新・日記2に戻る | 2018年9月の日記に戻る

=2018-09-15=

Facebookより

今日は英会話教室に行ってきた。

英語は、日本語のように高低で単語を発音するのではなく、アクセントの音の強弱で単語を発音する。

このため、「ほとんどアクセントの部分しか発音しない(聞こえない)」という特徴がある。

たとえば、「I like music.」は、ほとんど「ア」と「ラ」と「ミュー」しか発音しない(他の音はとても小さくなる)という感じだと思う(この具体例が本当にそのような発音になるかどうかは別として)。

アメリカ人が英語をとても速くしゃべるのはそういう理由ではないかと思っている。

まだまだ英語は勉強中なので、僕の書いている英語にも嘘や勘違いが多い。たとえばホームページにあるように、英語に2~4ぐらいの大きな声で発音するポイントは無いかもしれない。だが、言いたいことは伝わるはずだ。

昨日は、歯医者で歯を一本の半分だけ抜いてきた。虫歯になって被せた歯の根っこが膿を出していて、それをどうしても綺麗にできないので、半分だけ抜くことになった。少し痛かったが、特に問題はない。逆に、汚い部分を取り除いたことで、精神が楽になったような気がする。

次のことを前のことで否定するのはやめなさい。

それとこれとは別の問題であると考えなさい。

人間は否定するだけのロボットだから、否定していると分かるようになる。だが、そこをあえて変えることで、動物的に生きるのから解放される。

人間は、何かを常に感じることで反応を生きている。正しい感情だけを感じれば、賢い人間になれる。

血を治すためには、化学変化をたくさん起こすことだ。不自由に生きていると、化学変化すら起きなくなってしまう。全てを自由にコントロールすることが、逆に一番不自由になる。人間の自然な適応に任せて、「他力に任せる」方が賢いことはある。というよりも、それしかない。

自分を昔と比べるな。

今、この時だけを見よ。

世界は今も常に動いている。

世界を変えるのも、滅ぼすのも、自由だ。