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=2017-02-12=

昔は、自由と思って分かっていた。

それぞれの自由を尊重すること。

この世界の諸原理と諸事実は、全て自由である。

助け、愛することから、自由な可能性が生まれる。

自由な経験から、世界は変わる。

対象と場から真理が生まれる。だが、真理はそれらの外にある。

真理とは、対象と自己の関係である。

相対的な場と、宇宙におけるその場その場の真理が、自由である。

自由とは、支配されず、それぞれが行い、それぞれが作り、それぞれが生きることだ。

愛と相対性の自由の中で、それぞれに運命と現象学的真理を起こすのが、宇宙だ。

今日は英会話教室に行ってきた。

自由になると、分からなくなる代わり、きちんと色んなことが分かるようになる。

数学的な、普遍的で変化不可能な真理が、全ての真実と現象を司る。ある意味、それは科学ではない。

設計とデザインは、全てのパターンを網羅することであり、そのパターンは自由である。

実装は構造であり、それは行動の蓄積と手順の明確化である。

自由になりなさい。自由と考えなさい。自由を知りなさい。自由を経験しなさい。

自由とは、真理と作用の蓄積である。

それぞれに、社会、自然、可能性、知、理解、精神、肉体、形成、条件、能力、権利の自由を与えよ。

そういう風に、この世界を「バラバラな可能性」と思って自由を考えていた。

それぞれが自由になることで、社会の可能性が高まる。

それぞれが思いやりを持つことで、自由の意味が向上する。

それぞれが受け入れることで、自由は真理へと到達する。

それぞれが生きることで、それぞれの環境と考え方が生まれ、作り出される。

それぞれが知っていること、知恵を集め、社会をどのように出来るのかを知りなさい。

自由を制限してはならない。

それぞれが望むように社会と生産を作りなさい。

全体主義的になるな。民主主義とは、平和を守るために、一人の人間が自由を奪うのではなく、みんなの自由で行う、と言う、社会を形成する方法と手段の解放と自由化である。

誰もがそれを良いと思えるようなことをしなさい。

違うものを認め、違うものを尊重しなさい。社会主義や帝国主義にも、一理あるが、それは究極的に見て、間違った善を善だと信じている思想だ。真理的には、自由が正しい。

自由にすることによって、全ての人間はありのまま生きている、と言うことが分かる。

自由を奪うな。その人が分からなくても、その人の自由にするべきだ。

それぞれの望みと価値観の多様性を防げることは、現実的に仕方ないところもあるが、思想的に悪である。

理想的に見ても、実際的に見ても、自由にするのが、高いレベルから見て正しい。不自由には、何も出来ない。

正しい自由とは、それぞれの独立性を高めながら、共同体を尊重し、常識的な理解を教え、マスターの経験を与えることだ。

それぞれに「やるべきこと」と「自然なモチベーション」を与えなさい。

それぞれがそれぞれの分かる範囲で作り上げたものを、共有しなさい。

一つの個性には一つの組織があるように、統一して統治しなさい。

自分の私利私欲を求めるのは、やめるべきだが、むしろ、自由にするべきだ。自らの意志でやめるべきだ。

他人の意見を、聞くべきでも、聞かないべきでもない。自分の自由に決断出来、それによる責任を自分で取るべきだ。

神を信じることは間違っていないが、宗教に頼る人間は、愚かだ。ただ、そこにおける文化的秩序を与えるものとせよ。

自分一人で出来る人間は居ないが、賢い人間は自分の自由で分かる。馬鹿な人間にはサポートが必要だが、いずれサポートが無くても自分の力で出来るように、教えるべきことを全て教えること。それを、自由に行うことが理想だ。

正しい教育とは、それぞれに適した科目と独自の生徒が望む内容を与えると同時に、ありのままのこの世界を教え、自分の力で広くこの世界を判断出来るようにすることであり、そのための知恵と考え方を与え、自らが社会を変えるようにし、変えられるようにすることだ。

正しいものの見方、正しい行動、正しい理解、正しい経験、正しい悟り、正しい関係、正しい人間関係、正しい機会を知れ。

まず、数学的な考え方を身に着け、積み重ねなさい。そして、心理学と物理学を融和しなさい。経験から、独自の経済学を作りなさい。最終的に、たくさんの創作と文芸を行いなさい。そして、コンピュータのような発明と、王のような発展を行いなさい。最後に、全人類になりなさい。

