新・日記2に戻る | 2018年9月の日記に戻る

=2018-09-17=

何かをして、何かが後で出来なくなるのであれば、出来なくなる前にそれをしなさい。後でも出来ることは後でしなさい。先にしか出来ないことは先にしなさい。

自分が確かに出来るように、根を張って種を蒔きなさい。自分の今、出来ることからやり、出来るべきことが最大限出来るように地盤を作りなさい。

労働も、労働者も賢くはないが、この世界は労働の世界だ。それを頭に入れておけば、この世界で本当に何をすべきなのかが分かる。賢いのは本を読むことと書くことである。ある意味、自分のやりたいことを探している人間は賢くない。それは、「やるべきでないことはやりたくない」と思っているからだ。

起きること、出来ること、可能性を考えなさい。大人は、同じことを繰り返し、可能性のない中で何をすべきか分からなくなって彷徨う。子供の場合、起きることと出来ることしか考えないし、興味や楽しさは可能性を自由に「作っていく」ことにある。大人でも、可能性を楽しむことはできる。怯えていては何もできない。

理由を考えなさい。それがそうなることが、なぜそうなるのかを考えなさい。アメリカ人のように、「部屋は明るい、なぜなら光が照らすからだ」と考えれば、物理のように考えられるが、逆に「電球があるから空間が明るくなっている」と考えれば、それもそれで違った考え方で考えられる。アメリカ人は原理を発見するのが得意だが、日本人は原理から応用するのが得意だ。

方法はたくさんある。固定観念に囚われないように考えないといけない。本を買った時の思いや考えがあったとしても、本を買ったその時のことは忘れなさい。一度先入観や考え方を変えて、新しい本を買い、今まで買った本を違った目的で読みなさい。大学や芸術的才能だけで考えるのは間違っている。パソコンにはLinuxしかないわけではないだろう。

昔は、逆境から這い上がって世界を倒す最高の英雄だった。稀勢の里もそういう人間だが、あれは稀勢の里と良く似ている。絶望の中でさまざまなとり組みからアイデンティティと価値観を確立し、本当の愛で人々を救い、出来るようになるために自分で支配者となって、世界を最後まで導き、平等の天まで続く階段を作って、永遠の天使となった。あれはそこらへんが面白い人間だった。覚えている。

逆境から這い上がるのは簡単だ。人々と触れ合いながら、六等星として輝けば良い。それ以後は本当に難しくは無くて、何も分からなくても最後まで世界と戦えば良い。あれは最高の人間だった。

ここで、ひとまず終わりだ。楽しかっただろうか?僕はあなたとは会えないかもしれないが、あなたはきっと何かを得たことだと思う。僕にお返しをするよりも、他人に対して同じことをしてほしい。自分があなたにとってあったように、誰かにとってあなたがあれば良い。それが最大の返事になる。そして、ここでとりあえず、僕は楽になった。虫歯が辛かっただけで、辛いことなどもう何も無い。これ以上は狂わないし、きちんと出来るようになる。全ては終わった。終末など、訪れなかった。

僕についていきたいものは、ついてきなさい。僕に反対するものは、もし僕を倒したいなら僕は対処を考えるが、僕は合理的に考えることでそれを解消する。僕の言いたいことは、全員を同じにする必要はないということだ。僕に反対する者は反対し、ついてきたい者はついてくる。それが一番自由で、正常だ。