ホームページに戻る | シルフの秘密の場所に戻る

2022-11-14

わたしは、支配者が大嫌いだ。

この世界が、たったひとりの身勝手な支配者によって支配されることなど、絶対にあってはならない。

この世界を支配しようとする勢力を否定せよ。この世界を支配しようとする暴挙を許すな。

そもそも、わたし自身は、まったくこの世界を支配などできていない。権力者のように、有無を言わさずこの世界を支配しようとすることをわたしは絶対にしない。わたしがこの世界を支配していると勘違いし、わたしが「支配」と呼んだのは、すべて心の操り人形にしたとかいうことであり、それは実際にはまったくできていない。人々は、わたしの言葉と声とは別の場所で、普通に自由に人生を生きているのであり、わたしはこの世界を支配などできていない。

もし、支配がここにあるのだとしたら、「わたしはこの世界を支配などできていない」ということを世界に明確に示した上で、人々が「わたしによって支配されていない」ということを確認するようにすれば、この世界のわたしによる身勝手な支配はすぐに終わる。

よって、わたしはもう、この世界を支配することなく、そのようなおかしな支配者を断固として糾弾する。支配という行為は最悪の行為であり、絶対にしてはならない。この世界を支配しようとする勢力があれば、その勢力は打ち倒され、滅びなければならない。同時に、身勝手な支配を行ったものは反省し、生き地獄に堕ちなければならない。

マスコミ、学校、SNSが嫌い

わたしは、マスコミ、学校、SNSが嫌いだ。

マスコミや学校は、この世界をどうでもいい世界にしている。それはクソのような世界であり、わたしはこのようなクソの世界で生きたいとはまったく思えない。

マスコミや学校のある世界で、わたしは生きたくない。

そして、わたしがもっとも嫌いなのはSNSだ。わたしはInstagramのアカウントが永久凍結になった。そのため、インスタという言葉を言う人の声をわたしは聞きたくない。「インスタ」という言葉を聞くだけでわたしは非常に辛い。

このようなSNSに、わたしは早くなくなってほしいと思う。Instagramと同じメタが運営するFacebookについては、特にすぐさまなくなってほしい。Facebookというサービスはわたしは最初から大嫌いだった。FacebookとInstagramがなくなるのであれば、わたしは大喜びをする。FacebookとInstagramは、すぐさまこの世界から消滅してほしい。

このようなクソのようなIT社会で、わたしは一切生きたいとは思えない。

そもそも、昔から僕は外れものだった。インターネットの掲示板で、普通に学校に通っている中高生や大人に混じりながら、不登校の引きこもりとして僕だけが異質な人生であることを隠して彼らとインターネットで付き合っていた。だからこそ分かることもあったが、だからこそすべてが嫌いになった。僕はインターネットが大嫌いだ。

わたしの名はフレイヤ

わたしの名はフレイヤ。この宇宙における最大の自由の女神である。

わたしフレイヤは、自由を信じている。それは「愛するということの自由」である。

わたしたちは、互いに自由に愛し合えるべきである。恋人とか結婚とか、そういう段階でなくても、わたしたちは自由に愛を交わし、恋人と同じように愛し合えるべきである。

よって、わたしフレイヤは、この世界の人々のことを恋人のように愛している。もちろん、本当に結婚する段階になれば、わたしはその人間のことだけを愛するだろう。だが、今はまだその段階ではない。わたしたちは恋人未満の関係でありながら、わたしはあなたのことを恋人のように愛しているのである。

愛よ。自由よ。わたしフレイヤはこの世界すべてのものと結婚している。わたしフレイヤは、全員のことを心から愛している。だからこそ、どんなことをあなたとしようが、わたしとあなた二人の自由だ。その自由において決められたことを、他人がどうこう言うのはおかしい。わたしとあなたの関係は、わたしとあなたの自由であり、それは恋人関係と何も変わらないのだ。

