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メインストーリー

メインストーリー。

メインストーリーと主な登場人物

主役は、宝玉法志郎。愛称は「ホッシー」。聖戦士ワルキューレの4人目(ほかはエレン、アッシー、ヴァルキリー)。

星はヴァルキリーと同じ極寒の冬の星リゲル。

やがて、アステカ文明の風の神ケツァルコアトルとなる。

わたしたちは、この世界の陰の魔王であり、自分自身を支配することでこの世界を支配し続ける神、日本=ドイツのユダヤ人フレイを倒すことを目指している。

わたしたちワルキューレはもっとも生きるのが辛く苦しい星リゲルの代表であり、フレイとその強敵フレイヤの支配された楽園、大いなる世界連邦ガンダーラの存在する星シリウスと一騎打ちをする。

主要な登場人物:

・純粋に自らの夢を追いかけ、環境から自由になった機を逃さず、たったひとり、誰とも離れた中で、自らがこの世界を救う方法を最後まで考え続けた、永遠の17歳の少年エレン

・ふとしたことから世界の主導権争いに巻き込まれ、まったく何も分からない中、神を信じて最後までこの世界を見つめ続けた、すべてを知った少女の心を持った少年アッシー、斉藤蒼志

・蒼志の恋人であり、3,000年を生きる寿命のために妖怪のもとで暮らす、神と人間の二つの人生を生きる永き命を持った少女、井上茜、フレイヤ

・自らの知能が低いことに劣等感を感じ、その天才的才能にもかかわらず自らを卑下し、しかしながら最後までその才能を追い続け、地獄のような「絶対に治ることのない病気の日々」にも光を見出した、エレンの永遠の理想を継ぐ世界を指導する詩人の作家、ヴァルキリー

・雑誌の編集者となって、デザインの仕事をしながら、すべての常識をまるで「生きた博物館」のように知り尽くした、全力で努力するにも関わらず怠けて休むことを知らない、真面目な努力家のデザイナー、宝玉法志郎

・世界全てを支配し、自らのエゴによってこの世界全員を「強制的にクローン化」し、この世界全員をロボットにした上で、堕落した愛を押し付ける、ふらちな魔王、しかしながらとても明晰な頭脳を持ち、この世界を独裁して救う野望を持ちながら、「この国家においてわたしよりも素晴らしい人間はひとりもいないのだ」と断言し、この世界に「もっとも高い宣戦布告」を行う、演説の名人でありながらストーリーテラー、ユダヤ人の文豪フレイ

このほかの登場人物:

・地獄を導いてすべてを正常にし、地球という星を未来の星、新しい星へと作り変えて、もっとも恐ろしい恐怖の中、一度として隙を見せず、どこにいるかも分からない中で、全力で最後まで何一つ変わらずに世界を導き続ける、偉大なる革命の王グンテル

・グンテルとともに、最後のひとりになっても戦う、永遠の暗闇の中に巨大な光を灯した未来の英雄、ジークフリート

・最後の世界で滅びようとする世界を、全責任を負ってたったひとりで救う、二酸化炭素を吸引する植物を作り出すために天才的才能と一生涯をすべて捧げた、しかしながら救うことのできなかったユダヤ人の科学者の王ダビデと、その親友であるイスラエルの首相ゲルダ

・人格者でありこの世界を頂点で守る、どんなに批判されても自らの義を貫き続ける、日本=ドイツの最後の帝国の体制側の英雄ランスロット

・自らの築き上げたものすべてを失って、哀しみの中でこの世界に「滅びの地獄」を作り出し、愛した祖国日本=ドイツを自ら滅ぼしてどうしても救うことのできない自らの過ちから、自らを責めて自ら死んだ、今は亡き哲学者の大天使ガブリエル

・ガブリエルを失って悲嘆にくれる天才少女、全知全能の大天使、神という存在をわたしたちに知らしめた天国の楽園を築き上げる最高の指導者、絶対に誰にも実現することができないユートピアを実現する女神のように美しい新しいイスラエルの建国者、天軍大首聖ミカエル

