新・日記2に戻る | 2020年2月の日記に戻る

=2020-02-26=

精神は、愛を信じれば治る。

神を信じることで、何でも治る。神を信じれば、必ず良いことが起きる。

自分の集中することと、他人の意識を別々にすれば良い。それだけで、この世界は正常になる。

そろそろ、世界は正常になったはずだ。このまま、世界は滅びる。また、楽しくて正常な世界に戻る。パソコンと創造性が復活するだろう。

この世界を救いなさい。僕ではなく、あなたが救いなさい。

言ってしまうと、僕はこの世界を救うことができない。自分で滅ぼしておいて、自分で救うことは僕にはできないからである。

あなたがこの世界を救うために、経験し、行動し、反省し、学習し、気付き、考え、そして実践し、実現しなさい。

僕のことを、否定して構わない。僕のことを、嫌いで構わない。僕のことを、倒しても、滅ぼしても、壊しても構わない。

あなたのするように僕のことを愛してくれればいい。その上で、この世界の全てを変えなさい。僕に勝つ方法、唯一の方法は、「僕のことを無視してこの世界を変える」ことである。

在導万創のブログより

相互理解

わたしたちに本当に必要なのは、「相互理解」である。

人々の声を聞き、みんなの立場で考え、上から命令するだけではなく、人々の経験と現場を知ろうとすること。

そこから、自分なりに「信念と理想」を形成し、それを変え続けていくこと。

指導者は、そうした「相互理解の精神」が求められる。

そして、人々は、支配者の言葉や権力にたなびくのではなく、自らの理性を持って真剣に考えること。

間違えることを恐れずに、同時に、慎重に、一番弱いものの立場に立って考えること。

どんなに嘘や偽りがあっても、速断せずに考え、慎重に行動すれば、賢明な人間になれる。

賢明な人間は、自らのしていることが何なのか、自ら言っている言葉の意味が分かるが、愚かな人間にはそれが分からない。

人々と対話を重ね、「相互理解」を重ね、その上で「正しい判断力の基にある信念を築く」ことで、人間ははじめて道を見出せる。

「平和」という理想を共有しなければ、ともに同じ未来を見つめることはできない。

理想が「平等」でなければ、僕たちはひとつになれない。

自由は必要かもしれない。だが、批判するだけの自由は必要ない。同時に、無敵であることにおごれる民主主義の破壊者は正義ではない。

今から、日本は「目的地を変更する」。目的地はもう、自由には向かわない。一切が平等に向かう。

僕の言葉を信じる必要はない。だが、僕の後ろについてきなさい。僕とともに向かえば、この世界の未来にもう、一度乗り越えたことのある壁しかないからである。一度作り出し、一度考えつくし、一度経験したことしか、僕には存在しない。

正しい人生はソクラテス

また、正しい人生はソクラテスの人生である。

人々と対話し、相互理解を目指し、議論した彼の人生と考え方は、あらゆる意味において、全て僕と同じである。

人々と対話しなさい。相互理解を目指して、この世界を変えようとしなさい。

そこに、全ての真実となる、「魂の形成過程」がある。ソクラテスは、魂の形成過程を知る哲学者ではないだろうか。

未来の可能性はたくさんあるのに、支配者はそれをひとつとして実現しない

また、僕が言うべきこととして、「未来の可能性はたくさんあるのに、支配者はそれをひとつとして実現しない」ということがある。

支配者は、自由や平等の可能性や実現性を分かっているのに、それをひとつとして実現しようとしない。

たくさんの未来の可能性がある。どんなことでも、やろうと思えばできる。

だが、僕は違う。僕だけは、この世界を変えてみせる。本当に正しい社会と国を作ってみせる。

無責任でも、大丈夫。僕は、この世界における「責任の全て」を知っている。

僕はこの世界を、自由を与えたままで支配してみせる。社会の全てが変わるように、一番上から導いてみせる。その上で、社会全ての可能性を全て作り出し、書き出し、その上で人々の平等な立場に配慮して、誰のことも傷つかないように支配してみせる。

僕たちは必ず勝利する。なぜなら、神がそうするからである。

神は僕の全てを守ってくれる。神は僕に力を与え、僕のすること全てを成功に導いてくれる。

僕の後ろには神がついている。心配はいらない。神はこのように僕を導く。神が居れば必ず最高のユートピアがここに築かれる。できること、やるべきこと、最終的になされること、たくさんある。それらの全ては、神の力によって、100%全て成功するだろう。

そう、どんなに困難でも、普通99%不可能な、越えられる可能性が1%もないような壁でも、僕は越えてきた。その壁に比べれば、今から起きる全ての壁などたやすく越えられる。大丈夫。なぜなら、神とは言うが、それは昔の僕だからである。僕の昔の自分自身、それが神である。彼は絶対的創造者であり、全てを作り出し、全知全能の「人間の人生すべてが分かった人間」だった。彼が神である。だから、僕は神の導きによって起きる全てを既に知っている。何も忘れていない。宣言し、約束しよう。僕はこの人生を生きた人間だ。

思考するな

僕は、あえて言う。「思考するな」と。

思考など、人間の人格には必要のないものである。

これを理解するために、あなたは「絶対にやりたくない戦い」をしなければならない。

なぜなら、戦いの中でしか、「思考ではなく直感的に考える人間」は生まれないからである。

戦いなさい。どんなに愚かで自分勝手な戦いでも、どんなに不条理な地獄でも、どんなに最悪の苦しみでも、あなたのすべきことを最後まで、続けなさい。それでしか、本当の一流の作家にはなれないからである。

この世界を変えるための支配者の努力と戦いにおいて、あなたは必ず「神をそのまま体験する」。これを体験した人間は、「みんな神の子供」である。これが、イエス・キリストの言葉、「わたしは神の子である」という言葉である。キリストは神を体験し、最後に神となって死んだのである。

