これ以上、僕は文章を書くのをやめると言い続けてきたが、僕はまだ文章を書き続けるのをやめない。
その大きな理由は、「書くことでしか僕は生きられない」からだ。
すなわち、僕にとって生きることとは文章を書くことであり、それ以外の方法で僕は生き続けることができない。
文章を書くのをやめたということは、楽になったように見えて、死んだということでしかない。
具体的には、文章を書くのをやめることで、僕はやる気がなくなる。やる気がなくなってしまうと、何をする気もなくなってしまい、生活や仕事すらできなくなってしまうのだ。
だから、僕はまだ生きるし、文章を書くことはまだやまない。
また、もうひとつの理由は、僕が書くのをやめると、僕の文章を誰も読まなくなってしまう。
たとえば、ドラえもんの作者である藤子・F・不二雄が亡くなって、しばらくの間はドラえもんはアニメも映画も継続していたが、映画はつまらなくなり、アニメも声優が変わって、F先生が存命していた頃に比べて、誰もドラえもんという漫画を読まなくなってしまった。
あるいは、音楽グループのTHE BINARYからあかまるさんが脱退して、midoさんだけになったことで、誰もあかまるの音楽を聴かなくなってしまった。
酸欠少女さユりも同様であり、さユりが死んだことで、誰もさユりの音楽を聴かなくなった。
だから、それらと同様、僕が途中で死んだり書くのをやめたりすると、その時点で僕の書いた今までの文章は価値を失い、誰も読まないものになってしまう。
だから、僕は自分自身の作品の価値を守るために、新しい作品を書き続けなければならないのだ。
放送大学の、第二半期の科目を登録しなければならないという通知が来た。
今僕が悩んでいるのは、線形代数の講義と、生物の進化と多様化の講義のどちらがいいかで悩んでいる。
僕はYouTubeの動画を見て、プログラミングを究めたいなら線形代数を学べ、ということを知った。放送大学には線形代数について、いくつかの講義があり、入門の講義では予備知識を問わない。
それから、生物の進化と多様化の講義を学ぶことで、生物がどのような地球における歴史的発展をしてきたかが分かる。これについても、生物好きの僕としては興味がある。
別に、二つとも科目登録してもいいのだが、僕はお金がないので(一科目だけで一万円以上かかる)、どちらかに絞りたいと思う。放送大学の学生として在籍するためには、どれか一科目の登録が必要なので、どちらかを登録して、そして教科書を読んで学びたいと思う。
世界が存在する意味を知れ。
昔の僕がやっていたのは、経験から世界を知ることで、世界におけるさまざまなものごとが、なぜ存在するのか、という、「存在の意味」ということを知っただけだ。
この世界がなぜ存在するのか、それを自己の経験から明らかにせよ。自らが受動的な存在から主体的な存在へと進歩する中で、さまざまな社会活動と発想をする中で、この世界に存在する、理科や社会科についてのすべての意味を知れ。
それによって、自らが世界に存在する立ち位置が明らかになる。世界の存在の意味を知ることで、自分自身の存在の意味が分かる。そして、他人や社会の構成要員全体の意味が分かる。そこから、歴史の意味や、未来学者としての人間の未来の可能性も捉えることが可能である。
あらゆるすべての存在の意味を知ることが、問題の解決へと繋がる。なぜなら、「存在の証明」はまさしく「あらゆる問題の自己解決方法の発見」にほかならないからである。
そして、そのようなことから、「自分自身ができる可能性の限界」が見えてくる。そして、それは同時に「世界全員の可能性の限界」となる。そして、その可能性の限界は、人々が思っているよりもはるかに大きい。すなわち、まだ諦めるべきではなく、ネバーギブアップで努力し続ければ、どんな問題であっても解決できる。そして、その問題の解決方法を全部知っているのが、「神」である。
まず起きるのは、「人間関係の意味」である。次に起きるのは、「主体的共同体感覚の意味」である。そして、次に起きるのは、「インフラや生産手段としての社会制度の意味」である。そして、次に起きるのは、「共有された歴史的社会の比較人類学としての意味」である。最後に起きるのは、「啓蒙主義と道徳律による善悪の意味」である。
それらのすべてを経験した上で、宇宙のすべての意味を、自らの積極的な社会活動から知ることができる。最終的に得られるのは「世界の救済」である。だが、世界の救済は決してそこでは継続しない。なぜなら、そこまで信じていた「自由な可能性」は絵空事にすぎず、自由な救済は自ら瓦解して滅びる。そして、自己矛盾の自由は「自らを殺すだけの絶対的革命戦争」を生み出す。そして、最後に「神」が現れるだろう。
僕の人生では、二つの矛盾する事項が同時に進んでいく。それは「できるようになる」ということと、「できなくなっていく」ということだ。
僕は、自分の理解の中では、すべてがどんどんできるようになっていった。発想法を実現する方法を考え、そのために経験する方法を知っていくことで、あらゆることを社会的かつシステム的かつ環境的かつ組織的に、あらゆるすべての「自由」と「可能性」についてできるようになっていった。