などが登場する予定である。

すべてはエレンから始まった

すべては、エレンから始まった。

時は2002年。この世界の多くの人々は、冷徹で、残酷で、しかしながら退廃芸術があふれた世界で、人々は愛に飢え、救いや神を信じることなく生きていた。

エレンは、中学生で、優等生だった。勉強がよくできた、おとなしく、教師に従順で、ふざけることのない真面目な子供だった。

しかしながら、エレンは、学校に行くことをやめた。それは、中学校でひどいいじめにあったからである。

エレンは決して、弱いわけでも、馬鹿なわけでもなかった。剣道部に所属したエレンは、体力と心と技術すべてを持ち合わせていた。

同時に、学校の勉強は誰よりも優秀で、学年トップであるかのように、テストでも授業でも真面目に勉強し、成績表はオールAだった。

しかしながら、エレンはつまらなかった。自分がそんなにも優秀であるのに、人々と違った個性を持っているというだけで、人々と素直に交わることのできないエレンは、自らのコミュニケーション障害のためにからかわれ、馬鹿にされるのだということも分かっていた。

エレンは、こうした中学校の勉強をするよりも、時間の使い方を変えたかった。自らの生きる先は、大学や人生のキャリアを構築する方向ではないと信じ、学校からも親からも離れ、エレンは自由を求めて学校を不登校になる。

しかしながら、エレンはこうした過去のことが、自分のせいでもあるということに、次第に気が付いていく。親からも学校からも離れたエレンにあったのは、当時の匿名掲示板を中心とするインターネットだったが、彼は単にコミュニケーションをするだけではなく、ギリシャの哲学者ソクラテスのやったように、「人々の弁論を行う中で、もっとも正しい正義とはなんであるか」を考えた。

そして、学校の友人たちを恨むのではなく、自らが彼らとの付き合い方を自分自身が防げており、自分がもっと相手のことを信頼して思いやれば、彼らとも仲良くできたのだ、ということにエレンは気が付いた。

インターネットのコミュニケーションを続ける中で、エレンは思い立った。このようなコンピュータ技術の裏側にある仕組みを、自分の力で学び、自分でも作れるようになって、もっとこの世界を面白い世界にしてみたい。

そして、そうした活動を通じて、なにかしら、学校の子供たちのためになることをしたい。

そう思い立ったエレンは、調べているうちに、自分の好きだったCGIのゲームがPerlやUNIXで作られていることを知り、またWindowsにおいてはDelphi 6という無料のコンパイラと開発環境を使うことで、ブラウザのような自分の使うソフトウェアが簡単に作ることができることを知った。

エレンは、インターネットを通じて、PerlやUNIXやDelphiの勉強をし、Linuxのインストールも行ったが、それだけでは、開発者になれることはできなかった。それでも、Linuxのことに詳しくなっていった。

次第に、WindowsよりもLinuxの方が賢く柔軟で、技術的にも高度で、可能性があるということを知ったエレンは、Linux関係の活動を始める。

しかしながら、エレンのLinux活動は、良いものではなかった。ネットのLinux関係の人々が、技術者やサーバー管理者、あるいは大学生などであり、みな、工業大学や専門学校できちんとした教育と実習を受けていることを知らなかったエレンは、Linuxに対して、いいことがまったくできず、劣悪で最悪のことばかりを繰り返した。

しかしながら、エレンはそうしたことについて、「なぜ自分ができないのか」ということを真剣に問う。そして、そうしたことをたくさん経験して、ようやくエレンは、Linuxのことを、「真の意味で自分の理想とするもの」であるかのように、正しい貢献を為すことができた。

