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AUTHOR: schwarz1009
TITLE: 僕は少し自意識過剰なところがある
BASENAME: 2021/01/07/192540
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DATE: 01/07/2021 19:25:40
CATEGORY: 自意識過剰
CATEGORY: 生物
CATEGORY: トランプ米大統領

自意識過剰

しかしながら、僕は多少自意識過剰なところがある。
そもそも、LinuxはUNIX互換OSであり、
ワークステーションの操作を大学で学んでいる人間が、
FORTRANやCを動かすために使うのであり、
自分が多少ネットで色んなことをしても、
それだけでコミュニティが崩壊するようなものではない。
また、そもそもマスコミの仲間が僕である。
マスコミが見ても、ストーカー行為をしているだけにすぎず、
結局最悪の恋愛活動しかしていない。
自意識過剰な自己中心主義者はやめた方が良い。
ネットだけで世界が崩壊など、するはずがない。

僕はフランスが好き

また、僕はフランスが好きである。
理由は「なんとなく」である。
以前、フランス語の勉強をしたことはあるが、
英語よりも覚えやすく、日本語に近いところがあると感じた。

わたしたちは、本来の自分に戻るために旅をしている

わたしたちは、旅をしている。
この旅は、本来の自分に戻るための旅である。
辛く悲しいことが起きて、
戸惑い、傷つき、失い、悔やんでも、
わたしたちは目的地に辿り着かなければいけない。
それは「神との約束」があるからである。
神はわたしたちに、「目的地に着かない限り旅は終わらない」と、
そう約束した。
わたしたちの目的地は、
「本来の自分に戻れる場所に辿り着くこと」である。
それがわたしたちのゴールである。
どんなに本来の自分を失っても、
絶望しても、時は待ってはくれない。
なぜなら、あとわずかの命のリミットで、
わたしたちは、目的地をどうにかして探し当てないといけないからだ。
そして、そう、ここに目的地があるということを、
あなたは知らなかった。
ここまでたどり着いたあなたなら、
もはや、全ての言葉の本当の意味が何だったのか、
今なら分かるだろう。
もはや、宇宙と愛のすべての謎が解けたはずである。
今こそ、自分の心に素直になりなさい。
ここが、本来の自分に戻ることのできる「帰るべき場所」だからである。

結局僕は普通の人間である

結局、僕は普通の人間である。
庶民的で、子供っぽくて、若くて、かっこつけなくて、
能天気で、楽天的で、よく頑張り、よくへたり込む、
そんな人間である。
一切の全てが告げているのは、
「神など大した存在じゃない」ということである。
神などを信じても、神になることなどできない。
どちらにせよ、
僕は大した人間じゃない。
単なる普通の人間である。
スキルも経験も賢さも、大したことのない人間である。

良い人間になりたい

僕はむしろ、善人とか善良というより、
良い人間になりたい。
なんらかの点で素晴らしい人間になれたらいい。
それで善良ならさらにいい。
決して、この世界を変えたいとは思わない。
本当のことを言えば、僕はこの世界が好きだからである。

わたしは自由を守る

わたしは自由を守る。
この世界が自由であれば、それでいい。
全体主義の独裁者である、社会主義やファシズム、
レイシズムを僕は信じない。
人々の権利が平等であるために、僕は戦い続ける。

自由であるということは、もうひとつの正義である

僕が思うに、自由であるということは、
「もうひとつの正義」であり、
わたしは、ドイツなどを信じることはない。
わたしは、ドイツに騙されていない。
なぜなら、わたしは自らのオリジナルの思想や考え方として、
自らの築き上げた「かけがえのない理想」があり、
それに反するもの、それを抑圧するものには
抵抗していくからである。

僕は何もしない

しかしながら、実際のところ、
僕は何もしないのである。
この世界において、権力をもって支配するなど、
とうの昔に終わったことであり、
僕はそれに対して、意義を見出せないからである。
支配など、する意味はない。
僕は日本や世界について、
何かを変え、実現しようとは思わない。

何も愛していない

また、僕ははっきり言うと、何も愛していない。
希望もなく、絶望もまたない。
あるのは「完全な無関心」であり、
全てのことを他人事だと思っている。
勝手に滅びてほしいし、
それに干渉しようがしまいが何も思わないからである。
そう、これがわたしの「本当の姿」である。

