最近の日記(ツイッター2)に戻る | 2017年6月の日記に戻る

=2017-06-19=

ツイッター

僕に会いたい人がいくら居たとしても、僕に会うことは出来ない。それだけは、出来ないことになっている。
posted at 23:18:22

きっと、今の社会、狂った人間は多い。僕は完全に狂って文章を書いていたこともあったし、最近はやる意味がないことをいくらでもやってしまう。それは、正常なのだ。パソコンや近代社会のように、簡単すぎる、便利すぎる社会が間違っている。いくらでも頑張って、こなすのが正常なのだ。
posted at 23:17:58

今のGoogleなどのWebサービスが面白いのは、UNIXの文化と良く似ているからだ。昔の、UNIXのワークステーションがネットワークで無数につながっていたころのコンピュータと全く同じだ。そのうち、Googleのサーバー側をオープンにするようになると思う。GNUは本来の姿になる。
posted at 23:14:16

昔は、社会的抑圧が嫌いでなかった。それは、抑圧された若者の集団が好きだったからだ。
posted at 23:13:01

昔は、実感から経験と理性を考えていた。色んな実感を積み重ねて、論理学と実感を組み合わせて、「論理の先にある実感」で場と目線を分かっていた。
posted at 23:12:41

自分と対話している神は、銀河系だ。
posted at 22:19:04

本当に賢い人間は、ブッダだ。だが、その時点では賢くない。ここまでやった人間が、キリストだ。だが、その時点では何も賢くないのだ。
posted at 22:18:30

僕は、今から、この宇宙の銀河系になる。それは、光の速さを基準にし、太陽の大きさを細胞だとみなした時に、正しい生命のあり方だ。だから、僕は銀河系となって終わる。昔は、ブッダのような精神を精神分析で分かっていたが、精神的にはそこに戻る。僕は、銀河系になる。
posted at 22:17:49

沈黙は、全てに勝つ唯一の答えだ。
posted at 22:13:52

本当は、・・・。もう終わりにしよう。沈黙してしまえば良い。もう、昔の自分を取り戻す旅は終わりだ。プラスチックのアメーバの経験論者のアリストテレスの文章だと思えば、まさにそれが自分だ。
posted at 22:13:38

きっと、本当は人間なんか無意味な物理現象にすぎない。でも、そこまで、本当にそこまで微小なものを、神は愛している。だから、神の愛は怖い。軽蔑で、悪魔で、殺し憎むことをベースにした愛こそ、神の愛なのだから。
posted at 22:12:45

きっと、宇宙は光の速さをベースに出来ている。だから、本当は人間なんか、一瞬、はじけたように生まれて、すぐに消え去るものなのだ。
posted at 22:11:56

だから、あなたはきっと900年後の僕だ。
posted at 22:10:13

本当は、この世界に相手と自分と言う区別は無くて、自分は相手であり、相手は自分なのだ。一部は全体であり、全体は一部なのだ。そして、相手と考えるのは間違っていて、一部と考えるのは間違っている。そういう世界が、この宇宙の真実のビジョンだ。
posted at 22:10:02

場の存在性で分かっていた。その山は、確かにそこにある。それが、変わらずいつまでもあることが、逆に社会の移り変わりの意識を誘う。そういう風に、自然の歴史が分かっていた。
posted at 22:07:45

きっと、アリストテレスのように考えれば良い。目的から可能性を実現せよ。
posted at 21:58:54

視界はもう澄み切っている。終わりだ。
posted at 21:57:51

もうお別れにしたいのはやまやまなのだが、まだ「屁のつっぱり」が生まれてしまう。渇いた僕の心を潤す聖なる水は、悪魔の呪いに変わってしまった。まだやりたいとは言うが、それは既に快感から痛みに変わっている。恵みの雨ではなく窒息の大洪水となった。
posted at 21:57:40

昔は、文章を書いて哲学的真理を推測する。経験から目的を知るとか、知性の言葉で考える。ある意味、何が何を作り出すか、だけが分かった文章だった。可能性を実現することから、概念の基礎を作ると言っていた。
posted at 21:55:55