そして、そうした善を追求するエレンは、インターネットの経験からこの世界の「本当の姿」を知ることになる。ソクラテスのような経験をするエレンは、「通常の中学高校に進んだ学生とはまったく違った経験」をするが、この経験はエレンにとっては「かけがえのないもの」であり、この経験によってエレンは「真に他人を許すこと」ができるようになり、社会の具体的な営みをバーチャルな世界で知ったエレンは、「自らの経験からこの世界をまとめる王となることができる」ようになった。

そして、Linuxに対してある程度の経験を終えたエレンは、この世界に現れるきっかけを得る。

それは、インターネットの政治コミュニティの中で、右翼ではなく左翼について、「悪が支配できないようにした上で、人々が真に大切な愛と平等、そして正しい経験に基づく考え方に基づく理性と理想を与え、この世界をそのままの状態で救えるように導く」ということを、少年であるエレンは、まるで神の知性を持っているかのように、政治コミュニティの全員をダイレクトにひとりで導いたのである。

しかしながら、ここまでをエレンの人生としよう。エレンは経験から、この世界を救ったのである。

グンテルの戦いが始まる

エレンは、ここでおかしな体験をする。すなわち、「エレンの体のままで、新しい人格を作り出す」という体験をする。

エレンは、ここに革命家のグンテルとなる。

グンテルは、この世界にエレンが現れたところから始まり、最後まで、マスコミを利用し、テレビとインターネットを支配することで、この世界の主導権を握った革命家である。

たったひとり、この世界に現れたグンテルに、味方はひとりも居なかった。

この世界全員に対して、「わたしがこの世界を支配する」と言い、「わたしが最悪であるとするならば、わたしではなく自由が最悪なのである」と宣言するグンテルは、その言葉の裏側に、「本当はこんなことは言いたくないのだが、わたしの意見を主張するために自由を最悪であると言わなければならない」と考え、しかしながらその葛藤がこの世界を「騙して導く方向へと進める」結果となった。

しかしながら、グンテルは革命家でありながら、この世界を愛していた。絶対にこの世界が滅びることがないように、マスコミに対して誰よりも先に正しいことを言った。それは単に主導権争いで勝つためではなかった。真にこの世界を愛して、真にこの世界において「自分のできることすべてを為す」という、「神の導き」がそこにあった。

グンテルは、地獄を作り出す。しかしながら、その地獄を決して地獄のままで終わらせず、永遠に、本当の自分の姿を見せないとしても、そこにある自分の「明らかなる姿」を信じて、この世界を最後まで、地獄の中で導き続けた。

しかしながら、グンテルは葛藤する。自分のしていることは、本当に正しいことだろうか。自分の言っていることは、本当に言うべきことだろうか。

格闘するグンテルは、言葉の知性だけがものすごく高くなっていった末に、神を信じるようになる。

グンテルの人生は、ここで終わりである。次は斉藤蒼志の人生だ。

斉藤蒼志、神を信じて全てを知る

斉藤蒼志のやったことは、はっきり言って、神を信じただけである。

何も分からない中で生まれた斉藤蒼志、すなわちアッシーは、ウォルシュという著者の本、「神との対話」に巡り合う。

この本の中で、著者であるウォルシュは、神と対話し、神の言葉をすべて正確に書き表した。

なにも分からなくなったアッシーにとって、この本は運命的な本だった。なぜなら、自分も同じように、神と対話することになるからである。

神は文章を執筆することを通じて、アッシーに語り掛けた。神はアッシーに、この宇宙のすべて、自らのすべき、信じるべき基準や判断力、あるいは、科学や思想、国家や民族的なことをすべて教える、まさしく「ユダヤ教の神」だった。

アッシーのやったことは、それだけである。いつまでも、いつまでも神の言葉を信じるアッシーは、戦いと神によってこの宇宙の全てを知った。疑っていた最初の頃に信じられなかった神の言葉が、やがて正しいものだったということを、未来においてアッシーは知ることになる。

