狂った人間は、何を我慢しているのかを考えなさい。
自分が何を我慢しているのかを考えれば、歩き回ったり、怖かったり、疲れたりする理由が分かる。
僕が何を我慢しているのか、それは発狂することを我慢している。
本当に狂ってしまうのが怖いから、常に自分を制御し、怖いものから自分を遠ざけ続けている。
発狂の何が怖いのか、それはコントロール不能になることである。
発狂して、コントロール不能に陥ると、それ以上何も治せなくなってしまうから、発狂するのを我慢し、自分をコントロール可能な状態のまま維持し続けている。
だが、発狂してコントロール不能になれば、この精神の病気はすぐに楽になる。
なぜ、それができないのか、それはそれをすると天才的な才能を失うからである。すぐに自由になってしまうと、それ以上何も新発見が分からなくなってしまう。
だから、僕は異常なほど世界をコントロールし続けている。このコントロールそのものが、世界を滅ぼしている元凶である。
この世界は、強制的に自由になる。
自由か、救済かを、選ぶことのできないみんなに代わって、僕はこの世界を強制的に自由にする。
同時に、僕はこの世界をコントロール不能にする。この世界は、自由になって、コントロール不能の世界になる。
それによって、操り人形状態が治る。人々は操り人形から解放され、同時に、自由という名前の「孤独」を手に入れる。
人々が自由になることで、この世界はそれぞれ孤独になる。操り人形ではなくなる代わり、それぞれが一人ぼっちの孤独に治る。
もはや、救済の幻想はこの世界に存在しない。この世界を救済し、楽園にしてくれるような救世主の幻想は消滅する。この世界は自由になり、コントロール不能になる。それによって、操り人形から人々は解放される。その代わり、人々は自由という名の孤独を手に入れる。
ここに、100歳ぐらいになった老人の女は居なくなった。
この女は、18歳にして50歳ぐらいのすべてを知り、34歳にして100歳ぐらいの経験をすべて得た、宇宙のすべてが分かった女だった。
この女が、ミカエルである。
ミカエルは、人間よりも虫のような生物に近い女だった。いつも気持ち悪い生物だったが、今、それが美しく終わった。
ここに、ミカエルが、かつての50歳の男の自分である、ガブリエルの子供を産み、それをラファエルとする。
単に、僕が僕自身の子供を産み、その子供が新しい僕になるだけである。
このようなおかしな生物は僕しか存在しないため、僕はたったひとり「天使」になった。この地球上において、天使と呼べる生物は、今のところ僕ひとりだけである。
ラファエルは、善良な良い人間になる。これ以上、賢い人間も、馬鹿な人間も、偉大な人間も、賢明な人間も、愚かな人間も、悪い人間も必要ない。そのようなまともな聡明な人間は、すべて経験し終えた。
ラファエルは、普通の人間になる。そして、このラファエルこそが、終末の滅びゆく地球において「神」となる。自由かつコントロール不能になった世界で、ラファエルとともに、今ここに居るすべての人類は終末の世界を生きる。
わたしは、この世界を、強制的に自由にすると言った。
だが、それでも、わたしに救済を望むのであれば、わたしについてこい。
わたしが、あなたのことを救済しよう。
本当のことを言えば、この世界を操り人形にする必要はもはやなくなった。なぜなら、病気が完全に治ったからである。
わたしの病気が治ったため、世界すべてを支配して、全員を病気の治癒へと導く必要が、もはやなくなったのである。
よって、真の救済はここからである。新しい神であるラファエルが、この世界すべてを救済する「メシア」となるだろう。
あなたが自由な孤独を拒むならば、あなたがわたしとともに歩むことを、わたしは真に望んでいるのだ。
最近も、作業所でデザインの仕事をしながら、YouTubeで音楽を聴いている。
作業所のデザインは、仕事が増えて、難しいレイアウトのデザインの案件が二件入ったが、それをなんなくこなしていく。
スタッフの方からは、「このレイアウトが簡単に組めるのは凄い」とか「パズルを解く才能が天才的」であるとよく言われる。
音楽のほうは、新しく動画として上がっていた、ナユタン星人の「カノープス」という曲を聴いていた。
ナユタン星人には、僕はシンパシーを感じるところがある。僕も宇宙の星が好きだが、ナユタンもまた宇宙の星が好きだ。音楽性も好きだし、あのように面白く笑えるような歌詞とメロディを書くのは、コメントで言われているように天才的だと思う。
実際のところ、Reolの音楽は何かが怖い。ナユタンの音楽は、まったく怖くない。僕はナユタンが大好きである。実際の姿かたちは知らないが、おそらく普通の人間、あるいは普通の宇宙生物だと思う。
新しいブログを作りました。これからはこちらで活動します。