終わりにしよう。正しい別れの方法は一つだけ。僕が、もう書かなくなることだ。
posted at 21:16:21

考え方を色々変えて分かっていた。自分の経験から、社会のこと、特にメディアのようなことも全部分かっていた。
posted at 21:16:05

むしろ、楽しかっただけだ。自分のことを否定なんかしない方が良い。
posted at 21:08:23

良く考えると、もう、どうしようも出来ないのは、引き篭もりが悪い。
posted at 21:08:08

なぜか、意味がない。僕は、今のまま、最後まで、頑張って生きたい。
posted at 21:07:53

そして、むしろ、小学生や中学生に戻りたくなった。
posted at 21:07:37

きっと、いつもの賢い自分がなくなったと思っている。それが哀しい。
posted at 21:07:22

だが、こんな人間の人生もきちんと創造したのが、神だ。
posted at 21:07:05

おそらく、神を信じたのが良かった。だが、それは僕の本質の逆だった。
posted at 21:06:47

戦っていない。みんなを正常な世界に連れて行きたかっただけだ。
posted at 21:06:29

僕はありのまま、こういう人間だったと思うしかない。
posted at 21:06:16

要は、「それが良い」とか「それが悪い」とか判断するのが悪いのだろう。
posted at 21:06:07

何も覚えていないのは分かる。でっちあげるだけのまがい物が美しく見えないのも分かる。評価されないせいで、賢いものを賢いと判別出来ていない。今日もたくさん賢い文章を書いているのに、自分を10年前のままだと思っている。
posted at 21:05:46

自分のことを悪いとばかり思っているが、悪いことなんか、最初の文章を馬鹿に書いただけで、それを除けば、90%良いことしかしていない。
posted at 21:04:47

悩んでいるフリをしているだけで、本当は消え去ってしまいたいのかもしれない。
posted at 21:04:15

何に悩んでいるのかは分からない。きっと、この世界がおかしいから、精神がおかしいのだろう。
posted at 21:03:59

辛いのは分かる。普通の人間のことも分からない。だが、昔のように「その自分を全て受け入れる」ことは出来ないのか?今の自分を賢いと思わないから、大事なものが手から離れていく。今の賢さを、そんなに馬鹿だと思うのはおかしい。
posted at 21:03:41

最近の方が良い。最近は、きちんとものごとの常識を知っている。分かっていないどころか、自分が一番色んなことを分かっている。理想が高すぎて、努力を惜しまないせいで、もう宇宙の全てを知っている。本人は、覚えていないだけで、馬鹿のフリをしている。
posted at 21:02:42

昔の自分は馬鹿だったが、独自の経済学を作ったせいで、70歳ぐらいのじいさんよりも賢かった。マルクスをそのままやったように思う。だが、結構バカだった。何もかも馬鹿で、バカで、ばかだった。
posted at 21:01:56

あとは、無い。もう残っていない。数学を作ったとは言うが、ただ積み重ねた数学がこの世界のコピーとして全てを把握する「世界観」になっただけだ。
posted at 21:00:04

そして、色んな経験をしていたが、経験だけに満足するのではなく、「自分はもう分かったから、もっと先へ行くのだ」と言って、本当に最果てまで行った、そういう人間だった。
posted at 20:59:25

そろそろ、昔が書けた。反抗的だったが、高飛車ではなく、むしろ、喪失的だったが、絶望しているわけではなく、自分なりに何かが出来ると信じていて、でも出来なかった。そういう、若者だった。発想とは言うが、若者に自由を与えるべきだとか、そういう、間違った発想ばかりが多かった。
posted at 20:58:44

結構終わりだ。あとは、人々に対する思いやりは、自由と可能性を愛する故だった。人々が自由によって困っていても、それは自由が悪いのではなく、現実にもっとやりようがあるはずであって、自由の悪の面ではなく、善の面を見るべきだと、昔から考えていた。
posted at 20:57:45

そして、最近は、最悪の戦いをしてしまったことで、永遠に後悔する人間だったが、これはすぐに神を信じるようになった。自分で自分のことが分からない。自分がどうすれば良いのか、全く分からなくなった。何もかもおかしなことをする。その地獄は、本当に耐えがたい最悪の地獄だった。
posted at 20:56:54

あとは、無い。昔は、そういう人間だった。理性的で優しくて、人々に対する情熱にあふれていて、誰も出来なくても自分には出来るのだと、わがままで自分勝手なようで、経験に裏打ちされた理想がある人間だった。
posted at 20:56:06

あとは、自分の経験から何でも分かる人間だった。江戸時代とか、創造性のある経験とか、真実の体験とか、そういうことが自分の経験から分かっていた。数学は、自分の心から出て来る発想と理性批判の精神で分かっていた。全てを世界の精神だと思っていた。そして、それは自分の中にあるのだと思った。
posted at 20:55:26

あとは、Linuxが好きだった。システムの構成を知ることによって、この世界の成り立ちが良く分かった。そして、この世界をデカルトのように、「全部をひっくるめて知る」ことが出来た。それは、デカルトの言う、「部分化」と「推論」のようなことだった。
posted at 20:54:26

