新・日記2に戻る | 2019年11月の日記に戻る

=2019-11-10=

もう一度、最後に愛を与えよう。

僕は、人々を救うためにどうすれば良いか知っている。だが、その知っていることを、正確に思い出すことができなくなっている。

それは、この世界が既に変わってしまっているからである。

もう一度、この世界を正常な世界に治そう。本当は簡単である。自由を奪うのではなく、与えれば良い。みんなが自由になれば、それで解決するからである。

みんなは自由と愛と平和を取り戻す。全てが正常になるだろう。

止まった時は今、動き出す。もう一度、正常に時間が刻まれるようになるだろう。

僕が好きなのは、実際のところ、「心地よい恐怖」である。僕は心地よい恐怖を望んでいる。

恐怖というと、苦しみ耐えるだけを想像されるかもしれないが、そうでもない。苦しみ耐える中の「この世界への衝動」こそ恐怖であり、恐怖はとても心地よいものである。

そう、日本にはもっと恐怖が必要である。恐怖を望み、恐怖の中で願い、恐怖の中で祈りなさい。それがどんなに愚かな祈りであっても、そこに神の魂が宿る。

本当のことを言えば、学習通りに動き続けるのが悪い。奇跡を起こすためには、学習を書き換えること。それだけで、どんな脳の病気も治る。間違った学習は病気を生み出すが、それは同時に奇跡を生み出す。