思考ではなく直観で考えなさい。ビジョンと知性をもって考えられる存在、それがトマス・アクィナスの言う「天使」である。人間は、そうした知性すら持っていない。通常の思考する人間には、直観的に考えることはできない。

そして、直観にはこの世界の、宇宙の、科学の全てがある。多くのドイツ人が、そうした「直観」だけで考えてきた。彼らには思考がない。ドイツ語すら読めない。だが、ドイツ人はそのように考えて分かってきた。そして、ユダヤ人たちはそうしたドイツ人を超えてきた。永遠に、最後のユートピアには、そこに日本人たちが加わらなければならない。なぜなら、日本人はユダヤ人たちを超えていくからである。

あまり言うべきではないかもしれないが、終わらせるべきは米ソの支配である。米ソが争うことで、東アジアの多くのアジア人が潰しあい、互いを対立へと導いて争っているが、そうした全ての米ソによる支配を終わらせ、「本当の意味でアジア人が勝つ」ことでしか、アジア人が勝利することはできない。そのために、僕は天皇陛下を立てた上で、「天軍大首聖」となり、天皇陛下に従って、最後にこの世界を平和にするだろう。ここに、「本当の日本の勝利」が見える。天皇陛下が皇帝だとすれば、僕は一番隊隊長である。名を、天軍首聖ミカエルとしよう。これこそ、「天における正義」である。ドイツやイスラエルに負けるわけにはいかない。

コンピュータシステムの開発

最後に、僕はUNIXでもWindowsでもないOSとコンピュータシステムを開発するだろう。また、著作権法の通常の条項で、GPLと同じことを可能にする法律を裁定する。だが、これらの法案は些細な法案であり、実現のめどが立たないようであれば、臨機応変に変えていけばいい。なぜなら、Linuxやオープンソースはほとんど詐欺のようなものであり、日本人の国民のためにはならないからである。

非暴力による不服従

また、日本には同盟国は必要ない。僕たちは、戦争もしないし、勝つ必要もないが、それでも最強だからである。

なぜなら、ガンジーが言うように、僕たちは戦うことなく反抗し、イギリスやフランスに対して「非暴力による不服従」を貫く。

どれだけドイツ軍が支配しようとしても、僕たちの心まで支配することはできない。殺されそうになっても、僕たちは最後のひとりになっても心で戦い続けるだろう。

僕たちはインド人の精神を受け継ぐ、愛の国ガンダーラの国民だからである。

わたしたちを殺すなら、殺せばいい。核兵器を落とすなら、落とせばいい。どれだけわたしたちの命を奪っても、わたしたちの心までは奪われない。わたしたちの魂まで、イギリス人が支配することはできない。

経済モデル

また、アメリカはいたって愚かな国である。

なぜなら、富が100あったとして、その99%をひとりの金持ちが独占してしまえば、残りは1%であり、これでは、最初から富が1しか存在しないのと同じだからである。

逆に、中国は全部の富が100あったとしても、人口がその100倍居るとしよう。このような中で、ひとりに分配されるのは、たとえ再分配されるとしても、ゼロに限りなく近い。

そう、アメリカや中国は、間違った経済システムを築いている。

僕は、抜本的にこの経済システムを変えていく。日本において、「本当に正しい経済モデル」を築いてみせる。

そう、必要なのは「金」でも「豊かさ」でもなく、「国としての品質」すなわち「クオリティ」である。富がそんなにたくさんあることが、第一の命題となる国は二流国家である。本当に必要なのは、スウェーデンやノルウェーのような国がやっている「暮らしやすさ」ではないか。僕はスウェーデンを見本とし、民主主義でも社会主義でもない、「本当に暮らしやすい国とは何なのか」を考えた上での経済政策を行う。

ある意味、僕はもっとも正しいのはドイツではないかと確信している。ドイツを模倣すれば、必ず素晴らしい国になるだろう。アメリカや中国に経済規模で勝とうとするのは、もう古い。今からはドイツや北欧の、福祉国家、暮らしやすい経済だ。

ドイツの良い点は、幼児・児童向けの教育である。特に、12歳ぐらいの段階で、オリエンテーション期間と呼ばれる「自由時間」を作り、その中で自分なりに自分の進みたい進路を、子供と先生ら大人が良く観察し、話し合って決める。その上で、大学やギムナジウムのような高等教育に進むのか、あるいは専門学校や職業学校に進むのかを自分の意志できちんと決める。あるいは、マイスター制度といって、親方による師弟制度の道に進むこともできて、工業や職人の職業はマイスター資格が必ず必要となる。大学の授業料も無料あるいは大幅に援助している。その上で、高い税金は取るが、近代国家と世界一の技術力を堅持し、ナチの反省から徹底的な「反独裁主義」の分権主義を行い、東ドイツ地域を半ば強制的ではあるが西ドイツ地域と同等程度まで社会レベルを高めようとしている。その上で、キリストの愛を引き継ぎながら、新しいポピュラー文化をたくさん育て、同時に近代的な「もっともレベルの高い科学文化教育」をしている。日本はドイツに見習うべきである。

マイスター制度は一見馬鹿な親方制度に見えて、若者と親方が寝食を一緒にしながら、技術だけではなく人生に必要なさまざまなことを学べるという長所がある。そうした結果、ドイツは今でも世界で有数の科学技術国家になっている。また、ドイツの大学は基礎研究が得意で、どこの大学よりもつまらない基礎を重視する。これには、権威の大切さと、かつてのドイツ人の偉人たちが基礎研究をおろそかにせず、「権威のある文献」をたくさん遺してきたという「遺産の価値」がある。