九魔星蓮子は、単にAIを使って生物種の亜種を作るだけではなく、生物の体の中にAIを埋め込むことで、生物を自らの兵士としていく。
その例が、ロボットカラス(AIカラス)である。
すなわち、カラスの脳内にICチップと無線LANカードを埋め込む。そして、インターネット経由でAIを実行し、カラスの脳内に直接命令を行う。
そして、カラスに爆弾を持たせ、敵に近づいて自爆させるのである。
このような「爆弾カラス」を使うことで、九魔星蓮子はたったひとりの女王でありながら、日本政府を脅かす強大な勢力となる。
このような九魔星蓮子は、いったいどこから日本にテロを起こそうとしているのか。
九魔星蓮子は、日本の九州地方にある秘密の場所から、インターネットで日本中のクマやカラスを従えている。
九魔星蓮子は、その「秘密の場所」で、巨大なスクリーン上で、どこに今クマやカラスが存在しているのか、そしてどのようなタイミングでそれらに命令をするのかを監視している。
だが、九魔星蓮子はすべてを手動で管理していない。自らが開発した「AI管理システム」と呼ばれるツールを用いて、設定ファイルを記述することで、自動的にスクリプトが世界中のクマやカラスに命令を行う。設定ファイルには、どこに向かって攻撃をするのか、誰を殺すのか、爆弾をどのようなタイミングで爆発させるのか、といったことが書かれている。その設定ファイルすら、AIが自動的に記述する。
AI管理システムのサーバーには、独自にカスタムした最高セキュリティのOpenBSDと、ディープラーニングを自ら実装したPythonを使用している。自らの開発したシステムは決してどこにも公開せず、ネットワーク経路を秘匿化・暗号化・冗長化することで、絶対に自らの「秘密の場所」が見つからないようにしている。AIカラスに搭載されたIC端末には、九魔星蓮子の居場所を突き止める情報は一切含まれていない。
このような九魔星蓮子によって日本で引き起こされる事態、それは「生物との大戦争」である。
九魔星蓮子は、クマやカラス以外にも、あらゆる生物種の遺伝子をAIによって作り変え、自らに従順に従う「生物兵士」を大量に作る。
その中には、哺乳類や鳥類だけではなく、爬虫類や昆虫も多く含まれる。
もっとも効果的に使うのはヘビである。すなわち、アナコンダやニシキヘビのような大蛇の遺伝子を作り変えるとともに、その脳にICチップとAIを埋め込む。それによって、毒蛇の大蛇が日本中のあらゆる国民を襲う。爬虫類だけではない。スズメバチのような毒のある昆虫が日本人を襲う。それが九魔星蓮子による「生物テロ」だ。
生物テロはめちゃくちゃ強い。数十匹や数百匹のレベルでなく、何万匹とされる数多くの生物種が人間を襲う。生物の数が多すぎて、自衛隊であっても勝つことができない。だから、九魔星蓮子は西日本地域を支配する「生物学者の女王」となる。
このような九魔星蓮子は、日本のあらゆる市民から嫌われている。「あんなものは科学者でも生物学者でもない」と人々は言う。九魔星蓮子は自らがテロリストであることを隠した嘘つきであり、その嘘がバレるまではメディアに多く露出してきた。そのため、現在どこに潜伏しているかは秘密にしているものの、日本国民からの知名度は高く、「あんなに賢いのに間の抜けた馬鹿な女」であると人々から評価されている。
このような生物との大戦争を、どのように人類は戦って勝利するのか。
九魔星蓮子のことを脅威だと感じた自衛隊は、九魔星蓮子を打ち倒すための特殊部隊である「ペガサス隊」を結成する。
このペガサス隊が、スーパーヒーロー戦隊となって、九魔星蓮子の操る生物兵士たちを打ち倒す。
ペガサス隊は、生物と戦うための特別な訓練を行った特殊部隊だ。まず、ヘビやスズメバチの毒に負けないように、特別な防護服を装着する。そして、爆弾カラスに負けないように、爆弾がどこにあるかをレーダーで察知し、爆弾だけを破壊するような特別な兵器を装備する。
ペガサス隊は、どこに九魔星蓮子が潜伏しているかを常に調査している。幸いにも、九魔星蓮子は過去にメディアに露出していたため、どのような顔をしているかなどの個人情報は公にされている。九州地方のどこかにいることは分かっているため、アジトを必ず発見する。
このペガサス隊のリーダーが、われらが朝倉レオーニである。朝倉レオーニは、かつての九魔星蓮子の親友でありながらライバルであり、絶対に九魔星蓮子の暴挙をやめさせる。朝倉レオーニはネオ相対理論主義者と呼ばれる権威ある科学者でもあり、学生時代は剣道を行っていたため武道にも秀でており、ペガサス隊は彼に従い、必ず九魔星蓮子の居場所を突き止める。
