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フィヒテ・シェリング

ドイツ観念論の2人の哲学者。

フィヒテ

ドイツ観念論の哲学者の一人。宇宙を「超自我」であると考えました。

後日注記:フィヒテの著作は「ドイツ国民に告ぐ」。フランス革命のナポレオン支配の時代に、ドイツ人の民族的な精神へと訴えかけ、自らの本質を自らの自由において確立する「自己活動」の思想を述べた。

2026.02.05編集

シェリング

ドイツ観念論の哲学者の一人。この宇宙の現象を「同一の現象の現れ方の違いである」と考え、宇宙のすべてが同一の現象に由来するものであるとする「同一哲学」を考えました。

「自分」と「世界精神」を明確に区別したカントなどの観念論に対して、「人々の意識と自然に宿る世界精神は同一のものである」とし、この区別をなくして「わたしたちは同じ世界精神(霊魂)である」と考えた。

ロマン主義

フィヒテ、シェリングは、ロマン主義の時代の人として知られる。

ヨーロッパの文化史は、ルネサンス、バロック、啓蒙主義を経て、文化が花開いた最後の時代であるロマン主義となる。

ロマン主義においては、感情や想像力や情熱が新しい思想の中心となる。たとえばベートーヴェンなどがこの時代の天才。

ロマン主義は精神として芸術にも文学にも哲学にも宿り、また民族的な「国家にはわたしたちのアイデンティティがある」などといった情熱的あこがれをベースとした。

ソフィーの世界を参考に執筆しました。)

場に意識が宿る

フィヒテは、宇宙において「超自我」というものがあるとし、シェリングは、同一哲学によって「世界精神」という精神の存在に言及しました。

ですが、僕は、それをさらに進歩させて、「空間そのものに精神が宿る」ということを述べたいと思います。

それは僕が言うには、「場に意識が宿る」ということです。

日本神話では、神木に神の精神が宿るといった考え方をしますが、僕は神木という植物に意識が宿るのではなく、「場という空間そのものに意識が宿る」ということを提唱します。

すなわち、空間そのものがその場にある何かを「視点」として見ているのです。

僕は「空間には物体と同じ原子構造がある」と提唱しました。しかしながら同時に、僕は「空間は波動にすぎない」とも提唱します。そして、波動という存在には精神が宿るのです。

これが僕の述べる、「新しい世界精神の在り方」です。そして、まさにその空間に宿る世界精神こそが、「神」とされる存在の実体であると僕は信じています。

2026.06.16