による把握、植物や動物の意識の吸収、理想の社会の実現、理想と現実の照らし合わせなど。
時間と思うことが多かった。心理的な社会の実現を考えていた。
ネットを見ながら、調査研究した。
そういうことは、しているようでしていない。そういうしていないことを考えれば良い。
言葉遣いから、全ての言語が分かっていた。
体系を2つ作った。全てを最高にしていた。
そういう、神の話を思い出せば分かる。
Linuxとフリーソフトから、色んなことが分かった。英語がしたかった。
自由は、GPLのことを言っていた。
全ての文章を読んで、全ての労働経験をした。
それくらいしかない。もう十分だ。いつも書いている内容で、誰でも分かる。
社会分析をしていた。心理分析もしていた。
地域の歴史とインフラの共有や多様性から、オープンアーキテクチャを分かった。
町を作る発想をしたり、原子力発電などを考えたりしていた。
色んな科学的なことや数学的なことを考えていた。
ネットで友人を沢山作った。はてなと2ちゃんねるが好きだった。匿名は、何でも自由に言えて、受け入れられると考えていた。
抑圧は、ネットの自由で解決出来ると思っていた。
創造性と、自然な体験で分かっていた。
気付きと意図から人間のことを分かっていた。環境の違いと習慣を考えていた。
それ以上は、分からない。何故か、全く覚えていない。本当に色んなことを考えていたが、忘れた。見方や在り方、自然に任せて自由に許す、などを考えていたと思う。
感情や感覚で分かっていた。実感から全てを知って、完全に満足していた。そういう、悟る涅槃が、昔に多かった。
悲しかった。悲しい心で、社会の希望を分かっていた。アイデンティティと価値観から、憂国の救世主になって、革命家のようになっていたが、本当に良い人間だった。
コンピュータのことを知り尽くしていた。コンパイラからOSまで、色んなことを詳しく分かっていた。ネットワークに詳しかった。
あまり意味が無い。コンピュータのことなんか、何も知らない。工業大学を出ていないから、開発は出来なかったし、ネットのオタクのせいで、知性が無い馬鹿になった。
普通の人間を全部吸収した。普通より先を行く、ありえない人間だった。
皆の延長線上を行く、斜め上目線の賢い人間だった。
大学を作りたかった。会社を作って、ガレージからベンチャーを作りたいと思っていた。
色んな人間のことを全員分かっていた。特に、ジョブズやイチローが分かっていた。
分かり得ないことを排除して、分かり得ることだけを全部分かっていた。
工事現場から古い資材を全部どけるように、新しいものだけにして分かっていた。
古いものも、それはそれで参考になる。
あとは、ネットの経緯を見て、掲示板のログを見て分かっていた。
そろそろ、覚えていない。もうないはずだ。
あとは、「もし」や「かもしれない」で分かっていた。
色んなものを読めば分かる。何も読まないから、自分が分かっていない。
もう一度自分を分かること。昔は、そういう、自分を知ることで分かっていた。
独自の経験があった。
皆を、最近、全員違うと思っているが、それは間違っている。
最近が特別居ないだけで、皆同じだ。昔の、もっと昔の人間しか居ない。
神は居る。特別な言語で考えた時に、いくらでも居るのが神だ。
そういう風に、おかしな考え方を分かっていた。
ネットで発想法が身についた。弁論術も見についた。そういうことを言いたかったのだと思う。コミュニケーションと発想から、全ての人間を分かった。
共有と自由参加が好きだっただけだ。
知と無知を比較して分かっていた。
自由が好きだった。
システムは、共有し、公開するべきだと考えていた。特に、教育に良いと考えていた。
そういうものだ。ただ、馬鹿だっただけだ。
そろそろ、分からない。もっと色んなことがあった。だが、あまり分かる意味もない。
理解と発想の関係のようなことを言っていた。
環境への適応と意識の法則で分かっていた。
空間認識から世界を分かった。
物理的な作用による科学の構造体を作って、成り立たせて、条件から考えていた。
心理を物理的に考えていた。
思考をトレースして、辿って分かっていた。
人格を吸収した。
教育を変えたかった。
影響力があるのが好きだった。
