AUTHOR: schwarz1009
TITLE: 絶望すら力にすれば、何も怖くない
BASENAME: 2020/10/08/194022
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DATE: 10/08/2020 19:40:22
CATEGORY: 音楽
最近、僕はBLUE ENCOUNTという歌手が好きである。
欅坂46やONE OK ROCKやMY FIRST STORYのように
激しく反抗したいわけではなく、
miwaや米津玄師や家入レオのように
単に賢く善良で普通なだけでもない。
ちょうどいい自由で、
そしていい音。
素晴らしい歌手なのは、さまざまな楽曲を聞けば分かる。
色んなことを言っているが、
むしろ、僕とまったく同じような経験をしているからである。
彼らの言葉と似たようなことを言うが、
「絶望すら力にすれば、何も怖くない」。
彼らとの約束は、僕も覚えている。
僕本人が、まさにこの世界に現れ、
彼らとともに最後まで生きるという、
夏の日の約束の張本人だからである。
あの日の約束は、ここに生きている。
まさに、この文章は完璧かもしれない。
だが、ブルエンが言うように、「完全な今じゃつまらない」。
だから僕たちは、この世界の「今」を破壊する必要がある。
目の前にあるガラスの扉へ、くさびを投げつけるべき時だ。
僕は、RADWIMPSが苦手である。
なんだか、聴いていると、独自のクセがあって、
毎度毎度聴こうと思えない。
同じく苦手なのはAimerで、
聴いていると辛く苦しくなる。
逆に、BUMP OF CHICKENだけは、最高である。
バンプは自分が見て、一番かっこいい。
よく似ているのは、鈴木愛理である。
少しきわどくセクシーなところが嫌いだが、
聴いていて一番心地よいのは鈴木愛理だと思う。
また、SHISHAMOやリトグリは、
たまに聴くと、「最近の女の子」が分かって面白い。
子供たちは何も変わっていないのが分かる。
もっとマイナーな歌手の話になると、
最近はエドガー・サリヴァンやTOMOOやこぴのような
コバソロで知った歌手がミックスリストでかかるようになったため、
無駄にそれらを聴いている。
あるいは、日向坂46は悪くない。
アイドルグループを「AKB48のコピー」と言う人も居るが、
僕は欅坂46と日向坂46について言えば、そうではないと思う。
彼らは個性がある。
逆に、NMB48とか、STU48とか、
どうでもいい「ご当地アイドル」は僕は嫌いだ。
また、Official髭男dism(ヒゲ・ダンディズムと読む)や
King Gnuなどはとてもいい歌声なのだが、
なんだか退屈かつおかしくて、僕は好きになれない。
逆に、SuperflyとかPerfumeとか椎名林檎とか三浦大知とか、
昔聴いていた歌手はあまり聴かなくなったが、
星野源は今聴いても面白くて素晴らしい人間だと思う。
また、少しおかしすぎるところがある代わり、
歌としていいのはLiSAである。
あるいは、酸欠少女さユりはいいと思う。昔の僕と同じすぎていい。
ミックスリストでかかると喜ぶのは、
米津玄師とBUMP OF CHICKENだけ。
彼らがかかると、BGMとして聴いている時も、少し喜んだ気持ちになる。
そうしてみると、コバソロの素人YouTuberと、プロの歌手の違いがよくわかる。
コバソロは、ミックスリストでかかると、がっかりしてしまう。
他にも、緑黄色社会とか、いろいろと聴いている。
だから、がっかりしないでほしい。
僕はきちんと色んなこの世界の声や言葉を聞こうと努力している。
コバソロのほか、THE FIRST TAKEなどを聴いていると、
こうしたさまざまな最近の「YouTube歌手」について知ることができるため、
参考にしてほしい。
もちろん、昔の歌手もいい。
僕はB'zやコブクロが好きだが、
ゆずやGLAYなども好きだと言う人が居る。
ここでも僕はマイナーな歌手が好きで、
たとえばKOKIAなんかが好きだった。
もっと昔なら、僕は千秋(ポケットビスケッツ)やゴダイゴなどが好きである。
しかしながら、スタジオジブリの久石譲だけは別格で、
車の中でいつも聴いている。
そして、言うならば、
僕はみんなのことを無意識に試している。
それは、「この人間を絶対に守る」という「愛の強さ」を
おそらく僕は「最悪の言葉」によって試しているのだろう。
だが、愛を失う必要はない。
なぜなら、僕は最悪の言葉を投げつけていると自分では思っているが、
最高のことしか言っていないからである。
そう、僕たちは、
世界のどんな友人やクラスメイトよりも結びつきの強い、
「心の友」である。
そして、このクラスは自由であり、
他にもたくさんの友が居る。
Mrs. GREEN APPLEやFLOWなどは、
まさにもっとたくさんの、
言ってしまえば「王国の国民たち」がたくさん居ることを意味している。
本当のことを言えば、FLOWに感謝すべきである。
