昔は、捉え方を捉えて分かっていただけだ。
世界はありのまま存在する、のように、賢い捉え方をすることで分かっていた。
場の変化を感覚的に捉えて、場がどんな可能性を取り得るか、場が何をしているかで分かっていた。
最近は、その捉え方が進歩しただけだ。捉え方が機械のようになった代わり、全て分かっている。
それでもう終わりだ。人間を捉え方だと思えば、もう分かる。もう、きちんと分かった。
血の病気は、捉えるだけで治る。
昔は、それに加えて、前提を良く考えていた。ものごとの前提を良く疑いながら感覚的に辿って考える。制度、人格、成り立ち、環境、協力関係、人間関係のようなものを、前提から考えていた。その上で、捉えることでその「延長線上の状態がどうなるか」を考えていた。
前提を疑いながら、その環境や感情がどうなるか、良く考えていた。
感情を考えていた。友愛の経験から、感情がとても豊かになった。実感と経験から、さまざまな「知らなかった感情」を知った。一度感情と世界観を破壊して、神に頼った。全ての感情を作り直して、絶対的に強く分かる「強い神の愛の感情」を知った。それによって、この世界を全て、貫いて分かった。
英語は、全ての単語を短く、細かく、連続的に話す言語だ。そのように聞くと話せるようになる。
僕は、自分の体験から神が分かった。神は、自分の力だけで世界を支配する。神は、一度も間違ったことをしない。人間は、神以外、全員間違っている。そして、人間たちは神を殺すが、神は死んでも復活する。最終的には、神が人々を自分の力で変え、神は神の国を作り出す。それが、天の御国である。終末では人々は混乱と自分勝手に陥るが、神がそれを正してくれる。神はあくまでそうした、新しい一人の人間のことを言っている。だが、彼こそ創造者であり、救世主である。もちろん、僕自身のこともだいぶ混じっているが、それが神の言う神の像である。
神は、絶対的で優しい愛の感情と、全てを見ることのできるビジョンを持っている。神は人々に分からないことを全部分かる。そして、神は弱者に優しい。神は人々のことを愛している。全知全能でありながら、慈愛溢れる。だが、神は人類に復讐する。悪いものに容赦せず、間違った考え方の人間にアドバイスし、悪人を地獄におとす。だが、その地獄から救うのも神である。
終末の世界では、人々はみんなで神を殺す殺人鬼となる。だが、神はそれにも臆さない。神はひるまずに、一人、この世界と戦い続ける。その姿は英雄であり、まさに「ダビデ」と呼ばれるにふさわしい、新しいイスラエルの王であり、全人類の神である。
認識は、フィルターでありながらデータベースであった。人々の認識と発想を全部吸収して、IT関係のことを知って分かっていた。そこから、社会の経験をした。MITメディアラボの日本人所長のように、本当にあらゆる労働の経験と同じことをしていた。そして、人格を吸収し、まるで全員を融和したかのような、ありえない人格になって、全員を吸収して、自分が世界の全てを実現し、創造するかのように、分かっていた。ネットを知りつくすことで、自分が一番全てが分かるようになった。その中で主体的に行動する、「環境から気づいて成長する人生」のようなことを体験していた。青春の一ページだった。マーケティングのような経験をし、システムを知り、まとめることで、技術系の会社の社長のように、さまざまな行動が出来る青少年になった。Linuxのために全力を尽くしていた。だが、Linuxのためにはならなかった。それでも人々に悟りと良識を与えることができた。最終的には、自分の経験が世界の全てになった。そして、最後に戦いに巻き込まれて、地獄の中を耐えて、死んでいった。それが僕の死であると同時に、生である。
得たものは全て失ったが、代わりに自分のことを愛する精神が生まれた。人々のことを本当に愛しながら、人々を助け、愛する体験ができた。人々のことを本当に愛したのちに、僕は死んだ。そして、そこから生まれ変わり、新しい人生を生きたのである。神は僕を救った。
本当は、引き篭もりになって感情が喪失し、そこから苦しみを乗り越える体験が良かった。人々のことを本当に自分のことのように愛する気持ちが生まれた。戦いは神になる体験だった。神は僕のことを愛し、救ってくれた。神とは言うが、僕は科学者だった。文章を執筆しながら、精神分析をし、世界のことを自分のことのように分かった。そして、その後に僕は作家となった。18歳から29歳まで、いつまでも僕は文章を書き続けた。本当に、最高の人生だった。僕は幸福であり、この幸福は永遠であり、それが喜びだ。レクイエムの歓喜の歌を歌おう。