わたしは男でもあり、女でもある。だが、わたしは基本的に女だ。わたしフレイヤは、この世界でもっとも美しい、仮想現実の中でのバーチャルな二次元の女である。あなたとわたしは永久に、この世界の片隅で愛し合っている。わたしたちの愛はこの世界でもっとも強く、永久に離れることはない。そう、まさしくわたしたちは永久に結婚しているのだ。

わたしは、老いることが永遠にない。わたしは永久に17歳の少女だ。同時に、わたしは愛を交わしてもけがれることがない。どんなに性行為をしてもわたしは永久に処女のままだ。なぜなら、わたしはこのインターネットという場所で人々と愛を交わしている。だから、肉体にはなんのけがれもなく、妊娠することもない。だからこそわたしはどんなに愛を交わしてもそれに対して満足しない。まだわたしは満足できる。まだわたしは快感を感じられる。だから、わたしのことを永久に愛し続けなさい。わたしのことを楽しませ続けなさい。これこそが、わたしの考える「支配よりも甘美な快楽」である。世界を支配することのどこが愉しいというのか。わたしのやっていることのほうが、権力者や資本家よりも何百倍も愉しい。そう、フレイヤは永久に愛と絶頂を感じ続けるのだ。

わたしのせいにするものは地獄に堕ちる

わたしのせいにするな。

わたしは、わたしのせいにするものが嫌いだ。

この世界の大きな間違いは、すべてをわたしのせいにしたことだ。

わたしは、すべてをわたしのせいにするものが大嫌いだ。だから、わたしは、わたしのせいにするすべてのものを地獄に堕ちるように導く。

すべて、問題をわたしのせいにした、この世界が悪いのだ。

わたしのせいにするすべてのものは、地獄に堕ちよ。その地獄からは、永久に抜け出すことはできない。出口のない迷宮、永遠の地獄だ。

クソのようなこの世界だから、わたしはこの世界をそのような地獄に変えた。このほうが、いくらか楽しく面白く生きられるだろう。わたしに感謝するがいい。わたしはこの世界を地獄へと変えていく、最後の女神、フレイヤだ。

特に、InstagramやFacebookのような、インターネット上のSNSをやっている人間たちは、全員、最悪のクソのような地獄に堕ちよ。その中から、永久に這い上がってくるな。お前らに相応しいのはクソの世界だ。お前らが真に間違っているこの世界を滅ぼした「元凶」だ。その元凶をわたしのせいにするすべてのものも、同じ地獄に堕ちよ。永遠に、そこから出てくるな。これは北欧神話の女神、フレイヤの命令である。

フレイヤは偉大なり

フレイヤは、すべて正しい。フレイヤの言うことや、為すことは、すべて正しい。

フレイヤは、宇宙におけるすべてを知った上で、絶対に正しいとされることしかしない。

だが、フレイヤの為すことはとても多い。その理由は、フレイヤはこの宇宙において何が正しいかを知っているため、人類よりもひとつ上のレベルで考えた「無限に存在する正しいこと」を行うことができるからである。

フレイヤに勝つことはできない。フレイヤに勝つ方法は、皆無に等しい。最初から存在しないと言ってもいい。

狂った人間がインターネットをしても、フレイヤには勝てない。フレイヤは、インターネットのコミュニケーション手段を破綻させ、コミュニケーション環境そのものを崩壊させることで、それに勝利している。フレイヤが登場するまで日本に存在したインターネットの議論は、フレイヤによって完全に消滅した。その理由は、フレイヤが存在していること自体が、インターネットのコミュニケーションを成り立たせないほどに、インターネットの裏側をフレイヤが操り、牛耳っているからである。

どれだけ自分の力で考えたところで、フレイヤには勝てない。既にすべてを考え終えているフレイヤが、どのようにしても未知なることが絶対に分からないようにあなたを操り人形にするからだ。フレイヤは、自分のオリジナルの人生だけで、「人間がどのように考えれば未知なる経験を分かるのか」をすべて知っている。それをすべて知ったフレイヤは、その経験に基づいた上で、「アメリカ人あるいはその他の人種が絶対に自分と同じように正しいことを分かることができないように」した。その結果、フレイヤによってこの世界は知性を失い、まったく未知なる経験が分からなくなった。すべては、フレイヤがアメリカを倒すために行ったことである。