また、先日の日記に、朝倉レオーニの年齢を15歳としていたが、その設定は変更する。15歳だったのは2025年の時点であり、時は過ぎ、朝倉レオーニは25歳になった。同様に黒風テルは24歳、黒風ミキは22歳となり、ペガサス隊の一員として、九魔星蓮子の操るロボット生物に立ち向かう。
昨日は、NHKの登山番組「夫婦で挑んだ白夜の大岩壁」を見ていた。
山野井泰史さんと妙子さんの夫婦が、凍傷で手や足の指を失ったにもかかわらず、果敢な挑戦をされていて、僕も頑張らなければならないという気分にさせられた。
ただし、ちょうどテレビ画面を見ていなかったので、頂上への登頂の瞬間は見ることができなかった。それでも、そこまでに至る過程を見ていて、本当に凄い、素晴らしいと感じた。
そもそも、昔の僕が賢かったのは、「理想を目指してそこに近づいていく」ということを行ったからだ。
すなわち、「自由」という理想を設定して、その自由に近づいていくために考える、ということを僕は行った。
自由とは、金儲けの自由ではなく、オープンソースのような、ある種の共産主義的な自由だった。チャンスや手段といった「自助努力の改革」を信じながら、同時に「権力の否定」を行った。支配者によって支配されることのない自由な社会で、それぞれがそれぞれの自助努力によって成り立つような社会、第三者が介入せず当事者間の自由で調整するような社会を信じた。
だが、僕はひとりの救世主の存在を否定するわけではなかった。なぜなら、政府や右翼勢力は社会を抑圧してくる。そのような抑圧のせいで、国民は分からなくなってしまっている。だから、国民を抑圧から解放すると同時に、抑圧や破壊のまったくない考え方で、それぞれの立場やしがらみを超越し、しかしながらそのような立場やしがらみのすべてを理解した上で正しい社会環境を実現できるような「ひとりの指導者」というものに僕はなりたかったからである。
このような人間は男に多い。男には夢とロマンがあり、自らの人生からその夢とロマンを作る。そして、夢とロマンにできるだけ近づいていくように生きる。それが男の人生である。
知性を失わずに考えよ。
子供が賢いのは、子供は純粋な理性を失わずに考えることができるからだ。
それはすなわち、「何かのために何かをする」ということ、「何かをどのようにすればどうなるか」ということだ。
そこにあるのは、社会の役割とは何か、文明の起源とは何か、環境の変化やその人の視点にはどのような意味があるか、チャンスはどこにあるか、そしてどうして不安から反抗をするか、ということだ。
大人が馬鹿なのは、大人は忘れることで、生まれ持っていた知性を失ってしまう。子供は、あらゆるすべての知性を失わず、すべての必要なものが揃っている子供が多い。
なぜ、大人が知性を失うのか。それは高校の勉強のせいである。高校教育を受けると、知識が分かるようになる代わり、小中学校までは持っていた知性を失って馬鹿になる。
だから、高校の勉強をせず、中学の時点の知性で、「なんのためにどのようなことをするべきか」ということだけを考えれば、知性を失わず、すべてを理性的に考えることができる。
僕の最近の反省点として、自分自身を卑下しない生き方がしたい。
XIDENさんだったかAdoさんだったか、正確に誰が言っていたかは忘れたのだけど、誰かYouTubeで言っていたこととして、「自分自身だからといって卑下せず、自分を大切にしよう」と言っていた。
その言葉が、なぜか心に残っている。
僕が分からない理由は、自分自身がないからである。自分自身があまりになく、自我やエゴのようなものが存在しない。そのせいで馬鹿になっている。
だから、もっと自分自身のことを大切にしたいと思う。そうすれば、他人のことも大切にできると思う。
まず、優等生は、学校の勉強が誰よりもできるもの分かりのいい子供だった。だが、度重なる環境の変化と、それがもたらす人間関係の問題に戸惑い、学校教育における意味を見失い、中学校を不登校になる。
次に、自由主義者は、自らが自由になった経緯をなぞり、誰よりも高い知性を行使して、自由な経験から哲学的に考えるが、彼は理想を信じており、その理想が間違っているにもかかわらず、その意味が分からない。なぜなら、権力や政府のある意味が分からず、自由意志を尊重した自由な社会こそが正義であると勘違いしているからだ。