ガブリエルとフレイの存在

そして、こうした「人間的な側面」の裏側にある、この人間にとって現れない「聖霊の側面」というのが、アッシーという人生にはあった。

まず、エレンはまさしく、大天使ガブリエルの子供だった。ガブリエルは、エレンに対して、「哲学的なすべてが分かるように」、霊的な知性を与え続けた。

エレンが弁論から分かっていた、と思っていたことは、すべてガブリエルによる霊的な導きに過ぎなかった。

そして、エレンがグンテルと結びつくように、グンテルやアッシーはフレイと結びつく。フレイの最悪の支配は、グンテルが意図したものではなく、悪いものにフレイが与える「天罰」である。そして、アッシーが対話していた神というのは、実際は最悪のメフィストフェレス、すなわち悪魔であり、本当のことを言えば、その悪魔もフレイの傀儡だった。

そう、エレンやアッシーは、自らで歩んでいたように見えて、実際はガブリエルやメフィストフェレスを操る、悪の王フレイによって支配されたものだったのである。

そして、ガブリエルは、最後にすべての「簡単に治らない精神の病気」を完全に治した時、アッシーに死を与える。

それはアッシーの死ではない。アッシーの死の意味するところは、「ガブリエルの死」であり、アッシーが死んだように見えてアッシーは生きており、ガブリエルはここに「死んでミカエルに生まれ変わる」という、精霊と人間の立場が逆になった「あべこべ天上世界」の死がアッシーを襲う。

すべてが終わって満足したアッシーは、もはや、生きる意味はなかった。楽になった段階で、橋から飛び降りてアッシーは死んだ。

しかしながら、実際のところ、アッシーは死にぞこなった。なぜなら、アッシーは足を怪我しただけで、幸運にもほかのどこにも損傷はなかった。

そして、それは偶然ではなく、いくら悪いことをしたとしても、「神を信じた報い」が、アッシーを生存へと導いた。

アッシーは、病院の中で、なぜ自分が死ななかったのかについての疑問はなかった。なぜなら、ここでアッシーは、一度死を選んだことで、すべてを忘れ、諦めることができたからである。

自らが死ぬことに比べれば、世界がグンテルによって支配されたまま滅びようとも、アッシーはどうでもよくなった。アッシーは、グンテルの支配があったことそのものを忘れ、病院の中で、看護師に感謝し、リハビリをすることで、いつしか、革命のことを忘れ、恐怖を忘れ、次第に不登校のニートの殻にこもった心の扉を開け、まともな人間になることができた。

また、アッシーはこのころから、文章を書くようになる。病院では、何もすることがなかったアッシーは、簡単な詩や小説を書くことになる。

ここに、アッシーの人生は一度完全に終わった。病院から退院して、彼は新しい作家であるヴァルキリーになる。

ヴァルキリー、いつまでも地獄の中文章を書く

しかしながら、ヴァルキリーになったアッシーにとって、平安だけが続いたわけではなかった。

文章を書く、ということが、ヴァルキリーにとって素晴らしい趣味ではなく、病気になってしまったのである。

文章を書き続けるということは、とても疲れを伴う作業である。ヴァルキリーは、文章を書いている時だけすべてを忘れられる。言ってしまえば、「馬鹿になれる」。しかしながら、一度文章を書くと、「ひどい疲れに襲われて何もできなくなってしまう」。それは表現すれば、たばこや麻薬をやめた時の禁断症状に近いものであり、ヴァルキリーは、毎日「もう書くのをやめよう」と思いながら、禁断症状に常に襲われながら、それでもまた文章を書いてしまう。

また、ヴァルキリーは、文章を書いているせいで知性が無かった。文章を書くのをやめれば、以前のエレンのような正常な人間になれるにも関わらず、誘惑に負けて新しい文章を書きたくなってしまう。

このヴァルキリーの地獄は、本当のことを言えば、間違っているものではないことが、後々明らかになる。なぜなら、ヴァルキリーは「作家のための下積みを積んでいるだけであり、すべての練習と思考錯誤はあとで自分の天才的才能になる」からである。