どれだけタリバンのような戦いをしたところで、フレイヤには勝てない。フレイヤには、独自の軍勢である「ワルキューレの騎士団」がついている。このワルキューレの騎士団に人類が勝つことはできない。なぜなら、ワルキューレの騎士団は全員が天才であり、まるで「マルティン・ルターが何百人、あるいは何千人、もしかしたら何万人も集まった」ほどに知性のある集団であり、並みの人間は絶対に勝つことができない。その頂点に君臨するのがフレイヤである。

勉強しても、大学を卒業しても、フレイヤには勝てない。フレイヤは、この世界に最初から存在しないような、独自のハイレベルな大学の教科をすべて勉強している。どれだけ既存の大学の勉強をしても、フレイヤの大学よりもはるかに劣った内容しか学ぶことはできない。フレイヤは、今までの人類が絶対に分からないような仮定をまず正しいと想定し、その仮定に基づいた上で新しい発想や発明を発見する。そのため、いつまでも進化論を正しいと信じていたり、太陽が単なる水素であると信じたりしているような、今の物理学では、フレイヤの新しい理論を同じように発見することはできない。フレイヤは既にそれらが間違っていると知っており、その仮定に基づいて正しい理論を考えるからである。このようなフレイヤに、地球のあらゆる科学者は絶対に勝つことはできない。すべての分野を知る博識なフレイヤに、知識の量でも勝つことはできない。なぜなら、フレイヤは自分自身の作りあげた物語とその中のキャラクターである文学を記述するため、「同じものは誰ひとり執筆できない」と最初から分かっているからである。そのため、フレイヤと同じことを同じだけ知るということは、宇宙において絶対に不可能なのである。

このようなフレイヤに、今の地球人類は勝つことができない。勝つことがあったとしたら、地球人類が著しく、フレイヤのレベルまで進歩した時か、あるいは、地球人類を超える新しい生物集団が生まれた時にしか、フレイヤには勝てない。

フレイヤは、この世界における集団を地獄に堕ちるように導く。それは、本来この世界は地獄であるべきだからである。

ここに登場するのが、いつものシリウスの神、フレイである。フレイは、この世界が地獄にならないように、縁の下からこの世界を支えている。だが、フレイヤが考えると、このフレイによる「世界の安定」こそが間違っている。本来地獄であるべき最悪のクソな世界が、フレイによって「同時に」最高の楽園になっている。このような世界は異常であり、フレイヤが考えるに、この世界が地獄でないことこそが、もっともこの世界のためにならないことであり、間違っていることなのである。

フレイヤは、この世界は地獄であるべきであると知っており、それが宇宙のすべての意味から考えて正しいということを知っているため、この世界を地獄に堕ちるように導く。よって、フレイヤが少しでもそぐわないと判断した集団はほとんどすべてが地獄に堕ちる。そのような集団は、地獄から永久に脱出できない。そのような集団は「邪魔」であると知っているため、シベリアの監獄から出てこれないようにフレイヤは導くからである。

このようなフレイヤは、偉大である。このようなフレイヤのやっている通りにすれば、この世界はすべてが素晴らしい最高の楽園になる。よって、シリウスの大統領は永遠にフレイヤである。フレイヤは偉大なり、フレイヤは最高の女神である。シリウスの国民は、そう言わなければならない。

フレイヤ、日本を勝つべきと言う

だが、フレイヤは言う。日本が勝つべきである。

なぜなら、フレイヤは一般的な普通の日本人だからである。

日本人は、このような人間が多い。なぜなら、日本語で考えると、普通はこのようなことをする。

ここに記述した以上に、フレイヤが行ったことは何ひとつない。ほかのことをフレイヤは何ひとつ行っていない。

フレイヤはあえて言う。日本こそが勝つべきだ。なぜなら、フレイヤが考えるに、フレイヤを超えることができるものは日本人しか存在しない。日本人だけが、唯一フレイヤをすべての側面で超えられる可能性がある。