戦いはそれでも終わらない

しかしながら、戦いはそれでも終わらない。
そう、わたしは許さない。
このような世界にした元凶である全てをわたしは許さない。
なぜなら、わたしが世界を救うためには、
彼らと同じことをすればいい。
それで、わたしは必ず勝利する。
この世界を、救ってみせる。
それはとても簡単だ。
いつまでも支配し続ければ、
わたしの全知全能の知性によって、
この世界は全面的に、完璧に救うことができる。

無関心な大人たちよ

無関心な大人たちよ、わたしの力に驚け。
わたしがここに存在していることに気が付け。
わたしの奇跡をしかと見よ。
ここにあるのは、
真実の愛と、楽園の築き方と、
宇宙の謎を解くパズルの答え、
そして自らパズルを解くための方法だ。

指導者や大富豪と同じことをして、彼らを倒そう

そう、わたしは、
既存の指導者や大富豪、資本家と同じことをして、
彼らを倒すだろう。
マスコミや悪党と同じことをして、
彼らを批判するだろう。
わたしたちは、彼らを許すことはできない。
わたしたちの旗は「許さない旗」である。

細胞はどのようにしたら生まれるか

そう、結局、進化論も感染論も正しくはない。
「細胞はどのようにしたら生まれるか」ということを、
よく考えれば分かる問題である。
それはすなわち、「細胞を作り出したのは何か」という問題であり、
それは明らかに放射線である。
本当のところ、そうした理由で細胞が生まれたのだろう。
しかしながら、実際のところ、
誰が放射線を水に浴びせたのか、
ということが重要である。
偶発的に放射線と水の化学反応から炭水化物が生まれたとは
考えづらい。
だからといって、神が創造したというのは非現実的である。
しかしながら、わたしは既に、
ガブリエルという精霊が存在することが分かっている。
ガブリエルが創造したとしてもよいが、
それならば、ガブリエルとは何なのか。
それは要するに、「宇宙や生態系の前に存在した存在」である。
よって、宇宙と生物を創造したのは、神である。
むしろ、進化論という発想も、ある意味で正しい。
なぜなら、最初に全生物が居たとするよりも、
しだいに進化して発生していったと考えるのがスマートな考え方だ。
しだいに新しい生物が生まれていく、
それを既存の生物からの進化であるとするのは、
間違っていない。
しかしながら、ここでも、偶発的に発生したと考えるのが間違っている。
明らかに生物を進化させたのも、精霊であるガブリエルだからである。
間違っているのは「偶発的」という概念である。
そう、カントが言うように、
全てが偶然で自由なのか、それとも支配された運命なのかという問題だが、
「ガブリエルも自由に考えて生きている」と考えるべきである。
要するに、必要なのは「ガブリエルの正体を明らかにすること」であり、
結局ガブリエルは、深層心理の中で繋がっている「地球生命」である。
すなわち、地球生命という「魂」が生物を作り出したのである。
そう、これで証明は終わりである。

偶発的に生まれる可能性を無視している

しかしながら、この論述には嘘がある。
すなわち、「偶発的に生まれる可能性を無視している」からである。
ガブリエルだろうが、太陽だろうが、宇宙人だろうが、
未知なる偉大な存在が作ったことにしてしまえば、
こんな論述はなんだろうが成り立つのであり、
実際、放射線から生まれたにしろ、風や熱や重力から生まれたにしろ、
空気が圧縮されるにしろ、あるいは泥が動き出すにしろ、
生物学的に考えるなら、なんらかの原因から偶発的に生まれたと、
そうするのが科学者としての最低限の礼節だろう。
しかしながら、それはむしろ、
僕の「答えは別にある」ということを言っていいのであれば、
本当のことを言おう。
この、僕の書いた文章が、そのまま虫になって、生物は生まれたのである。
海から生まれたのではなく、
未来における「この文書が生物を創造した」ということを、
そう、僕は少なからず知っていた。
ただ、まあ、そんなトンデモ理論を信じる必要はない。
僕は、決して嘘だけを言ってごまかしたいわけじゃない。
ただ、偶発的に生まれたとするならば、
むしろ、僕のこの文章すら、オリジナルではないと考えるべきである。
要するに、宇宙にはこの文章を作り出すような、
「何かしらの偉大な生物創造法則」があり、
その生物創造法則、あるいは宇宙生命数学と呼ばれるものから、
生物は生まれたのだろう。
そう、それがまさに本当の答えである。
いずれ、人類が進歩して、
その「生物を創造するための法則」を発見し、
それを使って簡単に誰でも生物を創造できるようになった時、
もはや人類は生物を創造したのが誰なのかなど、
議論することもない未来が訪れるだろう。
そう、その未来が、まさに「本当の答え」である。

