永遠の青空とともにに戻る

=2023-08-08=

疲れた

今日はすごく疲れていて、作業所に行きたくなかったので、仕事を休んで、午後4時まで寝ていた。

なんだか、疲れた。そして、やる気がなくなった。

これ以上、僕は人生でやりたいことが何もない。

ただ、いつもよりは楽になった。それはいいことだ。

この世界の基本は金儲けとテロ

この世界の基本は、金儲けとテロだ。

金儲けの基本は、消費と生産だ。

消費において、この世界の価値あるものはすべて金だ。

金を稼げば生きられる。

金を稼げば手に入る。

生産において、働いた分だけ金は入る。

経済学において考えるのは、「生産と労働の公平性」だ。

すなわち、国民の生産活動を歪めることなく、国民の消費活動を歪めることがないように、金儲けを成り立たせるということが経済の基本だ。

そして、金儲け以外のことは、テロだ。

宗教も、社会主義も、テロだ。

宗教や社会主義は、金儲け以外の世界を望む人々の「願望」であり、それ自体が「幻」である。

すなわち、宗教や社会主義をいくら望んでも、それは「幻想」にすぎない。

そのような中で、人々は「平等」を実現したいと望んでいる。

金儲けは、「働けば働くほど金が入る」ということを追求した結果、「国民に格差が生まれる」ということを許容している。

そのような「格差の発生する資本主義」と戦うのが、人類の平等を目指す社会主義だ。

だが、社会主義は幻想であり、そしてテロであるため、社会主義者は実現不可能な幻を目指し、テロのような悪いことをする。

そのように、この世界のすべては、金儲けとテロで成り立っているのである。

金儲けは表の世界であり、宗教が裏の世界である

社会主義がそういうものだとして、宗教とはどういうものか。

簡単に言えば、金儲けは表の世界であり、宗教は裏の世界だ。

すなわち、一見、この世界には、金儲けしか存在しないように見える。

この世界のどこにも金しか存在せず、人々は金儲けしかしていないように見える。

だが、本当は、それは誤りだ。

なぜなら、金儲けしか存在しないと思っているのは、「表の世界」しか見えていないからだ。

この世界は、大人が実際に人生を生きてみないと分からない、「裏の世界」がある。

そして、そのような「裏の世界」にあるものは宗教だ。

そう、大人しか知らない裏の世界には、宗教しかない。

人生のすべては宗教なのである。

そして、社会主義がテロであるのと同様、宗教もまたテロである。

なぜなら、宗教はこの世界を救済された楽園に変えるために世界を導き、支配し、そして戦うからだ。

苦しみ悩む人を救うために宗教はあり、そして偉大な正しい人生を生きるために宗教はある。

宗教を信じることで、苦しみや悩みから解放され、偉大な正しい人生を生きられるようになる。

そう、この世界にあるものは、表を見れば金儲けだが、裏を見れば宗教なのである。

哲学には仏教とマルクスの二種類がある

そのようなこの現実世界において、人々に許されるのは「人間的に生きること」である。

そして、その人間的に生きるということの中で、もっとも大切なのは「考えること」だ。

そして、考えることとは、「問いに対して自ら答えを与える試み」である。

そして、それこそが「数学」であり、「哲学」である。

この世界を数学的に、「問題はどのように解決できるのか」ということを考えた結果、そこから「哲学」が生まれる。

この哲学には、二種類存在する。それは、「仏教的な哲学」と「マルクス的な哲学」だ。

仏教的な哲学とは、「人生を経験して分かること」であり、マルクス的な哲学とは、「世界を変える方法を考えることで分かること」である。

人生を経験した結果、「正しい生き方とは何か」を考えることが仏教的な哲学であるとするなら、現実社会を考えた結果、「この世界を変えるためにどうすればいいか」を考えることがマルクス的な哲学であると言える。

