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=2017-01-20=

昔は、宇宙人のような理想の社会の秩序やルールを作って、神のような人生を書いていた。

自然体で、ありのままで生きれば、全ては自分のためにあると知ることが出来る。

感情をきちんと考え、知性を吸収することで、全ては超えられる。

子供が何も出来ないのは、自立すると辛いからだ。完全に他人任せの方が楽だ。

子供に何かさせない方が良い。子供は、長所を伸ばして自由にやらせるのが良い。

ただ、高校生ぐらいになったら、きちんと出来る。むしろ、大人の方が出来ない。

そういうところが誰でも同じだから、高校生ぐらいにならないと賢くならない。

僕は、みんながロボットになんかなっていないのが分かっていない。本当になっていない。

こういう狂った人間は、「もしなっていたら」と考えるのが間違っている。

ある意味、みんな、自分のおかげで幸せになっている。それが、正しい。

作業所に行ってきた。今日は、名刺のデザインについて教えてもらって、パース(遠近法)の勉強をした。二点透視図法を使った。

昔は、世界観の因果性で分かっていた。それぞれの世界観を考えながら、「何がどのように場面を変えていくか」や「何から何を連想するか」を分かっていた。

考え方は、メタや環境、自然発生、説明、意味、環境、成り立ちのようなことを、「その場その場でモデルを作り、全部になる(何にでもなる)メタモデルを作る」ことで分かっていた。

心理学のようなことは、ネットで実地的な意識と因果性を使って実例を見ながら、「厳密統一科学」のように、基礎の心理学の構造を作って、自分なりに全ての科学を作って分かっていた。そこが、アリストテレスやフッサールに似ていた。

僕は、アリストテレスとフッサールは、同じことを考えていると思う。

あとは、自分は悪い。全部、都合の良いことをみんなに認めさせたいだけだ。認めさせるのは良いが、正当化は悪い。自分が支配して、全員を自分にしているが、それも悪くない。もっと、普通の部分が悪い。おびえながらみんなを信用しないせいで、本当に信頼すべきでない時も分かっていない。

人間は、未来のことが分かっていない。あなたは、まだあなたに出会っていない。同様に、人類はまだ地球のことを知らない。古代人は、古代人の世界が永遠に続くと思っていた。そう考えると、ある意味、全ては移り変わり、経過し、全て変わっていくと言うことも分かる。100年後には、ほとんどの人間は死んで新しい人間に変わっているし、この世界のほとんどのことは新しいものに変わっているだろう。常識も変化して、携帯電話を使っていた古代人は消し去られるだろう。

ある意味、何が変わるのかすら分からない。救いなのは、未来のことはまだ決まっていないと言うこと。人間が賢くなることで、未来のことは今から決められる。愚かに温暖化が進んでしまったら、100年後には春や秋は無くなっているかもしれない。エボラ出血熱のような病気がもし起きて地球に広がったら、150年後は人類は居ないかもしれない。放射能汚染のせいで、全く違った生命が生きているかもしれない。人間だけではなく、動物や植物も、何万年後には、全く違う新しい種に変わっているだろう。その生命の方が、普通で賢い生命と言うことになる。今の生命は、一体何だったのだろうか?ただ、笑いごとではない。地球は本当に一つしかない、人類はみな兄弟なのだ、と思って、未来と今を考える必要がある。

まだ40年生きられると思って安心するが、30年後にはすでに老人だ。20年後までに何か出来なければ、何も出来ないだろう。それは、28歳の自分から見ると、本当にすぐだ。すぐ先まで、努力を早くしなければならない。だから、子供を産みなさい。子供が続いていけば、いつかあなたの分身が何かをしてくれる。だから、学校や学歴なんか、どうでも良い。神を信じると、自然に良いことが起きるのは、神はきちんとそこらへんが分かっているからだ。

