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プラグマティズム

アメリカの現代哲学。

道具主義

プラグマティズムはパースによって始められたアメリカの現代哲学で、理性や知識を「道具」として利用し、「実際の行動」から人間の可能性を実現しようとする。

何かの意味について考える時は、「それが何の役に立つのか」から考えよう、とする哲学。

一種の功利主義哲学であると言える。

プラグマティズムの格言

パースは「プラグマティズムの格言」と呼ばれる「新しい行動の習慣」を確立する格言を作った。

心理主義的プラグマティズム

ジェームズは、パースを引き継いでプラグマティズムの運動を提唱した。

ジェームズは心理学での業績が大きく、機能心理学の先駆者である。真理は現実で有用である場合にのみ正しいとされた。

ジェームズによってプラグマティズムはとても有名になり、多くの人々の間に広まった。

後日注記:ジェームズによる心理学的な哲学は、「心理主義的プラグマティズム」と呼ばれている。一種の功利主義のようだが、実際は社会のことを心理学的に貫く「機能的な心理学」を提唱した。

デューイの哲学

プラグマティズムをさらに発展させたのはデューイである。

道具主義、習慣と知性、価値多元論、教育と民主主義において、自らの経験を自由に実現していくかのような哲学を説いた。

後日注記:デューイは、学校教育について、「子供たちが民主主義を学ぶための、民主主義社会を築くための練習をさせるようにすべき」であると説いた、自由な哲学者である。

プラグマティズムと自由

プラグマティズムでは価値多元論を述べますが、僕はこの考え方に賛同するとともに、民主主義の学校としてだけではなく、新しい社会主義のモデルとしての「多様性のある社会」を目指すべきだと思います。

僕は価値観というものはひとりひとり異なるものであり、異なる価値観を尊重することは必要だと思います。

なぜ、そう思うのか、それは「そうでなければ子供たちの世界を救うための方法を経験できないから」です。

最初から平等に、みんなが調和を目指して自分から同一化するような社会では、異質なものとしての人生を経験することができません。

ですが、世界を救う方法を知るためには、その「異質な人生を生きること」がどうしても必要なのです。

自分の国や国家や社会規範が強要する価値観だけではなく、さまざまな異質な価値観を経験しなければ、人生において実体験に基づいて世界を変える方法を知ることはできません。

さまざまな、「異端」であるかのような考え方を経験し、それを反省することでしか、「正統」の世界を救う方法を知ることは決してできないのです。

かつて「憂国の政治家」だった僕自身も、最初から同じ考え方で子供たちの社会を救おうとしたのではなく、さまざまな世界の見方や発想をさまざまな経験から多元的に知ることで、ようやく子供たちの世界を救う方法を悟ることができたのです。

そのために、「道具主義」や「効果的な習慣と知性」に基づく、プラグマティズムの考え方は極めて効果的に働きます。プラグマティズムの通りに考えることで、「世界を変える方法」が分かります。

そして、プラグマティズムにおいては、学校教育を民主主義を学ぶための学校であるとします。ですが、僕は社会主義においても、「多様性のある平等」という考え方を行う上で、価値多元論は重要だと思います。

社会主義は平等を掲げていますが、すべてを全体主義の下に同化するわけではありません。スターリンのせいでソ連は結果的に独裁国家になりましたが、それは結果論にすぎず、レーニンは評議会連邦として、極小単位のソビエト評議会が多数連邦として集まる形での「共同体国家」を目指したのであり、そこには「自由な共同体」という理想がありました。

なので、共産主義が失敗したのはスターリンの「平等」という考え方についての誤りのせいであり、民主主義の学校だけならず、社会主義においても、プラグマティズムに基づく「多様性のある平等」は実現可能だと僕は信じているのです。

また、僕が思うに、「世界を知る」ということは必要ですが、学校教育では十分に世界を知ることはできません。その代わり、インターネットの仮想世界のコミュニティなどで世界を知ることで、世界の「バイアスのかかっていない生の姿」を知ることができます。この「生の世界」というのが、世界を救うために非常に大切です。そのために必要なのは、自分の実際の目で世界を知ることであり、カリキュラムによって学ぶのではなく、「自由に知識を得て自由に世界を知る」ということがまさに必要なのです。それでしか、世界を変えることはできません。

2026.06.16