日記に戻る | 2015年8月の日記に戻る

=2015-08-02=

時間を考えていた。それぞれの存在と現象の関わり合いを時間から考えていた。

皆は、何も考えていない。自分のことなんか、誰も考えていない。

未来を先取りすると治る。治ってから忘れるのではなく、忘れて治れば治る。

絶望の段階のようなものを考えていた。

あとは、時と場合、状況のようなものを考えていた。

勉強したいとは言うが、勉強なんかしても意味が無い。自分は、それが分かっていない。

昔の経験から言って、こういう人間は、放っておけば何かで分かる。

Linuxが悪いからこうなる。昔の中学生に戻っただけだ。

サルトルは、ソクラテス1000人分だと言っていたが、昔の自分も似たようなものだ。

そんなおかしな人間にならない方が良い。ハイデガーやサルトルはおかしい。

フーコーは、考え方を変えるのが大切だと言っていた。いつでも未知のものと接し、いつでも未知の自分を理解する。ハイデガーも似たようなことを言っている。そういう風にすれば、そのうち何か分かる。

フーコーがどんな人間なのか良く知らないが、人格を全部吸収して分かっていたのは、フーコー的だった。

オープンソースが悪い。社会のことを知って、オープンソースで分かっていたのは、悪い。おかしい。悪くは無いが、そういう発想は止めた方が良い。

もっと何かを本気ですれば分かる。英語では分からないようで、英語でいくらか分かる。

創造性を信じて、会社に入ったり、芸術をしたりしていると分かる。

もっと色んなことを沢山すれば良い。楽しいことをこの文章以外何もしていない。

男と女になった。創造的なフランス人みたいな男と、中学生みたいな女に見える。

悲惨に、戦えば分かる人間が多い。戦っていると、仏教で言う無常になって分かる。そのまま、解脱して、仏や菩薩のようになる人間が多い。

そういう風にならない方が良い。なると、すぐにおかしくなって、狂う。辛くなって、地獄になる。地獄は、一番低いのに、仏より高い。

昔は、ビジョンと展望があった。ナポレオンのように、物事の道理が分かる人間だった。

また、野心もあった。自分が何でも出来る、やってやるぞ、と言う気持ちがあった。

最近、無くなった。本当に王になる意味が無い。何もしたくないのに、まだ書いている。要は、高校生が大学生になって、大人になった。最近、何もしない大人になっている。

何でも出来るつもりで、能力や立場を積み重ねて、理性的かつ論理的に考えていた。

最近、戦いの中で、神に裏切られて、出来なくなった。おかしな、全てを失い、消し去る、犠牲にする戦いをした。そんな戦いをしない方が良いと思う。

だが、戦いは良かった。人生における、大切な1つの体験が出来た。それで本も書けた。

TPPなどを見ていると、日本はもっと独立性を高めた方が良い。

むしろ、安倍政権から独立した方が良いところもある。東京の右翼なんか、嫌いだ。

もっと独立志向になった方が良い。そして、分散して、共同体になって互いに関与する。

日本独自に色んなものを作れば良い。農業は、自給率をすぐに高めれば良い。戦争はしない。独立した方が平和になる。あとは、勝手にそれぞれ好きなことをすれば良い。

独立性を高めたかった。昔から、独立性を良く考えていた。

アメリカも、イギリスの干渉なく自由に出来るようになった。アメリカが一番賢い。

アメリカが嫌いなら、独立して、日本の好き勝手にやれば良い。

意識で分かっていた。

心を機械にして分かっていた。

併合は悪い。併合を悪いと思えば分かる。

だが、EUのように、それぞれの意志と合意で融和するのは理想だ。

歴史、独立、共有、意志、言語、応用、作用で分かっていた。

感情が無い。感じないのがおかしい。

遺伝子と考えるべきではない。記憶や経験や努力と考えるべきだ。

国も、文化が違うだけだ。そういう良い人間が分かる。善人の方が良い。

