子供は世界のことを知らない。子供には、科学よりもこの世界がどうなっているのかを教えるべきだと考えていた。
posted at 21:08:15
環境から環境が生まれる。そこでも、自由は守られなければならないと考えていた。だが、それは子供をただ自由にして放っておくことではない。きちんと自由でも環境が立ち行くように、大人がきちんと世界がどうなっているかを満足に教え、子供自身が自由に経験して分かっていくべきだと考えていた。
posted at 21:07:39
学校のような環境で、それぞれが自由に行動することは守られなければならないと考えていた。その上で、それぞれが自覚して学ぶように、自発的な努力を尊重し、教師は分かりやすく体験的に教えなければならない、と考えていた。
posted at 21:05:35
人間の思考は、環境の因果性から生まれると考えていた。環境は、それぞれの個別のやりとりであると同時に関係であると考えた。そして、関係は立場的に平等で、それぞれの意見が反映されるように自由でなければならないと考えていた。
posted at 21:03:22
全員が全員、ある意味で正しいと考えていた。間違っている人間は居ない。そして、体験もある意味では全ての体験がその人のためになると考えていた。そのようにして、宗教的な「人類の営み」を正しさと自由から、思考と環境を辿って考えていた。それを、「思考の下準備」としていた。
posted at 21:02:38
自由とは、知である、と考えていた。自由のないものには知がない。だが、僕はその自由が無い状態も否定しなかった。
posted at 21:01:44
数学、世界観、人生、手段、機会、そして環境と歴史のつながりを考えた。それ全てを「前提条件」として、「弁証法的な歴史学」から考えていた。
posted at 20:58:46
そして、終わりだ。あとは、多角的に考えるとか、影響力から自然な社会の変化が生まれるとか、自由な発展とか、DNAとか、ある意味「大学のことを知らないからこそ書ける、人生の真理」のようなことを書いていた。自分独りで考えて分かる、洞察力のあるリアリストの理想家だった。
posted at 20:57:50
世界を爆発的に発展させるためには、破壊した世界を正常に戻す必要がある。影響力を与え、自然にやりとりをし、相手に依存せず、また自分だけが分からなくなって人々から見ると逆に自分のことが分からない、といった事態を直す必要がある。だが、それは簡単だ。堂々と、「僕が王である」と言えば良い。
posted at 20:56:50
僕は、パソコンの画面はもっとやりようがあると思う。アプリケーションの画面は、プログラムの画面というよりも、人間とのやりとりを行うインターフェース画面だ。だから、もっとボタンやテキストボックスを効果的に表示し、画面を最大限に活かす方法はあるはずだ。ブラウザで終わりではつまらない。
posted at 20:53:06
逆に、辛く苦しい中で生まれた一人の救世主は、世界を救い、最高のユートピアにする。それらはどちらも正しい。
posted at 20:52:08
あとは、ありえない歴史のようなことを言っていた。世界は、すさんだ世界の中、自然に一人の救世主が生まれ、それが自分の発言によって世界を言葉で変えていく。だが、それが支配者になったとたん、ありえないほど悪いことをする。だが、それが長い期間において安定していくにつれ、世界は栄える。
posted at 20:51:42
それが本当に自由であるか、良く見極めて、社会の教育や経済のことを経験的に考えていた。発想をすることから、創造性と経験を高めて、精神を良くすることから人生と神の愛を知った。自分がそれをして、それが結果どうなるかを、社会的にどのように行われるかから分かっていた。
posted at 20:48:24
経済は、新しいコミュニティの創造と、数学的な生産と消費のモデル、そして自由な労働意欲と報酬に基づく、自由な経済学を、経験的な確かな社会真理に立脚する、積み重ねの法の集積によって分かっていた。
posted at 20:47:31
歴史を体験から分かっていた。知の変転と人生の遍歴は、自由な自分の行動からこの地域の歴史を分かった。その地域がその地域なりの歴史があることから、地域の立脚する個性とアイデンティティを知っていた。
posted at 20:46:43
あとは、自分の頭の中に集合知のナレッジベースを作って分かっていた。巨大な認識と事実のデータベースを頭の中に作っていた。環境と土壌を知り、根源的な意識を経験から分かっていた。純粋な感情から、精神分析のマスターになっていた。
posted at 20:45:20
