新しいことを分かるよりも、今まで既に分かっていることを思い出した方が良い。ヨーロッパのようなこと、哲学のようなこと、パソコンのようなこと、語学のようなこと、人生のようなこと、文章のようなこと、神のようなこと、救うため、捉えるためにどんなことをしていたか、全て、思い出すと既に全て分かっている。
そんなに新しいことを完璧に分かっていると、大学の頭が固い教授のように何も普通のことが分からなくなる。
考えるため、行動するために大切なことは何か、それがそうであることは何を意味しているのか、人々が何が出来て、自分が何が出来て、それが出来ると何が実現できるのか、基本的にどう考えるべきなのか、この世界の何がおかしくて、自分が何を何のせいにしているのか、そういう「考え方と信念」のようなことを分かれば、人間は分かる。
もう、終わったことにするのが一番悪い。いつまでも頭が回転するのは、考えれば分かると勘違いしているからだ。それは、ただ決めつけているだけで、本当は思い出して、一つ一つの知識と経験の意味するところが何であるかを考えなければ分からない。
デザイナーの夢は壮大で、こんな実力で笑われるかもしれないが、宮崎駿ぐらいにならないといけない。だから、人物画を描いた方が良い。風景は後回しで良い。人物を描くべきだ。
昔は、自然に生物や環境が生まれることから、歴史を分かっていた。経験や知識を考えることから、この世界の全ての営みと、なぜそれがそうなるのかという理由を全て分かっていた。根拠から経緯まで全部、具体的に分かっていた。そして、心のモデルを作っていた。
あとは、辛いことをもっと辛くすると、精神が治る。辛いと思うから辛くなっている。辛いのは、いつも辛かったからであって、そのいつもに戻ってさらに辛いことをして直さなければ、精神病は治らない。単純に、辛い部分をもっと辛くすると、精神の不調はすぐに治る。
自分の賢い点は、本当は、何をすれば何が生まれるかと、何が何を意味しているかを、過去に作った全てのモデルから、きちんと分かっている。正しく考え、モデルを作った。それが、今でも、全てを失って死の悲しみに暮れる中でも、そして常に活きている。脳が生きている。全てが消えゆくとしても、その基本的な知性は消えない。一度、全てを消した方が賢くなるだろう。
自分にあったのは、闇の陽と光の陰であって、それはまるで禅問答のように同じで、逆だ。否定する人間が信じ、肯定する人間が拒否している。抗う人間が許し、嫌いな人間が愛している。
死の活力が生の悪魔を超えて、神の悪が妖怪の正しさを滅ぼし、滅びの風が滅びのままで世界を復活させている。こうした考え方を、日本的と言う。日本は、鬼と狐を神だと信じる国だ。
昔は、具体的な歴史のようなものを、それにおける前提条件のようなものとともに、成り立たせて、全部の概念と手法を書いていた。
自分は、二つの真理が分かっていない。
1.行動する前に予想すれば分かる。
2.考えても分からないことを、実証し、実験すれば分かる。
いつまでも、行動ばかりし、実験をしないせいで、何も本当のことが分からなくなった。真実が何も分からない人間は、バカな人格障害になる。だから、行動する前に予想し、考えるだけではなく実験しよう。一見矛盾する二つの命題が、正しい一つの真理と、そのパターンを創り出す。そのためには、命題の前提条件と、具体的なものがどのように原因を知って考えられるのかを考え、意味するところから何をすれば良いのかを知らなければならない。知らなかった体験が青春となり、未知の捉え方がマスターへの道を作る。
もっと、考え方を思い出せば良い。思い出せば、すでに分かっていることしかない。
今日はブラウザへのHTMLエンジンの組み込み方を学んだ。もう、パソコンに関して、やりたいことや知りたいことがない。もう全部分かっている。ここからは、デザインのことをやりたい。特に、フォントや効果ではなく、具体的なアートワークのことを学びたい。特に、パスを使ってオブジェクトを「綺麗に描く」ことがどのようにすれば出来るか、挑戦してみたい。失敗は怖くないし、失うものは何もない。軽い気持ちで良いから、アートワークを作りたい。勇気は必要ではないが、自分を変える必要があるだろう。
昔、自分の経験から分かっていたのは、全て「この世界で自分がどこにいるか」と「どこにいたか」を知りながら、世界や人々の声を聞いて、「自分を変える」という大きなテーマから分かっていた。自分を変えること。それは、今までの自分を失うことを意味する。だが、失うことが同時に、得ることへと変わる。それは、自分を失い、自由を失うことから、環境への適応が生まれ、安心が生まれ、他者の尊重が自分の自由を新しく創っていく、ということを意味している。
本当は、「自分の今楽しんでいることを別のものに変える」ということは、とても勇気の要ることだ。勇気があっても、上手くやらなければ人格が分裂して多重人格になってしまう。だが、今の延長線上として別のものを楽しむものに加えることは出来るはずだ。とても勇気が必要だが、その勇気が今必要だ。