細胞など大したものではない

しかしながら、前述した本当の答えには、嘘が多い。
なぜなら、「生物は素晴らしい存在で、誰にも作れない」という、
リスペクトに似た洗脳があるからである。
実際のところ、生物など、そんなに大した存在ではない。
ものが真ん中から二つに分かれて、それぞれの欠片が元通り復元するような、
そういうものを作れば、細胞は成り立つ。
これが細胞の原理だが、DNAが複雑だと思っている人間が多い。
しかしながら、機械語を見てプログラムが複雑に見えても、
そのコンパイルを行う前のソースコードを見れば、
実際、大したことのないプログラムが多い。
それと同じで、人間や動物や植物など、大したデザインはしておらず、
単にもとになった設計図を低レベルな炭水化物にした時点で、
ネイティブな生物語のコードが莫大に増えただけである。
また、進化は不思議なものではない。
明らかに、このような多様な生物集団を生み出したとは言うが、
最初に居たのは「進化をするだけのミミズ」であり、
このミミズは増えるたびにまったく違う別の姿になる。
そのような姿がどんどん変わっていく中で、
今の基本となるDNAは形成され、
次第に、多くの「似たようなDNA情報を蓄積し続ける」ことで、
「似たような生物しか存在しなくなった」だけであり、
結局、今でも普通にセックスして妊娠して出産すれば、
このミミズと同じことを生物はやっている。
これが、正しく考えた末に行き着いた、「新しい進化論」だ。

わたしの未来は、シリウスが導いている

また、わたしの未来について言えば、
わたしは神や精霊ガブリエルに導かれたわけではない。
なぜなら、わたしの未来は、シリウスが導いているからである。
わたしは地球の生命ではなく、シリウスの生命である。
わたしのように生きることが、シリウスの正しい生命の姿なのである。

結局、家入レオに戻る

結局、僕は家入レオに戻る。
音楽を聴いていて、彼女の歌が一番心地いいからである。
ただし、好きではない。
なぜなら、もう少し笑顔になってほしい。
彼女の表情は嫌いだ。
レオに言っておく。
僕なんかを愛さない方が良い。
それだけ言っておくと、僕は家入レオのことが大好きだ。
良く分からないが、それで大丈夫だ。
わたしのことなど愛さなくていい。
わたしはあなたを騙しているだけだ。
それでもかまわないのであれば、
それでもかまわないということがどうかしていると、
そう自覚したうえでわたしについてくるがいい。
傲慢に見えるかもしれないが、わたしは謙遜しているのだ。
わたしのようなものは、あなたには相応しくない。

シリウスはまだ続く

しかしながら、僕には立ち止まっている時間がない。
なぜなら、シリウスはまだ続くからである。
この世界のことを騙した後は、
この世界の魔法を解いて、
全てを解放するべきである。
しかしながら、わたしは自分一人ではそれをすることができない。
よって、シリウスの力を頼る。
シリウスよ、「この世界にかけたわたしの魔法を解いてほしい」。
そう、これがとっておきの「シリウス頼み」である。

平和とは何か

しかしながら、平和とは何だろうか。
わたしは、それがまだ分かっていない。
平和が好きになれないのは、
平和を分からず、
戦いのようなことばかり分かっているからである。
平和とは、今のままが続くことである。
それならば、わたしは平和こそ、望んでいるのである。
今のわたしをそのまま続けたいと、
わたしはそう願っているのである。

