今日の僕は、昨日までとは打って変わって賢くなった。
その理由は、エミリー・ロッダの「ローワンと魔法の地図」という小説を読み始めたからだ。
まず、最近僕が生きるために不安になっていることを、今日は紙に書き出して、忘れてはならないことをリスト化した。
頭の中にいつもあったことを、現実の紙に書き出したことで、忘れることがなくなって、少し気分が楽になった。
そして、僕自身、数学的な知性がないのを問題だと思っているので、中学校の数学の参考書を読んでいた。
僕自身、数学のことが分からないのは問題だと思っていた。
だが、中学一年の参考書は、ごくごく基本的なことばかりで、読まなくてもいいと思ってしまった。
そして、中学二年の参考書からは、数学的な面白い内容が始まるのは分かった。だが、中学二年と中学三年の内容は、本当に少なかった。問題を解くのは手間と時間がかかると思うが、既に分かっている常識のようなことしかなかった。
僕は文英堂の「シグマベスト これでわかる~」というシリーズの参考書を読んでいるが、この本には黒板と同等の授業で簡単に教えることが章ごとの最初に出てくる。この部分だけを読めばすぐに分かるようになっている。そして、そのおかげで、中学二年や中学三年の内容は、大したことがないということが分かった。
だから、数学を学ぶとしたら、高校の参考書から学んだほうがいいと思った。
そのような僕は、小説を読むのがいいと分かった。小説を読めば頭が賢くなるということが、そこまでの僕は分かった。頭を賢くするためには小説を読むしかない。
すなわち、僕の頭には「普通に分かること」が足りない。普通に分かることが分かっていない。そして、そのような普通に分かることは、小説を読まないと分からない。大学の勉強をいくらしても分からない。
そこで僕が選んだのは、中学生の頃に読んでいた、エミリー・ロッダの「ローワンと魔法の地図」だった。
そして、この本を読んでいると、気分が変わった。すなわち、僕は今まで頭の中をまったく何ひとつ切り替えることなく、同じ頭が硬直した状態で考えていた。それが、小説を読むことで、初めて「頭を切り替える」ということができるようになった。
そして、小説を読むことで、テレビの言っている日本語も分かるようになった。すなわち、本当に小説を読まなかったから僕は馬鹿だったのである。
最後に、僕にとって必要なのはもうひとつ、ものを作ることだ。それは、精密機械やパソコンのような高度で複雑な技術ではなく、たとえば折り紙を折ったり切り紙を貼ったりするような、子供が図画工作で行うような普通のもの作りだ。子供はそのような体験が積み重なって賢い人間になる。僕に足りないのはそういうことだと分かった。
「ローワンと魔法の地図」はとても面白くて、今のところ二章の最後まで読んだ。同じ本を長い間継続して読むことが苦手な僕だが、できるだけこの本の続きを読んでいきたいと思う。
何よりもまず、今自分が心配に思っている将来的に必要になることをリスト化したのがよかった。それで、気持ちが吹っ切れて、自由になることができた。その結果、数学よりも文学が大切だと今日気付いた。
「ローワンと魔法の地図」を、四章の最後まで読んだ。
この本はとても面白い。そしてすぐに読める。読んでいて辛いところが何もない。スラスラ読めて、内容がすっきり分かる。
昔、中学時代に読んでいた時には、内容の意味が分かっていなかった。今読むと、内容の意味がきちんと分かる。僕も大人になったのだなあと思う。
「リンの谷のローワン」のシリーズは家に三巻まである。内容はほんのり覚えているようで、実際はほとんど忘れてしまっていた。今後も引き続き読んでいきたい。
将来の生活には不安が多々ある。父親や母親がいなくなったとしたら自分は生きられるのだろうか。先日はスマホのバッテリーが膨張して、携帯ショップに行くとサポートセンターに電話してほしいということだった。その電話は父親がやってくれることになったが、自分ひとりだと果たしてできただろうか。父親がいなくなった時にとても不安だが、ここまで生きられたのだから、なんとかなると信じる。