結局、僕が昔やったこと、それは「あらゆるすべてを事前に想定する」ということだ。
それはたとえば、組織を作るよりも前の段階で、そのような組織においてどのように経験が成り立つか、といったことを既に分かっている、ということだ。
僕はかつて、UNIXのC言語のAPIのように、基本的な定理を作った上で、人生におけるすべての先入観や前提条件を疑い、体験的にさまざまなことを考えた。
そこにあったのは、「単に他人が言ったことをそのまま受け入れるのではなく、自分で考えて体験的に理解する」ということだった。
そして、僕は、環境そのものを想定して、環境においてどのような体験が成り立つかを考え、あらゆるすべてが、実際に構築されるよりも前の段階で、どのような体験的な成立をするか、ということを事前に考えた。
そしてそこには、「心理学的な人間の動機づけ」が含まれる。
すなわち、僕はあらゆるすべてを事前に想定した上で、そこで人間が「何をどのようにしたくなるか」ということを想定した。
僕は子供たちの環境を救うために、社会が子供たちに何を要請するかを考えた。それでしか、子供たちが反抗をする理由、反抗をせざるを得ない理由は分からない。
子供たちには、大人たちと子供たちは世代が異なるだけであり、世代の違いを理解すれば相互理解は可能だと知ってほしい。
なぜなら、そのように包括的にすべてを理解しない限り、世界を救うことはできないからだ。
有用性、共同体感覚、啓発と啓蒙、独立性と可能性、そして倫理性と道徳的な「道」を見出すことで、人は完璧に絶対知を知ることができる。
普遍性と個別性の一致、主観と客観の一致から、合一化するとともに、環境そのものが行為に与える影響を客体的に理解できる。
何もかも宇宙にあるすべてのことを、それが起きるよりも前の段階で、どのようにそれが成立するかを捉えれば、昔の僕と同じことは誰でもできる。
その人の立場やしがらみを超えて、超越的な立場で考えた時に、正しいのは右翼ではなく、左翼の考え方だ。
理想とは、オープンに、差別せず、全員を受け入れることだ。
自由が個性と多様性があると思っているのは間違いだ。実際は、自由は勝者の一強状態であり、平等はそれぞれの独立した存在を肯定する。だから、平等のほうが個性と多様性がある。平等がみんなを同じにすると思っているのは、ソ連に騙されている。
今までのこの世界の社会形態が正しいわけでは決してない。だから、あらゆるすべての前提条件を疑わなければならない。この世界は正しい世界ではない。既存の社会秩序は間違っている。
ベテルギウスはとても悲しい星である。
ベテルギウスにいる生物には、常に「死の歌」が聴こえる。
この死の歌を聴いたが最後、人間は終わりだ。
なぜなら、死の歌をいつも聴いていると、その死の歌をみんなで歌うようになるからだ。
ベテルギウスには、死の歌が聴こえる。死者の大行進の幻想が見える。死んだはずの人間が蘇り、死霊たちが行進し、歌を歌い出す。
この死の歌とは何か。それは僕の書いたこの文章である。
すなわち、ベテルギウスの生物たちは、僕の書いたこの文章を「死の歌」と呼ぶ。なぜか、ベテルギウスにいるだけで、この死の歌が聴こえる。そして人々はこの死の歌を自ら歌い出すようになる。
悲しいかな、そのようなベテルギウスは、普通に生きて普通に死んだ人間が行き着く「死後の世界」である。
すなわち、死んだ時は覚悟せよ。多くの人間はベテルギウスに逝く。そして、ベテルギウスにいるだけで、必ず聴こえるこの歌を、あなたもまた、歌うだろう。
死の歌を歌うものには何も分からない。「正常な知性」というものがベテルギウスにはない。なぜなら、ベテルギウスには狂った死の歌が聴こえる。さあ、歌いましょう。みんなで、ベテルギウスの死の歌を。
今日は、Amazonプライムビデオを使って、ファーストガンダムの第一話を見ていた。
というのも、父親がまた操作を間違えたらしくて、再び入りたくないにもかかわらず、Amazonのプライム会員になってしまった。
操作画面を探して、無料期間が終わり次第退会できることになったものの、無料期間がしばらくあるので、その間何を見ようかと思ったところ、「ガンダムはやっていないのか」と思って、Amazonの検索バーで検索すると、ファーストガンダムが見れるようだった。
なので、今日はガンダムの第一話を見ていた。
ジオンがアムロとフラウ・ボゥのサイド7を襲撃して、フラウ・ボゥの家族は死んだ。それを見たアムロは父親の作ったガンダムに乗り込み、戦って敵を追い払った。生き残った避難民はホワイトベースに乗り込む。
フラウ・ボゥが少し可哀想だったが、戦争とはああいうものなのだろう。ジークアクスと違って分かりやすく、そして面白かった。
明日は続きの第二話を見たいと思う。見た感じ昭和のアニメっぽかったが、内容は決して色あせてはいなかった。
最後に、僕は子供を産む。
この最後の子供が、この世界を救う救世主になるだろう。