日記に戻る | 2014年7月の日記に戻る

=2014-07-24=

スイスに興味を持った。図書館でスイスの本を借りた。

スイスは、僕は好きだ。ドイツ人を止めて、スイス人になることにする。

スイスは、永世中立国だ。EUにも入っていない。外国の思想犯を保護したりする。チーズとチョコレート、赤十字や銀行が有名だ。

構造的かつ歴史的に世界を分析した。

人間は、それぞれ違う。川は、いつか海に流れ着く。花は、それぞれ色と形が違う。

それ以上、きちんと分析して社会を考えれば分かる。

知を正しく捉えれば分かる。理解と知の機会を考える。それだけで昔の哲学が出来る。

人間の世界は、人間の側にある。

社会を分析していた。一体と中央集権と集中が融和であり、独立と地方分権と分散が分裂である。融和より分裂の方が良いこともある。どちらも可能性だ。

平和で、中立的で、客観的で、民主的な国であるべきだ。

教育は、平和で、安心出来て、自由と尊厳と、理想だけではない経験を教えるべきだ。

それくらいを書いていたと思う。

人間の視点は同じだ。それを、場と目線と言っていた。

考え方は、立場によって違う。

意思とは、人間にのみ存在する、唯一の理性だ。

愛とは、自分より他者を優先し、見返りを求めず、無条件で愛することだ。

想像力とは、無から有を生み出すことだ。

父親や母親と話せば分かる。質問すれば良い。必要なのは、家族だけだ。

国や社会、科学が、どのような可能性があるか、具体的に考えていた。

独立企業か、支配者だ。理論か、指導者か、金か、宗教だ。

神話は、正しさの神、人生の神、治癒の神、説明の神、運命の神が必要だ。

社会主義か、自由主義か、国家主義だ。民衆が出来る平和か、何も出来ない平和か、戦争による平和だ。

先進企業か、遅れた企業だ。大企業か、中小企業だ。発展と改革か、停滞と腐敗だ。

社会だけではなく、色んなものについて、可能性を具体的に考えていた。

あとは、昔だけを考えれば分かる。理性や方法のようなことを言う。

認識を比較し、知を集め、記憶を分析し、習得し、世界を変えること。

可能性とは、習得し、世界を変えることだ。

全ては、結果に過ぎない。思考と具体化の結果が、場と目線の中での存在になる。

具体的に考えることで、想定と体験から、実感で宇宙が分かる。

考え方を知れ。皆の言っていることを聞いて、自分の意見を正しく表明し、認めること。

承認と評価が人を自由にする。認め、自然に任せることで、全てのことが許される。

皆を幸せにするためには、本当の意味でその人を愛し、チャンスを築くことだ。

平和とは、従属も、反抗も、全て認めた上で、滅ぼさず、発展させるために、自由にすることだ。

国を憂える事態になった時、本当に反省すべきなのは、自由な中で本当に何を出来るのか、真剣に考えることだ。

思いやりは、自由だ。

愛とは、尊厳と導きだ。

あとは、格率や格言のようなことを言っていた。

人生が最後まで全部分かっているから、書けるだけだ。

自分には出来る、分かると信じて、ものと意識と人を信じると分かる。

全ては、愛と真実と想起だ。

全ては、世界を自由にしながら、同時に自分も自由になることだ。

皆を尊重すれば、自分も尊重される。

人生は、戦い、病気、葛藤であり、意思を強く持って、悩みと戦うことだ。

コンピュータの世界は広く、深かった。

人生は、助け合いと考え方と議論、創造活動と思索だ。