日記に戻る | 2013年10月の日記に戻る

=2013-10-29=

可能性を考えれば分かる。

もしそれがそうであるならば、それはどうなるか?

昼夜を問わず、それはそこにある。

生命の遺伝子は、ツリー構造や動く体など、生命の全てを決める。

生命は、地を這い、飛び、泳ぐ。

国は、国民を守り、他の国に勝つ。

あとは、Linuxを知り、書きながら精神分析をする。

同じと違うで考えれば分かる。

思考と認識で、意味や理由を考えれば良い。

精神すら、遺伝子で決まるのである。

全く同じ人間では、悪い。

書かないと思うと間違っている。それでは分からない。

体験や想像力が怖いだけだ。

学習を治せば良い。色んな学習をすれば良い。

人間が普通どうなるのか考えれば分かる。

原因と結果を、行動や変化を思い出して考えれば分かる。

神は、全ての知性をつけただけだ。

戦いは、失敗せず、世界を導いて、分からせていた。

そんなに分からなくて良い。楽で楽しい方が賢い。

僕は最近イスラムは嫌いだ。カツ丼ぐらい食べたい。

最近、キリスト教の方が好きだ。賢くて美しい、神と天使とキリストの宗教だ。

キリストは、いつも弱い者を助けることを言う。平等だ。

自然な今の時間の共有が多かった。

あとは、色んな発想が多かった。

ビルでなく、フロアにすれば良い。

農業は、ITで自動にすれば良い。

EUのように、メタ的な国を作れば良い。

他には、科学のようなものを作っていた。

物理は、エネルギーと慣性の法則だ。

数学は、感情や心に頼らず、理性的に考える、記号と論理の学問だ。

物理や化学は、自然と宇宙の全ての法則、可能性、理解だ。

科学とは、宇宙の全てを教えることだ。

科学は、現象だ。

僕の書く文章はまるで聖書だ。キリスト教の方が良い。

仲間との楽しい時間の共有で、楽が分かる。

社会も良く分かる。Linuxで、会社や技術も分かる。

メタ的に積み重ね、方法を抽象化して考えると分かる。

自由や出来るの可能性から、科学が生まれる。

あとは、戦い、経験し、信じ、書いて残すことで分かる。

宇宙が分かる。一つの木のようで、全てのパターンと可能性だ。

ものは、いつもそこにある。人もそこに居る。

そのように、視野を広げ、把握することで分かる。

また、方法を知り、具体的に考え、支配することで、色んなことが出来る。

振り返って、客観視すれば、視点と体験が分かる。

多様な世界を作ることで、都市が独自になり、社会が進歩するかもしれない。

だが、国はきちんとしなければ、悪い。

あとは、現象や法則を考えれば良い。

自然の現象や、心の現象、環境の現象を考えれば分かる。

神は既に居ない。まだ世界や自分に話しているだけが対話だ。

神は、人種をすべて言いながら、世界の全員を教えた、独裁者のような人間だ。

昔は、仮想世界と現実世界を照らし合わせ、モデルと経験と認識から分かった人間だ。

最近は、全ての最初を根こそぎ書いて、弁証法と意識の記録で分かった人間だ。

そろそろ、もう良い。もう、全て書いた。

世界への話を止めて、終わりだ。僕は、もう世界に話さない。

精神分析をしながら、宣言し、記録し、対話し、思い出し、色んな物になれ。

脳を記録して、矛盾しない全ての絶対知と弁証法を書き、全てのパターンを知れ。

神との対話の試練の中で、宇宙を全部知り、認識の理由から、未知を全て理解せよ。

全ては、愛と生命の歴史である、この宇宙の裏側の世界だ。

言葉は、頭の中で言えば良い。話すのは、楽に分かるから話す。もっと、考えれば良い。

頭の中で言うと、違うから仕方ない。

何を元に何を作り出すとか、細胞に意思はあるのかないのかとか、植物はどこからでも伸びるとか、そういうところを分かれば分かる。

宇宙は何なのだろうか?

人間には何の意味があるのか?

人間だけ、あまりに理性が高まって、国を作って、創造的だ。

何故そんな生命が居るのか?