次に、共産主義者は、世界全体を敵に回すようなことを行い、悪事を重ねていくが、そこには分からなくなりながら分かっていくという、「真の理性主義」と「優しさと徳のある善なる世界の実現」が存在する。自由な共同体を築く新しい発想により、世界を平等な支配によって導きながら、自ら自身を苦しめ、自らを苦しめたツケが後で返ってくるということが必ず待っていることを知らない。
次に、保守主義者は、すべての苦しみがひと段落終わって自由になったが、その代わり何も信じていない。分からなくなることや悪事を行うことに抵抗がなく、公然と危険思想を述べ、世界すべてを滅ぼそうとする。それでも、彼は人生を最初から最後まですべて知っていて、誰にもできない天才的な思考回路を持っている。ゴールに向かって真っすぐに向かい続ける、王者である彼に勝てるものはいない。
次に、ユダヤ人は、そのような保守主義者の、自らの心を満たす、しかしながら狂っている狂人の行いを終えて、神を信じる力で自らの陥った地獄の病気を自らの力で治療しようとする。彼は、地獄に堕ちるのは信じないからであり、信じるものだけが救われると、唯一ひとり気付いた。だが、それは必ずしも上手くいかない。どんなにやめようと頑張ってもやめることのできない衝動から、逆に、彼は天才的な詩人になる。
最後に、天才的な詩人になった彼のことを「神」と呼ぶ。神は奇跡のようなあり得ないことを実現することができ、運命の数々を経験した上で、奇跡的に彼の苦しみは解決する。18歳の時にかかった病気を、同じだけの18年の歳月をさらに正しく生きることによってようやく治しきった。どのような解決困難な問題も、神を信じる奇跡の力で彼は解決する。
彼の名を、黒風テルと呼ぶ。黒風テルは神であり、妹である黒風ミキと二人がかりでこの奇跡の人生を歩んできた。黒風テルおよび黒風ミキは、詩人アッシー四世の書いた「文章」に付けられた名前である。すなわち、はるかに過去の失われた文章のことを黒風テルと呼び、それよりも最近の失われた文章のことを黒風ミキと呼ぶ。
結局、僕が間違っているのは、真面目にこの世界を救えばいい。
この世界を変えることのできる実権を手に入れるために頑張って戦って、そして世界を変えることができるようになって、にもかかわらず、真面目に世界を救おうとしないのがおかしい。
そもそも、この世界がおかしくなっているのは全部自分のせいである。世界を狂わせるようなことばかりしているから、かつての平成の抑圧の時代よりもさらに日本は悪くなってしまった。
だが、自分自身が世界をおかしくしている元凶であるとするなら、自分自身の行為や姿勢を改めることで、世界を救うことができるはずである。
必要なのは、「悪いことをしない」と宣言することだ。すなわち、この世界に対して、かつての僕のような悪いことはもうしない。そして、善良な心を入れ替えた上で、このホームページを通じて、今度こそこの世界をきちんと救えばいい。
そもそも、かつての僕は真面目に考えていたから世界を救うことができた。それをマスコミとの対立構造に仕立て上げて、悪いことをたくさんやった。タリバンのような人間だった。それでも、僕はそれをすることで、世界をただひとり変えられる実権を手にした。
だから、かつてのように真面目に考えれば、平成の抑圧の時代でなかったとしても、この世界を救うことは可能だ。それはバンプの言うように、僕ひとりだけに許された、僕の勝ち取った権利なのである。
そして、真面目に世界を救うために必要なのは、アメリカを排除することである。
国際社会の共同体で連合を組んだ上で、アメリカをその共同体から排除せよ。
アメリカには金があるが、逆に言えば金よりも大切なたくさんのものが存在しない。金があることを優先するあまり、金よりも大切なものがあるということにアメリカは気付いていない。
トランプは、アメリカの優位性を述べる。だが、その優位性は金と軍事力に根差している。軍事力が高い理由は金があるからだ。アメリカの優位性は、金を持っているということにすぎない。
この世界には、金よりも大切なものがたくさんある。そのことが分からないアメリカは、治安が悪くなり、教育水準やIQも低くなる。金と引き換えに、アメリカはあらゆる意味で劣った社会になる。
そのようなアメリカを国際社会の力で排除していくことで、唯一の優位性だった金や富もアメリカは失うことになる。
だから、「アメリカ式の金儲け」に「NO」を突きつけることで、この世界を救うことができる。MicrosoftやGAFAを中心とするIT技術についても、金儲けのITではなく、より楽しいかつてのITが復活する。