判断基準を分かっていた。色んなことが、どう考えるべきか、全部分かっていた。

独立すること。独立は善であり、哲学的に見て一番正しい。世界政府は馬鹿だと言う。

あとは、何がどうなるのか、場がどうなって、それを人間はどうすれば良いのかから、様相や仮象のようなものを分かっていた。何がどうなって、何がどうなるか、考えていた。

ネットを見ながら、実体験で自由を考えていた。

王国より、共和国の方が良い。王なんか、賢いわけがない。そういう、賢く見えて馬鹿なものは、最初から疑ってかかった方が良い。右翼より左翼の方が賢い。

独立なんか、馬鹿だ。格差が生まれるだけだ。

独立なんかしなくて良い。中央集権を悪いとは言うが、EUやドイツの方が悪い。

ただ、経験から考えていくと、それまで間違っていると思っていた、色んな正しいことの、正しさが分かって来る。全てのことについての確信と正当性が分かって来る。

ヘーゲル的に見えて、ヘーゲルとは言わないだろう。経験と実感から、正当性と確信が分かる。そのために、段階を踏んで、何がどうなっているのか、どう出来るのか、何をどうすれば良いのか、自分から何が出来るのか、などを積み重ねて考えれば良い。

そういうわけで、自分の人生は弁証法的だ。何かがどうなっているか、段階的に分かることを、ヘーゲル哲学では、弁証法的だと言う。間違いかもしれないが。

まず、何があるか。そして、それは何の一部で、何と関係するか。そして、裏側ではどうなっているか。そして、それは本当はどうなっていて、本当は何なのか。そして、何が出来て、何に変えられるか。そして、それは良く考えてどういう風に見えるか。

そういう風に考えれば、ヘーゲルと同じように、弁証法的に人生を分かることが出来る。

哲学は、そろそろ出来たように見える。普通、これくらいが分かる。

あとは、サルトルやヤスパースのように人間が分かっていた。

そして、理想の自由な世界を分かっていた。とはいっても、理想に出来る自分の能力と信念から分かっていただけで、世界モデルや共産的なことを分かっただけだ。真面目に考えて、子供は女が育てるより、社会全員で育てるべきだが、それはおかしい。一番悪い。

あとは、共有や分散、そしてそれぞれの社会構築、創造、変化の自由が好きだった。

FLOWが言うように、傷ついた方が良いことがある。痛みが無いだけ、辛くなる。

何を言われても、仕方ない、受け入れるだけは、おかしい。そんなに馬鹿なのはおかしい。立ち向かって、反抗して、征服しなければならない時もある。それが分かっていない。

自分は、FLOWとAAAぐらいしか聴きたくない。あとはKOKIAを聴く。他は馬鹿だ。

場はそれぞれの自由な合意によって、自由に生まれる。それぞれ、自由に作れば良い。そういう風に考えていた。ソ連に見えて、むしろ、フランスのように考えていた。

自分は、善人のキリストと、悪人のソ連と右翼が居た。その3人が、今のところ自分だ。それらだけが賢い。どうでも良いほど、あまり考えなくて良い。名前は、エリとリリとマリだ。三姉妹だ。いつもの自分と対応する。どうでも良いから、何も考えていない。

昔は、そういう、聡明な心を持った、善の分かる人間だった。

そろそろ涅槃に達した。解脱したように見える。

三人の自分は、サトルとオサムとツトムだ。これは男だ。三兄弟だ。

もう全部分かった。不思議と、他にあまり書いていない。あとは、あまり意味が無い内容を書いている。自分の成長や客観視のような内容が多かったはずだ。

あとは、信念と世界モデル、世界の可能性から、自由な理想の世界が分かっていた。それくらいを書いていない。それぞれが本当に人間的になれて、ありのままであれる、自然体の世界を良いと考えていた。それぞれが自発的に協力し、王が導く良い世界を、子供のように信じて考えていた。国を民主的にするためには、王が正しい王であるべきだ。