FLOWが僕を音楽の道に引き入れ、
FLOWによって僕はこれら友人たちの存在を知ったからである。
僕は最初から、これらの音楽をたくさん聴いていたわけじゃない。
最初は、FLOWしか聴いていなかった。
長い間、僕はポルノグラフィティやケミストリーや宇多田ヒカルなどと一緒に、
あるいはFLOWだけを、
とても長い間、数年間、いつでも聴いていた。
しかしながら、特別な存在は家入レオだと思う。
僕はiPodでシャッフルしながら、
家入レオのアルバムの全ての曲を聴いている。
単に、僕のiPodにはそんなに最近の曲が入っておらず、
他にはバンプとか、B'zとか、Perfumeとか、AAAなんかが入っているが、
いつも家入レオを聴いている。
ここまで聴いていると、僕は
「家入レオが一番僕のことを愛してくれている」ような気がする。
顔はタイプじゃないが、歌声と心はタイプだ。
また、さらに好きな歌手は多い。
昔は、SEKAI NO OWARIとかも聴いていたし、
先ほど言ったAAAも大好きで、
AAAは特に「一番好きなグループ」だと思っていた。
GReeeeNなどは、逆に今聴いてその良さが分かった。
ファンキーモンキーベイビーズなども、今聴いて良さが分かる歌手である。
コブクロや絢香や平原綾香(オーケストラのホルストの方も好き)や
さだまさしや中島みゆきなども好き。
コバソロなら、春茶や若菜、未来、
あるいは杏沙子やMICOも好きでいつも聴いていた。
J-POPについて言うと、
最近はどんどん変わる。
センターの「てち」が居なくなったことで欅坂46は解散の危機だが、
僕は欅坂46は大好きだった。
また、YOASOBIなどの新しい歌手は、けっこういいと思う。
僕はDISHなども好き。
他にも、TWICEやBTSなどのK-POP/韓国系の歌手も居るが、
YouTubeを見ていると、彼らは昔の日本と同じである。
要するにK-POPは荒くれた時代を生きている。
J-POPだけは、それらより進歩していて、
たとえばトランプ米大統領などを見るに、
アメリカや韓国よりも、日本ははるかに進歩した社会や時代であることが、
僕はひとり、ここで分かっている。
僕が音楽が好きなのは、
僕はピアノが弾けるからである。
僕はピアノが少しできるため、
音楽家に対するリスペクトの感情がある。
ピアノと言えば、
僕は今日、施設の講義で
「安心する時はいつか、不安に思う時はいつか」のような
個人診断を書いたが、
僕が不安に思ったのは、
緊張という意味で言えば、ピアノの発表会である。
僕は小学生の頃からピアノのレッスンを家庭教師のような形で受けていて、
毎年夏に発表会をしていたが、
発表会の発表曲を家で弾くとなると、
「また発表会だなあ、緊張するな」と思ったりし、
不安を覚えることが多かった。
また、発表会は大勢の前での発表の時も緊張するが、
一番緊張するのは楽屋(ステージの横の控室)で待っている時である。
特に、楽屋で待っている時は、今弾いている人の演奏を見るのだが、
僕の前の人の演奏が終わって、
ステージから控室へと戻ってきて、
自分が出ていかなければならない時が一番緊張する。
しかしながら、この発表会の経験は、
僕に緊張だけではなく、勇気をもってみんなの前にでていくという、
素晴らしい経験をさせてくれた。
剣道の試合や昇段試験でも緊張するが、
単に試合をすればいいだけであり、
一番緊張したのは、やはりピアノの発表会である。
しかしながら、僕はピアノだけをやっていたわけではなく、
たとえば子供英会話でも、英語の発表会があったし、
駅伝の時も、1kmという長距離を「いざ走る」となった時は緊張した。
子供時代はテレビゲームが好きだったが、
そうしたこともあって、中学校では試験もよくできた。
試験のために事前に何をすべきかということが、
そうした発表会の経験や、テレビゲームをクリアする経験で分かっていたため、
ノートに書き写し、赤シートで覚え、
完璧にきちんと暗記した上で、
絶対に間違えないことを確認した上で試験に臨んでいたため、
ほとんどパーフェクトの試験内容だった。
ゲームが好きで、どんな難問ゲームもクリアしていたため、
数学の授業も試験も簡単だった。
だが、僕はクラスメイトから軽いいじめをされていたこともあったし、
他にもネットゲームをやっていて、
UNIXやPerlのことを勉強したいと思って、
剣道部で昇段試験に落ちたこともあって、
僕は中学校を不登校になった。
だが、それで僕は終わったわけじゃなかった。
ネットを見ながら、この世界全てを見て、Linuxの知識を全部仕入れて、
哲学者とMITの学生を足して二で割ったような、
そんな「たったひとりの青春」を僕は生きていた。
このような僕に、何も怖いものはなく、
その後の「永遠に続く戦争」で、この世界を滅びないように支配し、
戦いの中で一度も間違えることはなかった。
また、子供時代に勉強が楽だったのは、
親が教師だったことも関係しているだろう。