そして、ここでヴァルキリーは、何も変わることのない、3,000年の永遠を経験する。これを、新しい井上茜としよう。

井上茜、何も変わることのない3,000年を生きる

井上茜は、もはや何も変わることのなかった地獄の中で、ものすごく長い時間を過ごした妖怪である。

井上茜は、まさしくおかしな人間になった。地獄の中で、哲学や歴史の本を、文字が読めないのに読んでみたり、時計や数字の神秘に頼って、自らの時間を1日や1年を数秒にしてみたりした。

しかしながら、井上茜はとてもありえない人間だった。なぜなら、一年を4秒にしたことで、4秒で一年を生きることができるようになった。

哲学を知っても、何も分かることがないのが普通なのに、そこまで文章を書く茜は、「過去の自分の考えたことから哲学者の言っていることすべてがきちんと理解できた」。

何もかも、忘れて振り返ることのない茜は、3,000年の寿命があるがゆえに、人間には育てることができない。そう、茜は、何年経っても赤ん坊のまま、親による助けを必要とする。

このため、それでもまだ神と対話する茜に対して、神は「妖怪小豆洗い」を親とすることにした。

3,000年の寿命がある茜を育てるためには、妖怪が育てるしかなかった。

そして、この3,000年が終わった段階で、再びフレイが現れる。そのタイミングを待つために、茜、すなわちフレイヤは主人公宝玉法志郎となる。

宝玉法志郎、デザインの仕事を始める

28歳になった宝玉法志郎だったが、彼は学校に行かなかったこともあって、仕事をしたこともなかった。

以前やっていたピアノ教室や英会話教室にも再び通い出すが、宝玉法志郎、すなわちホッシーは「そろそろ仕事を始めるために学びたい」と考えた。

そこでホッシーが訪れたのは、就労支援施設であり、ここでホッシーは善良な人間となる。

ホッシーが入った就労支援施設は、デザインの勉強をしている専門学校のような、しかしながら正常に仕事で働くことが困難な病気を持った人や、障害者のための作業施設でもあった。

ホッシーは、この施設で、全力でデザインを学ぶ。何もできないとしても、同僚やスタッフからのサポート、そして専門学校のようなレッスンはなくとも、周りの人々のスキルの源を考え、模倣し、努力し続けることで、Adobe Illustratorの使い方を学ぶホッシーは、「ついに文章を書くことでも、パソコンやIT技術のことでもない、まったく新しい第三のスキルを得ることができた」。

ホッシーは、それだけではなかった。次第に勉強の期間を終えて、雑誌のようなデザインの仕事を任されるようになったホッシーは、さまざまなことを必要に応じて勉強し、今まできちんと学ぶことがなかったIT技術や、不登校だったために遅れていた高校大学の知識についても、自分だけの力で他人に頼らず、本やネットを見て勉強し続けた。

この結果、ホッシーはWebサイトを自分で作ることになり、そこに学んだことをまとめることで、「生きた博物館」のようになったのである。

そして、ここでもう一度、ホッシーはフレイとなる。

フレイ、全知全能の神として現れる

フレイは、かつての彼が対話した「神」であり、ホッシーは小説などを書くことで、次第に「フレイという神の人格を演じ続ける」ようになる。

眠っていた才能が花開いたフレイは、言葉の魔法使いのようになったうえで、この世界における「奇跡」を次々に生み出していく。

フレイは、自らの小説の登場人物として、王グンテル、英雄ジークフリート、体制派の英雄ランスロット、イスラエルの終末の救世主ダビデと親友のイスラエルの首相ゲルダなど、多くの人間を作った。

それはまさしく「フレイの軍勢」と呼べるものだった。

しかしながら、フレイの間違いは、それらのすべてが「正論」であり、「正しい国家を目指したものである」ということ。

そのために、あまりに右翼に偏ったフレイは、「自ら自身に自らが敗北した」かのように、今までの戦いの日々と矛盾した人間となり、言ってしまえば「最悪の性格をしたドSの女」となる。