FLOW、AAA、KOKIAだけを、プレイリストでシャッフルして聴くことにした。後の歌手は、残念だが、聴きたくない。嫌いなわけではないが、聴きたくないだけだ。

あとは、心の声を聞いて、瞑想して分かっていた。ヤスパースの言う、包括者と限界状況をやっていた。何でも、限界を超えて、絶望から復活して分かっていた。

最近は、バークリのようになった。全ては、神へと向かう、夢幻(ゆめまぼろし)の空だ。存在は、存在していない。神が存在している。それだけだ。

皆を自分にしていると、男が昔になって、女が今になっている。それしか出来ないが、それをもう止めた方が良い。もっと違うものにすれば良い。

そういう、完成された存在が自分だ。

そのまま、男をダビデにして、女をマリアにすれば良いが、それはおかしい。

むしろ、あまり何もしない方が良い。皆、今のままが良いと言う。逆にするとつまらない。それは、全く自分と同じに見える。それは悪い。

あとは、相手を想定して、パターンを想定して考えれば良い。

支配は悪い。支配されると、何も出来なくなる。支配が一番悪い。

反抗は悪くない。支配に対抗出来るのは、反抗だけだ。だが、反抗は、二番目に悪い。

もっと良く考えると、信頼し、許し、受け入れ、平等に接するのが良いのだと分かる。

相手のことを本当に理解することから、人間が敵を止めて親友になる方法が分かる。

あとは、客観視して、環境を想定して、全部出来るようになった。

立場を想定して、影響力の一番上に立って、ネットを利用して、この世界を変えていた。

あまりおかしくは無い。何でも出来る人間を目指していた。

そのまま、文章でこの世界を支配して、皆を狂わせていた。それがキモイだけだ。

多様性のある世界、自然で自由な関係、基盤とシステムの変化の可能性を分かっていた。

引き篭もりになって経験することで、全員分の経験をした。色んな体験をした。

あとは、オープンソースで分かっていた。

色々とキモイが、それでも、全てが分かった神のような人間だった。

そして、科学と基礎を作り、経験し、話を聞き、自由に考えることで、全て知っていた。

全知全能のような、ビジョンのある、本当にユダヤ教の神のような人間だった。

あとは、思弁哲学で、自分の思考から考え方を作って分かった。

モデルを作ることと、コンピュータの知識と知性に長けた人間だった。

あとは、弁論術と自由で分かっていた。経験することで、人より高いこと、人が普通分からないことを全部分かっていた。そして、真面目に世界を変えられると思っていた。

真剣に、世界を変えられる、自分にはそれだけの力がある、と考えて、皆も自分と同じように、全てのことが出来る、正しくすれば同じになる、と考えていた。

最近、世界は昔の自分にならなくなった。それも、自分の行動によってだ。それが辛かったが、自分は昔ではなく、新しい賢い人間になった。自分が一番賢い。

全てを変えられる能力が、弁論術だけではなく、科学やコンピュータ、そして社会参加においても言える。そういう、レーニンのような経験豊かな人間だった。

全ては思いやりであり、カントが言うように、普遍的な道徳基準に従って、相手を手段ではなく目的として扱い、行動するべきだ。カントが一番正しい。

理性は、全員に平等にあるのだと考えていた。皆同じで、違うのは、記憶と経験が違うだけだ。現に、こんなに違う人間になっても、僕は同じ遺伝子のままだ。遺伝子には、違いは無い。馬鹿は居ない。脳の能力は誰でも同じだ。当たり前だが、分からない人間が多い。

むしろ、賢い人間には馬鹿が多い。人間は誰でも同じだ。馬鹿が賢いだけだ。

だが、違いはいくらでもあるし、それぞれが望んだ人間になるべきだが、本当に望んだ通りの人間になる人間は少ない。そういうわけで、自由にすれば良いようで、皆がどのようにすれば望んだ通りになれるか、分かっていて、教える人間も必要だ。僕は、それを、望むだろうことを叶える、導き手としての存在、と考えていた。

昔の自分は、あらゆること、あらゆる現象を捉えながら、人間の世界モデルを作って、思考や信念を心で照らし合わせながら、信じながら否定し、疑いながら好き好めば出来る。

誰でも出来るから、これで哲学は終わりだ。歴史をしたいなら、本を読めば終わりだ。

日本史からして、次にフランス史、イギリス史、ドイツ史をすれば良い。そして、心理学と政治経済を学ぶ。情報、文学、哲学は、これくらいでもう出来た。それで、きちんと社会科の専門家だ。並行して英語をやれば良い。単語を覚えて、英会話教室に行けば良い。