そのように、「仏教」と「マルクス」を数学的に考えた結果、「宇宙そのものに対する見方を変える」ということができる。

そして、そこから、人間的に生きる上で、「問いに対する答えを自ら与える」ということができるのである。

キリストを信じると奇跡が起きる

このように書くと、金を儲けるビル・ゲイツが賢くて、幻想のためにテロをするプーチンが馬鹿である、ということが分かるだろう。

だが、それらは賢くない。

なぜなら、賢いのはイエス・キリストだからだ。

キリストを信じることで、宇宙において「奇跡のようないいこと」が自分に対して起きる。

宗教を嘘偽りであると思っている人間は、世間の常識や大学の権威に騙されている。

この世界において正しいのは、「常識」でも「権威」でも「知識」でもない。

そのようなものは、普通の人間が勘違いしている、「大学による洗脳」にすぎない。

真に正しい行いをして人生を生きたいのであれば、キリストを信じるしかない。

なぜなら、キリストを信じることで奇跡を起こすことができるからだ。

ドイツ人やユダヤ人に賢い人間が多いのは、人種的に遺伝子が賢いからではなく、キリストを信じているからだ。

いくら仏教やマルクスが哲学的に賢いからといって、それは単に頭がいいというだけにすぎない。

真に賢い人間はキリストを信じる。キリストを信じなければ、賢いことは何も成し遂げることはできないのだ。

国家はほかの国やテロ勢力に負けないために力を最大限に強くする

国家とは何か。

国家とは、ほかの国や社会主義のテロ勢力に負けないために、力を最大限強くすることだ。

ここには、二つの意味がある。

すなわち、「国王や権力者が強い」ということと、「国家そのものが強い」ということだ。

国王や権力者は、国家においてもっとも強いものとして国民を支配する。国民から税を取り、力と富を国家に蓄えた上で、国王や権力者が楽をする。

そして、国王は国家を支配しながら、勢力争いにおいて勝利しようとする。そのために、ほかの国と戦争を行い、多くの兵隊の犠牲を出しながら、領土を拡大し、地球における勢力を増やしていく。

そのような国家は、ほかの国から国民の安全を守る一方で、国民を奴隷や兵士として使い、自らの勢力を拡大するために多大な犠牲を払う。

同時に、国家は、社会主義や宗教のようなテロ集団を押さえつけ、自らの国家の体制が転覆しないようにする。

法律はそもそもが争い合う人間たちを調停する

現在の民主主義社会において、法律は、国民に民主的な権利を認め、社会体制を民主的に変えられるようにした上で、犯罪者などの社会秩序に背くものを逮捕し、刑罰を与えることで、犯罪者を生み出さないようにするためにあると人々は思っている。

法律は、そもそもが争い合う人間たちを調停するための「ルール」である。

すなわち、人間とはそもそもがそれぞれが自分勝手に自分の権利を主張し、自らの正当性を主張することで、互いに争い合うものである。

そのような、そもそもが争い合う人間たちを調停するために、ルールとして法律は存在する。

そこにあるのは、「犯罪者の処罰」と「どちらの側が正しいかの調停」である。

犯罪者の自由を許してしまうと、社会の秩序は崩壊する。悪いことを大っぴらにできるように許してしまうと、みんな悪いことをして社会の秩序が無政府状態になってしまう。

だから、法律によって悪いことをした人間には相応の刑罰を与え、法律に従わないものを警察が逮捕する。

そして、なんらかの人間の利害関係の対立が起きた時に、どちらの言い分が正しいか、ということを調停するためにも法律はある。

そのように、法律は、「犯罪」と「利害関係」を解決するためにある。

金をそんなに稼いだところで、使い道がなくなるだけ

このような世界では、金を稼ぐことでなんでもできる、と人々は思い込んでいる。

だが、金をそんなに稼いだところで、使い道がなくなるだけである。

金を稼げば生きられるとか、いくらでも金があれば一生遊んで暮らせると考えるのは、金儲けが生活に直結するような、貧乏人や小金持ちの発想でしかない。

今の時代の富裕層は、はるかにもっといくらでも金がある。

そして、金がいくらでもありすぎることで、逆に金の使い道がなくなる。

そのような結果行き着くのが、結局は「会社の経営のために金を使う」ということだ。

ビル・ゲイツがマイクロソフトの経営をして稼いだ金を慈善事業のために使ったり、イーロン・マスクがツイッターを買収してXという名前に変えたりするように、本当に賢い人間が金を使うのは「会社」や「財団」に対してである。

そう、金儲けがそこまでできる人間は、逆に自分のために金を使わなくなり、この世界において影響力を持つために金を使うようになるのである。

金をいくらでも稼いで楽をしようと考えるのは、貧乏人の考え方だ。実際の富裕層は、金を使って社会に対する影響力を持つこと、そこで「自分のやりたいことをやることや夢を叶えるため」に金を使うのである。