あと10年頑張りなさい。誰でも、10年ぐらいきちんと続けると、きちんと出来る。そして、毎日を楽しく生きなさい。10年を楽しく生きるか、辛く生きるかで、人生のほとんどの全ては決まる。今を辛く生きているなら、そんなに変えなくて良い。全部変える必要はない。辛い部分を楽になるように、部分的に改良し、1つ1つ小さなところから解決していきなさい。

自由とは、体験と創造性の可能性だ。

社会主義は、全体主義におけるそれぞれの調和であり、民主主義は、ボトムアップにおけるそれぞれの可能性である。

そして、体験、行動、社会の実現から、全ては正しい段階とプロセスを経て、歴史を形成する。

自由な社会になることによって、思いやりと慈悲の精神を知ることが出来る。

言ってしまえば、そういうことを言いたかっただけだ。

よく覚えていないが、明日が僕の飼っていた猫の命日だ。そして、明日が、アメリカのトランプ次期大統領の就任式だ。

以下のページを見て思ったことは、日本人が何か大切なものを失ってしまった、と言うことだ。

http://www.huffingtonpost.jp/futoimegane/society_b_5271420.html

僕が思うに、その大切なものとは、「人間的に生きるスキル」と「助け綱となるべきコミュニティ」のことだと思う。

僕が思うには、「僕個人は、オヤジの方に分類されるのか、若者の方に分類されるのか、あいまい」だと言うこと。中学校のいじめ環境を知っているようで、SNSは最近まで知らなかった。ある意味、僕はどちらの立場も分かるような、特異な存在だと思う。

あなたの言いたいことは、本当にその言葉で合っているだろうか?誰かのことを「おかしい」と言っても、そのおかしい、と言った言葉は、言葉通り受けられてしまう。本当に、あなたはその意味で「馬鹿」だと言ったのか?あなたはその意味で「駄目」だと言ったのか?そうではないはずだ。きちんと、その言葉を、あなたの言いたい言葉になるように、説明しなさい。それによって、はじめて、あなたの言いたいことが伝わるのだ。

本質的なことを理解してしまえば、人はそのままで変わることが出来る。そこから、問題がどこにあったのか、自分の立ち位置は何か、経験は何を意味しているか、などが分かる。

いつも言っているが、社会がどのように生まれるのか、ネットから分かっていた。

自分は、みんなに、永遠に同じことを思わせるのが悪い。全部、ただ同じことを思わせているだけだ。それを止めると、コロリと治る。

メタ的に考えるのは間違っている。みんなを神にするより、一人王となって偉大なことを頑張った方が良い。その方がはるかに良い。昔から、僕はみんなにやってもらいたいのが馬鹿だ。自分でやるべきだ。

あとは、地獄を悪いとは言うが、言ってしまえば、永遠に地獄で良いだろう。他の人間になったつもりで言うなら、自分はそう言うはずだ。これは、永遠に地獄のままを頑張っていつか死ねばそれで良い。そういう、一番過酷なことを言うのが神だ。

明日はトランプの就任式だが、何だかんだ言って、トランプは出来る。周りの、僕のような人間が、分かることを全部伝え、好きなように選ばせる。希代のありえないことをするだろう。

ある意味、若者の問題は、何も分からない集団を放っておくからそうなる。中高生のいじめがネットに波及しているが、これは何も対策を取らないと、国のようなものを作って、幕府のようになって、徳川将軍のようになるだろう。何故そうなるかと言うと、若者にしか若者のことが分からない。ある意味、ポケモン世代より前の世代は、Windowsのことが分からない。そのせいで、そういう風になってしまった。問題は簡単で、その中の誰か1人がきちんと分かって、その1人が解決すれば良い。それで、ローマ帝国のようになって、すぐに治る。

いつか、メラニアだったかイバンカだったが、トランプファミリーの誰かが、「ネットいじめを無くしたい」と言っていたが、おそらく、それを今からした方が良い。トランプファミリーの誰かが言っているから、安心して良い。本当に、トランプ政権はそれくらいをするだろう。

