支配と愛が怖かった。そのせいで馬鹿になった。
支配するのも、されるのも、一番怖くなった。
昔から、具体的なものを作って、具体的に分かる。
世界には、自然なものと人工的なものがある。
工場、農家、会社、公務員、政治だ。
インフラと自由資産だ。
良いものは、笑いと涙であり、感謝、感動、思いやり、助け合い、許しだ。
大都市、地方の小都市、町と村、田舎だ。
生き物やものには、名前がある。人間が長い歴史の中で、知ったきた知恵が、名前だ。
日本人は、漢字という文字を使う。
悪いものは、悪い自由と不自由であり、それは自由の不平等だ。
金は、価値の提供と代償の支払いだ。
発展は、夢の実現であり、夢と希望溢れる世界が善だ。
悪いものは、他人を傷つけるものや陥れるものであり、そうしたものから守るものが善だ。
分かると守るは同じだ。
所有、共有、みんなのもの、奴隷、格差、平等だ。
正しいもの、賢いもの、良いもの、間違ったもの、愚かなもの、悪いものだ。
意味がないものが一番悪い。
知性と技術は初期投資だ。
見るだけではなく、観察し、知るだけではなく、予測することだ。
色んなものを変えて、比較して考えなければ分からない。
ものを見る枠組みやフィルターを作らなければ分からない。
あるものは、法則とカテゴリーだ。
時の流れは自由で平等だ。
変化する中での出来事の自然な積み重ねと共同体が自由だ。
すべては勝者と敗者だが、勝つためには勝者のすることをすべてして、自分だけの理解を作るべきだ。
支配者は、王朝、幕府、天皇、武士、帝国、軍隊、民主主義の政府、役人、政治家だ。
歴史の中においては、支配者によって奴隷が戦争し、領土を拡張すると同時に、国が亡びると革命家が現れる。
思い出すと、記憶を書いていただけで、世界観と認識を全て記録して、思考を書きながら判断して考えただけだ。
当てながら考える。それは、運命的であると同時に、支配者だった。
自由とは存在価値を認めることと、求めることだ。
抑圧への対抗として、ネットなども考えられるが、全てが嘘だらけになってしまう。
認識と行動は、良く考えると、正しく説明出来る。
相手を知ることは、全員を知ることになる。
情報と道具は、生活に必要なものから、単なる娯楽まで、所有したいものが全部ある。
金は、世界の満足度を最高に高めると同時に、自由に格差を作り、何も考えない。
考えるならば、言葉にして、具体的なものを羅列しながら、理由を知ることだ。
生活は、衣食住だ。
生産は、産学官だ。
全ては、生活、生産、平和だ。
概念通り考えることも出来るが、工夫することで、斜め上の想定をすることも出来る。
世界をバラバラにして、組み立てることも出来る。
運命は、信じること、受容すること、思いやりを持つこと、助けることで、生まれる。
恋愛とは、全部許して、全部捧げることだ。
王とは、世界を導き、戦い、支配し、変革し、改善し、思想を取り入れ、他に自由にし、被支配者を平等にするものだ。
科学とは、積み重ねながら掘り下げ、正しい世界観と認識モデル、フィルターや枠組みを作り、正しく理由をつけて考えることだ。
何故、それが正しいのか?それは、最後まで考えて、良かったものが正しい。
自由は間違っているし、文章など書くべきではないが、それだけが自分だ。
Linuxの良い点は、全員が参加できる可能性だが、今のところ、そうなる気配はない。
また、Linuxは統一しないために、何について改良して良いか分からない。
Linuxの好き勝手な自由は、自由でない。
基本的な理想は、全員が人間らしい生活と、自分の望む分野での成功を得られることだ。
宇宙は、運動と熱と原子であり、全て素粒子の振る舞いに過ぎない。
ものは、光を反射する分子構造だ。
機械は、発想と設計を具現化することで、役割をもたらす価値のある構造体を、大量に世界に普及させることだ。
民衆と政府の戦いは、最近、リベラルや保守と言う。
民衆の自由な権利を保障する側をリベラルと言い、
自由な世界の中で、国家の歴史的・伝統的な行動や戦いを保持する側を保守と言う。
リベラル的に考えて、政府は、支配すべきでない。
きちんと考えると同時に、政府を小さくし、それぞれが考えるようにする。
そのように、自由を平等にして、それぞれに手段と可能性を与える。
保守的に考えれば、政府は、強くて、金があるべきだ。
能力をつけるために、技術を養い、基礎的な背景を学ぶことが考えられる。
自由とは、体験と経験から、感情を作って、世界と人間と集団を認知的に分かることだ。
能力とは科学であり、哲学であり、技術であり、数学であり、思考である。
地球には、生命と人間と自然がある。
それぞれの国家は、メタ国家とすることが出来る。EUなどがそうだ。
あるいは、自由あるいは平等の共同体として、連邦とすることも出来る。
アメリカやソ連がそうだ。
しかし、帝国にして、制圧してしまえば、パクス・ロマーナのように、平和な帝国になる。
統一し、強大化しながら、文化と言語を守るために、そのような多様性を取ることが考えられる。
人間は、争いと秩序が存在する。
戦いながら、考えることのバランスを取ることで、世界を知ることも出来る。
しかし、時に、そのような平和で理解可能な世界ではなく、地獄におちることもある。
その時、冷静に最後まで努力すれば、おそらく、その世界は、きちんと正すことが出来る。
判断には、世界と自己と思いやりによる、自由で正しい信念と理想が必要だ。
自己の分かったことは、他も同じように分かるだろうか?
そのように理想を持つと、全て分かった後で、していることがその理想のためになる。
僕の分かったことが、皆も理解できるならば、幸いだ。
運命を全て理解する必要はない。
全ては、最初からあったことだ。
そして、恐怖は、既に分かっている感情が、さらにそこへと近づくことで、行われる。
それが遠い間、楽に生きている人間は、恐怖が近くなると、狂って分からなくなるものだ。
自由とは、手段を与え、助言を与え、可能性と前提知識を与え、理由を教えることだ。
1人目は、男で、賢く考え、賢く考えなかった。
2人目は、女で、全て考え、全て忘れ、全部作った。
自由とは、それぞれの意思を尊重しながら、支配ではなく自由を与えると同時に、最後まで高めることだ。
分かるには、3つの種類がある。
まず、仮想的に分かる。つまり、人間側にある真実を分かる。
次に、実際的に分かる。つまり、人間側にはないが、世界や環境の側にある真実を分かる。
そして、数学的に分かる。人間側にも、世界の側にもないものを、数学的に分かる。
それを具体的に積み重ねれば良い。
心から宇多田ヒカルが居なくなって、楽になった。その代り、分からなくなった。
正常になった。
何にでも変わる想像力が要らなかった。
教育環境から自由になって、解放と変化と色んな環境を具体的に考えた。
思い出し、空想した。
自分と他人を同じだと考えて、場と目線を考えた。
ただそれだけで、世界観を分かった。
身の回りにある賢いものを考えれば分かる。
例えば、電子ピアノは、電子なのが賢い。
また、絵画や音楽は、芸術のカテゴリーに入る。
そのように、概念や、差別性などの分類と特徴を考えれば分かる。
あとは、環境と目線、場の変化から、色んな人間の人生を分かった。
環境を適応から分かりながら、考えるポイントを押さえて、世界観を捉えながら、色んな人間を分かった。
最近は、文章を書くロボットになった。
書くのが止まらない。思い出しても、それに飽き足らず、さらに全部思い出すだけだ。