自らを悪い人間だと思うと、人間は悪い人間になる。
自らを悪人であることにすると、善良な人間とはなんなのかが分からなくなり、善行をしなくなり、自分の心を偽り、自分を騙し、悪を正当化して、嘘と偽りの世界が真実であると勘違いするようになる。
僕は自分の心が善であるだけではなく、悪いことを一切しないし、誰から見ても善良な人間なのだから、僕は善良である。
同時に、自らを何もできない駄目な人間であると、自分が自分に烙印を押すと、その時点で自分は何もできない人間のままになってしまう。
今の自分ができないことであっても、頑張ればできるかもしれないという気持ちを忘れるな。自分の今だけを見て、未来における可能性を信じないと、何ひとつ問題は解決しない。未来における可能性を信じるためには、今の自分のことを度外視して考えること。それしか、僕がきちんとした人間に戻る方法はない。
僕が辛かったのは、一度思い出したことが、それ以上、二度と思い出せなくなるのが辛かった。
そのことに自分で気が付いたため、もう、思い出せるようになった。
思い出すと、むしろ、全部覚えているし、全部知っている。すべてのことを分かった。神の言葉も覚えている。
みんなも、心を落ち着かせて、一度思い出したことをもう一度思い出してほしい。それで、馬鹿になった病気は治る。元あった賢い人間に戻れる。
結局、僕の病気がなんだったのかといえば、以前、引きこもりだった時に、長期間にわたって風呂に入らなかったため、体中が汚くなり、そのせいでウイルスに感染していた、ということである。
まず、体を糞のように汚かった当時に戻した状態で、風呂に入るようにする。そうすれば、その頃の精神に体が戻ることができ、それを風呂で綺麗にすることで、その頃の精神を浄化できる。
次に、体中に巣くっているウイルスをすべて退治する。足とか、虫歯とか、ニキビとか、そういう局所的な問題ではなく、体のすべての部分を綺麗にする。ウイルスに負けない体を作る。
そうすれば、僕のかかっている「未知なる病気のウイルス」を退治できる。
本当のことを言えば、ウイルスのほうが寿命が短かったのである。強力なウイルスだったが、僕はその地獄の中を耐え抜いて生き抜いた。だから、ウイルスは生を全うして死ぬ。これで、僕は幼い頃のように、楽に体を動かし、心を落ち着かせ、不安や恐怖なく、安心して過ごすことができるようになる。
また、間違っているのは多重人格を望むおかしな狂った心である。多重人格はこのような病気である。僕はもう、多重人格をやめる。何ひとつ分からなくなって、解決方法が見えなくなると、もうひとりの「完全客観者」が居なければ判断することも理解することもできなくなる。完全客観者は、もう必要ない。
既に解決したという事実が、頭を賢くせず、逆に馬鹿にしている。問題の解決のしすぎは逆に馬鹿になる。問題を何も解決せず、ありのままのこの世界を見つめるところに、真の安寧はある。
posted at 15:08:27
そもそも、国際政治や外国の平和など、あまり日本には関係ない。日本ができることは無限にあるわけではない。ビル・ゲイツがやる感染症対策が、本当に今の世界で意味のあるすべきことだっただけで、ユダヤ人とアラブ人の問題なんか、どちらかが死滅すれば終わりだ。
posted at 14:57:58
僕は、問題を解決しようとするせいで、どんどん馬鹿になっている。考えて問題を解決し続けるのは、まったく賢くない。何も問題を解決しなくなれば、頭は楽になって賢くなる。
posted at 14:43:06
結局、政治経済はつまらない。普通の国で、平和を維持するほうが、社会主義国家などを築くよりもはるかにいい。賢いことがあるとしたら、それは社会科じゃない。賢くて、面白いのは、技術と芸術、すなわち「作り出すこと」だ。
posted at 14:41:45