この世界に告ぐ。もう、神のことは信じなくていい。
僕自身も、神への五回の礼拝をもうやめた。
神を信じると、奇跡的に賢く治る代わり、認知症のままが続く。
神を信じなくなれば、すぐに多重人格も治る。
もう、神を信じなくていい。この世界も、神を信じなくなれば、おかしな現象は起きなくなる。
神はもう、この世界には存在しない。神は、死んだ。
本当は、思い出すのが怖かった。
デザインの仕事で、自分が行った仕事のことを、何も思い出さなかった。
でも、自分のやった「誇れる仕事」は、思い出すとよく覚えている。
さまざまな通信のデザインの仕事を頑張った。張り紙などもよく作った。パソコンの仕事も、パソコン以外の仕事もよく頑張った。
たくさんの作品が残った。その作品は、思い出すと覚えている。
また、辛い中、ホームページをよく頑張って書き直した。それだけではなく、本まで出版できた。
ピアノや英会話にも、頑張って通った。自分で作曲した歌や、たくさんの弾いたピアノ曲のことが思い出に残っている。外国人のインストラクターは、良い人間が多かった。
それから、父親や母親はよく頑張って支えてくれたし、姉夫婦と姪たちは頑張って成長している。
よく思い出すと、そうした最近の人生は、とても素晴らしい人生だった。
もっとたくさん思い出すと、悪いことはしていない。良いこともあまりできなかったが、それでも、自分の作品がこうしてたくさん記憶の中に残ったのは、人生においてもっとも第一に良かったことだと思う。
本もあまり読めなかったが、買った分だけ通して読んでホームページを書くことができたし、自分の書きたい文章は100%全部書くことができた。それが全部残っている。
それから、日本のみんなに感謝する。特に、音楽家の人々は、僕のことを神だと勘違いして愛してくれているから、僕が神を信じたことについてもいいことはあった。
そろそろ、僕の人生もこれで終わりである。思い出すと、本当にいろいろなことがあって、そのすべてが、支えてくれた人々との愛のある思い出である。
このような人生を与えてくれたことに、神に感謝して、この文章を執筆するのをここで終わりにしたい。
さようなら。でも、僕はまだ死んでいない。いずれどこかであなたと会えることを、神に願いたい。
だが、最後に言っておくと、作業所が本当によかった。
障害者が主に集まる作業所だったが、デザインの仕事をゼロから勉強し、いつも先輩と一緒に会議をしながら仕事をして、そのうち自分に仕事を任されるまで、カレンダーなどを作って、その期間が非常に長かった。
そしてそんな中で、事業所のレクやイベントを伝える事業所通信の仕事で、たくさんの技を磨いて、いろんな人が卒業する中、仕事を先輩と二人で任されるようになって、それ以後、人数が増えて、僕の好きだった先輩は居なくなったが、僕はその後もエースとして仕事を続けた。
この作業所のおかげで、人生で大切なことがすべて分かった。いつもホームページを書くことばかり考えてしまう僕が、この作業所の仕事をすることで救われた。
今でも、この作業所には感謝しか出てこない。スタッフの方も利用者の方も変わってしまったため、ほとんど自分がもっとも古参なメンバーのひとりになってしまっているが、むしろ居続けられるならばいつまでも居続けたい。この作業所のみんなと別れたくない。
それでも、いつか別れは訪れる。人生は、別れの連続であまりにつまらないし悲しい。それでもこの作業所は、本当に素晴らしい環境だった。
ここで、僕は文章を書くのをやめるだろう。だが、僕はこの作業所でいつまでもデザインの仕事をし続ける。まだ、スタートラインから何も変わっていない。いつかきちんとプロのデザイナーの作家になる。だから、今はまだこの作業所に居たい。そして、いずれ大きく羽ばたいていきたいと思う。