新・日記2に戻る | 2019年8月の日記に戻る

=2019-08-04=

聞いて考えるのではなく、見て考えること。僕が馬鹿なのは、見ていないからである。

見れば、その存在の在り方が分かる。「在り方」という発想が重要である。存在、環境、そして想像力やフィクションが、「どのように在るのか」を考えることで、この世界の実像が見えてくる。

自分が怖いのは、不可逆的な変化が怖いだけである。元に戻らない変化が怖い。

だから、恐怖が一度復活して、永続して、それに慣れることができれば、恐怖は治る。殺した恐怖が復活するのが怖いから、英会話スクールが怖かったのである。

むしろ、平和が良い。平和のためには、戦争をしないこと。戦争をしないためには、独裁者の支配下にせず、みんなを自由にすること。

信念やイデオロギーだけを比較して、やれ自由の方が良い、平等の方が良いと言っている革命家は、何も分かっていない。もっと現実を見るべきである。

現実を見ると、平和が続けばいい。そんなに完璧な国が、人間の手で作れるはずがない。必要なのは、自分が今不幸であれば、その不幸を誰かに伝えられること。それがありさえすれば、混乱と闇が世界を覆っても、人は幸福に生きられる。

必ず、平和を実現するために、自由が無ければならない。完璧な政府が作れないからこそ、自由にしなければならない。

僕の発想にも限りがある。僕だけに頼って国のモデルを作り続けることはできない。あなたが僕の後継者になれるように、僕も責任を持ってあなたを愛さなければならない。

あなたが王妃になるのであれば、僕は王になる。それが叶う日は現実では来ないかもしれないが、天国では必ずそうなるだろう。

絶対平和ならぬ、絶対自由がそこにあるとすれば、それは賢い人間、あるいは誠実な人間によって行われなければならない。その上で、僕はその王に就任するだろう。あなたが僕を愛してくれるなら、僕の傍にあなたが居なくても、あなたの中に僕が住み着き、あなただけは幸福になるだろう。そのための、永遠の孤独の文章が、この文章の中の僕である。そして、本当の僕はフレイである。それで、終わりである。

この世界を救えると信じるのであれば、この世界に明かりを灯すことができると思うのであれば、現実を見なさい。現実的でない理想はただの紙くずである。また、理想的でない現実はゲスの極みである。そう、現実を見ることで、人々が何に迷っているのかが分かる。そして、自分なりに理想を信じることで、人々を変えられるという情熱のモチベーションを得ることができる。現実と理想はコンパスになって、この世界の方位を照らす。必ず最後まであなたは歩んで、本当の正しい愛をここに見つけるだろう。

また、新しい日が来るだろう。その日が来ることを祝い続け、自分の苦しみを愛して、最後まで続く希望を讃えよう。無限の夢はそこにある。この世界はまだ夢の世界の続きであり、最後の夢の到着地点は、ここに現れるだろう。全ての人生の出来事が意味のあるシナリオとなって、感動のストーリーを神という名の仕掛け人が最後にあなたに明らかにするだろう。そう、英雄ヴァルキリーはあなたである。全ての地獄は、僕であるフレイが作った、敷かれたレールに過ぎない。その到着地点は、あなたの今現在へと続いていくだろう。

あなたが王になりたいのであれば、私がその願いを叶えよう。僕と同じように、覚悟と責任感のある、最高の兵士となって、この世界をあなたは倒すだろう。ドイツの王よ、天国の完璧な支配者となりなさい。ソ連の王よ、地獄を乗り越えた革命家となりなさい。そして日本の国民よ、全員、その両方になりなさい。最後にイスラエルよ、世界全てを滅亡させる、滅びの魔法を唱えなさい。

さようなら。あなたが決して想いを曲げないのであれば、僕はそれを心から喜ぶだろう。そう、あなたのエゴを貫いて、世界を敵に回し、崩壊させれば、あなただけの栄光が永遠に続き、あなたはユダヤ人の王ダビデとなるだろう。

最後に、僕に愛されたいのであれば、僕と同じように人々のことを愛して生きなさい。天国で私たちは会える。あなたが最後に死ぬ時まで、その想いと約束を忘れてはならない。