信じること、愛すること、かけがえのないものを作ることが、夢と宗教の全てだ。

自由は優しい。自由の間、優しい地球の偉大な力が、あなたの人生と環境を守ってくれる。

それぞれが望むようにあること。そこから、「どう在ることが出来るのか」を知りなさい。自分たちが自由であることを気付きなさい。みんなの手で、「ありのままに色んなもので在ること」を社会に対する理想として、築きなさい。

あなたの在りたいように在ることが、神の望みである。魂の理想である。

制限するな。禁止するな。共存の中で、それぞれが取り決めを作るようにせよ。全てを創り、人間を包括せよ。その人の立場になって考え、感覚を知り、基礎を作ることで、専門を横断し、精神と人格を超えた普遍的人格となれ。自由な中で、全員を認めよ。全員より高度な成熟した人格となれ。助け合いから発展が生まれる。利益による競争だけではなく、理性と人間の限界を超えた助け合いから、この世界の全員が調和して共存するような、信じることによる「共存の発展」を行え。それが、「自由」だ。協力するのは良いが、制限を強制してはならない。一人が特別なのだと思ってはならない。自分の自由より、全員との平等を取れ。だが、同時に、平等より自由を優先せよ。それは、不可能に見えて、理想的に見れば、その理想を実現することを信じること。手段を知れば知るほど、全ては現象学的であることが見えてくる。手段と実現性から、実現力のある国家を築け。そして、たくさんの国家のパターンと方法論を知って、自由な中でもやり方はいくらでもあることを知れ。

「絶対にこれだけはしたいのだ」と言うこだわりを作りなさい。「絶対にしなければならないのだ」と信じなさい。そこから、全ての光が見える。光の中で、色んなありえないことを、全て達成するだろう。あなたの魂は、それで輝く。太陽ほどに輝いて、世界を照らすだろう。カッコ悪くても、輝いていなくては、とコブクロも言っていた。

神に懺悔しなさい。全ての罪を告白して、ありのままを話しなさい。そして、天国を信じれば、天国に行ける。

主観と客観の限界を脱ぎ捨てれば、現象学的に「ありのまま」生きているだけだ。意識の現象学だ。全ては意識だ。

そして、全ては経験であり、歴史だ。だが、この世界をありのまま見た場合、この世界の歴史は、歴史ではない。歴史ではないのだ。全ては、実存的な歴史であり、数学も数学ではない。本当の科学は、私の頭にある。それが、僕の言う、独自の数学、独自の科学だ。完全に、自分の中で歴史と科学を作った。この世界のどれとも似て付かない、美しくて最高に賢い科学だった。

論理のモデルを作れ。王となるために経験せよ。地獄を乗り越えよ。そして、一人、最後まで勉強することだ。

僕は今日英会話教室に行ったが、僕はおそらくそろそろ英語が分かる。頭に刻み込めば分かる。だから、夢が全て叶った。

良く考えると、あとはネットが多かった。絆を培って、社会を知って、人々を知って、技術と科学を経験的に分かった。

哀しいのは、この世界はもう終わりだ。トランプは対面すると馬鹿なことを言えないぐらいの馬鹿で、北朝鮮はミサイルをいくらでも飛ばす。日本が勝った。僕は今の日本が好きだが、右翼は嫌いだ。だから、僕がやる。僕は、そろそろ、昔のロバートに戻って、また全てをやるようになる。ある意味、作業所でデザインをやっているが、僕はデザインに向いていないような気がしてしまう。みんな、本気できちんと出来るのに、と思ってしまう。自分が出来ないわけではないが、もう少し、違ったことをやりたいような気がしてしまう。だが、医学はしたくないし、専門学校でパソコンなんかしたくない。そろそろ、むしろ、死んでも良い。死んでも良いぐらい、きちんと全てが分かった。