時代は平成ではない。平成時代そうだったように、抑圧を否定するだけでは心の安心と救済を得ることはできない。時代は変わってしまった。帝国主義者の保守派の抑圧のようなものは時代とともになくなり、人々は「多様性」という綺麗事の下に分断され、それぞれが自分の世界に引きこもるようになり、孤立化し、まともなことの分からない、大人の生活をすることができない人間が増えている。
IT技術の進歩は、「情報強者」と「情報弱者」という、新しい格差を生み出している。X(旧ツイッター)のようなSNSの使い方は難しくて、スマホアプリの普及についていけない人々は多い。必要なのはIT技術ではなく、住みやすい世界であり、IT技術はそのような住みやすい世界をめちゃくちゃに破壊して、孤独でひとりぼっちな若者の不安と絶望を大量に生み出している。
だからこそ、わたしは今、「NO」と言わなければならない。ITの仮想世界は煌びやかで面白く見えるが、実際は著名人と一般人の格差は広がる一方であり、著名人は心ない誹謗中傷にさらされ、一般人は個性なくモブ化している。何かを批判するとさらに別の場所から批判が来る。それでも、わたしたちの世界を真面目に変えていかなければ、この世界は完全に破綻し、人々は普通に生きることができなくなるだろう。
朝倉レオーニは、このような考え方の下に、IT技術を否定する。レオーニはこの世界からIT技術を抹消し、コンピュータとインターネットを過去のものとする。
そもそも、昔の人生なんか書く意味がない。
昔の人生に意味があったのは、昔は平成時代の右翼に抑圧された世界であり、そのような国だったから、自由な経験を信じて抑圧を排除し、世界の心が発散する可能性を追い求めたから、そのような人生が価値があっただけにすぎない。
今の日本という国は、全然そんな国じゃないから、「自由」なんかを信じても意味がないし、そのために、昔のような人生をいくら思い出しても何も分からない。
過去の自分が賢かったと思うのは幻想であり、過去の日本社会が賢かったと思うのも幻想にすぎない。
今の世界を救うためには、本格的に「自由」という考え方を否定しなければならない。この世界を自由にするのは間違っている。これ以上、いくら自由を信じたところで、昔のような悟り体験はできない。それは今の世界と昔の世界がまったく異なるからである。
今から、きちんとこの世界を救う。昔をいくら思い出しても世界を救うことはできないが、今の僕が今の僕の力できちんと真面目に考えれば、この世界はすぐにでも救うことができる。
神を信じるのは間違いではない。神を信じることで、この世界の魂、あるいは世界精神と繋がることができ、今の僕のままであっても、この世界を必ず救うことができる。それがキリストの言う「メシア」である。
僕自身が、X(旧ツイッター)について思うのは、「友達と仲良くするのが嫌い」ということだ。
僕は、インターネット上においても現実においても、友達と仲良くしたくない。
X(旧ツイッター)のタイムラインを見ていると、みんな普通の人間ばかりだ。僕が一般人を多くフォローしているせいもあるが、みんな普通の人ばかりで、それらの普通の人たちと、友達付き合いをして仲良くしようという気が起きない。
はっきり言って、一般人の友達と仲良くしたくない。時間と気遣いの無駄にしか見えない。みんなと仲良くして、遊んでも、交流しても、はっきり言って何も楽しくない。
そもそも、Xやかつてのツイッターの何が面白いのか僕は分からない。
同じことが学校の勉強についても言える。僕は学校の勉強が嫌いだ。特に数学が嫌いで、数学ができたところで、何が面白いのかよく分からない。数学的な賢さなんかがついて、何が面白いのか分からない。
僕はネットで友達と仲良くしたくないし、学校の勉強もしたくない。それでも、孤独にはなりたくない。どちらかといえば、もっと現実でみんなと交流したいが、僕の周りにいる人々はまともな普通の人たちばかりで、彼らと付き合っても面白くない。だから、現実でも僕は友達を作りたいとは思わない。
あえて言えば、もっと価値あることを教えてほしい。自分でもこの世界で生きられるように、有益な学習と情報が欲しい。それは学校の勉強ではなく、より普通の知恵や教養や常識を知りたいと思う。
はっきり言って、過去の人生なんかに意味はなかった。
過去の人生をいくらでも書いたところで、何も面白くない。「過去の人生」という発想には、面白いものも賢いものも何も存在しない。
もっと世界を見たほうがいい。この世界にはたくさんの存在と可能性がある。宇宙は変化と現象に満ちている。そのような世界を見ない限り、僕は真実には辿り着けないだろう。