今日は、英会話教室のレベル7のレッスンに行ってきた。
難しかったが、楽しかったと感じた。
テキストから、日本語が少なくなった。日本語で解説されている内容が少ない。また、講師も難しい英語を大胆に話すようになった。
これを続けていると、ネイティブ並みに英語が話せられるようになる、と感じた。
今日から、ノートに英語の文章を書く取り組みを始めた。また、教科書と習った内容を復習するためにそのノートに書くことにした。
僕は、人間がおかしくなる原因は、分裂にあると思う。
おかしく分からなくなる原因は分裂にある。何も出来なくなる原因も分裂にある。
考え方の分裂を治すためには、融和を目指して、シンプルに、単純に考えるしかない。
まず、難しい言葉や難しい考え方を使わない。
次に、他人のことではなく、自分だけに集中し、他人のやったことや言ったことを気にかけず、自分の出来ることだけに集中する。
そして、他人から得た考え方を使うのではなく、自分の中から生まれた自分で作り出した考え方を使う。
そこから、他人のことを気にかけず、自分だけの世界に集中して、楽に取り組み、シンプルに行動することが出来る。
それによって、人間は自由になれる。
今日は、そんなことを思った。
自分は、今やっていることを継続すれば、きっと出来ないことは何も無くなると思う。パソコンはやめるかもしれないが、ノートに文章を書く。
ピアノも、デザインも、英会話も、教えてもらうことも大切だが、自分でやることも大切だ。
教えてもらいながら、自分でピアノを弾き、自分でデザインし、自分で英語を話すことで、どのようにすることが普通なのかが分かってくる。
哲学のようなものは、そこから生まれてくるものだ。
だから、今のまま、少しずつ出来ることを増やしていけば、きっと全てが出来るようになる。それを信じれば良い。それを確信して取り組むことが出来れば理想的だ。
他人の立場に立つことは出来ないかもしれない。だが、きっと自分を信じていれば、自分が人間を考える上で必要不可欠な絶好の素材になるだろう。
自分が楽なのは、ここまでの人生が全てあったからだ。もう、新しいものを望まないせいで、逆に新しいことが何でも楽に取り組めるようになっている。
昔の青春や、王のような支配と戦いの人生があったことで、僕は楽に一歩を踏み出せる。元に戻ることは考えていないし、失うことや分からなくなることも恐れない。
それが、僕の成長であり、愛であり、力であり、文章を書く理由だと思う。
僕の愛は、みんなを愛するために自分のことを顧みない。それは、本当は自分の過去の人生を誰よりも一番愛しているからだ。
みんなは、自由になりなさい。誰かに言われてするのではなく、自分の意志で決めなさい。
無条件の愛が、世界をもう一度包み込むだろう。再び同じことが起きる。僕のこの新しい人生では、何度でも再生する不滅の愛を作る。それを「不死鳥の愛」と呼ぼう。
社会を知ることは良いことだが、それで自分だけの世界に閉じこもることは良いことではない。積極的に発信することは、自分を滅ぼすことではない。共生し、人とともに生きることが出来ない。昔から僕はそういう人間だが、最近は少しずつ大人になってきている。何も問題を起こさなければ、それで良い。それ以上は望まない。
一人で革命を起こして世界に愛を実現するのはもう終わりであって、そろそろ世界は正常に治るべき時に来ている。僕にはもう、同じ戦いは出来ない。この世界を治すのは、きっと君だろう。僕の全ての力で、君を助けたいが、それは君のためにならない。君は自分の力で世界を見て、自分で得たものを皆に与えるべきだ。
滅亡した世界でも、この世界を見る眼はきっと養えるはずだ。君の望む理想の形へと、君の理想を築き上げてほしい。そして、君の考えて創った力で、この世界を変えてほしい。
昔の自分も、そういう風に滅亡の世界を見る眼を養いながら、理想の形へと自分の理想を築き上げていた。本当にそういう人間だった。もちろん、僕にしか出来ないわけでなく、これを見た誰かがやるしか方法は残されていないだろう。それでは、またいつか会おう。