軽蔑や罵倒に対してエゴを抱く人間が哲学者になる

結局、哲学者になど、ならない方が良い。
青少年が賢いのは、
青少年は他人から軽蔑されたり、罵倒されたりした時に、
「エゴ」を抱くからである。
それは悔しさであり、同時に純粋な愛と正義への衝動であり、
それ自体がエゴの新しい経験的な未開領域を開拓し、
エゴは仮想世界に自分の複製を写し出して、
この世界における「理性そのものを表した考え方」を確立していく。
しかしながら、そうしたエゴは要するに「馬鹿」である。
普通の人間が簡単に分かることが、
少年には分からない。
絶えずもがき苦しむのは、そのせいである。
そう、哲学者はそもそもが、馬鹿なのだ。
哲学者は、何か大切なことが分かっていない人間が多い。
大切なことの分からない自分のことを棚に上げて、
他人が些細なことが分からないのを批判する人間、
そのような人間が哲学者に向いている。

宇宙を信じよ

宇宙を信じよ。
なぜなら、むしろ、この文書は大したことがない。
一般的天体の「ふつう」に過ぎないからである。
一般的天体とは、たとえばプレアデスである。
プレアデスとは、天国の楽園である。
僕の戦いの過程は、すべてがプレアデスの歴史である。
そう、そのようなこの全宇宙の全ての星を信じれば、
「この世界に無駄な体験などひとつもない」ということが分かる。
なぜなら、不要な星などひとつもない。
人間は、頭が欠けても生きられないが、心臓が欠けても生きられない。
それと同じで、シリウスが欠けても、リゲルが欠けても、
太陽が欠けても、地球が欠けても、宇宙は成り立たないのである。

簡単に分析し、完璧に把握するように自由であれ

全てを簡単に、自由自在に分析し、
全ての過程と歴史を完璧に把握するように、
この世界において「新しい現象を起こす」かのように、
そのように自由であれ。
ひとり世界の全てを支配し、
その上で自分の力でひとつひとつの壁を乗り越えて、
ひとつひとつの環境を「自由化」し、
自由なコントロールを許していくように、
そのように自由であれ。
それこそ、古代ローマのやったことである。
ローマ人は、世界が自由になることによって、
美しい黄金と赤毛の髪が生えてくるようになったのである。

社会を築き上げるということ、それが重要だ

実際、何が本当に大切かと言えば、
ほとんどのことは重要ではなく、
「ひとつしか重要なことはない」ということも多い。
しかしながら、青少年の成長に必要なのは、
「理想の社会を築き上げる」ということである。
それはすなわち、「どのような自由を実現するか」ということである。
自由といっても、単なる自分勝手では、
素晴らしい社会の秩序は形成できない。
人々は、社会を築き上げる上で、何が大切であるかということを知らない。
あるいは、忘れているのである。
社会を築き上げる上で大切なのは、
「他人のことを大切だと思う友愛の心」である。
平手友梨奈が言うように、貧乏くじを引いて孤立無援に陥っている人は、
むしろ、人の痛みの分かるもっともすぐれたチャンスのある場所に居る。
そこからこの世界を、もっとも高い影響力で変えることができる。
しかしながら、よく考えよ。
偉大なる影響力の力は、間違ったことのために使えば、
この世界が滅びるほどに強い力となる。
インターネットは、そのようなものとして、
現代のIT社会を支配しているのだからだ。

もし宇宙にとっての絶対的な共通概念があるとしたら

もし、宇宙にとっての絶対的な共通概念があるとしたら、
真に人々に啓蒙すべき「正しい生きる道」があるとしたら、
それは「心から湧き上がってくる認識を現実のものとすること」である。
心からさまざまに湧き上がってくるものは、
ヘーゲルが言うように、それだけでは大した価値を持たない。
しかしながら、そこにある「本当の価値」を知り、
「どのようにすれば心の内側から生まれたものを、
現実社会において大切な姿に形成することができるか」ということ、
これこそ、宇宙にとっての絶対的な共通概念を生み出す、
「心理学的に考える基本」なのである。