負けると悲惨

なぜ、そこまで、資本主義の日本が勝つ必要があるのか。

それは、負けると悲惨だからだ。

この世界では、勝つものが楽をし、負けたものが悲惨を味わう。

負けたものには、金もなく、力もなく、場合によっては平等な人間として生きるための権利すらないことがある。

日本においては、みんなほとんど平等に豊かであり、そのような「悲惨な人間たち」を意識することは少ない。

だが、世界を見ると、悲惨な人間たちのほうが、はるかに多い。

特に悲惨なのは、東側の社会主義諸国や、あるいは中東・アフリカのような後進地域だ。

西側の資本主義諸国が楽をしているのとは正反対の事実として、東側やその他の後進地域(第三世界)は、まったく人間らしい生活をできない「悲惨な人間たち」がたくさん存在するのだ。

そして、だからこそ、「人類の平等」の思想として、キリスト教のような「神による平等」を信じる宗教や、社会主義やマルクス共産主義のような「平等なユートピア」の思想が、テロ行為を起こす。

国内でも、金持ちや権力者と、貧乏人や犯罪者が、戦い争うだけではなく、世界全体を見ても、西側諸国と東側諸国・第三世界は今でも戦い続けているのである。

日本は勝たないといけない

そのように、この世界では、負けると本当に悲惨になる。だからこそ、日本は勝利し続けることを目標にしている。

だが、これからの世界において、日本が勝ち続けることは簡単ではない。

あるいは、日本は完全に、後進国の仲間入りをしようとしている。

必要なのは、社会主義を成功させることではない。

日本が後進国になることを防ぎ、先進国の西側諸国であることを続けなければ、現実問題、日本人の生活は徐々に苦しくなっていくのである。

日本は、そのように、悲惨な地域の仲間入りをしたくないのであれば、勝ち続けなければならない。

勝者は、常に勝ち続けなければ敗者になってしまう。

そして、常に勝ち続けられる存在は一握りであり、勝ち続けることは容易ではない。

しかしながら、それでも日本は勝ち続けている。

そのように、「勝ち続ける日本」を維持しているのは自民党の政治家であり、彼ら自民党の政治家は決して馬鹿で無能ではないのである。

ゲームやネットは現実世界がつまらない憂さ晴らし

そして、ゲームやネットのバーチャルな世界は、現実世界がつまらないことに対する「憂さ晴らし」であると考えられる。

ゲームをして達成欲求を満たしたり、ネットのSNSの情報を知って寂しさを紛らわしたり、誰かに自らのツイートをいいねされて承認欲求を満たしたりするのは、「現実のこの世界がつまらない」からである。

結局、どれだけ国のために努力しても、金儲けをしてお金を稼いでも、それらは全部「自分のため」や「自分たちのため」であり、「他人のため」でもなければ「人類全員のため」でもない。

自分のためにいくら強くなったところで、そんなもので満たされるはずがない。

そもそも、「争い続ける」ということ自体が、すべて「自分のため」に戦っている。だが、人間は「自分のため」だけでは満たされない。「他人のため」あるいは「世界全体のため」に強くなりたいと願うのが、人類の必然である。

戦争するしかない

だがしかし、本当に「他人のため」あるいは「世界全体のため」に強くなりたいのであれば、むしろ、「戦争」するしかないのである。

この世界を本当に救いたいのであれば、選択肢は「戦争」しかない。

そう、戦争でしかこの世界を変え、真の意味で素晴らしい世界にすることはできないのである。

だから、ロシアのプーチンがウクライナに対して戦争を始めたのは、本当はすべてが間違いではない。

プーチンは賢い理性で判断して、ウクライナを制圧することを選んだ。それによってこの世界を素晴らしい世界にできると、プーチンは確信しているのである。

そう、プーチンは間違っていない。日本も、かつての大日本帝国で同じことを経験した。プーチンも、日本と何も変わらない、「世界全体の平和」を目指している。プーチンは戦争はしているが、その戦争は世界を滅ぼしたいからではなく、世界を平和にするために戦っている。

ここまで、左翼の階級闘争のようなことを書いてきたが、実際は右翼も間違いではない。この世界を救うために、大義名分を信じて戦うこと、それこそが「真に国家の目指すべきこと」であり、「人類のやりたいこと・やるべきこと」だからである。

だが、だからこそ、国王や権力者はすぐに戦争をしようとする。国民は、そのような政治家に騙されてはいけない。本当に間違ったことをする時は、一瞬ですぐに事態が起き、それが間違っていることに誰も気付かないうちにすべてが終わってしまう。

自衛隊を軍隊にしろという、憲法改正論者は分かっていない。自衛隊を軍隊にし、専守防衛でなくなった時点で、すぐに徴兵制が始まり、日本はロシア・中国・北朝鮮とすぐに戦争になる。それは絶対に必然であり、自衛隊が軍隊になった時点で「わたしたちは国家の戦争に賛成する」という意志表明をしたのと同じことなのである。