最近は、自由を考えて、社会の構造を考えて、国を作っていた。

制度から環境まで、全てのことを自由にして、自由に決められるとか、どれだけ自由になるかとか、選択や決定をどこに任せるかとか、独立しやすい国のモデルを作るとか、自由なことを全部考えていた。

そういうわけで、これで経済学の専門家だ。

それに、心理学もそれはそれで多かった。

心理を分析して、何がどうなるかを知り、全面的に自分の精神と恐怖を治していた。

何より、神とソ連とフランスやドイツで歴史が分かった。

神を信じたのが良かった。皆もニールや僕のように神と対話すると良いだろう。

あとは、経済学の発想のようなものが多かった。

政治家や賢い職業を免許や試験にすると言っていた。だが、賢い人間は自由な方が良い。

馬鹿な政治家は、馬鹿に見えて賢い。人望に厚い、良い人間が多い。

皆、心の底から楽しめる体験のようなものが無い。価値の無いゴミになった人間が多い。だが、それは、ある意味自分のせいだ。こんなに馬鹿なのに賢いのはおかしい。これでは、賢いのに、全部やったことが裏目に出ただけだ。賢いのに全部馬鹿だ。

あとは、ヘーゲルと同じように、社会や歴史のことも弁証法的に分かっていた。

社会は、解法から安定へと向かう。そこでは、階層における主と奴の闘争から、平等な社会になり、それぞれの意志で決められる社会から、社会を市民のものとして、平等な権利と義務を与える、社会的な目的を持った社会へと進歩していく。

もっとヘーゲルを理解すると、分かるかもしれない。

歴史は、1つの国だけをすれば良い。フランスの王でも書けば良いが、それは、書けない。もう、書かずに、自分1人分かれば良い。自分は、それだけが出来ないありえない人間だ。

皆に自分を共有せず、自分1人だけ分かれば良い。何故か、昔からそれが出来ない。共有しなければ、一歩も前に進もうとしない。楽しくない、空しい人間だから、仕方ない。

理想や徳を目指して戦う人間や、啓蒙を目指して共同性を自覚する人間など、精神現象学には色んな人間が出て来る。いつもの自分は、そういうものを何か分かっていた。

人生の段階と同時に、社会の段階をいつも書いていた。

ただの平等と自由ではなく、もっと色んな、経験から分かる、理想と正しい手段による実現性のある、賢い社会の変化を書いていた。

ヘーゲルの書きたいことは良く分かる。自分の中に残った、賢いこと、良く分かることを、正しく全部書いただけだ。ヘーゲルと同じことはしなくて良い。だから、こうなる。そういう、本来自分が書きたかったことは、代わりにヘーゲルが全部書いている。

フランス史とイギリス史をやりたいとは言うが、書いていると出来ない。読めば良い。

最近、Wikipediaが嫌いなのは、そんなに意味の無い文章を読みたくない。自分はもう、昔から今にかけて、十分読んだ。昔全部読んで、今ピンポイントで読んでいる。インプットだけではなく、アウトプットも多い。もう読まなくて良い。もう分かっている。

人間のことを分かりたい。昔は、人間のことが、人生、価値観、行動、関係、そして社会のことを知ることで分かっていた。

学習的、言語的、人生的に人間のことが分かっていた。心の成り立ちから、学習の普遍性まで、色んなところに普遍的に現れる、人間の現象を分かっていた。

耐えるのではなく、消せば良い。そんなに耐えて最後まで頑張るのが、一番辛い。

楽な人間にしか分からない。辛い人間は分からなくなる。

ヤスパースのように考えれば良い。それできちんと大人のように人間が分かる。

昔は子供だったから、自分の成長や、新しく世界を知ること、機会や手段を捉えることで、人間のことが分かっていた。

能力、経験、学習、知性、感情、知覚、感覚から、経験主義哲学のように分かっていた。

もっと人間のことを分かるためには、自由や平等、思いやりや信頼を信じるのが良い。

皆を受け入れて、平等に接し、それぞれと同じ立場になって、それぞれへのために、それぞれに応じた、それぞれだけの体験、人が一人一人違うように、答えや導きや説法も一つ一つ違う、そういう、仏の一味の境地のようなものを分かっていた。