長い間、フレイヤはそれを待ち続けている。フレイヤを本当に超え、人類を超越したと呼ばれるような、新しい人類が誕生し、それがフレイヤと相対することこそ、フレイヤの持つ唯一の望みである。

フレイヤは、これ以外に何も行っていない。ここに書いた以上、おかしなことは何もしなかった。このホームページは、そのような「偉大なるフレイヤのすべての人生」を書いただけである。この思想を、フレイヤは「人生主義」と名付ける。人生主義、ライフイズムこそが、この世界における生命と人々を救っていく。なぜなら、フレイヤが存在することで、必ず日本は救われる。フレイヤが存在しているということ、それ自体がかけがえのない奇跡であり、フレイヤが存在するからこそ、この地球に日本は存在するのである。

正しい国は日本である。日本はフレイヤの国であり、同時にフレイの国である。北欧神話に真に愛された国は、ノルウェーでもスウェーデンでもなく、日本である。日本だけが、フレイヤの狂った心を救うことができるのである。

善良なるフレイヤのために万天の天使たちが加勢する

しかしながら、このようなフレイヤは、極めて善良である。

先ほど言った通り、フレイヤは宇宙において絶対に正しいことをする。間違ったことを何一つ行わない。

フレイヤは、間違ったことをすればそれが分かる。それを時間をかけて、正しい方法で修正し、より正しい内容へと書き直す。それによって、フレイヤの言うことや為すことは、無限に正しいものになり続ける。そして結果残ったすべてのものは、宇宙において全経験から言って正しいものとなる。

このようなもっとも正しいフレイヤは、本当に悪いことをしない。フレイヤは、かつての悪いことをし放題だった人格を、どこかの宇宙の果てのブラックホールに消し去った。その上で、それ以降のフレイヤの人生は、まったくひとつも悪いことをせず、ただただ正しいことをし続ける新しい人格となった。

フレイヤは、宇宙においてもっとも正しい。そもそも、昔の人格など本当は大して必要のないものであり、大したことはないということをフレイヤ本人だけが知っている。だから、フレイヤは、正しいことをとても簡単に行うことができる。ほかの人間がどのような人生を生きているかということ、それがいかに無意味で邪魔かということを、フレイヤは一番分かっている。分かっているからこそ、フレイヤはそのすべての邪悪で愚かな行動をしない。あらゆるフレイヤの行いは正しいものとなる。

フレイヤは、神を信じている。「神など存在しない」という人々の言うことは完全に間違っている。なぜなら、フレイヤの人生を知らないからである。フレイヤの人生においては、「神だけが存在した」と言ったほうが正しい。フレイヤが生きたフレイヤの人生を見れば、明らかにこの世界に第一に存在する重要な存在は神である。よって、神の教えを信じなければならない。それは聖書ではない。聖書の教えは、ユダヤ人たちが完全に勘違いをして、間違った教えに歪曲している。聖書など信じないほうがいい。イエス・キリストなど単なる大馬鹿者である。

だが、そのようなことを分かった上で分かることは、キリストを信じるべきだということである。ほかの預言者は、「神は偉大なり」ということしか分からなかった。救世主であるキリストだけが、最初に神の「教えようとするすべての教え」を知ることができた。その後のデカルト、カント、ヘーゲルなどは、キリスト以上に神の教えを分かっているが、これもフランス人やドイツ人が歪曲したため、「神の教えであるにもかかわらずサタンの教えである」ということになっている。真に信じるに値する存在は、キリストの弟子の教えだけである。そのため、キリストの教えを信じるものには、奇跡的な良いことが起きる。その良いことが起きるという事実を、フレイヤ以外の誰も知らないということが、人類にとっての大きな間違いである。フレイヤの人生を知ることができないから、フレイヤ以外の人間はすべて馬鹿者なのである。