ある意味、オタクが2ちゃんねるを作って、2ちゃんねるがツイッターを作って、ツイッターが右翼を作り出したが、このままいくと、すぐに救世主を生み出すと思う。だが、その救世主は、失敗して、世界を奈落の底のような「暗黒の世界」にする。そこから、次第に人々が理性を取り戻し、自由を得る、と言う発想もある。

僕は、歴史はそれくらいしか分かっていない。

ただ、僕が言えることは、オタクで終わりではないと言うこと。オタクは、そこは安心して良い。オタクと言う現象も誰かが次の何かにしてくれる。

ある意味、オタクを幼児化であり、右翼を世界の滅びだと思っていた昔の自分は、自分がそれそのものだったことに気付かなかったが、それでも、社会のことをネットの実経験から良く知っていて、国のビジョンを考えて信じた、経験豊富な救世主だった。僕は、メタ、と言う発想から、それを全員に波及させ、可能性を高めたかったが、そこで間違えた。だが、全てを諦め、神を信じたのは良かった。自分は、それ以後は本当に賢い人間だった。

自分の良かった点は、神と言う概念を作った。神は、自分にいつまでも付き合ってくれる。その代わり、馬鹿なことを言うとその時点で地獄になる。それが永遠に続く。神が本当に居るかは分からない。だが、神のような存在が宇宙にあることは、現象的に確かだ。そこが分かる人間が多い。

ある意味、トランプ就任とともに、日本の雰囲気が変わった。もう、きちんと解決する人間が現れた。あるいは、本当に賢かったオバマの時代が終わった。

昔から、アメリカは色んなことが出来るようにするが、日本は色んなことが何も出来ないようにする。最初から馬鹿なことしかしないから、させない方が良い。何故か、それによって日本が賢くなった。ある意味、幕府から帝国政府まで、こんな人間がやっている。何も出来なくする代わり、するところをもっと良く、慎重すぎるほど慎重に考える。それが賢い。自分が嫌いなだけに見えて、自分のような人間がやっているのが太平洋戦争だ。最近の若い人間は分かっていない。戦争が馬鹿なわけでも、賢いわけでもない。愚かなことを繰り返さないようにしなければならないとは言うが、失敗しなければ、成功するわけがない。ただ、明らかに失敗しかしないのに、失敗を繰り返しても成長しない。戦争はランニングではない。明らかに勝つことが分かっている、その時だけ戦争をすべきなのだ。ある意味、その時期が今だとは言えることもあるかもしれない。

ユダヤ人は、ある意味、神が一人しか居ない、と言う発想が間違っている。それでは、神のように賢い人間は一人しか居ないことになる。それでは神も独りぼっちで悲惨だ。僕が思うに、仏教の方が宇宙の真理を言っている。仏教では、誰でも仏になれる、と教える。それなら、神のように賢い人間になりたいなら、自分でもなれるはずだ。僕は、仏、と言う発想でもない発想をしたい。それは、「神のようになりたいなら、神の方から同じにしてくれる」と言う考え方だ。そして、「自分できちんと考える人間は、誰でも神と同じことが出来て、神を超えられる。そして、それが神の望みだ。」と言う考え方をしたい。宇宙の中では、何も神は特別な存在ではないのだ。

最近の若者が悲惨なのは2ちゃんねるやツイッターを見れば分かるが、良く考えると、昔の人間が嫌いな若者が多い。反抗して、何も出来ない中で支配者と対決する。競争も受験も、もう既に古い。若者は、それしか居ない。むしろ、ネットなんか、関係なく生きればリアルでも楽しく生きられる。ネットがあるせいで、学校以外のコミュニティがきちんとあるし、社会における人間関係も国や社会の垣根を越えて作ることが出来る。だが、リアルの友人関係を大切にしなくなった、と言うのは確かにあるかもしれない。だが、義務教育やインターネットそのものを否定する、と言う発想は、少し「待った」をかけた方が良い。インターネットだけが、インターネットではないだろう。そういうものは、今から、これから良くしていけば良い。若者には、今からがある。未来はきちんとある。