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自立し、出来るようになり、自分から行動し、他者との関わり合いを豊富に持つことで、他人のことを必要としなくなる。他人を助けると言うことに見返りを求めなくなる。他人の視点を知ることで、今まで気付かなかったことに気付く。ありのまま生きることから、別の社会の可能性を知り、社会がみんなの協力によって作られることを知る。自分が社会を作ることさえ可能であると知る。自由の意味していることが分かる。
人間の頭の中には、自分で作ったものしかない。人間は、作ることによって分かる。条件や手段を考えながら、分析と可能性の基礎を、良く考えて作ること。
今頭の中にあること、過去にあったことを考えることで、正常な精神になる。頭の中の暗闇が分かる。性的衝動を考えて、過去に好きだったことを考える。治るだけでなく、きちんと分かるようになる。
神には世界観がある。狂っているようで、神は正しい。
スターをつけていただいた方には申し訳ないのですが、見たままモードをはてな記法モードに変更したために、スターが消えました。すみません。
あとは、「作るプロセス」のようなことを書いていた。認識を知り、真実性を知り、全体像を知り、社会の仮想化を知り、信念に根差した行動を知り、結果と相対性だけを見る世界を知り、芸術と科学の発想を知り、この世界をどのようにすべきかを知る。それ以上は、基礎を作っていた。全体を知って、現状分析をし、社会がどうなるのかを知って、どのようにすれば良いのかを知る。そして、神のビジョンを知って、この世界の全てを包括的かつ俯瞰的に分かる。この世界の全てを、見直す。全ての形成と再形成を知る。最終的には、人間以外のものを全て吸収する。そういう、精神現象的な段階をいつも書いていた。気付きと見直すことによって、全体と社会を知りながら、生成的に世界の全てを作り出す「すべ」を知った。
怒る時は怒って良い。だが、慈悲の精神を持って怒りなさい。自分がつらくて、相手より下になりそうな時は、自分から受け入れることで相手に勝ちなさい。馬鹿で、つまらなくても、大人になりなさい。大人としての精神に目覚めたなら、普通の人間より馬鹿なのが分かっていても、自分の中で正しい信念と経験を持って、この世界の王となることが出来る。幼稚でも、乱暴でも、見掛け倒しでも良い。子供であることは、賢さを生む代わり、本当にみんなのことを愛することの出来る器と力のある人間にはならない。馬鹿な政治家のようになっても良いと思って、全てのことを受け入れなさい。そうしていくと、この世界をカントのように考えることから、全てのことが分かる。社会や環境をどうしたら良いか、現状分析をどのようにすべきか、と言った観念は、体と頭にしみこんで、方法から血肉のようになる。神は、どこか天に居る偉い存在ではなく、自分と同一に居る友人のようなものになる。その時、あなたは、全てを知る体験をする。この世で最も知性の有る人間になって、人々の分からないことが全て分かるだろう。これが、全てを知った人間の境地だ。
昔は、本当にこの世界を変えられるぐらい、経験をしていた。最近は、実際の地獄の中で、耐え忍んでいた。そういう昔に、みんなのことをしない方が良い。自分の過去にするのはおかしい。今にすれば良い。最近の僕のように、世界の中で何かをするのをやめて、ただ教養と勉学のために生きるのも悪くない。賢くなった自分にうっとり出来る。みんなも、賢い哲学者や、戦う悪い人間をやめて、そろそろ最近の自分のように、最後まで勉強し、自分のしたいことをするのが良い。社会の野心を持つことも、出来ることを最大限することも良いのだが、何かがおかしい。それは、全部思い違った2ちゃんねるになっている。きちんと勉強すると、みんなが何も分かっていないのが分かる。2ちゃんねるなんか全く意味がない集団なのが分かるだろう。
