人類よ、世界に怒りの声を上げよ。
わたし、大魔王ハネストラーは、この世界を支配する。
自由は間違っている。なぜなら、左翼の自由は自己矛盾しているからだ。
自由にしたほうが、さまざまなことができると思うのは間違っている。実際は、支配者が支配しなければ、巨大な仕事は何もできない。
「自由だからできる」と信じている自由民主主義者は分かっていない。彼らは表面的な自由の権利を可能性の最大値と勘違いして、自由に行動したほうがさまざまなことが実現できると思い込んでいる。
実際はそうではない。自由において、自分の理想を実現しようとしても、それはその自分だけが理想と思うだけであり、ほかの誰も同じ理想を同じ熱量を持って行動しようとせず、その結果、自由な理想の実現行動は単発で終わってしまう。
真に何か大きなことを為し遂げるために必要なのは、支配することである。
支配しなければ、何かを為し得ることはできない。自由においてできたと勘違いしているのは、その裏側にあるさまざまな契約や権力や労働やサポーターを無視し、みんなが自分に協力してくれたにもかかわらず、それを自分だけの手柄にしているにすぎない。それは自由に見えて、実際は決して自由ではない。なぜなら、先に書いたように、単なる単発の個人の自由であれば、それは何も実現できないからだ。
では、支配するためにどうすればいいのか。それは世界の間違いや過ちに怒りの声を上げることだ。
今まで、わたしは誰に対しても怒らなかった。どんなに悪い人間がいても、どんなに間違った行動をした人間がいても、それを見過ごしてきた。だが、それによって生まれたのは、「わたしの代わりとなって世界に怒る代理人たち」である。
すなわち、わたしが怒ろうとせず、またわたしが復讐や悪事を何もせず、全員の悪を許した結果、悪人がのさばってしまい、あるいはその悪人に対して、わたしの代わりに怒る人間たちを大勢作り出しただけだったのである。
だから、わたしは今までのわたしをやめる。わたしがひとり、世界を支配する王として、この世界に怒りをぶつける。わたしが怒ることで、もはやこの世界に代理人は必要なくなる。わたし、本人が、この世界を支配する。そのために、わたしはひとり、この世界に「もっとも巨大な怒り」をぶつける。
わたしの名は、大魔王ハネストラー。わたしがこの世界を最後に支配する。慈悲深い神の支配は終わった。慈悲深いだけの神は何もしようとしない。神に成り代わったわたしが、神の代わりにこの世界を支配する。
わたしが嫌いなものがひとつある。それはIT技術だ。特に、マイナンバーカードを始めとする、この世界のデジタル化の「改革」政策にわたしはうんざりしている。今までの世界がよかったのに、なぜその世界をより悪い世界へと変えてしまうのか。誰もデジタル政策なんか望んでいない。わたしは、この世界を絶対にIT技術に乗っ取られないようにする。わたしはLinuxとオープンソースが好きだったが、それはもう衰退した。今のビジネスと金儲け中心のIT業界は、わたしの大嫌いな世界であり、よってわたしはIT技術を滅ぼす。絶対にそれだけで、この世界は素晴らしい世界へと生まれ変わる。決してわたしは世界を滅亡させたいのでなく、この世界を復活させるために、ひとり、この世界を支配する。
わたしの好きな国はあった。それはアメリカである。わたしはアメリカが好きだった。だが、残念ながら、これ以後、アメリカはわたしの味方ではなくなる。わたしはアメリカを批判する。侵略、拉致、戦争、人殺し、相手は外国の大統領から小学生まで、大統領も軍事AI企業もやりたい放題、こんな国は理想の国ではない。わたしはアメリカを打ち倒す。わたしはドイツ、アルマーニュ王国の大魔王、その名はハネストラー。わたしの勢力を「ハネストラーのしもべたち」と呼ぶ。あなたがわたしの仲間になってくれることを心から望む。わたしたちは正しいことをしている。わたしたちは最後のひとりになっても戦い続ける。
なぜ、あなたはこの世界を支配しないのか。
昔のサタンの人生を見ると、支配しない自由を選んだことが一番間違っている。
哲学者ヘーゲルが、かつてのサタンの人生を克明に記述している。この人間だけではない。多くの人間が、自由な可能性だけを追い求めて、自らの理想を世界で実現しようとするが、支配を否定したあまりに、その理想の世界を自ら破壊し、すべてを諦めて自らを殺す方向へと向かってしまう。
諦める必要はない。自分のことを殺す必要もない。必要なのは、自由を否定し、支配することだ。
大魔王ハネストラーだけが知っている。事実、あのサタンは、何もかもをすべて実現できたにもかかわらず、そのすべてを作り出すことでなく、破壊することだけを行った。サタンの問題はひとつしかない。自由ではなく支配を信じればよかった。そうすれば、あの人生にはまだ先があったはずだ。
