世界は、具体的な変化が無くなっている。
僕は、変化すると分かるように書いた。だから、変化すると、分かる。
僕は、停止した状態で、世界に教えた。
だが、分かっても、2ちゃんねるのようなことが分かるだけだ。
安心して良い。滅びたりはしない。
悪いものは悪い。悪い人間、環境、制度、組織は悪い。
僕は、もう、日本や世界には関わらないことにした。日本を良くはしたい。
だが、もう、支配したくない。辛いだけだ。
革命は悪い。革命を止めると、すぐに治る。王や神になるのも悪い。
僕は、弁証法と言うべきところを、三段論法と言っている。
そういう、用語の間違いが多い。
哲学的な言葉が、イデアや観念、絶対知など、間違っている。
そこは、読み替えて欲しい。
最近は、永遠を全部2つの肯定と否定にする弁証法、矛盾のない絶対知、自由な段階、自由ノルマの自由な社会主義、神と国家で分かっている。
昔は、それぞれの記憶と認識、人生と世界観、相対性、導き、抑圧の無い解放された世界で分かっている。
記憶を考えて、奴隷や抑圧を悪いと思えば分かる。
人間は、自由と平等で分かるものだ。
正しく理由を考えて、基本を考えれば分かる。
時に、記憶は無い方が分かることも多い。
何も分からなくなって、自由に言葉にすれば、分かる。
フランス語やドイツ語、ラテン語やロシア語、スペイン語などから、語順や言葉を日本語に取り入れて、常に分かる意味を増やすことを考えていた。
意思を全部言うのが悪い。ロボットのように、辛くなった。
社会主義を消して出版するのも、消さないのもおかしい。出版しても、騙されて、金を取られるだけだ。出版なんか、しない方が良い。
世界の歴史の本を読んでいるが、終わるのが悪い。僕が世界史をきちんと読むと、大学のように、僕が終わってしまう。辛いから、読みたくないが、読まないのも終わっている。
歴史上の時代や、環境、人生を、体験や経験を考えて、積み重ね、予測して分かった。
皆同じ、皆違う、で分かった。
ものや言葉、思考も、同じように分かった。人間は、分からない方が分かるものだ。
人格や記憶を吸収し、相手を予想して、全員になった。
そのまま、全てを言葉にして、世界を導いて分かった。仮想的な全員を書いていた。
あとは、沢山の変化を考えた。
戦いの中の心の声は、神になった。対話できるのは、自分の文章が神だからだ。
社会の解決策を自由に考えていた。自分の分かったことを、他にも教えたかった。
出来る、出来ないから、手段と実現、参加と意見、独自性と創造性、多様性と独立などを考えた。
メタ的で、抽象的に、意味を考えていた。
社会の問題を全部解決したかった。
核兵器を無くし、弱者をパンなどを与えて救済し、いじめをなくし、平和な世界政府を作りたかった。
神は、全てを教えた。色んな人間になって、分かることを全部言った。
自由も間違っているが、平等もおかしい。
慈愛と受容、愛と許し、自由な責任と秩序を守る義務が無ければならない。
皆を、自分と同じ、かけがえのない存在だと考え、大切なものを築くことを信じるべきだ。
左翼の自由も良いが、右翼も悪くない。
1人の指導者が支配して決めなければ、何も賢いことは出来ない。
組織となって、戦いに勝つ自由も無ければ、自由とは言えない。
自由は、間違っていない。自由は、正しい思想だ。
自由は、能力のあるものと、指導者が勝つ。それで、世界が賢くなり、合理的な正しい世界になる。自由も、悪くない。
共同体の自由も良い。だが、それぞれの指導者と組織が色んなことを支配してするのも良い。株式会社も、悪くない。
自由とは、指導者の自由でもあるが、それは同時に、全員の自由だ。
見るからに、自由は悪い。左翼の方が良い。
平等な評議会と支配の無い共同体で、全員を等価な生産と労働にし、奴隷を無くし、皆同じになり、全てのものを全員に与える。平等の方が、平和だ。
だが、革命や思想が悪い。共同体で、皆で生活するのは、おかしい。
僕は、書きたくない文章を書いている。政治なんか、書かない方が良い。