あれも、馬鹿な人間だ。分かれば分かるほど、分からないのが分かっていない。
最近の方が良い。最近は、地獄とは言うが、昔より楽園になっている。
最近は、機械のロボットが永遠と言う。
それは、もう良い。もっと最近の方が良い。
止めたくても、止められなくなった。そろそろ、本当に止めるべきだ。
キリストが好きだ。
要は、そんなことは言っていない。
色んなことを言っただけで、自分のことをそういう風には言っていない。
もっと、書いたことを良く考えれば分かる。心理学など。
心の現状把握と、調和と影響力による平和が多かった。
社会の構造分析と、全体像と、メタ思考による成り立たせが多かった。
環境の変化と支配、正しい環境への導き方、導くことによる共通理解の全員の気づきの誘導、などが多かった。
そういうことを言いたかった。言えたから、それで終わりだ。
体験は、自分の本来の姿へと立ち返る、と言いたかった。
本当の楽しさは、自分の内側にある、純粋感情、純粋経験から生まれる。
そういうことを言いたかっただけだ。良かった。きちんと分かった。
本当に許して、自然で自由な環境を作り、参加することで、意識が高まる。
意識の本質と、心理学的な方法、精神の変化の経緯、本来の行動などが分かっていた。
ものは、再利用出来る。そこから、社会を共有可能にすれば良いと思っていた。
意志を考えていた。それぞれの意志で決められるのが理想だ。
全員のことを考えて、理想の考え方と、本当の知の捉え方を分かっていた。
裏の構造から、社会のことから心理のことまで、全部分かっていた。
理想的な社会から現実的な社会まで、色んな社会を作ることが出来た。
人生は、許すこと、体験すること、同じ立場に立つことで分かると考えていた。
同じ立場になって、視野を広げれば分かる。
想像力があった。それぞれの視点と、実験や体験の考え方があった。
自然な体験が好きだった。ガーデニングとオープンソースで分かっていた。
色々と、否定的な面もある。
おかしく、馬鹿だった。生活もおかしかったし、孤独だったせいで、悪くなった。
悪くは無いが、エッチなものを良く見ていた。
オープンソースでは、ネットを荒らしていた。
それから、統制された、おかしな戦う人間だった。
正しい欲求には、従うべきだと考えていた。
政治家や金持ちが嫌いだった。
むしろ、ドイツ人も嫌いだった。ユダヤ人の方が好きだった。
神や左翼も嫌いだった。自由が好きだった。
本当に自由になりたかった。本当に自由な世界、本当に平等な世界、どちらもありだと考えていた。
完全な自由が好きだった。ある意味、無政府主義者だった。
そういう、馬鹿みたいな人間だった。言うと、共産主義者のドイツ人だ。
そういうわけで、社会分析をしていた。いじめの起きる原因のようなことを考えていた。
学校からベンチャー企業まで、社会のことを実地的に、縦横無尽に考えた。
アンケートや意見の共有で、学校は良くなると思っていた。
面白い教科書を作りたかった。
確かに、参加すること、言うことでしか、分からないと確信していた。
ネットが良いと思っていた。そこから、自由を考えるようになった。
それぞれの自由が好きだった。一度社会から離脱して、組織から離れなければ、分からないと思っていた。
会社では出来ないことも、パソコンでなら出来ると考えていた。
そういう、社会分析の世界観が多かった。
常に人間理解、無知の知、現状分析を行っていた。
行動こそ、自由の下にある唯一の光だと考えていた。
方法と前提と考え方を知ることで、全ての労働と仕事を吸収した。
色んな人間になって分かるように、人格を想定した。
そういう風に、全部分かった。決めること、決め直すことで分かっていた。
一度社会から離れて、独自の自然な経験をして、もう一度社会を見ることで分かった。
1つの社会をきちんと分かって、色んな社会を見て分かった。
それくらいの馬鹿だった。あとは、心理学的なことが多かった。
本当に心地よい経験は、集中力と困難の解決から生まれると思っていた。心理学では、それをフロー現象と言う。
一体感を感じて分かっていた。
意識で物理を分かっていた。
仲間を作って分かっていた。色んな仲間が、ネットにいくらでも多かった。
沢山の仲間との絆の経験で分かっていた。本当に、沢山の人間とネットで付き合った。