普通はそういう風に分かる。

まずは、数学的な知性から、ロックのように、経験から、生得や習得的な経験、人間関係、自由な社会形成まで、きちんと分かれば良い。

集団になると何が出来るか、経験すると何が分かるか、から、集団の経験や経験の集団のようなものを分かると良く分かる。自由に支配し、反抗し、助け合い、思いやる。

人を助けることを信じる。それは、信じるだけではなく、自由な関係から、哲学的に理解することが出来る。人を虐げるのではなく、自分と同じ、対等の存在として扱う。そこには、カントの言う、手段ではなく目的にする、対等の立場にする、と言う意味がある。

あとは、世界を変えるためにどうするか、自分を変えるためにどうするかから、体験、構築、習得、適応、理解のような世界観を作ることが出来る。

また、三段論法で考えることが出来る。仮定と結論だ。ソクラテスが人間で、人間が死ぬのなら、ソクラテスは死ぬ。三段論法が人間の脳であり、脳は認識である。

神で分かった部分を思い出すと良く分かる。覚えていないが、色んなことを言っていた。

もっと人間のことを考えるなら、いつものように認識などの理性的なことを考えれば良い。

自由とは、悟性の先にある理性であり、純粋理性の批判である。

純粋理性の批判とは、経験でも理性でもなく、正しい考え方で考えると言うことだ。

そして、正しい考え方とは、科学的で、デカルト的な、疑って検査して導いて分かる、と言うことだ。そこでは、分割し、推論し、正しいものから導いたことを証明したりする。

そのように、経験論と合理論は統合出来る。それが本来のカントだろうと思う。

カントのように考えるなら、きちんと問題を1つ1つ解決していき、その問題がその場合どのようになるか、から、仮象と様相の世界を知って、どのように考えれば正しくその問題が分かるか、二律批判やアンチノミーから考えなければならない。

あとは、ただ全部考えていた。

国家は、国民を支配し、生かし、幸せにし、権利と義務を与える機構だ。

動物は、四肢と頭と体を持った生命だ。

人間は、生き、知り、考え、信じ、使い、作り、教え、分からせ、導く生命だ。

そのように、説明しているだけが多かった。

あとは、物理を作っていた。

自分の物理を、デカルトやロックのように、全部考えて作っていた。

もっと、色んなことを全部考えれば良い。

社会を見て、正しく洞察し、真理を分かることが出来なくなっている。

自由を信じて、体験し、世界の構造を知れば分かる。

積極的に色んな構造や行動を分かって、信じて気づけば出来る。

そういうわけで、真理を新しく分かれば良い。そのプロセスを書いていただけだ。

あとは、森羅万象の変化と記憶、そして宇宙の設計図のようなものを書いていた。

これが全部に見えて全部で無いのは、まがいものに過ぎないからだ。

いつも書いていた文章の、劣化コピーに過ぎない。

もっときちんと分からないと意味が無い。

そのためには、沢山の思考と経験をする必要がある。

システムとは、平和と自由を信じて、発展させること、そのために必要な全ての手段と参加可能、変化可能性を考え、実現することだ。

環境とは、それが自由であることによって、何が実現されるか、成すことが出来るかだ。

それぞれの自由の中で、それぞれが何をするか、何を出来るか、が全てだ。

発想と手段の中で、理想の社会を検討し、それぞれが考える思考から、それぞれの発想を手段によって実現し、議論し、検討し、創造することが出来る。

また、同時に、発想は同じことを理解して、作り変えることが出来る。

そこでは、方法と本質、行動と判断力、基盤と環境の理解がものを言う。

正しく実現するためには、全体の構造と確かな少数の方法を、正しく確かに分かっている必要があるだろう。

自由とは、知性をつけることだ。それは、社会を知り、方法を知り、影響力を持ち、世界を自由に変え、世界モデルを作り、理想の世界では何がどのようになるか知ることだ。

何がいつどのようになるか、どう出来るかを知ることで、法則を知り、真理を知ることが出来る。そこでは、ヘーゲル的な弁証法的考え方の深淵があるだろう。

全ては、真理へと向かっていく階段であり、ハードルは時に高くなり、時に低くなる。

社会の成熟度とは、快楽でも物質的欲望でもなく、経験と真理を得る方法の実現である。

独立すること。独立し、自立して活動することで、自分だけの正しい少数の真理が得られる。そこから、全ての真理を得る方法を知って、自分でジェネレーション、生成することで、全ての知を生成的に知ることが出来る。そこでは、可能性と潜在性と想像力が全てだ。

