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AUTHOR: schwarz1009
TITLE: ピアノをすらすら弾く2つの力
BASENAME: 2020/11/11/175815
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DATE: 11/11/2020 17:58:15
CATEGORY: ピアノ
CATEGORY: デザイン
CATEGORY: 科学
CATEGORY: おすすめ

ピアノを弾くために必要な2つの力

今日は、ピアノに行ってきた。
ピアノを弾くために必要な力というのは、
僕は2つあると思う。
1.五線譜を読む力。
五線譜に書かれている音符をすぐに判別する。
2.鍵盤を把握する力。
今、5の指でドを弾いていたとしたら、
ラの音はどれくらいの指の距離にあるかを把握する。
たとえば、Cのコードはドミソを弾くことが多いが、
5の指でドを弾いていた場合、
ミやソは空間的な指の把握で、鍵盤を見なくても弾けるようにし、
ラや1オクターブ上のドも鍵盤を見なくても弾けるようにする。
この二つの力があれば、ピアノはすらすらと弾ける。
これはギターなど他の楽器でも同じで、
五線譜あるいはコードが読めて、
フラットの位置がどれくらいの指の距離にあるか、
見ないでも弾けるようになればギターは弾ける。
そして、僕の個人の問題としては、
まず、指の用意と構え方がおかしい。
もっと縦に優しく指を構えるようにして
音符を先読みし、指を準備して弾くようにしないといけない。
また、和音を読む時とメロディを読む時の
「統合的な読み方」ができていない。

デザインでは写真補正のコツが分かった

今日は、デザインでは写真補正のコツが分かった。
といっても、今まで分かったことの延長線上であり、
基本はトーンカーブ→彩度を上げる→カラーバランスで色を整える。
これに加えて、彩度を上げてレッドが増えた時は明度を上げてレッドを飛ばし、
最後にレベル補正で最終的な明るさの仕上げをする。
もちろん白トビや黒ツブレに気を付けながら、
必要なところはクイック選択やヒストリーブラシで、
それぞれ別に補正を行う。
他にも、シャドウ・ハイライトを使うことや、HDRトーンを使うこともある。
今日は数十枚写真補正をして、少し疲れた。

三倍速ではなく一倍速で生きる

僕がここまで馬鹿なのは、
三倍速で人生を生きているからである。
三倍速で生きているから、頭が疲れ、
何も分からないのに賢いことが分かる。
また、その三倍速で生きた人生を、
神による知性によって「一瞬で分かる」ような心を持っている。
しかしながら、これはあまり賢くない。
なぜなら、一倍速で生きれば、
その方が色んなことが分かって楽しいからである。
僕は、一倍速で生きることにする。
同時に、僕はドイツ人になっているが、
ドイツ人は分かるだけで何もできない。
フランス人になると、知性がつくようになる。
よって、僕は今からフランス人になる。

昨日はブログのデザインを整理していた

昨日はブログの記事は書かなかったが、
デザインを整理していた。
フレイやダビデの小説にアクセスしやすくなった。

免疫が強すぎる

また、僕の精神の問題は、
まず、免疫が強すぎる。
免疫が強すぎて、
分裂した精神が拒絶反応を起こしている。
同時に、汚れて虫がついている。
血管そのものが汚れていて、虫が多くなっている。
治すためには、
そうした「全ての病気が集合した結果精神が分裂している」という
それを理解して精神を融和すること。
そして、そのために、神経をできるだけ殺さず、
選択肢そのものを失くしていくこと。
選択肢がたくさんあることは、
良いことに見えて、
実際は正しい選択をせず間違った選択をしている。
よって、常に正しい選択をすれば、
人生に選択肢は必要なく、
全ての病気が治って、全てのことができるようになる。
そのために、
「不可能だと思わず、上手くやればなんでもできる」ということを
知っておく必要がある。

重力とは逆向きに空間をゆがませれば反重力はありえる

アインシュタインによれば、重力とは空間のゆがみである。
物質があれば、その周りの空間にゆがみが生じる。
ゴム膜の上にボールがあったとして、
ボールによってゴム膜はゆがんでしまう。
ボールが二つあれば、もっとゴム膜はゆがみ、
ゴム膜の間をボールが移動して、両者は接近する。
このゆがみによる移動が重力である。
それならば、ゴム膜を下にゆがませるのではなく、
上にゆがませることで、反重力は可能となるはずである。
よって、重力を逆向きにゆがませれば、反重力は成り立つ。
僕は、「これこそが本当のブラックホール」となるのではないかと思ったりするが、
実際のところは、物理学の知識が無いため、僕には分からない。

