心理学が多かった。
学習論、行動論、認識論、知性論、体験論、環境論、状態論、記憶論など。
平和な状態では、人は、善と悪の区別をつけ、目線と立場から、相手の気持ちを思いやる気持ちを持てる。
あとは、体験や知性を考えて、認識、学習、行動を考えていた。
神は、あなたと言って、自分と対話した。
自然な変化とものの実体、構造と歴史を考えていた。
今の自分、今と言う時間の共有が、全てだ。
自分の手の内を見せることなく、世界と戦った。支配し、導いた。
この文章は、まともなインテリに見える。共産主義、Linuxがあまり無いからだ。僕は、それがあるバージョンも持っている。キモく見えるから、皆には見せないが、それを選別して、普通のバージョンにしたものを、ネットに公開している。ホームページを見て欲しい。ワードで公開していると思う。
実を言うと、僕は、あまり本を読んでいない。ただ、書いただけで、何も分かっていない。大学のように勉強しているようで、出来ていない。ただ、昔、ネットの文章は読んでいたから、Linuxに関することは分かる。ただ、それも、もう古くなっている。
自由に捉えて、説明して分かっていた。仮定と条件から、論理的な問題の解決をし、自分の数学を作っていた。僕は、そういう、心理学者の数学者のような人間だ。
文系は出来たように見える。あまり出来ていない。もっと本を読んで、覚えた方が良い。
僕の文章を全部読むと、ドイツに見える。僕は、そういう平和で正しいドイツが好きだ。神や科学、自由や指導者など、ドイツの内容が多い。ドイツは天使の国だ。
あとは、演繹し、帰納し、法則的に分かっていた。視点を成り立たせて、環境を変えていた。そういう内容が多かった。
体得が分かっていた。それがそれによって、事実が事実によって、知が知によって、理解が理解によって、深く、高く、俯瞰的に分かることが出来る。
普通とは逆の積み重ねをやって、日本語なのに日本語的でない文章を書いていた。
そろそろ、もう全て書いた。あとは、めくるめく記憶の世界を作って、思い出していた。
それがそれになる、関係する、作用する、などから、関係を成り立たせて分かっていた。体得のような仮象の世界だった。
あとは、日本の社会のことを分かっていた。
平和憲法、社会主義、生産手段、理想と現実、経験の無い子供と大人、教育、歴史的な日本と外国の違い、言語、宗教、文化、経済、などを書いて分かっていた。
法律の決め方や、金ではない、共有による社会などを考えていた。
昔の数学は、UNIXのように、モデルとシステムを作って関係と変化と実現を考えていた。
日本の文化は、仁義と和の文化だ。白人の文化は、戦いと支配の文化だ。そのようなことを言っていたかもしれない。もう覚えていない。
感情と認識と経験によって、全てが実感して納得して理解出来る。そういうことを言う。
比較し、経験し、体得し、関係を知り、原因と結果を知り、法則的に考えれば、分かる。
特に、状態と関係を考えること。それによってのみ、宇宙の段階を知ることが出来る。
あとは、会社やものの歴史とか、価値観を分かっていた。
地球の意識や時代、生命や遺伝子などを、環境と経験から分かっていた。
エネルギーの観測や方法、場と目線、など、色んな科学的なことも言っていた。原子や分子から、細胞が生まれ、植物と動物に分かれた、と言っていた。
あとは、人格と記憶を全部書いて、思考と判断を全部やっていた。戦う王だった。
生命は、海から生まれた。創造者は、海だ。
世界の歴史、人間の歴史、地球の歴史を、全部書いていた。ユダヤ教の神のようだった。
皆のことを想定しながら、続くように、永遠を書いていた。思考を速くしていた。
あとは、仮定を作り、構造を作りながら、考え方を書いて、世界観を作って、知性をつけるような、構造的な文章を、数学的かつ関係的に、作っていた。
経験から社会の変化と構造を分かっていた。
学習と体験と感情を捉えることで、人間と社会を分かっていた。
重力でものが下に落ちるのは、重力が生きているからだ。
エネルギーは、生命の捉え方の1つだ。
人間が作る制度は、経験だ。
天使は、テレパシーで人間の運命を教える。信じるものに良いことがある。信じないものには、何も無い。
だが、信じるものは、他のものより悪くなる。だから、旧約聖書がそういうものになった。
キリストを信じると、良い人間のまま賢くなる。良いことはあまり起きない。ユダヤ教の神を信じると、良いことが起きる。
神は、聖書に書かれているより、もっと寛大な人間で、優しい愛を持っている。
神は、王国を救う救世主だ。本当に神を信じると、誰でもそういう人間になる。セックスをしないから、キモく見える。革命的な、自由な人間になる。それが、ユダヤ人だ。
決まりをきちんと守る人間が賢くなる。
世界の見え方が変わって、それを考えて分かっていた。
小学校が分かる。
子供時代、ゲームしかしていない。ゲームは、面白い。
どんなゲームをしていたか、考えると、ファミコンを皆でしている。
グラウンドで遊ぶのが好きだった。
習い事が辛かった。ピアノや部活動の剣道、書道と英会話だ。
授業は、体育や理科が多かった。プールや跳び箱、運動会、植物の観察や光など。
教科書と思えば分かる。
あとは、皆で遊ぶのが多かった。
学校を思い出すと、自分が思い出せる。学校に行かないから、馬鹿になった。
もう、小学校に戻る。それで賢くなる。楽しいことをすれば良い。
今日は、姉とゲームをした。
中学、高校になると、誰でも辛くなって、馬鹿になる。
テスト対策とネットゲームなんか、ただの馬鹿だ。
ネットは悪い。子供時代が賢い。
クラス替え、班、給食、プリント、保健室、縄跳び、ブランコ、などが多い。
自分は、家でゲームをしたり、ピアノの発表会をしたり、母親の仕事を手伝ったりすることが多かった。
林で遊んだり、友達や姉と一緒にゲームやカードをして分かっていた。
ネットでは、色んな環境と人間を経験し、知って分かっていた。
スラッシュドットやフリーソフト、2ちゃんねるやブックマークやWikipediaなどが多かった。色んな掲示板で、色んなことを言って、意識で分かっていた。文章を読んで、調査研究して、会社の競争のようなことをして分かっていた。
ネットゲームから、UNIXの世界を知った。自分は、もう全て分かっている。
子供時代がもう一度出来る。そういう人間は、病気が治る。認知症がそろそろ治った。