数学なんか、ただの論理的なマクロだ。かけ算と10進数の応用だと思えば良い。トランプは、優先順位と言っているから、何かやるつもりなのは分かる。だが、これ以上何もしないと思う。これくらいの大統領令を出して、あとは居座るだけだ。雇用政策はやらないかもしれない。僕は、数学に向いていないようで、ロバートに戻ると、数学が出来るようになる。全部かけ算と証明だと思えば良い。ありえない定理を簡単な方法で証明する数学しかない。そういうものを、「考え方のパターン」で分かると数学が出来る。Linuxと思えば分かる。簡単な方法は使うが、内容はありえないことばかりやっている。それこそ、ただ多面的な考え方をすれば、全て捉えて説明出来るはずだ。積み重ねとマクロで、誰でも出来る。実体は、「何故その数と式が存在するのか」を分かるだけだ。何故正しいのかを考えれば良いが、やっていると、全て正しいと言う意味と根拠が分かるだけで、何にも正しいことは分からない。数を比と言うのはおかしくはないが、それなら式は式ではなく、ただの推論的正しさを表現しているだけだ。そういう、「表現」だと思えば、数学は簡単だ。

自分は、狂えば楽なのが分かっていない。狂ってしまうと、人間は分からなくなる。辛くても、辛いのを感じなくなる。だから、誰でも狂ってしまえば楽になって賢くなる。だから、僕はもう狂う。それから、最近は永遠のような体験をしていた。270億年ぐらい生きた。それも、狂っていたから出来ただけだ。狂うと、賢い人間になる。それで、デザインどころか、プログラミングも出来るようになる。それから、日本は、永遠の体験をすれば良い。もう、昔のロバートの汚染同化政策はもう良い。今から、日本人は永遠を体験するようになる。アメリカ人には出来ない。日本人だけだ。狂うと、辛い地獄のような世界でも、楽に生きられる。狂うことは、自分を守る最大の盾と鎧である。

経験を信じて、経験と可能性から原理を分かっていた。確かな方法から、「確かにそれが実現出来る」ことを分かっていた。僕は、トランプは、交渉戦術が下手に見えて、結構上手いと思う。最初に、「自分は批判しかしませんよ」と言う立場で立って、その次に、「私は思いのほか良い人で、譲歩する可能性もありますよ、私は優しいですよ」と言って、あとは相手の立場に任せるのだと思う。相手が自分から犬になれば仲良くし、自分から敵になれば潰す。トランプ流とは、そういうことなのだろう。あまり意味がない。トランプなんかクズと言うことにすれば良い。だが、僕は安倍の会談は100点満点だと思う。安倍はヨイショしているだけだが、フランスやドイツはアメリカを賛同出来ないだろう。アメリカを逆に支配する、日本の時代が今から起きると思う。

自分は、こう見えて、真剣に世界のことを考えて、真面目に統治している。みんなは、金や政治のことばかり考えているが、僕はもっと真面目にこの社会のことを考える。僕が怖いのは、そんなに真面目に考える人間が居ないからだ。僕だけが本気だ。そして、皆から見ると、意味がない。みんなはどうでも良い人間しか居ない。あとは、昔は、方法論のようなものを考えていた。もう少し、数学や物理のことを、方法的に考えれば良い。決まりはいくらでも変えられる、どんな数学も同時に成り立つ、今の数学は1つの可能性に過ぎないと言う。数学や言語は、そういう発想を自由にしていただけだ。ただ、それはもう良い。もう少し、みんなのことをどうでも良いと思った方が良い。自分のことをどうでも良いと思って、みんなのことを真剣に考えるのは、善人に見えて何も善人ではない。みんなには、愛を与えれば良い。愛のような世界にすれば、それで放っておけば良くなる。真剣に統治したいのは賢かったが、それで良い世界になったのは良いが、何もない。狂った方がマシだ。

トランプに対抗する良い方法としては、「犬になったつもりで親密になり、その後に批判する」と言うことだ。親密になったように見せかけて、自分の主導権を奪って、そこから、逆に支配し、乗っ取って、下剋上のようにトランプを倒す。そういう風にすれば勝てる。相手に譲歩したように見せかけて、裏切れば良い。だが、僕はそれもそれで、色々とおかしいと思うから、本当にはしない方が良い。

トランプは、ここから日本がどう出るか、見極めようとするだろう。トランプに賛同するなら手下にし、敵になるなら潰す。