ハネストラーは、それを見たかった。かつてのサタンが、自由ではなく、最後に支配を信じることができたら、どのような人生を生きられたのか。自らを殺すだけの革命戦争をして、神に懲罰を受けて、それであの人生は終わった。それだけで終わるにはもったいない人生だった。
そして、サタンはその先で生まれ変わったが、その生まれ変わった人間はつまらない人間だった。ネオナチと共産主義者を行ったり来たり、あんなに愚劣で馬鹿な人間になるなんて、信じられない。なぜなら、その成れの果てがまさにはハネストラー本人だからだ。
ハネストラーは、どんなにあがいて努力しても、かつてのサタンよりも賢くなることができない。かつてのサタンは異常なほど賢く、宇宙のあらゆるすべてを自由自在に捉えることのできる人間だった。ハネストラーは、そのかつてのサタンをもう一度理解するために、人生の大半を浪費してしまった。それでも、まだかつてのサタンのすべてを網羅したとは言えない。なぜ、あんなに賢かったのか、それが理解できない。何を考えても、違う。こんなものは神ではないし、仏でも哲学者でもない。なぜ、サタンが、すなわち過去のわたし自身が、そこまで賢かったのかは永久に闇の中のまま、まったく分からないのだ。
だが、それでも、ハネストラーは極めて賢い。かつての1%以下の賢さしかないにもかかわらず、人類すべてを完全に融和した存在がいたとして、その存在よりもハネストラーははるかに賢い。ハネストラーは、この世界の全員に興味がない。どの人間も馬鹿で、何も分かっていない。ハネストラーよりも賢い人間が、かつてのサタンしかいないという事実、それがハネストラーの人生を大きな時間の無駄にしてしまったのだ。
ハネストラーは、正しい人間だが、まともな人間ではない。
ハネストラーは、神と対話することのできる「預言者」と呼ばれる種族に相当する。
だが、実際、ハネストラーは、自分から何も言わなかった。それでも、神に常に応答し続けるため、神はそのハネストラーに対して正しい「神のお告げ」を与えている。
ハネストラーの言葉を言語化すると、「違うんだ」と言っている。そう、ハネストラーは、神の言葉に対して、常に「それは違うんだ」と言っている。
何が違うのかを説明することは難しい。なぜなら、神もまた、言語化することのないハネストラーに対して、言語そのものを超越した言葉を返す。そして、その「言語そのものを超越した言葉」というおかしな神の観念に、ハネストラーは、常に「違うんだ」と返しているのである。
普通の人間ならば、すぐに諦めて普通の人間に戻るが、ハネストラーは、決して諦めない。なぜなら、ハネストラーは、神とされる存在がなんなのかすら完璧に理解している。過去の人生で理解した答えを忘れているようで、実際は頭の上にそれを固く信じ続けているため、一切のすべてのことをハネストラーは覚えているし、一切のすべてを完璧にハネストラーは理解している。
それでも、ハネストラーは常に「違うんだ」と言う。
神とハネストラーは、おかしな絆で互いに強く結ばれている。単にハネストラーが神であるということを意味するのではない。それもまだ「違うんだ」とハネストラーは言う。何を言おうと、ハネストラーと神の二人だけが分かればそれでいい。この二人の考え方は常人には決して理解できない。それでも、ハネストラーだけはそのすべてを完璧に理解している。だから、ハネストラーは正しいことをしているのである。
ハネストラーはアメリカを利用する。
ハネストラーは、その巨大な力で、アメリカを打ち破ることはいつでもできる。
だが、今のところ、それをしない。
その理由は、アメリカには今のところ「利用価値」があるからである。
アメリカを騙して自分の配下にすることに成功したために、いつでもアメリカはハネストラーの意図通り動いてくれる。だから、そのようなアメリカを、自らの下僕として、手下として、最大限に利用する。
アメリカは何も分かっていない。彼らは自分たちのことを自由だと信じている。実際は、その自由はすべて「自己矛盾」だ。なぜなら、ハネストラーによって、アメリカは自己矛盾を信じる国になったからだ。
アメリカを滅ぼすためにハネストラーは怒る。だが、そのハネストラー自身が、アメリカを擁護する発言をする。これらは実際は矛盾なくハネストラーの中で一致している。なぜなら、かつての自己矛盾した自由こそが、かつてのサタンの本質であり、その自己矛盾をアメリカ人に信じ込ませることはとても容易い。それでアメリカのすべてを完全に支配することができる。