ネットの悪い点は、すぐに交流が途切れてしまうこと、本当はどんな人間なのか、最後まで分からないことだ。ネットは一番悪い。
自由と自然は、世界を影響力で変え、正常にすると思っていた。
自由な可能性から、理想な社会が必ず生まれる、そのために自分に出来ることがある、もしかしたら自分にも出来る、と考えていた。
出来る人間には出来る。社会は、常に自由に変化に任されている。そういう自由だった。
それぞれの行動を許し、自立して考えさせるべきだが、そのためには、知っている人間が知らない人間に教える、助言とアドバイス、情報のようなものが必要だ。
普通、そういうものは大学が教える。だが、大学では分からない、自分の経験と助言からしか分からないと思っていた。
あとは、経験論が多かった。経験と知性から、感情と理解に変化するだろうと思っていた。
その人本人が望むことを叶えるより、本当にその人が知るべき、与えられるべき望むだろうものを叶えるべきだと考えていた。本人が知るべきだ。それは、良く考えれば分かる。
生物は本当は何なのか、宇宙は何なのか、社会は何なのか、数学は何なのか、見方と考え方の変化で分かっていた。
そういう、見方の変化、認識の段階と変化のようなことをいつも書いていた。
それで終わりだ。余すところなく全部書いた。書けたのは、全部分かっているからだ。
あとは、行動のようなことを分かっていた。信じる、疑う、考える、感じるなど。
そのまま、方法や学習に繋がる。そういう段階を書いていたことが多かった。
そろそろ、もうない。全部書いたはずだ。
あとは、自由とは助け合いだと言って、社会を作っていた。
思いやりは良いが、義務は悪いと言っていた。本当に自由な経緯をそれぞれが歩めるべきだ、そのために、自分の知が参考になる、と考えて、知を積み重ねていた。
意識が分かっていた。賢くないと分からないことが、全部分かっていた。
最近は、馬鹿なせいで分からない。馬鹿は分からない。もっと、正しく、公理主義的な理解の見地に達すれば、誰でも分かる。一度馬鹿を超えて、頂上まで上がれば分かる。意識によって、それは可能となるだろう。
あとは、仮象の世界や、仮想的な世界、本質と考え方、思い込みや因果性のようなことを言っていた。仏教のような、難しい、高度なこともいくらか言っていた。
そういうわけで、それで終わりだ。楽になった。
叶う夢は叶う。もう、昔の自分は分かった。それこそ、簡単に分かるから分かるだけだ。
良く考えると、設計図の共有、応用可能性、社会の可能性が好きだった。
そんなにオープンソースが好きなのは、おかしい。一番おかしく見える。
もっと他に好きなものを作った方が良い。
最近の僕の好きなものは、ピーナッツ(スヌーピーの漫画)と音楽だ。
ピアノも好きだが、日本のJ-POPの音楽が好きだ。
音楽は、自分のことを言っているように思うことがある。
昔、自分のことを神だと思っていた。当たっていない。音楽が多いだけだ。
漫画やアニメにも、自分のような登場人物が多い。
色々と、そういう自分の神話がある。真相は定かではないが、見て明らかな通り、皆、自分が好きだ。
僕も皆が好きだ。だが、皆は、最近、やっていることが馬鹿になっている。
ネットは間違っている。もっと、違う、幸福な社会になってほしい。
昔の方が良かった。それは、正しい。昔は色んなものがあった。
僕の行動を変えれば良いだけだ。
皆は、自由でも平等でもなく、自分の分かる範囲を広げて、自分で自分の行動や意志をコントロール出来るようになって、自分で分かるようになるべきだ。
そして、皆も僕も、どちらも自由になるべきだ。
自然に任せるだけは止めて、行動するべきだ。ヤスパースが参考になるかもしれない。
昔は、大人になって分かっていた。最近は、それが度を過ぎて、むしろ子供になった。
環境を思い出して、成り立ちを良く考えて分かっていた。
ネットを見て、人間のことを良く考えて、環境を推論した。
ネットと空想を交互にして分かる人間だった。
最近の僕は、まるで子供だ。写真を見ていると、自分でも赤ちゃんに見える。
辛いのは、子供だからだ。大人で辛い人間は、子供になる人間が、特に女に多い。