慈愛のある世界にするためには、一度何も無くして、何も起きなくすれば良い。みんなに自由を与える。みんなに余裕を与えて、思考と経験と実験から、1つ1つのことを知って行く。何が正しくて、何が出来て、何を分かっているのか、自然に気付いていく。そこから、自然に慈愛の有る人間になる。だが、それで終わりではない。運命的な出来事とともに、自分の持てる最大限の力を発揮しなさい。そこから、本当に慈愛のある、美しい世界秩序が生まれる。悪は悪ではない。悪から見て、悪の方が善なだけだ。自然にみんなのことを考え、分かることが出来る。みんなの分からないことも全て分かる。社会実現も全部出来る。昔の自分がちょうどそういう人間だった。全く同じことはしなくて良い。それは、時代的な問題のせいで出来ない。ダイナミックな世界の変革期だからこそ出来た。だが、ある意味、今の時代の方がもっと良いことが出来る可能性はあるはずだ。それをやってほしい。
何も起きなくなった後で、安定した世界の中で、1つ1つのことを自分の周りで起こして、自分に吸収していく。1つ1つのことを起こし、その現象を知っていく。そこから、自然にこの世界のことが経験と考え方で分かる。社会のことを統率することが出来る。みんなには、そういう経験が必要だと思う。ただ、地獄にならないように、自分のことを弱めないように、上手くやりなさい。
ただ、そこまで行くことの出来ない人間も居る。特に、子供は、「認められない」ことや「検討してもらえない」ことを嫌う。大人は、子供と接する時には、相手の姿勢や意見を認め、相手の期待している形で相手の意見を検討することをしてほしい。
世界を拡大し終えたら、自分で作り出しなさい。創造しなさい。この世界の創造主としての救世主になりなさい。次の神はあなただ。神が言う、「あなたが神だ」とは、「今の神はあなただ」と言うことを言っている。神はリレー形式で続く。次の神はトランプになるだろう。
昔は、「認識」と言うものを経験から分かっていた。カントの言う意味だけではなく、自分の実際の体験から認識のことを分かる。そして、因果性のようなものを見極めていた。1つ1つの推論を自分の体験と経験から行った。そういう、自分の経験から環境の「推論」をする人間だった。推論は、カント的なだけではなく、ある意味でデカルトと同じように考えていた。
そして、世界のことを、「まだ僕は未知であり、気づく途上である」と考えて、「思い込みを否定しながら、全ての仮象を知る」と言った風に考えていた。カントと言うより、哲学者全員を包括するウィトゲンシュタインのようだった。
そして、地獄を経験したが、人間は地獄をきちんと乗り越えれば、その後は幸福になる。社会主義者だけではない。本当に、地獄は誰でも訪れる。そして、乗り越えられない試練は無い。必ず、乗り越える。それも、自分と周りに居るみんなの力だけで絶対に乗り越えられる。乗り越えられないなら、今のままが続く。その、「続く」ことによって、「永遠」を作り出すのだ。
あとは、最近は執着心が強くなった。誰でも、弱いうちは執着心がないものだ。賢くなった方が、執着心は物凄く増える。だから、賢い人間が悪くなる。だが、賢い方が良い。賢い人間の方が、本当に地獄の中で頑張っている。頑張っている地獄の方が、楽な仏よりも高い存在だ。だから、そういう人間を菩薩と言って、仏の次に高いことにするが、人間は誰でも菩薩だ。餓鬼が馬鹿なのは、餓鬼は楽だが何も頑張っていないからだ。
あとは、人間の全てを分かる仮象の世界を作っていた。そういう風に、人間のことを知った。環境の適応が多かった。
