万葉集・古事記の世界観です。日本文学も参照のこと。
自分の書いた「エリカの技術・芸術日記」2021/08/15より。
日本人の精神を定める古典は、万葉集と古事記である。古事記は、天照大御神から始まる神と天皇の系譜を書く。また、万葉集は古代の歌集。5・7・5をさらに増やした歌であり、この音節を維持するため古代の万葉仮名がそのまま残っている。古文といっても馬鹿ではなく、今の日本語より表現力が高い。
結論から言うと、万葉集と古事記は日本の聖書です。
万葉集は、昔の「歌」の集合体です。この歌は、5・7・5の俳句がさらに長くなったものであると考えて構いません。
万葉集は、古めかしい日本語で書かれています。5・7・5で書かれていることから、古文の昔の日本語の仮名や音を変えることができず、そのまま昔の日本語が残っています。
万葉集は、天皇の歌から始まり、古代日本のさまざまな人が書いた歌が掲載されています。
古文であるため、今の日本語よりも馬鹿で醜いかというと、逆です。今の日本語よりも、たくさんの仮名や言い回しの変化があります。今の日本語では見られない、ひらがなの変化形のオンパレードです。
この古文の日本語が、今の日本語よりもとても表現豊かで、美しく、まるで英語ではなくドイツ語の文章を読んでいるように、現代の日本語よりも素晴らしい「正しい日本語が分かる」、これが万葉集の特徴です。
また、古事記についていえば、日本神話と歴代天皇の系譜が書いてあります。日本の歴史のルーツとなる、「日本の神」、たとえばアマテラス、スサノオ、大国主神などが書かれています。
これらを総合して言うと、僕はまさに「日本版の聖書」であると思います。たとえば、ユダヤ教の旧約聖書は、天地創造とモーセの十戒から始まり、ユダヤ人の王や民族の歴史やさまざまなユダヤ人の「神による啓示」が書かれ、ダビデと神への賛歌が書かれていますが、万葉集と古事記は、歴代の王が天皇であり、神の教えが日本神話になっただけで、「聖書とまったく同じ」なのです。
そして、僕は万葉集と古事記を読むのを強くおすすめします。それは、まず、きちんと日本のルーツとなる神が分かること、次に作家のシナリオ制作のための基本が分かること、それから、日本語がもう一度「古文という正しい形で」分かること、最後に、日本人の「心が分かる」ことです。
特に、最後の心が重要です。今の世界、コンピュータなどの賢い学問や科学技術が溢れていますが、それらには「心が無い」のです。心がないために、プログラミングやネットワークを分かれば分かるほど、「頭ばかり増えていって、人間の心を失う」のです。万葉集には、心があります。万葉集を読むことで、古代の天皇がまともな心を持った大和王国の統治者であることが分かります。昔の日本人が、今の日本人と変わらない、自然や季節を愛する素晴らしい心を持っていたということが分かります。要するに、「日本語を知りたいなら万葉集、日本を知りたいなら古事記」です。
古文・漢文を参照のこと。
日本神話を参照のこと。
日本語も参照のこと。
日本史(古代)を参照のこと。