昔は、歴史なんか何も分かっていないようで、歴史のようなことが分かる、自由な人間だった。こういう風に、自由な人間には、何か歴史が分かる人間が多い。

文芸書や哲学書ではなく、専門書を書けば良いかもしれない。

池上彰ぐらいになれば書けるかもしれない。大学の歴史の本でも書けば良い。

脳は、脳をしたいだけだ。そういうわけで、まともに脳をすれば楽だ。

自分の文章は、脳がついて賢くなる、良い本だが、悪い思想が多い。

自分は、作家になった。それはそれで良い。まだ、そしていつも文章を書いている。それも良い。あとは、本を読んで、英会話をする。それも良い。

何かした方が良い。むしろ、フランス史やイギリス史はしない方が良い。終わってしまって、何も出来なくなる。それは普通出来ない。昔のUNIXと同じだ。本当にすると、意味が無い。そういうものは、終わらないために、本当にはしないのが良い。

そんなくだらない文章を書く意味もない。歴史がしたいなら、そのうち、終わってしまえば、きちんとする。そういう人間が多い。要は、自然に終わってからすれば良い。

あとは、可能性、考え方、様相のような、抽象的な内容を書いていた。

きちんと歴史をするなら、むしろ、ドイツ史で良い。ドイツ史なら出来る。

フランス史は、その後にすれば良い。右翼に見えるのは仕方ないから、ドイツ史で良い。

あとは、経験的なことや、他人は関係ない、のようなことを書いていた。

ドイツ史はもう分かっているから出来る。中世の神聖ローマ帝国の中で、プロイセンが台頭して、ナポレオンと戦って、その後にビスマルクが統一して、第一次大戦で負けて、賠償金を背負って、ファシズムが台頭し、民族主義に訴えて第二次大戦を引き起こし、ユダヤ人を虐殺して、また負けて、分断国家になって、ファシズムから民主主義に転換し、自動車で成功して、経済大国になり、ソ連崩壊と同時期に再統一し、最近はEUになった。分断国家の時代、西ドイツと東ドイツに分かれて、冷戦の最前線に立った。最近は、過去を反省して、EUを頑張っている。

そういうわけで、ドイツ史からやれば、フランス史も出来る。自分は賢い。

むしろ、それくらい分かっていれば、終わりに見える。

宗教改革などが分かっていないし、普通のドイツの文化や社会は無視している。フランス史をするなら、そこらへんの文化を分かった方が良い。

ドイツ史はそれで終わりだから、無視して良い。フランス史とイギリス史ぐらいをやれば良い。それで、世界のことが分かる専門家だ。

むしろ、自分は本当に馬鹿だから、出来ない。これで終わりだ。

植民地を奴隷とは言うが、フランスから見ると、植民地は文明化なのである。

つまり、植民地をフランスが文明化させてやっている。

そういうわけで、帝国主義を悪いとは言うが、悪くない。大日本帝国も同じだ。悪く見えて、何も悪くない。きちんと朝鮮や島を文明化させている。学校を作ったり、労働を与えたり、インフラを作ったりしている。その国と地域の生活のために全てを行っている。

マクロ的な歴史や時代のようなものを書いていた。

普通、全部分かる。分かった方が良い。

本当に辛かった。だが、誰にも見せなかった。自分が辛かったのを誰も知らない。

思考を書くのがおかしい。思考を全部書いている。それを止めた方が良い。

考えず、すぐに言うのが悪い。それでもう治る。もっと考えて言えば良い。

島やアフリカの黒人を植民地化するのは、文明化している。原始生活をしている黒人の部族を強制的にフランスにしている。学校や農園を作っている。だが、悪い。本当に奴隷にように扱う。フランスは一番悪い。

今日はそろそろ終わりだ。あとは明日にする。もう寝る。