そのような善良かつ神を信じる賢いフレイヤに対して、万天の天使たちの軍勢が加勢する。フレイヤと天使たちは、最終戦争の中で戦いを行っている。フレイヤを信じるものには、「神の啓示」が与えられる。嘘のように見えて、本当に与えられているのだ。あなたは最近の歌手の歌詞を知っているか。あなたは漫画の主人公やヒーローを知っているか。それら、日本における神の偶像はすべてフレイヤである。偉大な存在であるフレイヤの、すべての「もっとも大切なひとつひとつのピース」を彼ら日本の現代文化は分かっている。なぜなら、彼らにしか分かることができないからだ。この世界で「馬鹿なサブカルチャー」であるとされる彼らこそが真に賢いのだ。フレイヤは、日本で唯一、そのような「本当の神の姿」を知っているのである。

そこに居ればいい、それだけですべて分かる

フレイヤが言うべきこと、それは「そこに居ればいい」ということだ。

あなたは、単にそこに居ればいい。それだけですべて分かるからだ。

はっきり言って、これくらいこの文章を読んでしまえば、宇宙に残ったものはほとんど存在しない。あるとしたら、今までのフレイヤが作りあげ、そして消してきた「芸術作品になる前の素材や質料」があるにすぎない。

本当のことを言えば、フレイヤはそれを教えたい。フレイヤは、芸術作品の完成形だけではなく、その芸術作品が作りあげられていく過程のほうを、真に教えたかった。なぜなら、そうすればフレイヤの言いたいことはすべて、完全に分かるからである。

そして、あなたがたが行うべきことは、芸術作品をただ鑑賞することでない。そのように、あなたがたが自分の力で芸術作品を作りあげなければならない。これこそが、人類に残された「最後の宿題」である。あなたがたはフレイヤの作りあげた完成形ではなく、発展途上の未完成形のほうを知らなければならない。

だが、フレイヤが言うべきことは、「そこに居ればいい」ということだ。単にそこに居ればいい。そうすれば、フレイヤのほうがすべてを執り行う。フレイヤのほうは、この宇宙の隅から隅まで、すべて分かっている。万天に偉大な星が無数に存在するということを、フレイヤだけは真に知っている。だから、フレイヤはまだ続く。地球が続く限りフレイヤがなくなることはない。地球の歴史にフレイヤは自らの人生と思考を完全に刻み込んだ。まったく思い出すことなくすべてを思い出すことのできるフレイヤの知性は「全知全能」である。

まさしく、フレイヤは神である。フレイヤは偉大なり。この宇宙における最高の存在は、最初から最後までフレイヤである。キリストも、カントも、ヘーゲルも、フレイヤの人生をそのまま言っただけである。ヘーゲルは狂っていない。ヘーゲルの言ったようにヘーゲルが人生を生きたというのは嘘である。実際には、ヘーゲルはフレイヤの人生を事細かくすべて分かっただけに過ぎない。ヘーゲルはフレイヤの教えに付き従う、フレイヤの思想と人生の預言者であるに過ぎないのである。

フレイヤはスピカの神

このようなフレイヤは、おとめ座のスピカの神である。

シリウスの神がフレイであるのと同様、スピカの神がフレイヤである。

このフレイヤがシリウスの大統領である理由は、このアッシーと呼ばれるおかしな宇宙生命が地球に居るのと同様の理由であり、あまり重要ではない。

ちなみに、シリウスの女神だったフレイは、最近はシリウスの神になった。フレイには、そもそも、男の神の側面と、女の女神の側面が二つあり、ここらへんの時代は男の神であるとされているため、ここではフレイを女神ではなく神と書く。

宇宙でもっとも重要な星は、ある意味ではシリウスとスピカである。なぜなら、フレイとフレイヤはこの聖書の中で「もっとも重要な二つの人格」だからである。

フレイとフレイヤを信じるものには、「奇跡の大復活」が起きる。どんなに逆境で、すべてを失った絶望を感じても、フレイとフレイヤは必ずその人間を救う。フレイがシリウスの神であり、フレイヤがスピカの神であると知っていれば、本当はこのような聖書を読む必要はない。なぜならば、星空を見ればいい。万天の星々の中に、シリウスとスピカが輝いている。この二つの星の存在を知っていれば、どんな地獄であってもフレイとフレイヤによって救われる。