一度、完全に自己を喪失する体験をしなさい。自分を失うことで、自分の今居るその場所を、全面的に許しながら、その上で新しいことにとり組むことができるようになる。ただ、同じことを継続するのも、決して悪いことではない。だが、朝をむさぼり、夜を吐き出す、ゆずの言うような廃人は意味がない。新しいことに挑戦したいなら、今までの自分を失うようなことをすれば良い。それが、きっと新しい道へと自分を連れて行ってくれる。だから、今そこに居る、自分の今を手放そう。大切だと思っていたものを手放し、頑張っていたことを失う、ということを受け入れることで、人は大人になれる。それが、人々のことを本当に理解する「慈愛の理解者」を生み出す。それが社会権力と結びつくことで、「行動の善良な権力者」を生み出す。それがヘーゲルの言う、絶対知の良心の領域だと、僕は思う。
完全に、一つのことを同じように思うようになるまで、繰り返し同じ絶望を経験しなさい。そこから、この社会を救う最良の精神が生まれる。
posted at 22:36:21
僕に必要なのは、本や学問でも、仕事やパソコンでもない。必要なのは言葉だ。言葉だけが、僕を変えてくれる。僕は言葉を信じて、まだ文章を書いている。みんなの言葉を取りいれれば、きっとこの辛い病気も治るだろう。
posted at 22:17:24
最近、本も、ネットも、テレビも、勉強もしていない。興味のあることがこの世界にない。そんな僕が気付いたのは、「足りないのはみんなの言葉だ」ということだ。昔、具体的に社会を知って分かっていたのは、みんなの言葉を分かっていたからに過ぎない。言葉づかいも、思考も、全て日本語だった。
posted at 22:16:40
全てのことは、それでもう書いた。それでは、終わりにしよう。本当に、さようなら。僕は、まだ出会ってもいないあなたに、最初に別れの言葉を告げる。だが、この長くて長すぎる時の中では、一瞬はとても永く、一週間は一日で過ぎることだろう。さようなら。そのあなたを僕は待ったまま、別れを告げる。
posted at 22:11:51
だが、僕の愛は終わりではない。全てを愛した上で、滅びの風は「創造の息吹」となった。この世界の全てを創造する、「芸術家の神人(かみひと)」となった。
posted at 22:10:43
だが、そこには、何も自由がなく、また本当の人間の姿もなかった。ネットには人の姿は無く、文字情報だけが踊る。そんなものに、何の意味もなかった。僕は破壊を選び、絶望し、その中で「こんなはずではなかった」と信じた。それ以降は、全てを滅ぼす「滅びの王」となって、世界を終わらせた。
posted at 22:10:07
人々の実像と現実の環境を見て、この世界の解決方法が全て分かっていた。経験から全てを解決できるようになっていた。そこで、僕の人生は完全に終わった。一人、世界を愛し、「絶対に分かるように促す」ことで、僕は世界を愛し、受け入れ、そして導いた。人々は自由を失わず、自由な中で真理を知った。
posted at 22:09:08
自分が思うようにすれば、絶対に社会は良くなるはずだ、という心構えとこだわりがあった。経験から、「これは絶対に世界を導いて分からせることができる」という確信があった。そこから、教育や経済のことをマルクスのように洞察して考えるようになった。本当は自由なんか好きではなかった。
posted at 22:07:49
そして、自由に社会を作ることから、社会は正当性と幸福を持つことができる。そのために、経験と手段を知りつくし、救える人間がいないなら自分で救うべきだし、それは誰にでも出来ることだ、と考えていた。
posted at 22:06:44
自由においても、人々をきちんと教えて、分かるように導けば、誰もが分かることを分かることができるのだ、と考えていた。
posted at 22:05:58
自由にすべきだ、と僕は考えていた。自由を奪うことで解決するのは簡単だが、それでは絶対に人々の間で反抗と憎しみが生まれる。自由を許した上で、それぞれが自由に合意して、自分たちの意志で決まりを作らなければ、必ず失敗すると考えていた。
posted at 22:05:28
社会の形態については、「相手の立場になったつもりで考える」という真理から、この世界における制度や観念的真理を良く考えていた。この世界をどうすれば良い世界に導けるのか、僕は「子供たちの行動と社会問題に対する人々の意識」を考えることで分かっていた。
posted at 22:04:28
社会においてそれを成すために何が必要か、昔の僕はそこからマルクスのような経済学を作っていた。生産手段と研究手段を与え、自由な手段を支えるためにインターネットがあるべきだと考えた。また、決まりと自分らしさから、人々は自由な中でどんな働き方をすべきか、考えていた。
posted at 22:03:21