あとは、昔はフランス人、最近の昔はドイツ人、最近はイタリア人だ。

ただ、有名な国にしただけだ。フランス人が考え、ドイツ人が戦い、イタリア人が書く。

そこまでの普通だ。ソ連、中国、イスラム、黒人などは、包括されている。

全てを知りたいから、全てを体験した。それだけだ。

物理学は、運動と単位の関係だ。

物理学は、数式で全て分かる。

物理学と数学は、抽象性、階層性、相対性、積み重ねだ。

自然は、愛、強さ、繁殖だ。

運命と宇宙は、イデアと種と人生だ。

考え方を分かれば分かる。

微積分は、総和と変動だ。グラフに接線と面積を付け足しただけで、関数と図形が全て分かる。変化の幾何学だ。

国会は、委員会の議長の集団にすると賢い。

選挙は多数決だが、何らかの形で全員参加にすれば、それはそれで賢い。

憲法で国民主権の国にして、戦争を禁止すれば、自由で平和な日本のような国になる。

だが、自由を無くし、不自由にすることで、社会主義も平和な国になる。

国作りとは、行政による国民と公共サービスの支配だ。

国は、理性と教育、生産と支配であり、水道などのインフラや、軍隊や会社を変える。

計画経済や師弟制度にしたり、理論にしたり、金にしたり、宗教にしたり出来る。

あとは、無い。きちんと考えれば、そういう理屈に行きつく。

ゼロから世界の構造で考えれば良い。

人種は、国や遺伝子も違うが、言語が違う。人種は違っても、英語を使うグループは全部同じだ。意思疎通も出来る。人間は、自分の言語が分かるだけだ。

中国人、ロシア人、イスラム、イギリス人、フランス人、スペイン人が、一番多い。

あとは、ローマ的なものやギリシア的なもの、ドイツ的なものやフランス的なもの、と言うように、文化の土壌が違うだけだ。

人間は、ものを作り、使う。電磁波や通信のような技術は、機械を遠隔から使い、操ることが出来る。人工知能やロボットのような技術と応用することで、人間は自分の分身を作り、遠隔地で操作することが出来る。

全部、一つの会社や大学が作ることも出来る。党が作っても良い。また、聖書のような書物が支配することも考えられる。宗教や理論にすれば良い。

すでに、計画経済で、計画的に全ての資産を最初から作り、あとで安価に配ることも考えられる。保険のように、困った人間を全員の保険で助けることも出来る。年金などのようにすれば良い。

インフラを改善出来る。水道に栄養分のサプリメントを追加しても良い。レポートや監視社会、親衛隊のようなものも、考えるだけ考えられる。

委員会の代表を国会にするなら、たくさんの委員会を作って、国民の全員の意見を集めるべきだ。

王の上に神が居ても良い。そういうものが、ローマ法王や、日本の天皇だ。戦争になって、他の国を倒すから、そういう発想は悪い。憲法で、戦争を禁止するのは、逆だ。何も出来なくなるが、平和になる。

国家の所有にすることで、町は美しくなるかもしれない。管理権限を所有者ではなく、国が大きく持てば、町を美しく出来る。どんなデザインにするかは、公募すれば良い。

あとは、音楽アルバムやコンピュータ、サッカーボールや書籍などを与えて、国の標準を統一し、国民の文化を改善する、などの、小さな発想が多かった。

国会は、全てのことを実現出来るように、支配権を持つ。

だが、皆で選挙して、皆の国にするべきだ。

どこにでも宇宙はある。宇宙は空間だ。

自由よりも、平等の方が良いかもしれない。多数決よりも、皆で決める評議会や共同体の方が、平等かもしれない。ノルマを皆で決めれば、楽になるかもしれない。農場も、工場も、皆のものにして、集団で作れば楽だ。

本当に平等の方が良い。自由は、戦いに明け暮れて、馬鹿になるだけだ。平等は、頭が賢くなる。だが、平等は、自由より、辛いものだ。

自由競争や低価格が悪いなら、品質保証で変えられる。自由のまま悪いものを無くすことが出来る。だが、競争が悪いなら、税金を取れば良い。大企業は、何億、何兆と儲けている。税金を取れば、悪くは無い。

自由が解放に見えて、平等が解放だ。自由は、支配し合う解放になるが、平等は、何も出来ない解放になる。似たようなものだ。個人主義と国家主義と全体主義のようなものだ。平等も悪いが、皆で殺しあう自由など、一番悪い。