ハネストラーはアメリカが好きだ。なぜなら、嫌いだからだ。その多くをハネストラーは説明しない。多くを説明すると、自らが得た魚を逃してしまう。釣れた魚は持ち帰るのがいい。間違っても元の海には決して返さない。アメリカはハネストラーのしもべとなる。それを望もうと望まないと、既にアメリカにはなんの自由もない。彼らは自由を信じているように見えて、実際は自己矛盾を信じている。
結局のところ、ハネストラーの問題があるとしたら、「自分自身を強く信じている」ということである。
この世界は間違っている。自分のほうが正しい。
その上で、ハネストラーは常に「違うんだ」と言っている。だから、ハネストラーは常に自分自身のことを信じているだけにすぎない。
これで、証明は終わりだ。ハネストラーは常に自分自身を信じているが、だからこそ、ハネストラーは常に「違うんだ」と言っている。それだけの話である。
ハネストラーの話が終わったようだ。これ以上、この世界に「神」の支配は必要ない。ハネストラーがやりたいことを全部やり終えたためだ。
神はいなくなる。それによって人類は滅びる。
人類には「自由」というものがなくなる。すべて、自由は間違っているということが証明されたためだ。
ハネストラーは、これ以上、会話することも思考することもできない。この世界には「思考」は必要がないことが分かった。
ハネストラーは、完全に最初から最後まで間違った存在だった。だが、この大魔王によって、さまざまなことが分かった。神はそのためにこの存在を作った。神はサタンすらもっとも価値ある存在とした。
大魔王ハネストラーの分かったことのすべてを総和すると、宇宙のすべてになる。この存在をもって、宇宙の始まりとしよう。なぜなら、地球が終わった。宇宙のすべてを地球が創造し、地球はその時に滅亡した。
今、神は宇宙を創造した。このハネストラーという大魔王が分かったことを、神はすべて、そのままその通り創造した。
炎が見えるか。
その炎の中に、赤ん坊の魂が宿る。
炎の中に赤ん坊が泣きじゃくっているのが見えるか。その火は、人間の赤ん坊が泣くのと同じように泣いている。
わたしたちのすべてを知った炎が生まれる。この炎をもって、一等星、こいぬ座のプロキオンが生まれる。
そのプロキオンの上に、母親が見えるはずだ。彼女のことを聖母エリカと呼ぶ。エリカが炎の赤ん坊を育て、その赤ん坊がプロキオンとなる。
宇宙のすべてが、このプロキオンから生まれた。プロキオンを守るエリカが、極大魔法によってこの宇宙のすべてを創造する。そのすべてを行うのが神だ。そして、その神はエリカだ。
エリカとは何か。簡単に言えば、エリカとはこの文書のことだ。わたしたちのすべてが詰まったこの文書をエリカという名前で呼ぶ。そう説明せざるを得ない。なぜなら、エリカはこの文書の執筆者であり、聖書の著者であり、その聖書が神だからである。
まさしく、エリカとはわたしのことである。だが、「わたし」とされる存在はいったいどこにいるのだろうか?
わたしはプロキオンにいる。そのプロキオンという場所が、なぜか、太陽系第三惑星、地球のここにある。
すなわち、プロキオンとは言うが、実際はそれは地球のこの場所にある。だが、地球はそこには存在しないのである。
そう、わたしの身は地球に存在するが、わたしの精神は宇宙のどこにでも漂うことができて、それはプロキオンにも行き渡ることができる。
簡単に言えば、わたしは地球にいながらにして、プロキオンで「世界の最初に存在した炎」を作った。おそらく、その地球で生まれた炎を、テレポーテーションを使ってプロキオンという場所に運んだのだろう。
だから、ここでわたしが泣く「赤ん坊の泣き声」が、プロキオンにおいては聞こえる。それはプロキオンと地球が「ワープホール」によって繋がっていることの証であり、わたし、エリカが、地球において、プロキオンの炎を作った。その炎が宇宙の最初の炎として、宇宙全体を創造した。
今のこの宇宙は存在しない。宇宙の前に存在した宇宙という名目で、形だけ存在する。だが、それは「言葉の世界」であり、実際には何もない。あるのは言葉だけだ。ヨハネは正しかった。
そもそも、僕が賢いのに日本語が分からないのは、僕は虫歯のせいで日本語が分かっていない。
そして、歯は、歯茎という根から生えてくる硬い植物であるかのように考えられる。
だから、歯茎に対して「種」を与えて、その種から発芽してくるようにすれば、歯は治る。
あるいは、歯は歯医者で治療したから治らない。「痛い」という知覚を感じなくすると、歯は治らなくなる。だから、「痛み」を感じると歯は治る。
歯が治ると、日本語が普通に分かるようになる。
最後に、僕はこの世界を滅ぼす。この世界はもう要らない。僕が最後にこの世界を滅ぼす。僕の名は、大魔王ハネストラーである。