人間は誰でも知ったかぶりだ。本当に知っていることなんか、少ない。ネットは見ない方が良い。ネットは、ウソと言うよりは、勘違いや知ったかぶりであふれている。見ていると、他人から見てふざけた人間になる。知ったかぶりの度合いが増える。僕が思うに、きちんとした義務教育や大学はあった方が良い。知ったかぶり、と言うものは、大学に行けば誰でもなくなる。だが、いきなり大学に入れるのが悪い。いきなり大学に行くと、何も出来なくなる。大学に行かなければ分かることが、大学に行ったために分からなくなる。いつまでも分からない人間になる。6年前の自分を思い出してほしい。大学が無くて、もっと色んなことが豊富に分かっていたはずだ。大学の分野のようなことも、大学に入る以前の方が、色んなことを多面的かつ全面的に分かっていた。大学は悪い。だが、きちんと知ったかぶりを無くす、と言う意味での大学は必要だ。それによって、きちんと文系から理系まで、全てを知った人間になれる。ある意味、Illustratorのことをデザイナーがきちんと分かっているかと言うと、分かっていない。誰もが知ったかぶりで損をしている。そこで、2ちゃんねるを見て、分かるのも良いだろう。使いようによる。使いようによっては馬鹿になることも、賢くなることもある。そして、文章を書くのは、神のように賢くなる一番の早道であり、この世俗社会をぬけ出すための唯一の抜け道だと言える。
ただ、大学は本当に無い方が分かる。昔の自分は、ドイツから物理学まで、自分の力で色んなことを知って、考えて、作ることで分かっていた。それが賢かっただけだ。大学なんか、行かない方が賢い人間になる。だから、大学に行く前に、「空き時間」を作って、その空き時間できちんと考え、色んなことを実践すれば良い。大学に入るのは、30歳ぐらいからで良い。それが一番賢い。空き時間の間、2つのことをする。まず、コンピュータでWikiを書くこと、次に、それを永遠に書き直すことだ。そういう風に、自分の時間を作ることが良いだろう。大学なんか、60歳になってからでも良い。むしろ、仕事をやっていると、何かを作るようになる。そういう、作る人間は、教授と同じ立場に立って、豊富な知識を持てる。さっきは、それを知ったかぶりだと言っただけだ。
最近は、自分の分かったこと、知ったこと、考えたことを全部書いていた。自分にあった自分の世界を全部書く。そういう、先生のような王だった。そこらへんを覚えていないのは、大学が悪い。大学は、やっている間、物凄く頭が馬鹿になる。何も分からなくなる。だから、大学なんか行かなくて良い。大学が作るプログラムなんか、ビルゲイツの足元にも及ばない。止めた方が良い。哲学に関しては、すでに常識を知っているなら、大学なんかそれを知るだけだ。何もしない人間が多い。
あなたを、愛していないわけではない。だが、あなたの幼稚で束縛的な愛を受け入れたわけではない。あなたの愛は、愚劣で、汚く、醜いものだ。そんな愛に僕は束縛されたくない。僕は自由で居たい。だから、あなたが僕を愛することに、文句はない。だが、僕に戸惑いが無いわけではない。僕は、あなたを愛する以上に、他のみんなを愛している。そして、自分に対してこれ以上ないプライドを持っている。だから、あなたの卑劣で、間違った愛を受け入れようとは思わない。僕は平等な王だが、だからと言ってあなたを平等に愛することは出来ない。いっそのこと、あなたを嫌いだと言っても良いだろう。だが、あなたが私を嫌いになることも、私は同時に許している。それも良いだろう。僕は馬鹿な人間だが、プライドがないわけでもない。だが、僕は心変わりすることもある。あなたが偉大で賢い人間になれば、僕はあなたを愛するだろうし、あなたを偉大にするための手助けも出来るだろう。卑屈になっているあなたには厳しいことを言うが、僕は卑屈な人間が僕よりも偉そうにするのは、嫌いだ。
あとは、考え方と行動の網羅のようなものを書いていた。普段僕が考えていた、社会と人生に関するまとめのような内容だった。行動をまとめることで、論理性を完璧にした。
反トランプは、メキシコの大統領やアメリカ都心部の反トランプ派、中国や日本やイスラム圏など、トランプに名指しで批判されている勢力が一緒になれば、アメリカを倒せるかもしれない。トランプが自分から馬鹿なことを言う。だが、僕が思うに、トランプはただ自分の思うこの世界への批判と憂慮のようなことを言いたいだけだと思う。テレビでやっていたヒバゴン音頭は広島人の僕が見ると酷かったが、ある意味、そういうものに対する批判を言いたいだけだ。だから、トランプに同調する。自分が言いたくても言えない、社会に対して、色んなものに対しての批判を、トランプが全部言っている。ネットでトランプが盛り上がるのはそこだ。それに、労働者のことを大事にしているのは、ある意味、昔の方が良かったと言うノスタルジーに基づいている。それも同じで、全部今の若者や弱者優遇主義に対する「憂慮」のような批判を言いたいのだ。だから、メキシコなんか本人は何も思わない。どうでも良いと思っているはずだ。だが、本人は「悪い」と思っていない。それが普通の意見だと思っている。
