作業所と農園に行ってきた。
宇宙の全てを包括するような文章を書いていた。
可能性やシステムを原理にしながら、あり得ない方向に進むような、宇宙の全貌、全ての概念を書いていた。
機会を積極的に与え、手段をみんなで作れ。手段と機会を全員に与えるようなインフラを作れ。
人間は、理想を信じれば救われる。
今の世界の大切さと、平和の大切さを信じなさい。今の平和な世界が続くことを大切に思いなさい。
人生とは、進む方向を吸収することだ。
気付いて欲しい問題があるなら、言葉で伝えなさい。
伝える勇気を持つことは良いことだが、時が伝えられない恐怖を簡単に解決してくれる。
導くとは、進む方向を支配して共有し、考えて信じながら決めていくことだ。
責任を持って自分勝手に導くことで、誰もが尊敬する偉大な王となることが出来る。
自分を馬鹿で出来ないと言うのは、自分の問題に気付いて欲しいからであって、本当に自分を馬鹿だとは誰も思っていない。
馬鹿な人間なんか、居ない。
制度的意欲とは、その制度があることによって、その意欲が生まれること、たとえば経済学での需要と供給のようなことだと思ってください。
需要と供給は制度ではないかもしれない。ただ、選挙があるから革命が起きないと言うのはあるかもしれない。ロシア帝国で革命が起きたのは、民主主義でない国だったからだ。
ロシアは、民主主義を最後に経験した。だから、きっと一番賢い民主主義国家になる。
自由の良い点は、国家に拘束されないこと。
自由でなければ、何も言えない。それでは何も出来ないし、何も分からない。
自由は強く、そして優しい。自由においてのみ、豊かな多様性のある自由な経済と社会が生まれる。
自分は、自由主義は今から品質の問題が課題になると思う。ダイソーや中国産の安い製品や、スーパーやコンビニなどの惣菜の品質がどんどん下がっている。品質志向や高級志向が流行ると思う。
ただ、中国製の製品の品質が高くなる可能性はある。あまり心配しない方が良い。
昔から、自分は森羅万象を全部考えて発想する。だが、賢く、そして考えないのが良い。
大人の賢くない点は、この世界に何かあるのではないか、と考えないこと。もう全部分かっているつもりでも、まだ何か体験出来る可能性はある。
大人の人生経験を疑うと良いだろう。大人は少しずつ思い込みになっていき、この世界を当たり前だと思い、可能性や留保的仮定や未知を知ろうとするのをやめ、驚かなくなる。
人体も学習する。辛いことばかりしていると、体が辛くなる。
血が治るのを学習すれば治る。
自分は、独り馬鹿を選んでも、本当の自分は賢い(自分では賢いつもり)のが、昔から変わっていない。
他人に依存しない生き方をすることも、時には大切だ。
一瞬で分かるようになると、パソコンで馬鹿になっているのが治る。パソコンは一瞬で分からなくなる。
神の創造を信じるのは良いが、神が創造したとするのは一番短絡的だ。だが、経験を積むとその意味が分かるだろう。
きっと、人間は本当に美しいものであって、その人生の美しさは決して神が創造したからと言う簡単な理由ではない。
昔は、経験を積めば分かるようなことを網羅的に書いていた。
普通、人間は何でも一瞬で分かるのに、パソコンをやっていると一瞬で分からなくなる。
昔は、時間的実存を時系列で分かっただけだ。過去の分かったことを良く考えた。
昔は、手段における社会の可能性のようなことを考えていた。どのような手段においてどのような結果になるか、社会の多様性や制度の面で考えていた。
また、社会のことをやけに良く知っていた。経験から、知識と思考を作って、社会をさまざまに生み出せるような頭脳をしていた。
最近は、生き物全部のような体験をした。下等な生命をたくさん作って、それがたくさんの生命へと変わっていった。段階的に進歩していった。
宇宙の中に宇宙があることが分かった。
あとは、社会のことをもう少し、詳しく具体例で分かっていた。最近は、具体的例のようなものが分かっていない。森羅万象の変化から、会社を分類して、アリストテレスのように分かっていた。社会の何をどのようにする形態があるのかを考えることで、世界全体を思想的モデルにして分かっていた。
今、国際情勢で問題なのは、日本人はあまりに北朝鮮が悪い国なのを知っていることかもしれない。アジアの国は、むしろ、アメリカが嫌いな国の方が多い。間違って日本がアメリカ側について、国際情勢で孤立しないことを祈る。北朝鮮につけ、と言いたいわけではない。むしろ、僕は広島人だから、露骨に核兵器で脅すのには賛同しない。
きっと、今日本人はそれで迷っていると思う。北朝鮮につきたくないが、アメリカの大統領はトランプだ。トランプなんか、馬鹿にしか見えない。報道を見ていると、いつもの選挙戦のような「口汚い支持者向けの長時間演説」をやっている。あれは見たくない。トランプになって、アメリカは弱体化し、滅びるだろう。アメリカ人は悲惨だ。
ただ、今トランプを批判したのは少し反省する。この文章は、最近作業所のスタッフの方に見てもらうようになった。読者がついて嬉しく思っているのだが、今までのようなそういう「トランプなどへの批判」をもう書かないようにしたいと思う。あまり、政治的なイデオロギーを書いていると、危険人物に見える。今までは読者が少なかったが、これからは気を付けたい。
これでは、(言葉は悪いかもしれないが)「左翼のトランプ」に見える。トランプがキングなら、自分はエースだ。
自分の問題は、色んなことをいい加減に知りすぎていること。ソクラテスが「無知の知」と言うように、知れば知るほど、人間は分からなくなる。普通、仏教なんか、なんとなくそういうものだと思うだけだ。僕はいい加減にそういうものを知っているせいで、そういう何となくが分からなくなっている。
一度、忘れた方が良い。そんな風に知るのではなく、もっときちんと具体的に知った方が良い。
この日記を知らない方向けにこの日記の内容を話すと、昔は自分の人生と自由な理性・社会内容が書いてあり、理性的だ。途中のノートの文章はここには投稿していない(ノートを手入力するのが面倒なため)。そして、それ以降は哲学を勉強しながら、色んな大学的知識のことを書いている。そして、最近になるにつれて、社会と理性の内容が、Linuxと経済の内容になり、色んな新発想や新発見のようなことをしている。たまにおかしな内容を書くが、大部分はまともな内容だ。だから、政治的イデオロギーだけだとは思わず、安心して読んでいただいて良い。
決して僕は悪い人間ではないので、そこは勘違いしないように!
自分は、激動の時代を生きたのだと、自分で勝手に思っている。本当に、Windowsが現れてから全てが変わった。ソ連も無くなり、混迷を極めるかのようで、未来に希望が無くなりつつあると同時に、その上で新しい世界へと旅立っていくような、「社会の生まれ変わりの時代」に生きた。それは良かった。そういう理由で、環境や多様性で人間のことを分かっていた。民衆の危機であると同時に、民衆の時代だった。
あとは、可能性や発想のような文章が多かった。啓蒙、実存性、目的、システム、経験、モデル、理性批判、インフラ、共同体、環境、言語、記憶、人生、理解、感覚、独立、多様性、共有、パターンなどを書く。そういうところで、賢い文章を書いていた。辞書にあるような「学問で自分を書く」に最近なっているが、昔はそういう「自分で世界を作る力」があった。洞察力と言って良いだろう。
本当の理由とは、愛することである。これを書く理由は、みんなを愛しているからだ。