考えるべきは基礎と応用

昔の僕は、「なんでもできるように作って考える」という発想が多かった。
なんでも包括し、把握するモデルや構造を知り、
人々の意見や認識を吸収することで、
なんでもできて、なんにでもなれるようになる。
そのために、前提条件を突き詰めて考えていた。
僕が思うに、「どうしたらできるのか」という「方法」は、
あまり考える必要が無い。
なぜなら、道具を使ってものを加工し、
作った部品を組み合わせることだけで、
現代では機械製品を作ることができるからである。
考えるべきなのは、「何を作るのか」という、
目的、すなわち「応用」と、
もうひとつは、「なぜそれが働くのか」という、
原理や理由、すなわち「基礎」である。
応用と基礎を分析すれば、
この世界のどんなことでも分かる。
想定しながら把握することで、
「原理を導くという意味での応用」を行うことができる。
さまざまな具体的な知識は、
原理によって「実際の具体例」となり、
全てを心の中で「融和的に悟る」ことができる。
ここから、自己啓発的な理性が生まれ、
ブッダのような精神論は生まれる。

心の背後にあるものは何か

また、心理学において重要なのは、
「心の背後にあるものは何か」という問題である。
心が今、何をしたいと望むのか、
それは全て「人格の形成」によるところであり、
同時に「無意識の構築」に由来するものである。
無意識と人格がどのように作られるかを知れば、
世界における全ての意識が
「今まさに生み出されている」ということを、
現象学的に実感することができる。
この「実感」がとても大切である。
「実感できるということは、心が理解できている」ということだからである。

櫻坂46

YouTubeを見ていると、
欅坂46からセンターの平手が脱退したことなどから、
名前を変えた櫻坂46が新しいMusic Videoを投稿していた。
この中で、「世界を変えられるなんてうぬぼれるな」といったことを
歌っている一幕があった。
その通り、僕は世界を変えようとして、うぬぼれているが、
僕が思うに、櫻坂46自身についての自戒をこめた言葉ではないかと思う。
櫻坂46程度の分際で、世界を変えられるなんてうぬぼれたもんじゃねえ、
といったことを歌いたいのではないかと思う。
SKY-HIが歌っているように、
「声を上げればそれでヒーローですか」という言葉も、
僕は考えさせられる。
僕はここで声を上げているだけで、
それだけで何もしていない。
しかしながら、これも先ほどと同様であり、
SKY-HIや櫻坂46は、声を上げるだけで何もしていないに等しい。
本当に世界を救うためにどうすればいいか、
僕は残りの人生でよく考えたいと思う。

自由な構造と理由、基礎と応用から、昔の文章は書ける

また、僕はそろそろ、いつもの自分の書いた文章が
理解できてきた。
要するに、「自由」と「理由」ということを「構造」にした。
自由や理由といった言葉から、
理性批判で分かったことを、
単にこの世界の「自由な構造」にしただけにすぎない。
そして、それはむしろ、「基礎」と「応用」と言った方がいいものだった。
僕は自由という構造で、理由を全て書いた。
そこには、アイデンティティや価値観の形成と気付きによる
「この社会の理由」が全て書かれていた。
潜在的可能性から宇宙の全てを創造し、
気付きと発見は自然な社会モデルにおける「必然的な推論」にすぎなかった。
自らの理性と説明から科学を作ったが、
それは全て、「成立」という考え方における、「実地的な社会論」であり、
インターネットでみんなとの交流から知った「正しい心理学」を、
全宇宙を創造するかのような「無限の社会創造」にするものであり、
言ってしまえば「仮想世界の創造」だった。
そして、その仮想世界は、論理的に論証された「仮定上の成立」であり、
成立のための「全ての方法と具体的なプロセス」がそこに「網羅」されていた。
そして、それは「人生による発見」であり、
「どのような観念からそうした考え方へと至るのか」ということを、
まるで思弁哲学者のように「思考を記述」することによって、
すべて考え、すべて知り、すべて分かったのである。
そして、それらの全ては、
「すべて分かった青春の体験」から生まれた、
「人生に大切な全てを既に全部知っているからこそ書ける」ものだった。
そう、「心と歴史のことなら、全てを説明できる」、そんな人間だった。