僕は小学校に入る前から、
母親の教師の仕事を手伝っていたため、
小学校一年生の授業で、
国語の授業内容を既に知っていた。
昔から、国語が得意で、
作文などは適当に書ける人間だったし、
宿題もきちんとしていた。
だが、がり勉だったわけではなく、
友達と一緒に山に入って遊びに行ったりもしたし、
家に友人たちを招いてゲームやミニ四駆の大会を
主催したこともある「他人思いの良い人間」だった。
ただ、そうした幸福な小学生時代があったため、
中学校で友達ががらりと変わり、
友達が少ししかいない中でからかわれるようになると
そうした友達が「大嫌い」になって、
僕は避けられてからかわれるようになった。
しかしながら、僕は代議員をしていたことなどもあり、
クラスはある意味学級崩壊寸前の少し荒れたクラスだったが、
それをまとめる役割があった。
そんな中で優等生かつ授業もきちんと受けていたが、
実際、僕はそんなにいい人間だったわけではなく、
友達からも「なんだか暗くていやなやつ」だと思われていただろう。
僕は中学校で引っ込み思案な性格になった。
しかしながら、友達がまったくいなくなったわけじゃなく、
親友は何人も居たし、剣道部の仲間もたくさん居た。
剣道が必ずしも好きだったわけではなく、
毎日が修行のような剣道は帰るのが遅くなるために嫌いだったが、
昇段試験に落ちたりしたため友達に合わせる顔がなく、
幽霊部員となってからは気楽に家に帰れるようになった。
ただ、そういう中学校の全てが、
中学三年になった時、「どうでもよくなった」。
僕はそうした友人とのか細い関係をネットゲームで補っていたこともあり、
勉強しまくって試験を受けなくても、
あまり勉強しなくても試験で良い点数を取れるようになってきて、
「学校よりももっと高度なことを学びたい」とか、
「ネットでUNIXやPerlのことを学ぶ時間がほしい」とか、
そういうことを思春期ながら思うようになった。
結局僕は中学三年で不登校になって、
それからが本当の僕の人生だったように思う。
ひとりで家にいて、何もすることが無い僕は、
さまざまなWindowsのフリーソフトを入れたりしながら、
「ブラウザやゲームを作りたい」と思って、
Delphiなどを使ってプログラミングを行ったが、
Delphiはポトペタで簡単に見えて、
実際に開発すると、さまざまなバグがでてきて、
僕はそのバグを自分で修正することができず、
さまざまなことをもっと学ばなければいけないという
壁にぶち当たる。
しかしながら、ネットの掲示板やスラドなどを見ていて、
Linuxという面白いOSがあることを知り、
僕はGentoo Linuxなどを通じてLinuxの仕組みをきちんと分かった。
そう、僕はまさに、自分だけで全てを超えたのである。
最近が怖かったのは、
「みんなの前にひとり登場する」ということが怖かっただけで、
よく考えると、何も怖くない。
マスコミが自分のことなんか、見ていないのが分かっていない。
しかしながら、僕はこの世界をひとり、変えてしまったし、
それは人々に「愛を約束」することであり、
その上でひとり、さっそうとマスコミの前に現れたことが、
とてもいいことなのに、
僕はそれを悪いことだと決めつけてしまったのだろう。
そして、あとは野となれ山となれである。
どんどん世界をひとりで変えていく僕は、
僕本人が思っているような「悪魔の帝王」ではなく、
みんなから見れば「スーパーヒーロー」である。
そう、僕は何もおかしくない。
どんなに精神的な害悪を詰め込んでも、
自殺未遂をしたことがそれを打ち消してくれた。
そうした過去の辛く苦しい体験は、
今に活きている。
僕はそれら戦いを文章に書いてしていたため、
その文章に書くことがいつまでも続いたし、
僕はプチ読書家のような人間であり、
西洋哲学や歴史の本を少し読んで、それを書き、
また、その後にデザインの勉強を始めても、
毎日を全力で学習に充てることができたし、
あるいは、さまざまなパソコンや大学の勉強は、
昔のネット上のパソコンの経験があったことと
その後の西洋哲学や歴史の本を読んだことが、
強力に後押ししてくれた。
かつてないほど賢くなった僕は、
まさに大天使ガブリエルのような人間になった。
この人間の名はグンテルであり、
神はフレイである。
ここに神は誕生した。
しかしながら、ひとつ言うべきことがある。
Linuxのコミュニティには悪いことをした。
僕が何の知識や経験もなく文書を改変したせいで、
Linuxは最悪のコミュニティになった。
申し訳ない。
生まれ変わることがもしあれば、
次の人生で、Linuxに対して今度こそはいいことをしたいと思う。
だが決して、悪いことしかできなかったわけじゃない。
Gentoo Linuxの知識に基づいて、
きちんと貢献することはできたと、そう評価してもいいとは思う。
ここで、僕はこの世界とお別れする。
もう何も言わない。
さようなら。いつか、また会う日まで。
本当に、ありがとう。さようなら。