新・日記2に戻る | 2018年3月の日記に戻る

=2018-03-12=

もっと技術を勉強しないといけない。作業所のスタッフの方と話していて、「自分にもパソコンのことが分かる」と言った。同時に、「自分でもプログラミングのことが教えられるかもしれない」と言ったが、そのあとで「やっぱり出来ないと思う」と言った。僕は、もっと勉強しなければパソコンのことは教えられない。作業所のみんなにも教えられるくらい、パソコンの技術のことをもっと勉強しないといけないと思う。

作業所では、いつも午後にやっていた軽作業をやめて、午前から午後までデザインをやることにした。そろそろ、出来ると僕は思う。デザインのことをもっと頑張りたい。

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生物と物理を、現象的、発生的、環境的に考えていた。多重人格が治って、二人が融和したおかげですぐに昔が分かる。昔は、人格が賢い人間だった。
posted at 09:53:41

数学の公理主義がするように、分かっていることだけから推論して分かりなさい。そのような文章を書きなさい。ヘーゲルの弁証法がするように、対比を統合して理由にし、逆に言えば何が言えるかを考えて書きなさい。理由と可能性を方法と現象から書きなさい。人生を書きなさい。
posted at 09:51:03

基礎の発想と経験から、考えられることを考えられることの中で考えなさい。そして、注意深く、いつでも神の言葉を聞いていなさい。出来ることなら、分かった全てのことを文章にまとめなさい。分かっている最小限の基礎で全てを統合的に分かりなさい。
posted at 09:47:27

機会を自分のものにするために必要なのは、実例としてどのような機会が起こり得るかを知っていることだが、それだけでは十分でない。基礎の知識を良く知った上で、自分なりに考え、研究し、発想することが大切だ。自分のやりたいようにやった方が良いこともある。神を信じなさい。
posted at 09:44:34

自分がそうあれることから、存在の在り方と体験の可能性を知れ。自分がそうあれる喜びを実感せよ。同時に、他人にそれを伝え、分かち合える喜びを知れ。
posted at 09:39:55

場における思考の延長線上を分かっていた。それを環境活動だと言っていた。
posted at 09:30:21

誰もが尊厳を肯定させられて生きるべきであり、抑圧はそれ自体が救われるべき対象であり、抑圧とは哀しい現実だが、理想や希望を諦めずに言い続ければ、きっと世界は正常に、一歩ずつ変わることができる。それは、理解し合えれば不可能ではない。一つ一つ解決し、一つ一つ経験して生きよ。
posted at 09:22:48

社会を救い考える精神の根底にあるのは、助け合いと慈悲の精神であり、人生の開拓の根源にあるのは、自分のしたことや知ったことは他の人にも出来ると自分の道を普遍的だと信じる精神である。
posted at 09:19:45

それを、社会部品と社会関係の段階、と名付けても良いだろう。
posted at 09:16:02

社会は、関係と立場から、それぞれの把握できる限界と、普遍的な関係の真理によって何故とどうしたらを部品の再利用的な段階で分かっていた。
posted at 09:15:19

昔から、思考や精神が未来の延長線上においてどうなるか、良く考える。昔は、考えられる全ての可能性を考えながら、経験を把握し、環境を知りつくし、自ら自立的に考え行動することで、人間の全てを分かっていた。
posted at 09:13:56

発想の具体化による、永遠の思考だった。
posted at 09:10:56

ただ発想を書き表していただけでなく、発展的な思考の延長だった。思考が未来において具体的にどうなっていくかを、精神分析と全世界の独りでの支配とともに、神のように書いていた。そして、全ての未来が分かった上で世界を導いて、分からせていた。
posted at 09:09:12

自分の思考の延長を書き表して、方法、可能性、発想、証明を書いていた。この宇宙の全ての可能性と説明を書いていた。手当たり次第、思うがままに、超越した永い時間の中、一つ一つ積み重なる思考を書き表していた。考えられる全てを考えていた。
posted at 09:07:13