創造性からものは生まれ、多様性から社会は生まれ、アイデンティティから価値観が生まれ、リアリティから環境と体験が生まれる。そこから、マスターへと近づくさまざまな基本的な経験を知れる。そこには、「理性の下準備としての判断」という考え方がある。
posted at 20:33:21
抽象性や理想が悪いわけではない。あくまで、現実指向をすることは、基本的な考え方の一つである。だが、大学は良くない。大学の抽象的な話によって、見えているものが見えなくなってしまう。政治経済も同様に良くない。逆に、哲学は悪くない。
posted at 20:32:13
社会的な機運や考え方として、改革や啓蒙でないものは何であるかを考えた。それは、何事も現実を見て考えるリアリティと、自分の立脚する考え方を多角的に考えるアイデンティティだった。
posted at 20:31:18
あとは、Linuxとネットの世界観から分かっていた。自分の確かな経験を信じて、出来る限りのことをやり、たとえ不可能だと分かっていても、諦めずに取り組んだ。失敗を知ることから、人々の知らない世界を知った。改革を指向することで、改革よりももっと良い神の愛とビジョンを知った。
posted at 20:30:33
昔は、数学を自由に応用して分かっていた。経験からどのように決まりが生まれるかを知り、仮定と応用から自分の考え方の科学を作った。多様性と創造性の世界を知り、人間がなぜそれをそうだと知っているのか、知ると何が分かるのかを知った。
posted at 20:29:00
自分がなぜ自分なのかを考えなさい。人々がなぜ人々なのかを考えなさい。そこから、リアリスト的なアイデンティティが見えてくる。そして、そこから、人々を本当に愛するという意味での、理想と実践の方法が見えてくる。それが、世界精神となる。
posted at 18:37:30
未来を作って、世界をそれにしていたが、傲慢で自分勝手な方が王が出来るから支配しただけで、何も悪いことはしていない。傷つかないままで、人々は自由になった。それは悪いことではないが、結果、あまり良い世界にはなっていない。
posted at 18:33:39
理想とは言うが、それは自分の考え方がそこまでに至ったということ以外のことではない。人々と同じように考えるから、哲学者のように分かるだけで、分かったところでそれは何も賢いわけではない。
posted at 18:32:22
リアリストのように考えると、本当は新しいものなんか作る必要はない。必要なものを同じように作り、分配すればそれで良い。それで新しいものは生まれない、とするのは、抽象的な考え方に洗脳されている。金を儲ける、ということは、新しいことを生み出すことではない。
posted at 18:30:58
本当は、侵略戦争は悪いことではない。イギリスとフランスが世界をどちらが先に統一するかを争っているだけであって、日本も昔は戦国大名がたくさん居た。その上で、徳川家康が江戸幕府によって統一したことで、徳川は良いことがたくさんあったはずだ。それをやっていただけで、昔の話だ。
posted at 18:29:55
自分がそれを欲しいと思った時、それが得られる状態にあるならば、それが理想を目指すことは理にかなっていない。今の現状を保守した方が正しい。左翼になっている人間は、何かを勘違いして、得られていないのに得られたフリをしている。それは何か間違ったものを得ようとしている。
posted at 18:28:50
ユートピアを望む国は、そもそもが地獄を生きているだけだ。地獄だからユートピアを望むのだろう。素晴らしい国に生きる人間にとって、ユートピアの幻想など全く意味がない。だから、北欧やロシアはユートピアを目指して近代的な国になる。
posted at 18:27:41
それぞれの価値観は、決して同じでも違いでもなく、人々の育ちと環境がそのまま表れたものに過ぎない。だから、賛美されることを否定する人間や、愛されることを否定する人間は、何かがおかしくなっている。誰もが、賛美されることと愛されることを好む。自由人は自分の心を最初から破壊している。
posted at 18:26:06
人々が違うこと、それぞれが好きに出来ることは確かに価値観の一つだが、それだけに囚われてはいけない。人々は自由にみんなと違った人間になることなど望んでいない。人々の望むことは自由ではない。みんな仲良くするか、敵に勝つことしか、人間は望まない。
posted at 18:24:26
理想は自由ではない。自由という考え方はおかしい。理想は、満足すること、夢が叶うことなど、さまざまな現実での自分の願いを叶えることであって、社会を自分の思い通りの理想にすることは、エゴイストそのものである。
posted at 18:23:23