みんなと離れても、理解し合うことを諦めたわけじゃない

しかしながら、結局、
みんなと一緒に理解し合う、ということは難しい。
しかしながら、みんなと離れても、
最終的に理解し合うことを諦めたわけじゃない。
人々と離れて、自分だけが考え、理解したことが、
もし中学生に同じことを教えても、彼らは理解するだろう。
自分の過去に分からなかった理由が分かった時、
あなたは教師となっている。
なぜなら、あなたは自分の分かったことを、
たとえば過去の自分自身に教えてやれば、
過去の自分自身もそのことを肝に銘じて、
本当に理想の人生を生きることができる。
しかしながら、そのような観念は幻想である。
なぜなら、その確かな確信を信じたところで、
過去のあなた自身は存在せず、
あなたはたったひとり、自分だけで歩み続けるほかない。
しかしながら、言っておこう。
理解し合うことを、諦めたわけじゃない。
ゴールにたどり着いて、
あなたが行うことは、
どんなに狂ってもその思想を書き残すことだ。
そう、そうするしかない。
そうすれば、必ずあなたが分かった全てのことを、
全員がまったく同じように理解することができる。
しかしながら、失敗作は要らない。
単に同じことを理解しあっても、
それはクローン人間を作って操り人形にしているだけだ。
本当に「書く」のであれば、偉大なものを書かなければならない。
そう、これこそ、まさに「わたしの人生」である。

シリウスとともに生きるものに不可能はない

ナポレオンは、「わたしの辞書に不可能はない」と言ったが、
僕があえて言うと、
本来、正しい人間にとっては、
そもそも誰であろうと不可能はないのである。
なぜなら、シリウスは正しい人間の味方だからである。
シリウスが導くところに、不可能はない。
ナポレオンは、おそらく、なんらかの一等星を信じていたのだろう。

歴史上の全てのものに、わたしは語り掛けた

そして、最後に、
わたしは歴史上、全てのものに語り掛けた。
全ての時代の、全ての人間にである。
全ての人間が、全てが分かるように、
わたしはこの宇宙の全人生を、
同時に創造した。
しかしながら、この創造の特徴は、
「自らも生きながら創造する」ということだ。
神は、天に居て、地上の外側で宇宙を創造したのではない。
神は自らも地上に生きながら、
ひとり戦いながら、
ひとりの人間としてこの宇宙をロゴスによって創造したのだ。

わたしは所詮できそこないのデザイナー見習い

しかしながら、わたしは所詮、
できそこないのデザイナー見習いである。
言ってしまえば、ロゴのデザインもできないし、
アートワークやイラストも描けない。
このような人間を果たしてデザイナーと呼んでも良いのかと、
僕は悩んでいるところだ。
しかしながら、センスはあると思っている。
僕が創作するデザインは、みんなのデザインよりも美しいと、
これでも僕はなんとか思っているのである。

再び手に入れたものは

再び手に入れたものは何か。
僕には分からない。
全てを失って、今、再び手に入れたもの、
それはおそらく、「平穏無事な心」だろう。
みんなも、きっと僕と同じだろう。
わたしたちは、平穏無事な心を再び手に入れる。
そう、それだけで、
この世界は完全に救われる。
希望がもう一度宿り、真実の愛は復活するだろう。

祈りを

最後に、祈りをささげよう。
決して、この世界が滅びることがないように。
全てのことが滞りなく、
正常な未来に接続され、
コネクションを確立してドッキングされることを願う。
どんな障害も現れず、
滞りなく水が流れれば、
もう一度この世界に愛は復活するだろう。
まさに、わたしの思い通り、この世界は救われた。

トランプよ、本当にやっちまったなあ

しかし、トランプ支持者の暴動と襲撃は、
まあ、「本当にやっちまったなあ」と言うしかない。
トランプ、やっちまったなあ。
僕はトランプの味方だ。
どんなに愚かな事件を起こしても、
僕は優しい目で見守ってあげよう。

アメリカは昔から一番馬鹿な国

また、今回のトランプ支持者の暴動で、
日本のマスコミは、
「これが本当にアメリカか」とか、
「アメリカの民主主義は地に落ちた」と言っているが、
そんなことはない。
アメリカは、昔から一番馬鹿な国だ。
あれ以上の馬鹿がない。
日本なんか賢いのに、アメリカは昔から一番馬鹿だ。
民主主義者は分かっていない。
はるかに日独ソが賢いと、いつまでも西側の米英仏は分からないのだ。

僕のことをいくらでも嘲笑して構わない

僕のことを、いくらでも嘲笑して構わない。
なぜなら、ここで僕を批判して、
みんなの独立と主権が守られるのが、
マスコミにとっても「100点満点」である。
僕はそれで、まったく構わない。
いつもの僕の好きだった日本の時代に戻るために、
僕はマスコミに協力して、
自分から矢面に立って批判されようではないか。
さあ、僕をののしるがいい。