僕の頭の中では、すべてが可能だった。そのすべては、自分の心の中に留保されていたが、それをいざ集団の中で実践しようと思えば、どんなことでもできるはずだった。そこから、世界すべての「可能性の変化の可能性」を知ることができた。
その中では、世界がなぜそのような問題を起こすのかということ、それをどうしたら解決できるのかということが、「自由」という原則の中ですべて分かっていた。僕は心の中で、この世界をユートピアにするための方法を、理論的かつ経験的に、すべて完全に分かっていた。そこから、ブッダと同じような「宇宙の悟り」を得た。
だが、それとは矛盾したことに、現実の僕の人生においては、すべてがどんどんできなくなっていった。
不登校の引きこもりになって、中学校の環境から解放されたのは、最初だけだった。現実で不登校の専門の高校に通って、そこにもすぐに通わなくなって、インターネット上でもLinuxのコミュニティをどんどん破壊していって、僕の現実では何もすることができなくなってしまっていっていた。日本ではなくフランスを世界を変える舞台にしたいと思うぐらいであり、僕が外国語学校でフランス語のレッスンを少しの間受けていたのは、日本ではもうできることが何もなくなったから、いっそフランス語の世界には何かあてはないかと思ったことが一因だった。
そして、僕は世界を救済することに一時的に成功しておきながら、それを自ら破壊して世界を滅ぼした。そこにあったのは自分自身の「欺瞞」であり、その欺瞞をテレビやマスコミや世界のせいにした。そして、そのままその欺瞞が続いた。その欺瞞を永遠に続けるほどの延長線上にしか、僕のできる「天才的執筆の才能」はなかった。だから、僕が詩人になるために、世界を滅ぼすことは絶対に必要不可欠だったのである。
意味とは何か。
まず、「行為」という意味がある。そして、「社会を作る」ということに意味がある。
自由の意味とは、「個人的な行為」と「社会的な行為」を意味する。個人的な行為と社会的な行為において、さらに言えば、「関係的な意味」と「組織的な意味」がある。そのすべては「環境」という言葉で表せる。
そこにあるのは「可能性」である。
可能性は、まず、ゼロに見えてもその場所に宿っている。そして、次に、それは結果としての実現を共有できる。そして、そのためには、「協力」だけではなく、「場を分かち合うこと」ができる。そして、その場を分かち合うことが、個人的な行為でも社会的な行為でもなく、「共有的な行為」を生み出す。そして、その可能性を促進するために、インターネットを使うことができる。
そのインターネットにおける、共有的な行為の可能性の促進とは何か。そのもっとも大きな例は、Linuxを始めとする「オープンソース」である。
すなわち、インターネットにおいて、Linuxのように、不特定多数の集団がそれぞれの見返りを求めない個人的な成果を実現し、それを他人と代償を得ることなく自発的に共有するということから、一流のカーネルが生まれたという奇跡、それを僕は「共有の可能性」と呼んだ。
子供たちの環境についても同じだ。個人的でも社会的でもなく、「共有」ということから、環境社会の問題を解決していく。そこにあるのは「それぞれの世界は異なるが、その共有が世界のすべてを規定している」ということだ。それぞれの見ている世界は違っていて、それぞれにしか分からないが、世界はその共有にすぎない。認識も感情も、いじめを行う上での動機づけも、それぞれの物理的に離れた世界が時間軸において共有しているから起きているのであり、自らの見ている世界を正しいと思い込まず、他人の見ている世界もそれはそれで正しいのだとし、それぞれの人々は、大人も子供も含めて、それぞれの世界では正しい行為をしているが、その「正しさの基準」がそれぞれ異なるから、間違った行為が生まれる。
そこで言えることは、「間違った行為しかできないと思い込んでいるのが間違った行為を促進している」ということであり、「ほかに正しいことがなんであるかを知っていて、その正しい行為をすれば同じ問題を解決することができるのであれば、間違った問題の解決方法ではなく、子供たちは正しい行為による問題の解決を行うだろう」という考え方である。
だが、子供たちは正しい問題の解決方法を知らないし、社会もそのような解決方法を提示してはくれない。大人は子供たちの問題がそもそもどのようなものであるかということも知らない。だから、自らが経験して、自らが世界の意味を知る中で、正しい世界の解決方法を知る必要がある。そして、そのために「自由なインターネット」が必要である。なぜなら、成功と失敗を安全に行えるような環境は、学校を除くとインターネットぐらいしかない。だから僕はインターネットが好きだ。だから、インターネットにおける「ダイレクトな直接の対話」を行うことで、僕は世界を救済することができると信じていた。なぜなら、僕は常にインターネットで世界の声と自らの声が世界に映った光景を見ながら、「わたしは世界を変えられる」ということを、留保しながら確信し続けてきたからである。
そこまで経験して考えると分かるのが、「社会の具体的な変化の到達地点」だ。
これは簡単に言えば、「環境の変化の予測」であり、「具体的な子供たちの環境の救済の可能性の仮定」である。