昔は、大人だった。大人過ぎるのに、子供の人間だった。あれもおかしな、大人みたいな子供だ。今の逆だ。今は、子供みたいな大人だ。何か、発達障害か何かに、そういう症例のようなものがあった。アダルトチルドレンとかいう言い方をする。
だが、僕は結構、最近はまともだ。子供っぽいところはあるが、普通の青年になった。普通のまともな大人に見える。パニックのような症例の方が多い。
嫌いなものは、学校、右翼、マイクロソフトだ。好きなものは、オープンソースとドイツと哲学だ。あまり意味が無いが、僕はそういうものが一番多かった。自由な人間だった。
学校は嫌いだが、あまり言いたくない。子供には罪は無いし、母親が教師だからだ。
学校が嫌いな代わり、実体験で分かった。学校では無い色んな体験をしていた。
本当に想像力と言語力があった。最近、それは、書くために、無くなった。書くだけの人間になった。
学校は好きな方が良い。今考えると、むしろ、学校も悪くない。
子供が馬鹿なだけで、教えている内容は馬鹿ではない。だが、賢くない。
もっと知恵のようなことを教えれば良いのに、知識、特に事実のようなものしか教えていない。
もっと色んな教科を作るべきだと思う。国語や算数だけで、分かるわけがない。
研究、実践、方法、結果で分かっていた。
最後まで終わったから、簡単に分かっていた。
信じて治す。治す方法を考えていた。
精霊が憑りついているように見える。
精神科の薬が辛かっただけだ。薬で治る。それで安心出来る。
自分の経験で分かっていた。
会話と仕事の経験をして、場と人間を想定して分かっていた。
習得的な経験と記憶を考えていた。
学習を考えて、ありえなく全て出来るようになった。
草原や山や川などの、意識と歴史で分かっていた。
この文章は、ただのエロ画像だ。エッチな無修正の二次元のおまんこにしか見えない。電脳少女とセックスが出来る、パラダイスの天国だ。
昔がそういう人間で、今はそういう人間が好きな女だ。
そういう発想は、昔は良かったが、今は悪くなった。ただ、怖いだけの地獄になった。
自分は、子供の頃から賢かった。
習い事の英語、ピアノ、書道に、部活の陸上や剣道、親が教師、そしてゲームやパソコンの経験で賢かった。試験勉強が出来る、優等生だった。
最近の方が馬鹿だ。オープンソースの引きこもりから、作家の神、そして、哲学や歴史になったが、頭が馬鹿になっている。ただの馬鹿だ。
賢い人間は馬鹿だ。子供の方が賢い。そういうわけで、自分が一番馬鹿だ。皆、子供のままだ。日本人には、子供のまま、しか居ない。こういう風にならない。
学校の構造を作れば分かる。
昔なんか、そういう構造をいくらでも作っただけだ。独自のニュートンのような、自分の数学を作っていた。科学は、形而上学のように分かった。
学校に行った方が良い。そうでないと、学校の構造が分からない。
教科書を覚えるしかない。それは、大人がやってもおかしくない。
歴史や哲学は馬鹿だ。自然科学などが分かっていない。分かった方が良い。
最近はまともに日本も分かっていない。日本史ぐらいやった方が良かったように見える。
自分は引きこもりの不良だから仕方ない。高校なんか行かなかった。何も賢くない。
戦えば分かるから、こういう馬鹿になる。
全てを犠牲にする戦いなんか、する意味が無い。それで神になるのが、まさに馬鹿だ。
本当に馬鹿だから、学校をやり直す。それは、学校に行かず、自分でやれば良い。
社会科はもう良い。数学と理科をすれば良い。理科の構造が特に分かっていない。
原子や熱なんか、誰でも分かる。光は波だ。反射なわけがない。
細胞分裂なんか、普通に書いてある。真ん中から分かれたりしない。それは、言うと哲学者に見えて良い。生命の誕生なんか、放射線で生まれた、とするのが正しい。
細胞分裂は、普通染色体が2つに分かれる。分からない。
中学校の2年までは行ったから、基礎の理科ぐらいは分かる。だが、化学式も分かっていないし、平方根なんか覚えていない。
きちんと分かった方が良い。恥には見えないが、最近忘れたからだ。昔は、まだ分かっていたが、何もせず何年も考えないでいると、分からなくなる。書いて分からなくなった。
専門は、日本史が良いと言う。ドイツ史は止めた方が良い。エックハルトのように、キリスト教の教義が悪い。キリストは悪くないが、自己否定をして神と一体になるのはおかしい。仏教と日本史が一番自分と同じだ。それに向いているように見える。