論理的なモデルを経験から作るために必要なのは、「把握しきれないところまで把握し、把握不可能なところを開拓する」ことであり、そのためには、余裕のある空間と時間、そしてさまざまな知の助けとなる環境が必要だが、昔の僕はそれにぴったりの環境だった。それが、僕の言う「豊かな土壌」だ。
posted at 22:02:10
そして、ある意味では、それは全く理想ではない。
posted at 22:00:48
ある意味、中心に居ないと分からない、人々の活気をネットで見ないと分からないものは、OpenJaneのようなものでもある。だから、きっとオープンソースの可能性は、分裂の方にある。分裂に分裂を重ねて、英語とフランス語が分かれたように、オープンソースは分裂して初めて可能性を持つ。
posted at 22:00:18
だが、オープンソースの公開性は、本当はコミュニティに根差したものであり、英語の出来ない日本人には敷居が高い。だから、僕はもっと、オープンソースからの派生と独立の柔軟な実践を求める。だが、僕はVine Linuxの失敗を見ていると、それも難しいのかもしれないと思う。
posted at 21:58:59
僕は、オープンソースは、大学やサーバーだけのものではなく、もっと地域に寄り添ったものになるべきだと考えていた。特に、ソースコードを無償で得られ、公開され、改善されるという「物質的な再利用」は、地域の「ローカル性」と合わさると潜在的な可能性がある。
posted at 21:57:54
社会においては、独立性と共有における「爆発的進歩」が世界を捉える助けとなる。爆発的進歩では、「環境の自由」が大切だ。人々が集まり、関わり、作り、共有する環境は、多様で、独立性があり、純粋で、創造的で、そして透明なものでなければならない。友愛はLinuxをベースに生まれるだろう。
posted at 21:56:46
人々が何を考えているのかを知ることが、哲学の大いなる助けとなる。社会において人々が何を迷っているのか、その迷いを打ち消してくれるものは何か、その迷いが本当は何だったのか、そして迷いはどうすれば消すことができるのかを知ることで、世界全体の全ての迷いを解決できる新しいブッダになれる。
posted at 21:55:24
人々の考え方がそうである、ということを冷徹に見つめ続けることで、その考え方がどこから生まれるのか、「人々の思考がどのように働いているのか」ということを、実証的に知ることができる。
posted at 21:54:01
未知が何であるかを思考で捉えることで、「全ての未知は同じものの延長線上」にあることが理解出来る。それは、理性批判と帰納的推論に基いた、「考え方がどこから生まれるか」という「概念哲学」である。
posted at 21:53:20
科学的考え方とは、「未知を経験的に解明すること」である。心そのものを解決しようとするのではなく、心の働きを明らかにする。社会そのものを正そうとするのではなく、社会がどのように働くかを解明する。そこから、裏にあるバックボーンの全体を知ることができる。
posted at 21:52:24
また、それぞれの自由を認めることで、合理性に基いた考え方が生まれる。
posted at 21:51:24
そして、規則の上で考えられることは、社会と人間の持つ「必要概念」である。必要概念においては、社会のさまざまなことが、人間が人間らしく暮らすことに対する「必要性」から生まれたものであり、それは自分が自分らしく生きる、という「自由なアイデンティティ」と同じことである。
posted at 21:51:05
環境の創造とは、環境自体に、環境に属するさまざまなものの立脚性がある、ということである。環境によって社会の認識は変わり、環境を創り出すことで正しく問題を解決出来る。そこでは、環境と一言に言っても、ルールや自由など、さまざまな決まりと規則が存在する。
posted at 21:50:13
たとえば、道具と経験からものは生まれ、人々は教わることでそれを享受出来る。人間の最初の知性とは、「道具からものが生まれる」ということを理解することであり、それはこの世界を抽象的に捉える、ということである。
posted at 21:49:14
ものからものが生まれ、経験から経験が生まれる。環境を創造し、変え、それぞれのための社会を作り、必要概念から社会の立脚性が生まれる。昔は、そういう風に考えていた。
posted at 21:48:23
僕は世界を愛した。それだけは、永遠に僕の心に残っている。
posted at 20:34:05
平和が世界を破壊し、自由を望む心が自由を奪った。無責任が責任感にさいなまれ、愛は平和を維持した。
posted at 20:33:48
そして、罪とは人々であり、罪とは救いであり、罪とは覚悟であり、罪とは力である。
posted at 20:33:18
愛とは自由であり、自由とは刑であり、刑とは罪であり、罪とは人生である。
