作業所では、新しい通信に取り掛かっている。デザインを新聞風にして、インタビューなどを載せようとしている。
全て、消し去るのではなく、残すようにすれば治る。精神も、変えて消し去るのではなく、変わっても残るようにすれば治る。
昔は、物理的な段階のようなものを書いていた。人生における経験と成長の世界の広がりのようなことを書いていた。
数学は、関係と変化を考えれば分かる。
自分は、もっと具体的なものを考えれば良い。全て、一般的・普遍的に考えるせいで、日本語馬鹿になっている。
社会のモデルや全貌のようなものから、社会の全体像の発想を書いていた。
言葉を書いて推論することで、全てを自分の推論ですぐに分かるような、そういう悟りの文章を書いて発見していた。
自分の経験から、世界を救えるようになった。スラムから経営者まで、全てを自分の眼で知り、そして経験からたくさんの思考をして分かっていた。
経験的な「思考の経験」があった。
そして、精神を「いつどうなるか」考えるだけではなく、総合的に、全ての精神と心を検証して、「何がどのように社会に現れるか」のような心の現象学を作っていた。
自分が怖いのは、精神が崩壊するのが怖い。自分でそこまで狂っている自覚がないが、昔はそういう風に狂っていた。
大して狂っていないのに、精神崩壊が怖いせいで、何も出来なくなっている。
だから、逆になったり、変化しなくなったりしている。決め直すことが出来ないのは、決め直すと精神が崩壊するからだ。
だから、精神が崩壊しても良いとすれば治る。
だが、出来るだけ崩壊しない方が良い。ただ、そういうことを言わないだけで、最近は精神が崩壊しているテレビやネットや学校が多い。
テレビを見ていると、精神が崩壊する。それが怖いだけだ。
そして、学校も行かない方が良い。大学とネットが悪いせいで、学校は精神を積極的に崩壊させている。その理由で、馬鹿な人間が多い。
学校の勉強もせず、ネットもせず、崩壊するようなことをしなければ、人間はまともになって賢くなる。
自分の場合、そんなに治りたいのが悪い。治りたいせいでおかしくなっている。治るのをやめれば、それで正常な精神になれる。
あとは、今までやったことを全部して、分かったことを全部分かれば良い。それですぐに治る。
世界は、滅びれば治る。それは、一度精神が崩壊して治ってしまえば、人間の心なんかそんなに何もないからだ。そういう人間が正常だ。