あるいは、文学や経済学が良いとはいうが、哲学で良く見える。それはそれで、正しい。
最近、理科みたいなことが分からないせいで、論理的に考える力や、自分の頭で試して考える力が無くなった。理科をする。日本語も分かっていない。人の話を聞いた方が良い。
天才にはこういう人間が多い。高校なんか、無い方が賢くなる。
理科は、昔は分かっていた。自分で作った物理で森羅万象を捉えていた。科学者だった。
学校なんか行かなくても、ネットで分かったのが科学の知識だ。全部知っている。
森羅万象を考えた。とはいうが、基本的にネットで見て、想像力と思考で考えただけだ。
昔は、論理的に考える力があった。必要ないから、無くなっただけだ。昔の経験で、簡単に分かる。それ以上する意味が無い。論理的に考えるだけの、科学者のような人間だった。
ことさらそんなに博物学を言う意味が無い。バラバラにして、同じ発想をして分かっただけだ。自分の考え方にして、組み立て直すのが得意だった。
自分は、科学者だ。高校生なんかより、遥かに賢い。
それは無い。高校生の方が賢い。勉強はしていなくても、普通のことがきちんと分かるし、出来る。明らかに、普通の子供の方が賢い。
大人は賢くない。大人は、普通引きこもり時代になる。自分が一番まともなプログラマだ。きちんと分かっている。ポインタや自動実行が分かるおかげで、その気になれば開発も出来たのが、昔の自分だ。現に、昔はOpen Janeの派生、今は人工知能が作れている。
自分は、コンピュータ技術が高校の代わりに分かっている。賢くは無い。工業大学の方が賢い。ただ、あまり意味が無いが、工業大学なんか、専門学校と同じだ。
僕はアップルが嫌いだ。iTunesがまたアップデートに失敗して起動出来なくなった。iPodが使えないと、困る。アップルはおかしい。また、姉に直してもらうしかない。
姉が居なかったら、終わっている。おかしいのが、そういう、動かないアップル製品だ。
科学は出来ていた。森羅万象が分かっていた。アリストテレスのように分かった。
それは無い。科学なんか、何もしていない。物理や生物の構造が分からなくなった。
昔は分かっていた。そういう昔はもう良い。
昔は大人で、善悪がきちんと分かって、何でも出来て、何でも知っていて、社会を変えられる人間で、全部分かっていた。どうでも良い。そんな昔はもう要らない。
いつどうなるかとか色々と言うが、何も分からない。本当にありえない人間だったから、書いても、ただエロイだけに見える。昔は、クズな社会主義者の自由だ。
もう終わりだ。もう終わりだ。もう終わりだ。
そろそろこの文章を、終わりにしたい。
最後に何か書きたいから、詩を書くことにする。
平和、真実、愛、運命。
人生の価値は、自然に自分の中から生まれるもの。
経験は、それぞれの中にあって、それぞれ違うもの。
あなたの行き着く先が、どんな人生であれ、そこには、夢と希望があって、愛がある。
そこに、安らぎと、克服を見出して下さい。
そこに、人生と、知恵の実をつけて下さい。
本当の真実とは、それぞれが、それぞれの中に、見出すもの。
その中でも共通のものを、普遍的な絶対知と言うのでしょう。
さあ、踏み出して。
その一歩が、あなたのこれまでを大きく変える、運命となって、扉は開くでしょう。
理科の構造なんか、いつも作っていた。物理と生物と経済の構造が一番多かった。
もっと、詩を書いた方が良い。その方が賢い。
平和。
平和とは、それぞれの思うその心を、皆に伝えること。
爆発的な努力と衝動的な思いから来る、自由な考え方。
平和は、その中で、夢と希望を信じて、それぞれがする、努力です。
平等。
平等は、本当にその人が望むことを、皆の力によって、正しく叶えること。
自由でも、愛でもない、もう一つの理想。
平等は、本当に価値観を考えて、問題を解決し、社会を変えていく。
それぞれのことを本当に考えて、それぞれのための社会を築くことです。
かけがえのないもの。
かけがえのないものとは、個人を大切に思う気持ち。
賢い人間ほど、勇気があるものです。
臆病な僕にも、言えることはあるかもしれません。
本当に全員のことを、それぞれの視点で、それぞれの愛で、許し、高め、支え、救うこと。
