僕は、キリスト教の無条件の愛の戦いをしていた。
敵だったはずのテレビを、無条件で愛して、言葉で導いて教えた。
それは、仏教で言う、菩薩や仏のようだった。
おかしな革命だった。あまり、それを良く書くのもおかしい。
そのまま、神を信じて、対話していた。
昔は、発想力があった。ものの歴史や、宇宙観の歴史、芸術の意味と視点を考えていた。
ネットスケープ、アップル、グーグル、Linuxカーネル、GNUの歴史を分かっていた。
C/C++、Java、C#、Perl、Python、PHPなどのプログラミング言語や、Linuxのディストリビューション、システム、コンポーネントが好きだった。
ドイツとフランスを比べて分かっていた。
ドイツは、皆が好きで、それぞれが頑張って努力する、正義と堅実さの国だ。
ドイツは、戦い、考え、決まりに従い、王に従う国だ。
ドイツは、哲学と音楽、数学とキリスト教の国だ。
ドイツは、皆を包括する。全員と同じだ。
僕は、フランスの次に、ドイツが好きだ。
ただ、人種差別は良くない。皆が、全員同じで、優劣は無いと考えるべきだ。
経済は、最初に全部作って、それを配るとか、おかしな発想をしていた。
今考えると、食べ物はすぐに傷む。それに、牛乳の水道は、おかしい。
あとは、宇宙の異次元バージョンとか、生命の発生とか、根源的な発想が多かった。
日本とロシアは同じだ。全部、上が決めて、従う。平等と自由が違う。
イスラムは、六信五行の戒律を守っている。アラーだけが神だ。石油が出る。
右翼を悪いというが、左翼の方が悪い。ロシアは、社会主義を止めて、自由になっている。
神は、信じなくていい。もっと、相対的な発想の方が、賢い。
神は、戦いと支配に必要なだけで、全く意味が無い。
神は、弱者を救うと言うが、何も出来ない。修道女が悲惨だ。
人種差別は、おかしい。人種が劣っていると考えるのは、おかしい。
ユダヤもおかしい。キリストが神なのは、皆がユダヤ人だからだ。ユダヤ人はおかしい。
左翼もおかしい。何も出来ない平等が、良いわけがない。
自由は一番おかしい。全く、社会の秩序を破壊しているだけだ。
きちんと社会の秩序を築いて、良い世界にするべきだ。
それぞれが考えて、経験し、成長するべきだ。
ただ、人間は反抗するものだ。反抗も受け入れなければならない。
そこまで良い人間になるのもおかしい。受け入れるだけは、良い人間にならない。
無条件の愛は悪くない。仏教では、慈悲と言う。それくらいが良い。
色んな場所からの視点と意識を考えると分かる。
知恵と工夫を吸収し、想像力で把握すると、人間が分かる。知のベースを作れ。
発想すること。発想とは、新しい何かを提案することだ。
考え方は、可能性と視点だ。「あり得る」や「そうであるはずだ」から分かると良い。
人間は、辛いだけで楽になる。辛いと、何も無くなる。楽な賢い人間は、すぐに終わる。普通、狂った馬鹿な人間になって、すぐに辛くなる。
最近、楽になった。心が怖いのが治って、精神的に疲れるようになった。疲れるが、あまり辛くない。薬で治ったように見える。書くのは、辛かった。
疲れると、楽になる。もう、完治した。
それぞれの中に時間軸がある。人生と関係と積み重ねが社会だ。
感情を積み重ねよ。
ドイツは、キリスト教民主同盟と社会民主党で、押さえつけながら解放主義をやっている。
どの国も、右翼と左翼だ。ドイツは、長らく分断国家だった。
生命は水の循環であり、社会は金の循環だ。
コンピュータと自動車が悪い。
僕は、王になる。いつもの平等な世界になれ。
跳ね返るドイツのボールをやると、いつもの賢い自分になれる。
全てを教え、全てに到達する、人生の平等の文章を書いていた。
プーチンは、ジェット機まで出来る。ジェット機の方が簡単なのかもしれない。左翼が右翼をやっている。スターリンをそのまま、自由な強い国にして引き継いでいる。
バッハは、バッハをいくらでも残した。
レーニンが作った完璧な国は、スターリンによって、醜い国になった。スターリンは、共産主義なんか、分かっていない。
ドイツは、中世も、近代も、現代も全てある。ただの中世に見えて、ベンツだ。
アメリカは、保守とリベラルを選ぶ、二大政党の国だ。
国は、共同体を作るか、会社と能力で勝ち上がるか、帝王が支配するかだ。
もう、死ぬ。僕は、死んだ。辛かった。
昔の文章は、仮想的な共同体を作るとか、王と会社の自由とかが、一番多かった。
立憲君主制とか、グローバル資本主義とかも、無くは無かったが、否定的だった。
ただ、自由な選挙と所有には肯定的だった。
そうかもしれない、そうだったとしたら、そうであるはずだ、から、照らし合わせて、実験して分かると、昔の僕が出来る。
新しい発見が生まれ、数学的な知性がつく。
僕は、まだ死なないと思う。
人間性の尊重だけで分かる。人権侵害は良くない。
国は、民主的であるべきだ。中国などは、悪い。
哲学は、人間の本来の生き方と姿、世界のあり様、本当の正しさと本質を考える。
アリストテレスとスピノザが一番賢い。アリストテレスのように、目的や原因を分類することも出来るが、スピノザのように、神として、そんなものは一切存在しない、ありのままがあるとすることも出来る。
あとは、ヤスパースが賢い。現代人は、現実のかりそめの自分から、本来の自分へと立ち戻るべきだ。
アリストテレスは、色んな物を可能態と現実態、形相と質料と言う。それくらいを、昔の僕も考えていた。
サルトルは、人間自体を可能態と考えているのではないか。
むしろ、哲学は多いようで少ない。単純に、世界と人間を捉え、一度引きこもりになって、全ての段階を考えれば、全ての哲学が出来る。ヘーゲルのようで、カントのようだ。