日本が先進国なのは日本人が騙されやすいから

結局、資本主義などというものは、ギリギリの生活をしている労働者に、生活のためと言って多くの労働力を献上させ、生活必需品を多く消費させ、それによって得られる労働力と利益によって、会社や資本家が裕福になる、というだけのシステムにすぎない。

日本が先進国であると言われるのは、日本人は多くの労働力と利益をもたらしてくれる民族だからであり、すなわち、「日本人は騙されやすい」ということを意味している。

確かに日本人は勤勉に働くし、同時にたくさんのものを消費するほど経済力に余裕がある。

だが、実際はそれは「社会にカモにされているだけ」なのである。

日本人が勤勉に労働し、よく消費するということで、外国資本はとても儲かっている。アメリカや中国・韓国は日本をカモにしている。そう、結局、日本が豊かな国を目指せば目指すほど、日本人はグローバルな外国資本にカモにされ、労働力と金を外国に奪われてしまうのである。

日本人の悪い点は、「都合の悪いことを考えない」ということ。日本にとって都合の悪いこと、右翼や左翼の意見に偏ってしまうことを、日本人は最初から考えようとしない。そういうことを考えること自体を嫌う。

韓国人は反日で日本を批判するが、「韓国にとって都合の悪いことを堂々と考えて日本を批判する」という意味で言えば、日本よりも健全である。日本はどんなに韓国や中国にカモにされていても、その事実を見ようとしない。韓国や中国を批判するということを嫌い、そのような意見を見ること自体を嫌う。

日本には、「汚いところを誰かが全部見て国民のことを守ってあげる思いやり」のようなところがある。国民を守ってくれる存在が既にいて、その存在がすべてを守ってくれているから、国民は汚いところを考えなくていい。日本人はそういう発想をする。だが、これからのネットワークで繋がったグローバルな国際社会では、「日本人を守ってくれる誰か」というのは存在しない。自分の手で汚いところまで考え、自分の手で自分ひいては日本を守らなければならない。そのような「サバイバル世界」が、インターネットによって繋がった世界においては訪れる。

インターネットによる社会では、日本人みんなのことを誰も守ってくれない。カモにされる情報を見ようとしないなら、カモにされている状態が単にいつまでも続くだけだ。自らの力だけで生きていかなければならない、新しい「インターネット・サバイバル」が訪れようとしているのである。

しかしながら、日本が後進国の仲間入りをすることを、日本人は受け入れられない。それならば、世界における最強の王国として、勝利するために必要なことをすべてせよ。日本こそが世界でナンバーワンであると言えるような、素晴らしい国家を築け。日本は今まで、それをやってきた。今からもそれをやっていけば、日本は勝利できる。世界でナンバーワンと言えるような最強の王国を築け。

世界で最強の王国は日本である。日本が地球におけるナンバーワンの文明になる。日本は絶対にほかのどの国にも負けない。わたしがここにいる。わたしが日本を守り、導く。そうすれば、負けるはずがない。シリウスの太陽神フレイは、日本を守り続ける。

ドイツ人とユダヤ人を否定せよ。僕はドイツ人とユダヤ人が本能的に大嫌いだ。日本人こそが世界でもっとも優れた民族である。最高の民族は日本の大和民族だ。わたしたちが、必ず勝利する。シリウスの太陽神、フレイが、日本の国民と交わした約束を守るだろう。太陽神の力があれば、日本人が負ける日は永遠に訪れないと、わたしの信じた神、イエス・キリストも知っているからである。

真っ先に倒すべきなのはロシア

日本が真っ先に倒すべきなのはロシアだ。

なぜなら、社会主義はもっとも間違っているからだ。

社会主義経済は、労働者の生産して得た利益を平均にして給与を払う仕組みであり、それ自体が絶対に成り立たない。

社会主義経済では、国民は誰も働かない。

ロシアは、国家全体を軍隊にし、歯向かうものすべてを殺しているから、社会主義経済でもなんとかなっているだけにすぎない。

そのような「間違った経済の国」こそ、真っ先に倒すべきである。

日本は、まずロシアと戦うべきである。ロシアを倒すことで、ロシアの広大な領土が手に入る。まずはそこから目指すべきだ。

既に、日本の敵はアメリカではない。日本の敵はロシアだ。戦争するならば、日本はロシアを倒すべきである。