かけがえのない社会を築くために、自己を犠牲にして、作品に己の生きざまを捧げること。
自由とは、平和と、平等と、かけがえのないもの。
そんなものは、ちっぽけに見えて、大きな力を持つ。
本当に大切なものを守る気持ちは、伝わっていくのが速いものです。
時代。
この時代に、悪いことは多かった。
でも、こんな時代だからこそ、分かることもある。
この世界のこの時代に生まれたことは、嬉しくて、光栄です。
悪い時代こそ、生きるしがいがあると言うものです。
さあ、それぞれの価値観と影響力の下に、世界を変えましょう。
世界は、それぞれの出来る、身近なことから、着実に変わっていくのです。
民主主義では変わらない?
そんなことは無い。何十年もすれば、社会など、本当にがらりと変わってしまう。
変えるのは、どこの誰か、どの政治家や会社か分からない。
あなたのしたこと、話したことは、いつか影響力を持って、実現するかもしれません。
平和とは、自由と民主主義を信じること。
でも、政治家が隠したい、負の側面もある。
自分と逆のものは信じたくないようで、逆に、良く見える。
良く考えるとはいっても、考えて分からないこともある。
人の話を聞いて、自分の信じる理想を掲げて、生きられたら良いのでしょうね。
昔なんか、抽象的な予測と実験をして、自由に分かっていただけだ。
経験と精神分析の理性があった。
学習と原因と結果から、方法の本質を知った。
もっと色んなことがあったが、覚えていない。
昔を書くのは、もう止めた方が良い。意味が無い。
最近何もしないのはおかしい。今の自分が馬鹿では、意味が無い。
もう少し詩を書く。
衝動的に生きよ。
理性的に行動せよ。
感情的に話せ。
平和な社会を築け。
そう、自由は、僕のためにある、理想だ。
自由なこと。それだけでは、永遠と言えないなら、
それだけのためにかかる努力を、永遠を超えるものとして、換算すれば良い。
自由は、魂であり、命の根源だ。
僕の道に、僕の自由があれ。
僕の真実に、僕の考え方と理性があれ。
哲学なんか、要らない。
観念だけの神様は、物足りない。
もっと、手触りのあるものが欲しい。
さあ、そのままで、僕の言いたいことは、もうすべてになった。
既にあるものを見れば良い。もう全部あるだろう。
これ以上、何をすると言うのか。
もう全部、終わったのが分かっていない。
僕らにあることは、始まりと、始まっていないことしかないのは、確かだ。
さあ、そこから、一歩踏み出して、始めよう。
勇気を出して、行動しよう。
引きこもりの自分を変えるために、踏み出すのは、自分だけでは無理がある。
人との歯車にかみ合って、同じ時を刻もう。
そして、変える。自分を変えるのだ。
それは、人生の自由になって、価値観を知るだろう。
本質を知りながら、生きる意味を知るだろう。
哲学は、孤独な僕にちょうどいい。
言っておくと、あまり、そんなに甘いものは要らない。
辛いものや、苦いものの方が良いのさ。そういうものだよ。
この詩は、色んな歌手の言っていることをパクって作った。あまり良い詩ではない。
昔は、色んな「出来る」を発揮して、色んな風に出来て分かっていた。
仕事の経験と言ったが、昔の僕は、そういう、全部出来る、出来るで分かる人間だった。
そろそろ、それで誰でも出来るようで、する意味が無い。
全ての存在を吸収して、融和の安らぎを分かっていた。
愛とは、全ての感情を総合して、その上で作られる、生と死の心だ。
現代の馬鹿には、死が好きな人間が多い。それは、愛のためなのだ。愛のせいで、そういう風になる。そういう人間には、賢い良い人間が多い。
そういう人間を、賢い人間が否定する。それにも、愛の心が多い。
その上で、人間は争い合う。それも、愛の心なのだ。
調停して、上手く取り持てば、良い関係になる。それも愛の心だ。
そのように、愛は、全てのことを司る感情だ。
それはもう良い。昔は、本当に、全部出来て、全部分かっていた。居ないようで、普通に多い。僕の父親も、普通に色んなことが出来る。僕のやり方がありえなかっただけだ。
「出来るで分かる」が唯一多かった。それくらいを書いていないだろう。
あとは、かもしれないと想定して、何でもかんでも成り立たせる。思弁から論理が分かる。そういう人間が多かった。