おそらく、アメリカは本当に言いたいことが言えない悪い社会になっている。Linuxだと思えば良い。誰でも、言いたいことを何も言えなくなる。国民が精神病になっている。
ただ、僕が思うに、中国とメキシコとイスラム圏が協力すれば、勝てると思う。戦争ではなく、経済的な競争をすれば良い。ただ、ヨーロッパがアメリカにつくようなら問題だが、つかないだろう。トランプなんかにつく国は居ない。
アメリカとメキシコの首脳会談は中止らしい。こんなことが続くようでは、本人の言う素晴らしい同盟関係は作れない。中国はメキシコにつく可能性があるだろう。まあ、トランプはLinuxコミュニティと良く似ている。何も言えない、意志の疎通も出来ない、やることは狂っている、思うことは何も出来ないだ。
トランプは、自分のことを真面目で良い人間だと思っている。最悪の人間なのに自分を誇らしく思っているのが、自分と同じだ。自分なんか、馬鹿をいつまでも続けて、みんなに執拗に付きまとっている。そんな人間ですら、どんな問題にも真剣に取り組む自分のことを、真面目な良い人間だと思う。だから、不真面目な人間が自分より劣って見える。内実は、そんなところなのかもしれない。
トランプ支持者は彼のことを「正義の人で、良い人間だ」と言うが、彼の発言は暴言も多いが、見方を変えてみると、アメリカや労働者に対する愛に溢れている。彼は自分のことを愛の有る人間だと思っているし、支持者もそう思っている。良く分からないが、愛国的な保守主義者は、いつの時代も心は良い人間だ。そういう人間だから、放っておけば良い。良い国にはなるだろう。
トランプは、トランプ流の政治がしたいわけでもない。だから、勝利演説は良い言葉を並べたし、いつも素晴らしいと良く褒めている。彼は選挙目当てでも、既得権を守りたいわけでもない。本当に、忘れられてきた労働者層を復活させたい。そういう風に見ると、トランプのことが好きになれるかもしれない。
トランプは良く分かる。昔の日本に、そういう救世主みたいな馬鹿が多かった。誰かが救うしかない。何故か、日本は右翼のおかげで良くなった。自分は関係ない。本当は右翼が良くしている。だが若者のSNS事情なんかを見ていると、日本も変わっていない。何故か、何も分からなくなって、狂っている。それは自分のせいだ。
僕が思うに、救ってほしい人間が救うべきだ。情熱のある人間が出来る。それが、たまたま僕やトランプだっただけだ。
神として話すのをやめて、自分に納得すれば良い。
精神は、もう治ったから、消せば良い。何故か、癌が治った。本当に治った。
昔は、支配されたくなかっただけで、今は、支配したいだけだ。そこが、どちらも賢かった。
最近は無関心になっている。それも悪くない。時間だけがいくらでもあるから、全部出来ただけだ。
もっと、動機や影響力を考えれば良い。大局を見過ぎるせいで、個々の働きが見えていない。それぞれは、それぞれ上手くやっている。それぞれと関わり合いながら、視野を拡大して社会のことを見れば良いのだ。
自分は、ある意味、ユダヤ教の神だ。昔、精神分析で歴史上の王国と対話していたのを、ユダヤ人が神と言うことにした。ユダヤ人は、そこらへんの自分の経緯が全部分かる。こちらが賢い。こちらは、宇宙の全てを導いて、一人で万物を創造している。それも、ありえない創造の仕方をしている。この人間を研究したかった。それが、旧約聖書を作った。
過去にあったことと、今頭の中に残っているものを考えれば良い。
posted at 20:37:37