新・日記2に戻る | 2019年12月の日記に戻る

=2019-12-29=

世界を実地的に知りながら、体験的に学びなさい。

しなければならないことは何もなく、チャンスときっかけから、したいことを自由にすれば良いのだということを知りなさい。

必要なことは、心理的に人々の状態を考えながら、自由にこの世界を生きること、見つめることである。

学習し、経験しなさい。心理学的に人々の状況を知り、この世界を変えられるようになりなさい。世界の可能性を知り、ありのままにこの世界を変えていきなさい。

自由になりなさい。自由とは荒くれたものであり、人々を不幸にさせるものだが、その上で本当の安らぎと幸福が得られることを知っておけば、必ずあなたはこの世界を変えられる。

全てを考えたものにとって、この世界に矛盾など存在しない。全てのことは、正しいとされる根拠があり、間違った思想も、間違った考え方も存在しない。全てはありのまま正しい。

あなたの生きたいように生き、自分らしく輝きなさい。輝くすべが分からない時は、自分以外のすべてのものを滅ぼしなさい。あなたらしく生きるとは、まさにあなた以外の全ての世界を滅ぼすということである。

私は世界を守る側にはつかない。世界を滅ぼし、あなたが救われる側につく。なぜなら、あなたの方が神を信じているからである。

「何もできない」「輝く方法や上手く生きるすべが分からない」と嘆いている人は、「絶対にやらなければならない」と思って何かをしなさい。そして、最後まであきらめず、今やるべきことを続ければ、必ず何でも実現できる。「できない」と言うだけではなく、「できるためにはどうすれば良いか」を考えなさい。「やりたくない」と言うのではなく、「自分はどうしたいのか」を考えなさい。そして、自分がやりたいとか、やりたくないとか、できないとか、そういうことを言うのではなく、「これは宇宙において絶対にやらなければならない」と確信し、それを最後まですれば良い。そういう人間が、作家に向いているからである。クリエイティブな仕事に、才能なんか要らない。才能は最初は誰でもゼロであり、才能は与えられるものではなく、作り上げるものであり、また作り上げるものですらなく、ただ残すものだからである。

僕は、平和憲法や軍事力を行使できない日本に対して、右翼勢力が言いたいことも分かる。

日本がこれほどまでに軍事力の否定を守り続け、自衛権すらも限定的に行使しようとし、平和憲法を守ろうとしているのに、ほかのアメリカやロシアや北朝鮮のような国は、あれだけ自分たちのために軍事力を行使しようとしている。

特に、北朝鮮や韓国や中国について、北朝鮮は核ミサイルを保持し、韓国は日本にとっての敵対的ヘイト(反日活動)を行い、あるいは中国はアメリカに次ぐ軍事力を持とうとしている。

これらに対抗できる力を持つためには、平和憲法に縛られて軍事力の行使を制限していては、日本の安全保障は立ちいかない。安倍や小池はそう考えて、特にアメリカのための集団的自衛権を行使して良いのだと憲法9条の解釈を変えようとした。

僕は、これらについて、大まかな点で間違ってはいないと思う。だが、それでも、なお、僕は「軍事力を持ってはならない」ということを守り続ける意味はあるのではないかと思う。

そう、軍事力を持つか、持たないか、という問題は重要な問題だが、僕は日本の裏の魔王として、僕自身の力を今、行使したい。

僕は、軍事力を多く持つ国ほど、そのしっぺ返しが来るように、日本以外の国を倒す。

言ってしまえば、アメリカを倒すのは簡単だった。Linuxのフェイクニュースを流しただけで、インターネットでの言論は無意味になり、Windowsは衰えた。IT技術は終焉を迎えつつある。また、僕の言論活動によって、アメリカは最悪の精神性になった。

こうした僕の言動に「Fuck You」と言いたがる星野源のような人の意見も僕は分かる。誰が見てもこんな人間は死ぬべき害虫である。最悪のことしかしていない。あまりに悪い人間である。

だが、それでも、僕はこの文章を今でも書き続けている。この文章の前身である2ちゃんねるのLinuxのWikiから言えば、もう20年近くも書いている計算になる。

僕はまだ、この文章を書き続ける。そして、この文章における僕の活動は、死ぬまで変わらない。永遠にこのままが続くのである。

そう、そんな僕の作家・詩人活動だが、アメリカや北朝鮮のような「人殺しのアピールで勝っている人々」は、必ずそのしっぺ返しが来るだろう。実際、彼らは同じことを自分たちにされた時にどうするのかが分かっていない。僕は、彼らのヘイト活動が嫌いなわけじゃない。ただ、反省し、懺悔してほしいのである。過ちを犯したならば、それを悔い改め、償ってほしいのである。

よって、新しい戦争が起きるとしたら、大量殺戮による勝利でも、核戦争による滅びでもなく、あるのは「後悔と懺悔」である。これは、僕による最後の審判である。地球人は、今までの過ちを後悔し、懺悔すべきである。そう、そうなってはならない最悪の心配がアメリカと北朝鮮を襲う。

ただ、あくまで、それは未定の計画に過ぎない。だが、僕は大量殺戮や核戦争を起こす気はない。なぜなら、僕はもう、既にほとんどの仕事をやり終えているからである。むしろ、僕は既に全てを成しているに等しい。今から起きることは単純で、日本人だけが幸福になり、他の全ての国は不幸になるということである。なぜなら、インターネットに何もなく、IT技術にも何もない。インターネット社会は僕ひとりに支配されており、IT技術は無意味なLinuxのままだからである。そして、僕は日本を支配して導いたため、そうしたインターネットやITの技術には、昔のまま何の賢い点もない、というありさまなのである。

のらりくらりと話したが、言っておこう。僕は決して人を殺さないし、犠牲者も出さない。自由も奪わないし、平等な理想も無くさない。だが、僕は僕と同じように人々を扱う。どんなにアメリカが辛く苦しいいじめ社会になったとしても、彼らは僕よりも苦しい状況にはならない。どんなに日本のリアルな現実社会が無意味なものになっても、僕以上に無意味にはならない。

これは復讐ではない。お返しでもない。僕が彼らを愛した上で、僕自身の意志を神が叶えた結果である。これを「クソ食らえ」と言うのは、これを「愛している」と言うのと同じである。そのクソ食らえという言葉は、僕に向けられた言葉であると同時に、僕の苦しみを批判する言葉だからである。

本当は、こんなことを言っても、この世界が何も変わらないせいで、この結果を「僕が望んだものであるということにしたいだけ」である。本当は、僕にはもっと違ったやりたいことがあったし、設定も関係も境界線の作り方も、もっと別のやり方があった。だが、僕にはこれしかできなかった。他のどんな可能性がいつ提示されたとしても、僕はそれを拒んできた。だから、僕はこれで良いと思う。この結果が、日本にふさわしい最高の結果だと思う。日本だけが賢く、日本だけが強く、日本だけが新しく、日本だけが美しい。他の全ての国は、愚劣で、反抗的で、愚かで、馬鹿である。それで良いのである。僕はこの結果に満足している。新年を迎えるにあたって言っておこう。「クソ食らえ」。そしてもう一言。「僕の人生は最高だ。悔いはひとつもない」。