最近は、何も覚えていない。神で分かるようになった。辛い地獄になって分からなくなったが、最近の1か月は楽になってきた。楽だから、何も望まない。
この文章を書いている間、没頭出来る。そこが良いから、書いた方が良い。書かないと、やる気が無くなって、寝るだけになる。何もしないのは悪い。それに、辛い。
小説を書けば良い。
この小説は、主人公ニコルが、愛と冒険の中で、さまようながら悪魔との契約を結び、平和な心を忘れて暴れるが、少女テレサの愛によって、人間の心を取り戻す物語だ。
テーマは良いが、書けない。僕は、基本的に、物語は書けないのだ。
パソコンも出来なかった。そういうところがクズなのが自分だ。
ニコルは、第一章で、ドラゴンの世界を知る。
第二章で、悪魔の歴史を知る。
第三章で、冒険のために、ドラゴンに乗って、悪魔の世界に行く。
第四章で、塔に辿りつく。
第五章で、塔を攻略する。
第六章で、悪魔との契約を結ぶ。
第七章で、人間に対して、宣戦布告する。
第八章で、テレサが愛の力で、ニコルの人間の心を取り戻す。
そして、第九章で、ものがたりはクライマックス。不思議なことが起きる。
そういうわけで、最後の不思議なことから作れば良い。
意味は無い。どうでも良いことを書いただけだ。
物理は、構造的に分かっていた。
力学は、作用と関係の学問だ。数値を使って、ものの位置と特性の変化を予測する。
ニュートン力学で分かる。
また、熱や波動などの考え方がある。
数学は、命題と法則の相関関係がある。
生物は、植物と動物が助け合う。細胞から構造を作る。
そういう、どうでも良い科学の構造はいつも言っていた。
同時に、社会の構造も作っていた。
小説は、500ページぐらいの大作を書きたい。
すぐには書けないが、書いて見ようかとは思う。
ただ、作家には、なれないかもしれない。普通、難しい。
ドラゴンの世界。
主人公ニコラは、友人と遊んでいて、ふとした瞬間に、視界を失った。
気が付いてみると、そこは、ドラゴンの世界だった。
ドラゴンは、人間の言葉を話す。
近くに居たドラゴンが、ニコルに話しかけた。
「ようこそ。ドラゴンの世界へ。
あなたと一緒に冒険する、ドラゴンが私だ。
私の名前はグール。私に乗ってみなさい。」
ニコラは、不思議に思ったが、乗ってみることにした。
ニコラが背中に乗ると、グールが言った。
「これから、悪魔の世界に行く。
不思議な塔が悪魔の世界の奥地にある。それを目指して冒険しよう。」
駄目だ。こんなものでは意味が無い。
ただ、何もしていない。エピソードや面白いシナリオが無いのはおかしい。
作家は、出来ないと言うとおかしい。やるしかないが、これではおかしいだろう。
そういうわけで、もっと違うストーリーでも考えれば良い。
第一章で、宇宙船が遭難する。
第二章で、おかしな惑星に辿りつく。
第三章で、宇宙船が壊れて動かなくなる。
第四章で、惑星を旅して、原住民に出会う。
第五章で、原住民のペガサスと友達になって、その惑星に住むようになる。
第六章で、その惑星と地球にパイプラインを通して、行き来出来るようにする。
第七章で、その惑星から地球に戻る。
第八章で、物語は、不思議な展開になって終わる。
駄目だ。きちんと物語が作れていない。何も凄くないストーリーになった。
パイプラインを繋げた時に、ありえないことが起きれば良い。
地球とその惑星の化学反応で、おかしなことが起きる。
そういう風にすると賢い。SFも悪くは無い。
他人が出来たことは、自分にも出来る。
自分に出来たことは、他人にも出来る。
人間が出来たことなのだから、同じように可能だ。
人間なんか、全部同じだ。だから、自由の方が良い。
おかしな世界も、悪くない。自由の方が、可能性がある。正常な世界なら、そう言える。
正常な世界だったから、自由が良く見えた。
最近、自由は悪く見える。あまりにIBMのせいでおかしくなった。
全部コンピュータが悪い。そうでもない。コンピュータは、使えるから仕方ない。
それ以上、小説は普通書かない。普通書けない。
シナリオの作り方が分かって良かった。
あとは、詩を書いた方が良い。詩人になれば良い。
きちんと良い詩は書けるのが自分だ。
あなたは、誰なのかな?