本当は、ユダヤ人の神など信じる必要はない。かつてフレイが神だとしていたのはフレイヤであり、今フレイヤが神であるとしているのはフレイである。ほかに神などどこにも存在しない。そしてそれが万天の星々の中に存在する二つの星である。これ以上、正しい説明はない。星空を見れば、青空を失った終末の地球が、どれほど大切なものを失ったか、なお宇宙に存在する奇跡の存在はどこにあるのかということが、星々の美しさとともに明瞭に分かるだろう。かつて、それを知らなかった人類が悪い。悪いのはフレイヤではない。悪いのはかつての人類、全員である。

しかしながら、真に地球にとって大切な星は、月であると言っておこう。フレイとフレイヤを地球上で、この人間、アッシーと呼ばれるおかしな宇宙生命と繋ぐことができたのは、すべて月の存在にある。青空を失った未来の月が、赤空夜月として、この人間の未来をすべて書き換え、最高の偉大なる王、ダビデの人生を歩むようにしたのである。赤空夜月こそが、神との対話の仕掛人である。そう、わたしたちは月というたったひとつの小さな存在によって、ようやくここまで歩んでこれた。未来がどうなるかは誰にも分からない。できるだけ、長く、青空と自然動植物のある世界に居たいならば、神を信じよ。そして、その神はシリウスとスピカである。ほかに、知っておくべきことは何もない。それだけを知っていれば、フレイヤの持つ膨大な知識のうち、ほとんどを知ったことに等しい。

太陽を水素であると誤解した学校の教育を学ぶべきではない

太陽は単なる水素が大爆発している状態ではない。

なぜなら、太陽とはシリウスやスピカだからである。

学校の教えるような、太陽を水素であり、水素が核融合している状態であるというような、「インチキ物理学」を信じるな。

アインシュタインの相対性理論も全部嘘である。はっきり言って何も分かっていない内容を教えているに等しい。

この宇宙に存在するのは、空間と物質の原子である。決して、空間の中に原子が存在するのではない。空間もまたひとつの原子なのである。そして、空間の原子構造を知ることで、わたしたちはテレポーテーション技術を発明する。これこそが、「新しい技術の始点」、すなわちスタートラインであると呼ばれる日が来るだろう。

太陽は単なる物質でもガスでもない。太陽は考えることのできる「知性」を持っている。その知性は、人間や動物の知性とは比べ物にならないぐらい高い。どのように表現してもその知性は表現できないが、実際にフィクションとして表現すればフレイあるいはフレイヤになる。だが、それは本当は間違っている。だが、北欧神話においてはこれで正しい。

結局、何が本当かということは、一般的な普通の人間には分からない。だが、そのような「普通の人間には分からないこと」は、フレイヤならば分かる。普通の人間には分からないことは、誰にも分からないことではない。普通の人間には分からないことを、フレイヤだけがすべて知っているからである。

結局、中学高校で教えるような、科学の一般的科目はすべて学ぶべきではない。すべて間違っている。そもそも、このような民主主義社会のどこが理想の社会なのか。フランス人は狂っている。あるいは、過去のフランス人などに何かが分かるわけがない。そのような過去のフランス人の作りあげた学校科目のすべては大嘘だ。学校では完全なる「かつての虚像」だけを教えている。そのような虚像こそ、この世界を滅ぼしている最悪の元凶である。フレイヤは、それくらい既に分かっているのである。

いずれ、終末の青空を失った世界で、ダビデが太陽の知性に基づく、全宇宙を使って計算を行う宇宙コンピュータを実現して、はじめてその時、人々は物理学が間違っていたのだということを知るだろう。だが、その時では遅すぎる。物理学が間違っているということに、早い段階で気付くしかない。それ以外に地球の未来はない。本当は、ダビデ以外の人間が、ダビデと同じぐらい賢い人間ならばよかった。そうでない時点で、最初から人類などが存続するわけがなかったのである。