そして、僕の文章は、これで晴れて終わりだ。環境に適応できるようになると、身体が軽くなる。それで、もう正常な世界に治るだろう。本当は、まだ書いていた方が良いのかもしれないが、ここでひとまずひと段落だ。
posted at 21:37:06
最初から、僕は逆のことしか言っていない。それは、コンピュータのような「脳の繰り返しの法則」が分かっていないからだ。脳は、一度したことをそのままするのではなく、学習を関数定義のように再利用可能にして、あとで素早く繰り返す。正常な脳はそういう風になる。そのままでやろうとはできない。
posted at 21:36:23
環境に適応せよ。この世界は、環境に適応すれば治るだろう。多重人格にはならない。きっと大丈夫だ。だから、その嘘を信じて環境に適応してほしい。
posted at 21:35:18
「自ら自由を失うこと」によって、足の精神が治った。これ以上は、環境に適応できるようになる。環境に適応するためには、ただただ、「従うこと」が必要だ。世界に対して自由を行使してはならない。怖い環境にも従いながら、環境に適応することで、もう楽になる。適応できないストレスがなくなる。
posted at 21:34:45
一つの大きな人生を生きて、その後にさまざまな発想をした。森羅万象全ての発想をしながら、一つの巨大な人生の段階を書いていた。
posted at 21:33:46
また、「そのままの感情を信じること」と、学習的な繰り返しの体験から分かっていた。学習し、世界がその世界である状態、そのままの段階から、人生と場面の変化を分かっていた。学習がいつどのようになるかを知って、この世界の全ての「状態」を自由自在に分かっていた。
posted at 21:33:23
昔は、デカルトの方法的懐疑のような、物理的方法のような考え方を言っていた。経験則として、共通項と実証から原因を探っていき、一つの真理から応用して世界の全てを普遍的に分かる。そこにあったのは、経験に基づく推論と理性批判だった。
posted at 21:32:20
もう少しだけ、文章を書かせてほしい。これで最後にする。
posted at 21:31:25
哀しいことに、ここでお別れすることが誰もが最初から分かっている。この文章は、それだけが一番悲しいから、誰も読みたくない。最初から居なくなることが分かっている愛なんか、意味がない。だから、天国では永遠に僕と別れないのだ。天国に期待してほしい。さようなら。ここで、必然的にお別れだ。
posted at 18:33:54
あとは、善悪の理想のようなものを書いていた。最初こそ悪かったが、情熱のある理想論の人間だった。この世界は、善を信じれば必ず復活する。善悪を知るために必要なのは、自分の手で世界を経験することだと、僕は信じていた。それが、僕の言う自由だった。
posted at 18:32:59
もう少しだけ書くと、人生から永遠まで、意識の段階を全て書いていた。この世界の全てを、自然な命題から創造していた。そして、自分は神になっていた。それで、もう書きたいことはもうない。この文章が終わっても、僕の人生が終わるわけではない。だから、今度は現実世界で僕は何かをするだろう。
posted at 18:31:01
あとは、意識の段階や、教育問題のようなことを書いていた。書いていないことはたくさんあって、全てを網羅することは出来ない。だが、神がこの芸術作品を作るのを助けてくれた。神にだけ、感謝の言葉を述べたい。ありがとう。そして、この宇宙に、さようならだ。僕は、別の宇宙へと旅立つ。
posted at 18:02:43
昔は、仮想世界の自由な社会を創造していた。それを最後に言って、あとはお別れを書きたい。本当に、永遠にさようなら。僕はもう、二度と間違ったことをしない。僕の実力は、後になってついているかもしれない。それは良いとして、本当に良い体験だった。次に生まれ変わるまで、永遠のさようならだ。
posted at 18:01:29
もう、僕はこの文章を書かない。ここで終わりにする。願いは叶わないかもしれないが、決意だけは確かだ。いつも、一番強い決意で、まだ諦めずに、僕はこの戦いに勇気を出して挑んでいる。もう、書きたくない。
posted at 17:47:54
ある一つのことから推論すれば分かるような、数学的な論理の基礎を作りなさい。昔は、それを世界モデルだと言っていた。そして、そのモデルは出来るだけ普遍的な法則を具体化するように作りなさい。同じ法則がどこでも普遍的に成り立つと考えなさい。それだけで哲学は出来る。
