そして、僕はそろそろ文章をやめたいのだが、実際、やめることができない。
その理由は、僕はこの文章を書かないと生きられないからだ。
この文章を書くのをやめると、僕は生きるためのエネルギーがなくなる。生きることができなくなってしまい、生きる上で必要なことが何もできなくなってしまう。
だから、もうやめると言いながら、やめることができない。
結局、昔の僕が賢かったのは、2ちゃんねるで、ひとつの人格に自分自身を定めることなく、いろんな人間の精神を作ったせいである。
2ちゃんねるは匿名のやり取りだから、普通自分自身が定まるはずの時に、その自分自身をインスタントに一時的な人格にしてしまい、別の人間に変わることができる。
そのせいで、僕はさまざまな人間の精神を生み出し、それをひとつに定めることなく、全員を融和することができた。
そのように、匿名掲示板で青春を過ごしたせいで、僕はブッダのような仏になることができた。
それから、最近の僕は、催眠状態にかかっている。その理由は、催眠状態にかかることで、過去の人生を再体験することができるからだ。
僕が戦いの時代にやったこと、それは自らを催眠状態にかけて、過去の自分の人生を再体験するということだ。
そのような再体験は、そろそろ終わった。今まで、「神」と信じていたのは、再体験を行う上でのガイド役のような自分のことを言っていたにすぎない。
だから、神だと僕が思っていたものは、聖なる導きではなく、自らの再体験を最後までやり遂げるためのガイドだったのである。
そして、精神を治すための方法、それは精神をほかの状態にすることだ。
精神を使う部分自体を、まず殺さなければならない。そのためには、精神そのものの状態を変えなければならない。
いっそ、精神自体を、自分ではないほかの人間の精神にしてみよ。そうすれば精神はコロリと治る。治らないのは自分が自分であるからであり、ほかの人間の状態にすれば精神は治る。
「ユング心理学入門」を読んだ感想として、僕ができていないのは、「異なる二つの対立するものを統合する」ということができていない。
統合とは、すなわち、異なる二つのもの、対立するもの、相反するものについて、そのどちらもを調停した上で、ひとつの個人へと昇華させることである。
ユングによれば、そのような「個別的な自分を構築する」ということこそが、統合の目的であり、人生を生きる上での最重要課題だ。
だが、僕は、そのような統合ということができていない。
これについて言うと、僕は過去の自分と今の自分の統合ができない。それは簡単に言えば「神とサタン」の統合である。一方には正義の神がいて、一方には悪の神がいる。この二人の統合ができていない。
だから、僕の病気は、善良な自分と凶悪な自分をきちんと統合することで治る。だが、どちらが神でどちらがサタンなのかは分からない。どちらも神でどちらもサタンであると言える。