あとは、回想によって場の意識を分かっていた。それから、自分の環境の変化を経験することで、論理的に世界の成り立ちを分かっていた。仮定の話を嫌う人も居るが、僕はむしろ、仮定の話が好きだった。可能性までを含めて、どうするべきかを考えるべきだと思っていた。
posted at 20:53:45

そして、GNUのように、「奪われることのない自由」から、独立性と主権を分かっていた。決まりは自由にするべきであり、共同体の国家は小さくするべきだと考えていた。
posted at 20:52:48

社会論としては、ロシアのように、共有の世界観、多様性のある世界観を分かっていた。
posted at 20:52:15

そして、言葉と実感で、経験的意識のことを分かっていた。
posted at 20:51:59

たくさんの人々との経験を交わす中で、必然的にそれぞれの考え方が分かった。
posted at 20:51:47

世界のことを知って、経験から、世界の変化を積み重ね、色んな自由なことを積み重ねて分かっていた。
posted at 20:51:25

独自の相対性理論のように、宇宙のことを分かっていた。光や惑星のことを、実感と法則で分かっていた。
posted at 20:50:58

経験論を、アメーバのように分かっていた。プラスチックのような辛い心を保持しながら、経験論のように「知性は全て経験によって作り出される」ことを分かっていた。
posted at 20:50:35

そろそろ、昔の自分が分かった。
posted at 20:49:53

だから、終わりにはならない。終わりとは言うが、まだまだ書くべきものが残っている。
posted at 19:29:54

楽しかった。明日も文章を書きたい。最近、書いていてもあまり辛くなくなった。怖いのは、どこかに目をつけられるのが怖い。不思議と、批判は怖くない。左翼の自分のことを攻撃されるのだけが、怖い。
posted at 19:29:35

政治家になりたいと思わない。今の安倍首相は終わっていると思う。言っていることが、全て間違っている。そういう人間に勝つ意味がない。僕は、勝つことや負けることを目指さないし、他人を責めることも、怒ることもせず、ただ自分のやりたいようにやる。だが、思想はきちんとある。
posted at 19:28:54

そういうわけで、僕は楽しく生きている。音楽を聴いたりするのが好きだ。Linuxの開発は出来なかったが、その経験があったおかげで、逆に哲学のようなことが出来た。僕は、音楽と哲学とLinuxと文章を書くのが好きな、平凡な凡人だ。
posted at 19:27:58

辛いように見えて、頭で考えすぎるのが辛いだけで、心はポジティブなのが自分だ。いつも軽やかに問題をかわしていく。要らないものは全て無くて、必要だと思ったものはその都度全て作る。やりたいことは全てやる代わり、しなくて良いことは何もしない。無駄もないし、こなし方も上手い。
posted at 19:27:17

ある意味、天才的な詩人の才能があったように見える。僕は、作家として本を出版出来たから、明らかにその方が良い。デザイナーとして成功するよりも、良いだろう。だから、僕は不安に思うことは少ない。そんなに悩んだりすることも少ないが、書くか書かないかで迷ってしまう。
posted at 19:26:15

ある意味、自分が終わっているのは、人並みの知性がない。知的障害のような人間だから、仕方ない。それは、常に集中しているせいで起きている。常に集中しないと分からないのが知的障害者だ。だから、集中しなければ、楽になる。それで、馬鹿が治るはずだ。
posted at 19:25:21

あるいは、Linuxに向いているかと言われると、それもない。open()やclose()を今更ながらに分かっているが、それらは基本中の基本であって、そんなことも知らないでC言語でのUNIXの開発は出来ない。それをどんどん吸収していくような、昔の自分のような人間が向いている。
posted at 19:24:30

僕は、きっと哲学者には向いていないだろう。哲学者は、何も分かっていないのだと思う。だが、クリエイターに向いているかと言えば、それは無いだろう。デザイナーの就労支援施設とは言うが、デザイナーに本当になれるようには見えない。芸術的な天才の才能もない。
posted at 19:23:33

人間が何を意識しているのか、何を意識していないかを、気付きと法則性から考えることは出来る。また、「本当に正しいプロセスで正しくそれを知る」ことから、人生をサルトルのように考えられる。一度本当に分かってしまうと、みんなが何を知らなくて間違っているのかが分かる。実存も発見出来る。
posted at 19:22:30

あとは、発想法のようなものを考えていた。相対的で、社会主義的な発想から、共有の発想法を作る。哲学者の考え方が分かっていた。都市にフロアを作るとか、農業を効率化するためにITを使うとか、そういう発想が多かった。
posted at 19:18:09