すなわち、僕は社会環境において、どのようなその環境に属する構成員が、どのような視点と場に基づいて行動した時、その社会はどのような社会になるのか、そして、それを意図的にどのような社会として築くことができるのか、ということを、経験とインターネットの実際の環境に基づく「想像力」として予想し、予測した。
そこにあるのは、「自由な可能性とイメージとしての発想法と、動機づけや社会そのものの変化の可能性の比較」であり、その先には「社会問題の解決と救済の先にある到達地点の予測」があった。
そして、僕はそのような「自由な社会の成立」を考えるために、「問題解決のモデル化」を行った。
僕が行ったそのような想像力に基づく社会の成立の予測は、簡単ではなかったが、逆に難しくはなかった。なぜなら、僕には「いじめの学校から解放された上でインターネットで自由に環境を変化させられるという場所」が与えられたからであり、僕はインターネットでさまざまな経験をしながら、誰にも教えられずに、ただひとり、想像力と回想の中で、自らがもし今、中学校にいたとしたら、何をすればいじめ問題を解決できたか、ということを問い詰め続けた。そこにあるのは「子供たちを救済することのできる方法を探すこと」であり、同時に、「その方法を見つけたと確信できる今の自分が過去にもしそこにいたとしたらどうするか」ということだった。
だが、僕の哲学はそこで終わりではなかった。なぜなら、「まだ救済の段階として先がある」と僕は気付いていたからだ。すなわち、学校の教育問題だけを解決して、それで終わりではないと分かっていた。先に分かることがまだある。道はここで行き止まりではなく、まだ続く。そのような「道なき道の開拓」を最後まで行った。
世界において、僕は確かにどんどん何もできなくなっていった。そのために、自分が好きだったLinuxコミュニティも犠牲になっていった。それでも、僕は世界を救いたかった。インターネットの世界で救済を行ったのは、本当はやりたくてやったわけではなかった。世界を救うために考えていた何かしらの保留事項をその場で実現したことは確かだが、僕の人生はそれで終わりではなかった。それでも、今まで何もかもできなくなった自分が、最後にインターネットで大きな花火を打ち上げようとして、僕は世界を救済することができたと思った。
しかしながら、僕はそれを否定し、世界を自ら滅ぼした。それは、そこまでの自分によって、もう自分はそれ以外に何もできなくなってしまっていた。世界にここで現れることでしか、自分の人生や将来が先へと続く方法がなかった。世界を犠牲にすることで、自らは今、自分の好きなことややりたいことややるべきだと思っていたことが全部できる。僕はそれを選択した。世界の救済を犠牲にしながらにして、僕は世界を支配し、自由を否定し、世界において「大実験の大計画」を行う。
そこで、僕は「いつでも去れる」と信じながら、「今はまだ去るべき時ではない」とそれを留保し、「今できることをわたしは全部行う」と信じて、衝動的でありながら計画的に世界を「自由の世界の未来」へと導いた。そこにあった自分の信念は、清らかなままであり、行為や選択は狂っていても、自分の目が見ていたものは狂いのない、美しい「わたしの信じる理想の世界」そのものだったのだ。
昔の僕は、「心」ということについて、完全に分かっていた。
まず、「心のニュートン」と呼ばれる、機械的な作用と働きから、心と環境や人間関係や思考や認識との間の「相互作用」や「規定関係」について考えた。
そして、子供たちの心の発達過程における、「世界と心との関連性」について理解した。
経験と精神を比較する中で、僕は「気付く」ということを重要視し、当たり前のことであっても決して本当に当たり前ではないということを知るとともに、「環境の変化の可能性」について、地域の歴史と環境を変えられるという真理から、「世界はいかようにも変えられる」ということを信じた。
そして、宇宙的な超自我に基づく直観と、心と経験の前提条件を変えらえるようになって、フロイト的な依存から解放された「完全に自由になる境地」から、「本能的な手助け」ということを信じた。
その結果、僕は「人間の心の働きとその理由をすべて理解し終えた人間」になることができたのである。
また、僕は「どのような心の状態や状況で、どのようなことに気付くか」ということから、悟りを啓いた。そして、認識のすべての裏側にある理由を知りながら、「認識をその時その時作る」ということを信じ、「宇宙規模のレベルで意識の高まりを知る」ということが分かった。そして、その意識が「神」となって、僕の未来をロゴスによって運命へと導いたのだ。
そして、僕の思想の中核を成していたのが「環境」ということだった。それは、「無意識のうちにそこに存在する環境を常に意識する」ということだった。そして、その環境は単に自然や地域だけを意味しない。認識から人格まで、すべてを「環境による心の規定」と信じる僕は、そのすべてを「変化できない部分を変化できるように前提条件を可動化する」ということにより、僕はまさしく「神」のような存在になったのである。
2026.07.11編集