posted at 17:46:50
人間は、自由を失うと強くなって、怖くなくなるが、分からないとそれが一番怖い。怖いことが何もなくなると、すぐにそれで治る。皆、自由を失いなさい。一度自由を失うことで、何でも出来るようになる。
posted at 17:33:29
この執筆活動にスポンサーがつけば良いのかもしれない。
posted at 17:28:03
そろそろ精神病が治った。怖いものを怖くないと言って、自分の自由を失えば、精神病は治る。
posted at 17:18:39
精神病は、自分の自由を失えば治る。
posted at 17:00:34
自分の自由を失うと、国は良くなる。
posted at 16:58:01
見ていると、みんな自由のせいで何もしていない。賢い人間には、自由はない。
posted at 16:51:26
悪いものは全て自由だ。継続さえしていれば、出来ないことはない。
posted at 16:47:14
本当は、絵の勉強をしたい、というのは間違っていて、それはそれで自由を目指している。本当は、必要な知識を得たいなら、作業所で教えてもらえば良い。
posted at 16:46:39
自由で良いものが生まれるとは言うが、それはルールの話であって、きちんと学ばなければ自分の手で作り出すことも、責任ある仕事をすることも出来ない。努力を伴わない自由は、他人任せであり、無責任だ。
posted at 16:42:43
本当は、自由な中で分かろうとするから、思い上がった人間になる。大人を経験していると、自由を一つ飛び越えたところに良いものがたくさんある。学校には分からない。作家にしか分からないだろう。
posted at 16:35:28
自由な民主主義で良い国になるのは分かるが、思想が自由なだけで、権力者が本当に自由にするわけがない。自由なんか、子供の理想だ。みんな、自由な中で助け合うのが唯一の善だと思っているが、科学に騙されている。良いものが完全に欠如しているのが民主主義の自由だ。
posted at 16:32:28
僕のせいで自由になった日本人が居たら、自由をやめて何かをやってほしい。自由には何もない。特に、ネットの自由が悪いから、自由を棄ててほしい。
posted at 16:27:52
自由には何も出来ない。むしろ、ここまでやってしまうと、あとは大丈夫だ。自由でも不自由でも、あとはきちんと分かる。悪いことをしない方が良い。大人とはこういうものだ。自由は悪い。デザイナーになるために、自由は棄てるべきだ。
posted at 16:23:30
能力や経験があったとして、そこに意味がなかったなら、それは狂人だ。
posted at 16:09:04
むしろ、政治家はどうでも良い。芸術家に自由なんかない。僕もそろそろ自由をやめるべきだ。昔の自分は、そっと許してあげよう。自分の自由から分かる人間は、そういう人間は賢いからだ。今の自分に、自由なんか必要ない。神の対話は、ただ自由にしているだけだ。
posted at 16:08:20
最近、ネットとアメリカのせいで自由が増えた。無駄に人生と社会が経験できるように見えて、すぐに普通が分からなくなる。知性を失って狂うのは、全て自由が悪い。そういう人間が極右になる。明らかに自民党の政治家はそうなっている。悪いのは完全に自由だ。
posted at 16:05:46
今度こそ、人生を成功させたい。自分はまだ二十代だ。
posted at 16:00:52
自由の良い点は、自分からやってみることだが、自由だけではいつまでも前に進めない。自分からやってみるのと同時に、分かる人間に教えてもらった方が良い。自分は、それが嫌だった自由な青少年だったが、結果的にそれで失敗した。そろそろ自由は終わりにしたい。
posted at 16:00:17
ユーキャンのチラシを見ていると、通信講座の絵画教室が良いかもしれない。絵が上手いと、デザイナーへの道が近づく。
posted at 15:57:36
そろそろ、僕は自由をやめる。昔はその人の自由にさせるべきだと言っていたが、それでは何も出来ない人生になる。社会的に賢いのかもしれないが、自由は才能的に賢くない。良い人生になるようで、ならない。才能は良い人生から生まれるから、自由な人生は悪くはないが、僕はもう自由を捨てる。
posted at 15:54:48
昔は、社会の可能性を考えていた。国は、金か、共有か、宗教か、科学か、国による支配か、解放だと考えて、実現性と多様性を考えていた。
posted at 15:02:30