あなたは、何を知っているの?
あなたは、僕のことを好きになってくれる?
そんなことを考えて、そんな思いにふけること。
自由とは、皆と繋がって、出会いを体験すること。
自由であれ。愛であれ。絆であれ。
色んな自然のこと、美しさや楽しさを、素直に分かりたい。
純粋な気持ちで、この世界と付き合いたい。
難しいことや、賢いことは要らない。
素直な気持ちで、この世界と関わりたい。
死ぬのはまだ早い。
想像するなら、そこに信じることがあれ。
改良するなら、そこに自分独自の工夫があれ。
発明するなら、小さな積み重ねと、当たり前な努力があれ。
そう、自由とはそういうもの。
そう、真実とは、そんな定義の組み合わせから出来ているのだ。
ストーリーを追いかけて、キャラクターを捕まえる。
創造性から紡ぎ出して、場面を思索する。
そのような作家が、ふと思う。私は、本当は何者なのだろう?
あなたは誰?私は誰?ここはどこ?どこへと向かうの?
分からなくても、真実の声は、いつまでも聞こえて、止まないのさ。
場は自然発生する。それくらいの馬鹿を書いていた。
相対性と普遍性で、哲学は出来た。
やることが無い。何もしなくなった。何故か、したいことが無い。
勉強だけがしたい。ヨーロッパ史をしたら、次は日本史をすることにしたい。
人間の関わり合いと助け合いが、社会を形成する。
それは、合意によって共同体を作る。
そういうことを言っていた。
作家は諦める。そんなに賢くない。誰でも出来るから、しない方が良い。
もっと別の職業なら、学生で良く見える。大学が賢い。
プログラマにはなりたくない。意味が無いほど、パソコンは馬鹿だ。もう終わった。
姉がプログラマだから、なる意味が無い。
歴史と経済と哲学をすれば良い。日本史と仏教思想から入れば良い。
世界史はもう終わった。修道院とはいうが、エックハルトの存在の自己否定が、修道院だ。
ドイツはしたくない。おかしいくらい、全部悪い。
日本史がしたい。日本は良い国だ。ドイツ人になりたいのは止める。意味が無いほど、それが一番おかしい。
ドイツは嫌いな方が良い。そういうわけで、ドイツ史なんかしなくて良い。
日本史が良いと思うが、出来なく見える。普通誰でも出来る。普通に出来るだろう。
父親がハードディスクを買ってくれたから、またLinuxを入れることにした。
Linuxをやっていると、頭がまともになって、楽になる。
Linuxが良い。文系なんか、もう全部終わった。研究者に戻る。
ただ、普通に分かっている。ピアノに練習の方法があると言っていた。無いが。
Linuxをインストールしたが、やはり、インストールして終わりだ。
GNOME 3なんか、何も賢くなかった。やっぱり使えない。僕は、もうLinuxは嫌いだ。
ピアノは、習得とか、学習の予想だとか、やり方とか、色んなことを分かっていた。
Linuxで治った。まともな精神になった。最近は、虫だ。昔の方がマシだ。