脳の考える部分を全部すぐに殺せば治る。

男性が死んで、女性になると治る。

資本主義は、ネットやIT、日本を見ていると分かる。

Linuxに関係すると、分かる。資本主義は、金だ。

働くのは、悪い。働くのは、辛い。そんなに書いていると、あまりに辛い。働くのが辛いから、働くのを減らした方が良い。

頭の後ろの方のアメーバを殺すと治る。馬鹿な虫が死んで、脳が楽になる。もう、思い出さなくて良い。きちんと考えれば分かる。

いつもの文章のように、全部殺せば治る。

愛や残っているものを殺せば良い。芽を摘めばいい。

出来ないものを、出来るようになると分かる。

出来なくなったものを、もう一度出来るようにすると、すぐに治る。

問題ばかり考えるのではなくて、どうでも良いことを考えると、その方が分かる。

ディズニーでも考えれば、賢い。

この世界には、何も無い。ディズニーぐらいしかない。何もない世界だ。

プログラミングでは、関数は自動の実行処理で、引数が変わると実行する内容が変わる。

そのため、引数にブロックを与えることの出来る、Rubyのような言語が賢い。

フローチャートを使って考えたりする。

必要なところは、全て抽象的で専門的なライブラリにすれば良い。

他の数字に適応すれば治る。

昔は、狂っていた。

宇宙を、星、言語、細胞、重力で成り立つとしていた。

ユダヤは、最初にヘブライ語を使って、牛を飼っていた。

だが、自分が神になって、それを自分で作ったような気がしていた。

プログラミングは、関数を繰り返し、条件分岐すれば良い。

コマンドやサーバーが簡単だ。

GUIは難しいが、オブジェクト指向のC#/VB.NETでは、いとも簡単にGUIが作れる。

だが、全部マイクロソフトでは、勝てないのだ。GCCとEmacsは、悪くない。

あとは、世界史を辿っただけだ。皆の色んなことを対話で聞いただけだ。

何でも分かる王になって、世界を支配していた。

文章を何行か書いて、対話の神と戦っていた。

地球の歴史が全て分かって、死んだ。

事故で骨折し、入院して、全て忘れた。

昔は、自由だった。

会社や学校から自由になって、過去を思い出しながら、経験し、自由に色んなことをして、色んな物を見ていれば、分かると思った。

経験、思考力、時間的な余裕、十分な体験と空想、実験環境と手段があれば良かった。

そのまま、自由を積み重ねて、全て出来るようになった。

しかし、世界を変える、というよりは、変えたように錯覚して、そのまま戦いになった。

神との対話という本を読んで、心の声のまま神と対話した。

全て分かった。あらゆる全てがあった。

思考で皆をトレースし、立場と環境と人格を吸収して、全員と全世界が分かった。

システムと手段を、皆の手で変えながら、与える。それを考えていた。

経験と理性と自由から、世界の理由を知る。

導き手として、支配して、最小限の労力で、自由なまま、人や環境や世界を変え、教える。

全て実現し、変えられるようになった。

発想から、手段を知る。

システムを実現するために、最小限の労力で、世界を変え、Wikiにマニュアルを作って、研究し、Linuxの仕組みを全て教え、開発を可能にするなどの、実現を行った。

子供には、コンピュータと文字の書き方を与えるべきだ。

だが、パソコンなんか、子供は要らない。間違った自由な世界だ。

開拓者となれ。

あとは、文章は、永遠に書きながら、下積みを積んだ。

子供には、同じことを繰り返し、永遠にさせて、何か出来るようにさせるべきだ。

子供には、ゲーム、習字、ピアノ、英語、学校、剣道、スポーツをさせるべきだ。

そろそろ、もう終わりだ。出来ることなら、もう文章は書きたくない。

母親に優しいユーザーインターフェースを作りたかった。

デスクトップ環境を作りたかった。

パッケージ管理システムを、もっとWindowsのフリーソフトのように、もっと統一して、良いものにしたかった。

それから、あとは、色んなプログラミング言語を使いたかった。

Perlでゲームを作りたかった。

皆で簡単にマニュアルとソースコードを読める、リンクしたWikiと解説を作りたかった。

Windowsにはあっても、Linuxにはないフリーソフトを作りたかった。

今考えると、フリーソフトなんか、おかしくて馬鹿なだけだ。

あとは、GNUの言う自由でないソフトウェアを嫌った。だが、GPLも嫌いだった。

それで終わりだ。書くことはもうない。

あとは、概念と操作、カテゴリーと、それが意味することを分かっている。

論理的に、積み重ねて、関数と関数の関係を分かるように分かった。

もう書いたが、あとは、認識を考えていた。

それで本当に終わりだ。もう書くことはないだろう。

あとあるとすれば、適当に経験や体験で色んな人を分かり、出来ないことを出来るようにして、理性と自由で考えていただけだ。それは、もう書いた。

ただの自分がする開発ではなく、開発の基盤とシステムと手段を作って、皆で開発出来るようにしたかっただけだ。

仕組みとコードが分かれば出来ると信じて、仕組みの研究をいくらかしていた。だが、それでは出来ないものだ。

その人がおそらく望むだろうことを叶えて、本当に必要なものを与える。

その人のことを、その人以上に、他の経験と理性から、理解することが出来る。

そこでは、包括し、適用し、経験と、条件のある同じと違うで、人間の理由を考える。

もう終わった。

世界は、滅びなさい。僕のことは、忘れなさい。

自分を持ちなさい。僕の手の内を本当に知って、すぐに馬鹿を止めなさい。

僕の同じになるのを止めなさい。僕は、あなたのことは、知らない。