馬鹿とは付き合うな。
貴重な人生の時間の中で、馬鹿と付き合っても何もいいことはない。時間を大切にするなら、馬鹿と付き合うのは時間の無駄だ。
学校の馬鹿とは付き合うな。ひとりぼっちでもいいから勉強しろ。SNSやスマホはするな。ネットの情報をすべて拒否せよ。
そもそも、「人間は分かったほうが賢い」と思っているのは、学校に洗脳されている。実際は、人間の脳は分かれば分かるほど馬鹿になる。分からない人間が正常な知性ある賢い人間だということを忘れるな。
必要なのは、自分で設定した目標に向かって、そのために努力することだ。
将来の計画が上手くいくことはあるが、より大切なのは確かに自分が今できることを常に信じ続けることだ。漠然とした大きな目標に向かうよりも、目の前にある小さな目標に取り組み続けよ。
学校の先生は賢くない。学校の先生は分かるように教えてくれるが、実際は学校の通りに分かっても何ひとつ賢くない。それよりも、自分自身の確固たる信念や理想を持つことだ。それが人間にとって、青春時代に人生のために培うもっとも価値ある宝となるだろう。
また、アメリカ人のように考えるな。アメリカは強い国だが、実情は日本よりも馬鹿な国だ。ヘイトスピーチで溢れるだけではなく、少しでも黒人を排除するとヘイトスピーチ扱いになる(Xのポスト)。そのようなおかしくなった国がアメリカだ。トランプで、それがもっとも強く出ている。アメリカなんか信じるべきじゃない。
最近、僕は「Scalaスケーラブルプログラミング第3版」を読んでいる。
まだ3章の途中までしか読んでいないが、はっきり言って、とても面白い。
この本を読んで、何かしら、賢いプログラムが開発できるようになりたいと思う。
そもそも、昔の僕は、自由なんか何も信じていない。
昔の僕は、想像力による「把握」を信じていただけであり、それはすなわち、自分自身の存在が世界を「支配」することを信じていただけだ。
そして、自由を信じていたと思っていたのは、階級の低い自分が、階級のより高い権力者などに対抗するために、自らの「力による反抗」を信じていただけにすぎない。
経験、環境、意識など、そういう考え方は、その延長線上にあった。把握という名前の支配の考え方の中で、子供たちの平等な力を信じていた。その平等とは単に「自分優先」にすぎなかったのである。
世界を救う方法が分かったのは、僕は常に「鬱屈した世界を変えたい」と望み続けたからだ。そのために青春時代を捧げた。Linuxやオープンソースに貢献することや、プログラミングの技術力はつかなかったが、その代わり、世界を救うことができるようになった。
月詠みが「世界の歩き方」で言うように、かつての僕は今の僕を夢見て目指していたが、今の僕はそのかつての僕になりたいと思っている。過去の僕は未来の僕を望み、未来の僕は過去の僕を望んでいる。それ以外に僕にとって必要な存在は一切ひとつもなかった。過去の僕が「神」と言っていたのは、すべて未来の僕のことを言っている。そして、「仏」とは過去の僕のことである。