実存主義が何の略だったのか、うろ覚えになってしまった。それが現実にどう存在しているか、だったか、事実どう存在しているか、だったか分からない。本を見ても確認出来なかった。キルケゴールのページだが、間違っていたら申し訳ない。
posted at 19:16:35

将棋やチェスのように、先読みを右脳でして分かっていた。対処法を考えたり、認識を作ったりして、他人よりも先のこと、延長線上にあることを考える。だが、それが行き過ぎて、みんなが何も分からないように、導くことで世界を滅ぼした。それを治すためには、新しいガイドを作る必要がある。
posted at 19:15:36

サルトルのように人間のことを考えるのは、不可能ではない。本当に緻密に、だが大胆に、人間の認識や人生の真理を考えれば良い。因果性だけではなく、いつどの段階でそれが「明らかになるのか」と言う考え方が必要だ。サルトルは、実存は本質に先立つと言う。それが、自由な人生形成の哲学だ。
posted at 17:52:50

環境に適応することから、自由な意識が分かる。環境も、意識によって作り出されている。全ては、経験と意識から作り出される。そこでは、習慣や感受性が存在する。
posted at 17:42:28

最近は、意のままに世界を操る。世界をロボットにする代わり、自分がロボットになった。自分は、戦っているつもりなのは自分だけで、周りは自分によって愛されているのが分かっていない。これは、戦争に見えて、恋愛だ。
posted at 17:41:12

理性的に、数学的に、道理のように考えていた。自由な体験や、社会の創生、科学と経験の必然的結露のようなものを、道理のように考えていた。
posted at 17:40:29

場は変えられる。ロシアのように巨大な建築物を作ることは、現実に出来る。ロシアなら、それを所有者のものではなく、社会所有をして、みんなのものにするかもしれない。だが、僕としては、公共のものとして全員が利用可能であれば、社会所有まではしなくても公共の施設になると思う。
posted at 17:39:54

基盤は初期投資だから、良く考えて最初に作れば、あとは何もしなくても使える。逆に、恒常的に必要なもの、大量消費するものは高くつくから、恒常的に必要なものが安くなれば、大きな出費の削減につながる。
posted at 17:38:55

普通の人間が分かることを、全部考えて、それがなぜなのか、何と関係しているのか、何に作用しているのか、どういう状態でどのようになるのか、考えて、分かっていた。普通に分かることが全部分かっていた。また、シンプルに全てを掴んでいた。
posted at 17:37:56

分かるモデルを作っていた。環境の適応などを考えながら、いつ何を分かるのか、論理的、環境的なモデルから、照らし合わせて、「その時分かること」から分かっていた。
posted at 17:37:12

昔は、現実と理想のようなものを、自由から考えて、理想の実現を考えていた。
posted at 17:36:38

農園に行かなかったと書いたが、そのあとで農園に行って、今帰ってきた。
posted at 17:36:21

今日は疲れたので、農園には行かなかった。家で休みたいと思う。
posted at 15:24:54

数式のようなものを作っていたことが多い。環境と心の作用から、論理学的なものを作って、あてはめて分かっていた。独立や参加のようなこと、人生の法則や段階のようなこと、社会の生成のようなことを、全て数学的論理にしていた。おかしかった代わり、宇宙の全てが分かっていた。
posted at 15:24:33

精神のおかしなものを浄化することで、もう一度死と同じことが出来る。昨日は、それで精神が浄化されて、辛くなくなった。今日は、IT講習会で、怖い部分が死んだ。
posted at 15:23:38

昨日は、「頭の上の方にある、自分を支配している言葉」を消すことで、精神が治った。良く考えると、もうそろそろ治った。怖いのが今日死んだ。
posted at 15:22:53

集中をしすぎると、疲れてしまう。僕は、常に集中しているのが悪い。集中を少し切るのも大切だ。それで、辛くなくなる。
posted at 15:22:14

今日は、IT講習会が作業所であった。ワードのことを学んだ。スマートアートなど、ワードには新しい色んな機能がたくさんある。僕も、基本的なことしか知らないから、分からないことがたくさんあった。
posted at 15:21:41

人間は、その立場になると、その立場で思うことしか見えなくなってしまう。その環境に居ると、その環境の中だけで分かることしか分からなくなってしまう。昔の自分は、それらから自由になって、包括し、「環境活動」としてこの世界を分かっていた。認識のフィルターと捉え方で、世界全部分かっていた。
posted at 15:20:56