posted at 20:32:58
そして、人々の経験を全て吸収して、僕は「世界中全員の罪を背負って救う男」になった。ある意味、潔い覚悟と男らしい決意が、僕を戦いへと導いた。全てを失いながら、僕は自分の望んだ地獄に耐えた。耐えきれなくなりそうでも、耐えるしかなかった。それは、永遠に続く僕の刑だった。
posted at 20:32:32
そして、愛だけでは世界は救えないと思った。自由と人間性が必要だと思った。本当は、それは間違っている。愛だけで世界を救うことはできる。だが、昔は、そんなに巨大な愛を自分が作ることになるとは思っていなかった。ここが笑うところだ。
posted at 20:31:24
自分の想像力を高めることは、視野の拡大に繋がる。昔は、視野の拡大だけでは分からない領域を知るために、認識を作り、モデルを作り、経験を知り、環境を知り、人格や精神の可能性を知り、社会を実現し、経済学的なマルクス的論理社会学を作って、発想法と創造性から世界の滅びの原因を突き止めた。
posted at 20:30:37
蓋然性合理主義、と言えば聞こえは良いが、本当はたぶんこうだろうと、見切りをつけて、そこから洞察し、実証する哲学だった。それはデカルトと全く同じで、旅とさまざまな労働や戦いの経験、そして科学的で論理的な「豊かな思考」から生まれる、感情的で感覚的な想像力だった。
posted at 20:29:29
自由とは、人々を愛する、愛の形の一つにすぎなかった。自由にすれば、人々はもっと本来の自分のしたいことをして、無用な争いごとや反抗を避けられると考えた。それぞれを自由にすることで、自分の意志で理想の社会を築いてほしかった。
posted at 20:28:23
それは、キルケゴールやマルクスのような、改革と革命と可能性の人間だった。
posted at 20:27:34
人々の全てを愛する愛はそこに生まれた。この世界にいる社会人や親たちの気持ちを知り、子供と付き合う中で自分は全ての哲学・思想的なことを自分の体験から知った。議論することで絆を培い、会話することで能力を得た。そのうち、考え得ることだけで、世界の全てを変えられるようになった。
posted at 20:27:15
そして、人々のことを知り、考え続ける中で、ある種の、高校や大学をはるかに越えた高みへと行き着く。僕はそうした不登校の高校生だった。自分の出来ることを全部やる開拓の人生は、Linuxを知り、思考を知ることで、自分だけの確かな高みを作り出した。それが、神を創り出した精神だった。
posted at 20:26:05
関係から説明と客観性と成り立ちを考えた。その一つの発想に含まれている属性や特性は考えない。関係の中で、何がそこに生まれ、それを何が生み出しているか、という原因と結果を考える。自分が過去にそうだったことが、何が原因で生み出されていたのかを考え、そこから人々のことを知る。
posted at 20:25:05
だが、彼は冷静で穏健だった。出来るだけ、行動をしない。何もしなくても出来るような、影響力と実現力の合理的なことをする。その自由は、コンピュータ科学に基づくものだった。UNIXからDelphiまで、コンピュータの全てを知っていた。
posted at 20:23:29
言葉のモデルを作った。人間がどんな時にその言葉をそのように発するのか、ネットの体験から知った。言語的に論理性を考えることで、全ての環境の原因を知り、世界中全ての環境を応用的に解決できるようになった。自分のできる能力と経験が膨れ上がって、誰よりも賢い積極的行動主義者になった。
posted at 20:22:38
革命の中で、愛が生まれた。この世界を包み込み、全ての罪を教え、人々を救い、必ず悪人を後悔させる、神の裁きのような、そんな愛だった。
posted at 20:20:29
知性がなくなる病気の中で、僕はこの世界を導いた。王のように全て分かりながら、自分と自分の対話を続け、最後まで、僕は永遠に作り続けた。それは愛であり、導きであり、支配であり、そして解放だった。
posted at 20:19:22
全てのことに対処出来る対処策、全てのことに適用できる考え方、全てのものを創り出す体験の実現、そして全てのものを包括できる世界モデルを作っていた。
posted at 20:18:24
地球の歴史を考えていた。この世界にあるさまざまな歴史的な意識と実像を、具体的な歴史と、記憶の回想から分かっていた。この世界の全ては、「歴史」という意味で統一し、統合できると考えていた。
posted at 20:17:49
昔の僕は、ヨーロッパ史や哲学など、色んな世界観のことを一つ一つ知ってマスターしていた。それは、未知を一つ一つ潰していき、夢とはるかな高みと広い世界の開拓を目指す、いつもの自分の文章のようだった。歴史から宗教まで、一つ一つ、全て知っていった。
posted at 20:17:06