リアリストは、今、自分が分かっていることを信じることでどこまでも行けることを知っているが、今のままで良いとは考えない。今のままで良いと考えることは、未来を変えることを否定している。リアリストは、自由でも平等でもなく、未来、それだけを考える。
posted at 18:22:20
リアリストは、自分の心の思うことを信じてはならない。心を信じると、無明の世界になる。客観的な知識を知る上でも、抽象的な考え方で理解してはならない。客観的な事実と結果から知らなければ、分からない。人間を信じるな。神を信じるな。理性を信じるな。抽象的な論理と考え方を考えるな。
posted at 18:20:57
自分の経験と理性を信じるな。自分の経験は、自分一人だけの経験に過ぎない。理性はもっと悪くて、その時その時の思い込みに過ぎない。それらを全て見て分かることは出来るだろう。だが、それは頭脳的ではあっても人間的ではない。
posted at 18:19:37
あるものは、環境と記憶だけだ。だが、経験と下準備をすることは悪くない。下準備をしていると、人々がどのように働いているのか、どのように社会が存在しているのかが、良く分かる。リアリストは、経験と下準備を考えるべきだ。
posted at 18:18:20
制度は自由にしたり、平等にしたり、ただ見かけ上を改善しても意味は無い。そうした抽象的な考え方は賢くない。それぞれがきちんと正しい制度を作らなければならない。正しい世界をリアリストが作る時、はじめて正しくリアリティとリアリズムの上で考えられた政府が生まれる。
posted at 18:17:28
自分が思うに、パソコン、インターネット、テレビ、新聞、書籍、学校、職場、就労支援施設、色んなものがあって、それぞれの過ごし方を自由にすることは良いことだろう。だが、そのどれにも極度に依存しない方が良い。自由に生きることは、依存することではない。中毒になることは馬鹿になる。
posted at 18:16:25
本当は、抽象的な政治の話というのは、言葉と論理と考え方で遊んでいるだけであって、全く意味がない。自由な社会と平等な社会というが、そんな社会はどこにも存在しない。必要なのはリアリティと具体性であって、リアリストのように考えることが、唯一意味がある。だがそれは争いや戦いだけではない。
posted at 18:15:30
未来を作っていた。この世界の新しい未来を作って、世界を運んでいた。この世界をどんどん新しい世界にする。結果、見かけは同じだが、全てを僕が創った世界になった。
posted at 18:14:21
日本の日の丸の良い点は、人間的な概念が存在しないこと。リゲルとか、シリウスとか、そういう星の名前は人間が勝手につけたものだ。あるものは太陽と同じ、ただの熱い球体だ。それに人間の名前や考え方をつけず、ただ星それがある、ということをありのままに表現した旗が、日の丸だ。
posted at 14:14:42
昔は、下準備が得意な人間だった。考えるための基礎を作って、自由な基本的対処策を考えて、何かをするための環境を作ることを考えていた。下準備をきちんとした人間には、良いことが出来る。世界も一通り知っている。だからこういう、文章の永遠の執筆が出来た。皆も、下準備をきちんとした方が良い。
posted at 14:13:17
今日は、自分は父親の風邪がうつった。インフルエンザかもしれない。仕方がないのでポイントはもったいないが英会話教室はキャンセルして、さっきまでベッドで寝ていた。
posted at 14:11:57
星は、一通り役目を終えると、爆発して太陽のような恒星になる。
posted at 07:52:25
星には歴史がある。シリウスも、昔は悲しい星だった。一人の救世主によって、シリウスはユートピアになった。
posted at 07:51:41
僕はリゲルとなって、この世界はシリウスとなる。
posted at 07:47:52
シリウスになると、このままで病気が治る。馬鹿が治る。みんなシリウスが大好きだ。
posted at 07:31:12
シリウスは、世界が最後に到達する、最後の世界だ。
posted at 07:28:32
シリウスは、この世界と同じだ。シリウスになると、すぐに死んで治る。シリウスは、世界の終わりだ。
posted at 07:27:50
実質的な自由から、社会を成り立たせていた。独立企業と言って、独立性の高い社会を自由から作っていた。自由とは、取り決めと人生を自由に決められることを言っていた。
posted at 07:27:06
失言をする自民党の政治家が、一番無責任だ。一番無責任でないのは自分だ。
posted at 07:25:54
無責任の温床は選挙だ。
posted at 07:25:25