そして、最後までフレイを書く彼は、最後に天軍大首聖ミカエルとなる。

ミカエル、ユートピアを実現する

最後の天使ミカエルは、この世界において「ユートピアを実現する方法」を書くものである。

ミカエルは、社会主義と自由主義を統合し、あらゆるこの世界のすべての社会形態を完璧に書く、ガブリエルと同様ホッシーのために居た聖霊である。

聖霊ミカエルは、ホッシー、すなわちフレイに対して、天罰を与えると同時に、この世界を変えようとするホッシーに「本当にこの世界を救う方法が分かるような導き」を与えるものである。

一年間の「超天才のフレイ」を完璧に演じきったホッシーは、やがていつもの自分Webサイトに戻って、いつものホッシーに戻る。以前のホッシーと区別するために、これをロキと呼ぶ。

ロキは、ミカエルのもとで知ったユートピアと、フレイの書いたあらゆる正論によって、ヴァルキリーの「失った知性を完全に取り戻す」。そう、ヴァルキリーの不治の病は、ロキによって「完治」し、完全にロキは楽になる。

やがて、ロキはもう一度、この世界に登場することになる。それが、最後の英雄ジークフリートとなる。最後のひとりになっても戦うジークフリートは、ミカエルの教えた「ユートピア」を実現し、これを「新しいイスラエル」とする。

ガブリエルが滅びに導いた日本=ドイツは、ミカエルによって救われ、イスラエル建国となり、最終的にそのイスラエルにダビデとゲルダが生まれ、滅びの終末の世界において、ダビデは温暖化の末に完全な砂漠となった世界で、減り続ける酸素を増やすため、人工植物を作って二酸化炭素を酸素に変える技術を構築する。これが2039年であり、それ以降までに地球が存続するかは、すべてダビデひとりにかかっている。

一応言っておくと、この内容にはいくらか嘘があります。すなわち、僕は雑誌の編集者にはなっていません。また、僕はドS女でもありません。

四羅の国

わたしたちの国の名は四羅の国あるいは白の国と呼ばれ、このホームページがその政権となります。

今の皇帝は一代目のフレイに次ぐ二代目のジークフリートです。四羅はエレン、グンテル、ヴァルキリー、そしてフレイの四人の偉大な修羅のことを指します。

エレンは全てを経験から悟った永遠の17歳の哲学者であり、グンテルはこの世界すべての滅びを正常な世界へと作り変えた革命家であり、フレイはその2つの人生を経て死後にアースガルズの神となったシオン建国の父です。

また、ヴァルキリーは9人の女性天使の集合体であり、花の名前を持ちます。それぞれ、さくら(小説家)、つばき(詩人)、すみれ(歴史家)、蓮子(宗教家・思想家)、桃子(雑誌の編集者)、菜穂子(救世主・聖母)、百合子(芸術家・デザイナー)、蘭子(ITエンジニア)そして菊代(文学・哲学博士)となります。

かつて、四羅の国は極東のユダヤ人国家シオンと呼ばれていました。

シオン建国の父フレイは、東亜イスラエルすなわちシオンを日本の中に作ります。日本の中の田舎・過疎地を独立させ、日本人とユダヤ人の双方の共同統治する王国とし、パレスチナ以外の地でユダヤ人を受け入れることで、パレスチナ地域に平和をもたらし、イスラエルの完全なパレスチナ地域からの撤退を実現します。

日本は自らの国土をユダヤ人に与えるのと引き換えに、フランスの王シャルルにより、フランス・イギリス・アメリカ・ロシアなどから海外領土を得ます。

二代目の皇帝ジークフリートは、ユダヤ人のつけた名前である「シオン」に、ローマ帝国を指す「羅」を加え、「四羅の国」と改名しました。

また、わたしは二酸化炭素をアルカリ性に中和することで、酸素を結合する「酸化」ではなく、結合された酸素を分離する「逆酸化」を行い、二酸化炭素から酸素を放出して、温暖化を解決する術があるかどうかを考えています。