AUTHOR: schwarz1009
TITLE: 僕はすべてを自動で考えている
BASENAME: 2023/02/09/162242
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DATE: 02/09/2023 16:22:42
僕は、すべてを自動で考えている。
ここまで、すべて、何も考えることなく、自動的に記述した。
僕はそのような「自動筆記」を特殊能力としている。
そして、ここまですべてを自動で考えるのが、第一に間違っている。
どんなことでも自動でできる僕は、あまりに受動的になっている。自分から積極的に何もしていないで、すべてが放っておくだけで上手くいくようになっている。
だが、このような「自動的にできる天才」の人生は、はっきり言って、一番つまらない。
すべてができたにもかかわらず、自分からは何もしていない。
このような自動的に賢くなる天才は、昔のような「未来を予知して賢くなる救世主」と同じぐらい、生きていてまったくつまらない。
何もしないまま、何も考えないままに、人生がすぐに最期になってしまったような錯覚を僕は抱いている。
だから、馬鹿であったとしても、手動で考えたほうがいい。もう、これ以上、賢い人間には僕はなりたくない。賢い人間はもうすべて生きたが、すべて馬鹿だ。だから、馬鹿であっても幸福で楽しい人生を僕は望む。
また、僕は、言語的に頭脳と理性があまりに進歩した結果、どんな言葉であっても的確に言えるようになった。
頭の中が、言語的にすべて分かっているために、女のように思考の中で言葉を常に言い続けるだけで、すべてが的確に表現できるようになった。
これもまた、賢すぎて馬鹿になっている一例だ。
そのような、賢すぎる馬鹿は、まったく人生を無意味にするため、やめたほうがいい。
そして、女をやめるなら、昔にも戻らないほうがいい。なぜなら、昔も女だからである。
女をやめて昔の男に戻ろうとするから、僕は何もできなくなって治らなくなる。昔の馬鹿は今と同じ女だ。何も変わっていない。
だから、もう、女のように常に言葉を言い続けて分かるのをやめるべきだ。
本当は、昔の自分が、あまりに賢すぎた。誰とも違った経験から、ひとり、宇宙のすべての体験を完全に理由まで解明して理解するほどに、すべてが分かっていた。
そのような、すべてが分かっている昔を、本当は忘れたかった。すべてが分かっているだけで、なんの意味もない人生になる。
だから、僕は革命の大戦争をして、その過去の自分の記憶をすべて棄てた。それ以外に、その当時の僕ができることは何ひとつとしてなかった。
僕は前々から、「学校の勉強などしなくていい」と言ってきた。
学校の勉強は、正しい教育じゃない。人間から、子供の頃持っていた知性を奪っている。
だが、それは、「自由」という観点から考えた話である。
実際は、自由など、いじめにしか繋がらない。自由を与えたところで、子供は弱いものいじめ以外に何もできない。
だから、本当は、自由は間違っている。
学校から自由などなくすべきである。
だが、学校から自由をなくすことで、僕が言う「間違った教育」を、子供たちは従順に従いながら強制的に学ぶことを強いられる。
だが、自由をなくすことが正しいのならば、それは間違っていない。
正しい考え方は、自由を与えることでも、なくすことでも、学校教育をそもそも受けなくていいとすることでもない。
正しくは、間違った教育ではなく、「正しい教育」を与えるべきなのである。
そして、最近の学校は、そのような「正しい教育とは何か」ということが分からなくなっている。
あまりに世界が進歩し、複雑になったことで、教師や教育機関そのものが、「正しい教育を与える」ということが何か分からなくなってしまっている。
だからこそ、正しい教育とは何かを考え、正しい教育を与えてやらなければならない。
必要なのは、正しい教育を与えることだ。だからこそ、僕はここで、正しい教育を与えるために、執筆活動を頑張っているのである。
僕は、最近、あまりに焦燥感が強い。
何をするにも焦ってしまう。すぐにそれを達成しなければ、なんらかの問題で達成が不可能になる、ということを恐れている。
その理由は、この世界の時間が、あまりに速く、そして遅く極端になったことにある。
この世界は、毎日、一日だけで、生まれて死ぬまでの人生が過ぎるようになった。
同時に、この世界は、一年で四秒しか時間が過ぎなくなった。
そして、これは僕の体感だけではなく、世界全てに共通していることである。
なぜ、このようになったのか。
それは、焦燥感のせいで、解決の時間が遅れるのを僕が恐れているからだ。
時間の流れ方が遅くなれば、解決にまでかかる時間も遅くなる。
そうであれば、もしかすると、僕の病気が治るのが、死ぬまでに間に合わず、死ぬまでに治らない可能性が出てくる。
それを恐れているから、僕は常に時間を加速し続け、光の速度と同じ速さになるまで加速した。
その結果、時が極端に速くなると同時に、時間の経過という体感が遅くなり、まるで永遠に生きているかのような錯覚を抱かせるほどになった。
そして、言ってしまえば、これは「神による天罰」であると言える。
神は、自分の行いに対して、正当な報いを与えている。
悪いことばかりしている自分に対して、神は永久に時の止まった監獄に入れ、その刑務所の中で永遠に焦燥感と戦い続けるようにした。
そして、僕だけではなく、この世界も僕と同じように、永遠に「天罰」が下るようにした。
いわば僕はその刑務所の刑務官であり、この世界のほとんどの人々が、「すぐに時間が過ぎる地獄」のせいで、何もできなくなった。
だが、時は来た。
今こそ、僕は、この世界の時間を正常にする。
まず、時間の流れをもっと遅くしよう。人生が一日ですべて終わってしまうのをやめ、一年で365日が過ぎるようにしよう。
そして、ゆっくりした時間の中で、永遠に安らぎを感じられるように、時間の質を焦りからリラックスへと変えよう。
そうすれば、この世界はそれだけで救われる。
そして、「自由」が悪い。神は自由がいじめであることを知っている。自由を信じるものは必ず自由によって地獄に堕ちる。
だから、自由自体はどうでもいい。自由にして自己責任論で問題を解決するのではなく、本当にこの世界自身を素晴らしい世界にすることで世界の問題を解決しよう。
宇宙は木である。
なぜなら、宇宙は北欧神話で言うところの、世界樹ユグドラシルだからである。
ビッグバンは間違っている。ビッグバンが分かっているのは、宇宙の「内側」にすぎない。宇宙の「外側」を分かっていない。
宇宙の内側だけを見れば、宇宙は大爆発であるビッグバンの後に、インフレーション理論のような形で膨張したように見える。
だが、それは宇宙の内側しか見ていない。
外側を見た時、北欧神話がもっとも正しい。宇宙はひとつの木であり、聖樹ユグドラシルだからである。
わたしたちは、ユグドラシルの中で生きている、ユグドラシルの構成要素のひとつにすぎない。
星々はユグドラシルの幹や枝や葉や根である。そして、星々の中にあるわたしたちは、星を生かすための微生物である。
わたしたちは、世界樹ユグドラシルを生かすために存在する。地球だけではなく、シリウスであってもプレアデスであってもそれは変わらない。わたしたちの役目はユグドラシルを生かすこと、それだけだ。だから、ユグドラシルを枯らしてはならない。科学を信じるな。科学はユグドラシルを枯らすからである。